長期レビュー

高橋敏也のトヨタ「86(ハチロク)」繁盛記

その14:「富士スピードウェイへの道、前編」

やって来ました富士スピードウェイ。なぜやって来たかと言うと……

 すべての始まりは、スポーツドライブロガー。前回、私のハチロクにこのスポーツドライブロガーを取り付けた訳だが、それはある必然性を伴っていたのである。ちなみにロガーというからには、この機械は「ハチロクの走行状況を記録」するものだ。走って、記録して、このデータを何らかの形で活用するのである。現時点でスポーツドライブロガーのデータを活用できるのは、ソニーのコンシューマゲーム機プレイステーション3(以下、PS3)上で動作するグランツーリスモ6(以下、GT6)だけだ(個人的にデータを解析して活用している人もいるだろうが)。スポーツドライブロガーで記録した走行データは、GT6上で再現、すなわちリプレイできるのである。

 さて、ここで1つ疑問が生じる。GT6でリプレイということは、一般道の話ではないということだ。GT6で走るのはサーキット、すなわち競技場である。そう、スポーツドライブロガーとGT6の組み合わせは、富士スピードウェイ・国際レーシングコース、筑波サーキット・コース2000、鈴鹿サーキット・国際レーシングコース、3つのサーキットに対応しているのである。はい! 結論出ました! スポーツドライブロガーで走行データを記録して、それをGT6でリプレイするには、上記3つのサーキットのうち、いずれかを実際に走らなくてはならないのである!

 実はちょっと軽く考えていた。スポーツドライブロガーを取り付けた私のハチロクを、いずれかのサーキットに持ち込んで「ライセンスを持っている誰か」が走り、それをGT6でリプレイする。私はそのリプレイを呑気に見ながら(茶でも飲みながら)「やっぱスゲーなあ、サーキットは」とか呟けばいいと思っていたのだ。が、しかし。それはチクロかサッカリンのように、甘い考えだったのである。

 Car Watch編集部から電話がかかってくる。「敏也さん、6月某日にFAZZカーメンテナンスに行こうと思うんですが」と編集さん。「はい? 私のハチロクは絶好調ですから、別にメンテナンスは必要ないと……」「いやいや、サーキット走行に向けての準備が必要なんですよ。オイル交換とか、ブレーキパッドの交換とか」。なるほど、確かにそうなのかも知れない。サーキット走行となると、それなりの準備が必要なのだろう。その後、我が愛車であるハチロクが、サーキットを駆け抜ける勇姿を「見学」することができるという訳だ。スケジュールも空いていたので快諾し、6月某日、私は東京清瀬市にあるFAZZカーメンテナンスへと向かったのであった。

オイル交換、そしてブレーキパッド交換

 富士スピードウェイを走るのだそうだ、私のハチロクは。富士スピードウェイはGT6でサポートされているため、そこを走ってスポーツドライブロガーで記録した走行データは、GT6上でリプレイすることが可能である。もちろん体験走行のような形で走ってデータを記録してもいいのだが、ここは一つ、きちんとスポーツ走行をしましょう。という話の流れである。そしてスポーツ走行、すなわちノーマルなりにハードな走りをするためには、やはりそれなりの準備が必要ということだ。

 ちなみにノーマルの状態でも、サーキットを走行することは可能である。ノーマルのオイル、そしてノーマルのブレーキパッド、もちろんタイヤもノーマル。要するに納車されたままの状態であっても、無理をしなければサーキットで高速走行を楽しむことはできる。体験走行や走行会のような機会に、自らのクルマを持ち込んで走る場合、どノーマルということは決して珍しくない。

 だが、ある程度攻めた走りをしたいとなると話は違ってくる。ドライバー自身も適した装備をしなくてはならないし、ライセンスだって必要になる。クルマの方は各種オイルをレース対応のものに交換し、タイヤはハイグリップタイプ、ブレーキパッドは熱に強いレース用のものと交換する。このあたりでようやく、サーキット走行の入門装備となるのだ。

 私のハチロクはサスペンションこそ変更してあるが、ほぼノーマル状態である。なのでサーキット走行に向けてブレーキフルードとミッションオイル、ブレーキパッドを交換する。タイヤに関してはサーキットで交換するということらしい。そしてその作業のために向かったのが、東京清瀬市にあるFAZZカーメンテナンスである。

 関越自動車道沿いにあるこのショップというかカスタムガレージ、オーナーは高橋滋さんである。私は初対面のつもりで行ったのだが、どこかでお目にかかったような気がしてならない。実は後で気づいたというか思い出したのだが、高橋滋さんと私は86 ACADEMY(http://toyota-86.jp/86society/86academy/)の「コントロールテクニックプログラム」でお会いしていたのだ。というよりこのプログラムでサイドターンやアクセルターンを体験した訳だが、その際に私のインストラクターを務めてくれたのが高橋滋さんだったのである。

●その2:86アカデミーの「コントロールテクニックプログラム」を体験
http://car.watch.impress.co.jp/docs/longtermreview/86/20121218_579125.html

 そりゃ会ったことあるわ。同じハチロクに乗って、サイドターンだのアクセルターンだのを私に教えてくれた人だもの。今度FAZZカーメンテナンスに行ったら、改めてお礼をしなくてはと、深く反省する「敏也の方の高橋」でありました。

高橋滋さんのFAZZカーメンテナンス。ちょっとプロの隠れ家っぽい雰囲気
ジャッキアップして作業開始。といっても私はただ見学するだけ

 作業の方は高橋滋さんにお任せして、私は何をやっていたかというと、ピットに置いてあったPS3でGT6を起動し、富士スピードウェイを走っていた。私のハチロクが実際に走るとはいっても、そこはそれ他人事である。なんといっても私はサーキットのライセンスなど持っていないし、そもそもクルマでサーキットを走ったことなど、ただの一度もないのだから。そんな訳で要所要所を高橋滋さんに解説してもらいながら、のんびりと作業完了を待っていた。

作業が進む中、敏也の方の高橋はGT6で富士スピードウェイをシミュレーション中。その背後には某氏のワンメイクレース用のハチロクがあったりする

 そんな作業の中で興味深かったのは、やはりブレーキパッドである。高橋滋さんが用意してくれたのは、あるワンメイクレース参加者(後編でタイヤを持って登場します)が使っているエンドレス(ENDLESS)というメーカーのレース用パッド。レースともなるとさまざまなバッドを試してみるらしく、ちょうど使っていない新品同様のものがあったので、それをお借りすることにしたのだ。

ノーマルのブレーキパッドを取り外し……
エンドレスのブレーキパッドを取り付ける。色がノーマルと異なるので、ちょっと格好いい

 レース用のパッドとノーマルのパッド、制動力に違いがあるのは当然なのだが、大きく異なるのは「高熱にさらされた時」なのだという。ノーマルのパッドは限界温度を超えると極端に効きがわるくなるのだが、レース用のものはその限界がかなり高い。逆に暖まらないとやや効きがわるくなったり(許容範囲で)、ブレーキの鳴きが大きいのだそうだ。市販車であるハチロク、それもノーマルで走ったとしてもブレーキには相当な負担がかかるのだという。だからこそレース用のブレーキパッドを装備し、やはり高温に強いハイグレードなブレーキフルードを使うのだ。

オイル抜きます。定期的かつ積極的にオイル交換をしているのだが、かなり汚れていた
ドレンボルトもこのとおり、どろどろ!
ノーマルのブレーキフルードを……
レース対応の「高い(高橋滋さん談)」ブレーキフルードに交換する
ちょっとしたポイント。オイルチェック用のスティックを結束バンドで固定する。レース経験者でないと分からないことだ

 作業は順調に進み、ハチロクはタイヤを除いてサーキットをスポーツ走行するために必要な、最低限の準備を終えた。で、ここで衝撃の事実が発覚。私が何気に、同行していた編集さんに質問。「ところで誰が走らせるんですか、ハチロク」。編集さん曰く「決まっているじゃないですか、敏也さんですよ」。いや、ちょっと待って。「あの、私、富士スピードウェイのライセンスなんか持っていませんけど……体験走行とか、そういうの?」。編集さん「ライセンス、もちろん取ってもらいます。取ってから走るんです、富士スピードウェイ」。

完成! といっても外観に変化は見られない。中身ですよ、中身!

 オー・マイ・ブッダ! そういう流れだったのか! 富士スピードウェイのライセンスを取れと! 取って走れと! この半世紀、平和に一般道だけ走ってきたおっさんに、F1仕様のサーキットを走れと! それも全開で!

高橋敏也50歳、富士スピードウェイのFISCOライセンス、ゲットだぜ!

 驚天動地、阿鼻叫喚、支離滅裂。サーキット走行の準備ができたハチロクは、走り出しの際にブレーキがよく鳴くようになった。しばらく走ると収まるのだが、これが結構気になる。ブレーキの効きに関しては、想像よりもよく効いてくれたのでまったく問題無し。一般道でもまったく問題無かった(注意はしたけれど)。それより何よりサーキットを本格的に走るというのである、このおっさんが!

 その1、慌てて富士スピードウェイのサイトを隅から隅まで調べ、必要な書類などを用意する。その2、スポーツ走行(レーシングコース走行)に必要な装備の準備。その3、ライセンス取得のための予習。いや、知ってるんだよ、私だって。スポーツ走行でマーシャル(ギターアンプじゃないよ、コースオフィシャルだよ)が旗を出して、クルマに指示を出すことも、黄色い旗、イエローフラッグは追い越し禁止で、緑の旗は解除とか。それでも慌てましたよ、ええ。なんといっても半世紀生きてきて、初めてのスポーツ走行なんですから。

●富士スピードウェイ FISCOライセンス新規取得
http://www.fsw.tv/1ch/1_4licence/licence_new.html

 書類や顔写真などの準備OK。装備一式間に合った。フラッグの意味はとりあえず、頭に叩き込んだ。もちろんハチロクの準備は万全。後は現地、すなわち富士スピードウェイでタイヤを交換すれば、サーキットコースに出ることができる。ただし、私はコースに出る前にFISCOライセンスを取得しなくてはならないのだ。

 そして6月某日、私は富士スピードウェイにいた。緊張していたか聞かれれば、緊張しすぎてむしろ平常心(すべてを諦めた草食動物的な気持ち)と答えただろう。朝9時からライセンス講習会の受け付けが始まり、講習会自体は10時から始まる。場所はピットビルA棟2階のブリーフィングルームだ。書類は揃えてあったので受け付けはスムーズに進み、余裕を持って講習会に臨むことができた。といっても気持ち的にはやっぱり緊張していたんですけどね。

決戦、ピットビル! いや、富士スピードウェイの重要な施設なんですが
受け付けで書類を提出、入会金と年会費を支払って準備完了
平日ということもあり、受講者は少なかった。ライセンス講習会の開催日は富士スピードウェイのWebサイトで確認できる
かなり真剣なおっさん。講師の言うことを一言も逃したくないのである

 講習会の内容はというと極めてシンプル。配られたテキストを元に、サーキットを安全に走行するためのルールを教えてもらう。車両の条件、ドライバーの装備、そして前述したフラッグの意味。もちろんコースに関しての具体的な解説もある。ピットからコースに入るとメインスタンド前、直線の後半を走って加速することになる。そしてすぐに第一コーナーに入るのだが、コースインした直後は右側走行を厳守すること。これは後ろから来る、すでにコースを走っているクルマの邪魔をしないためだ。後ろから来るクルマはメインスタンド前の直線で、フルに加速した状態で第一コーナーへ突っ込んでくる。そこにピットから入ってきた加速中のクルマが無駄に絡むと危険この上ない。だからこそ、コースインしたクルマは右側をキープするのである。

講習は配布されたテキストと映像を元に進められる。ピットレーンから第一コーナーまでは右側を走行する
信号旗、いわゆるフラッグに関する説明。このあたりは予習しておくと、すんなり頭に入ってくる

 ピットレーンの制限速度は60km/h、フラッグなどで指示を出すポストという場所はコースに17個所あり、緊急時には可能ならばサービスロードへ入ってマーシャルの指示に従うことなど。約2時間の講習だが、その中身はどれも聞き逃せない重要な情報ばかりである。何と言ってもサーキットでの走行は、自己責任が鉄の掟。ルールを守って他人に迷惑をかけないことも重要だし、自分の身を守るアクティブさも求められる。

 サーキットにはさまざまな人が走りにやって来る。技術を磨くために来る人もいれば、速く走ることを楽しみたい人もいるのだ。皆が同じレベルではない上に、目的も違うのだからコースではさまざまな状況が発生するだろう。抜いたり抜かれたりといったシーンもあれば、コースアウトしたクルマがコースへ復帰しようとするシーンに出くわすかも知れない。そんな時、安全にやり過ごすことが出来るか? もし不測の事態が発生した場合、それに対応できるか? クルマが限界近くのスピードで走るのがサーキットなのだから、状況によっては命懸けになるかも知れない。そんなことを考えながら真剣に講習に取り組んでいると、2時間はあっという間に過ぎてしまった。

 ちなみに今回、私が取得したのは「レーシングコース&ショートサーキット」のライセンス、そこにオプションの2輪ライセンスを追加した。2輪ライセンスといっても基本的なルールは4輪、すなわちクルマと同じなので、講習の最後に2輪特有のルールなどを教えてもらう。「レーシングコース&ショートサーキット」のライセンス取得は、入会金と年会費で消費税込み4万2700円となっている。もちろん1年後にはライセンスの更新を行わなくてはならない。

私は2輪のライセンスも取得したので、2輪ライセンス用の追加説明も受けた
英語圏の受講者もいて、通訳のお手伝いもしたりして……

 さて、講習会が終わったらライセンスを受け取るため、再び受け付けへと向かう。別に試験がある訳ではないので「運転免許証所持者で、かつ心身ともに健全な方(パンフレットから引用)」であれば、ちゃんと講習を受ければ誰でもライセンスは取得できる。だが、講習会で得た情報は、しっかり頭に叩き込んでおこう。それらの知識は時として命に関わってくるのだから。

講習会終了後、受け付けに戻ってライセンス証を受けとる

 ついに不肖・高橋、生まれて初めてサーキットを走るためのライセンスというものを取得いたしました! これで晴れて富士スピードウェイを、自らのハチロクで走ることが出来ます! いやいや、講習会で疲れたから今日はこれで解散して、スポーツ走行はまた後日……という訳にもいかないだろうなあ。という訳で後編は、ついに富士スピードウェイを私が走ります。スポーツドライブロガーを搭載したハチロクで!

無事に富士スピードウェイのFISCOライセンスを取得できました。続きは後編へ……

高橋敏也

デザイナー、コピーライターを経て、パソコン関連のライターとして独立。SF小説なども上梓している。ライター歴は20年を超えるが、最近10年は真面目なレビュー記事というより、パソコンを面白おかしく改造する記事などを書いている。若い頃はオートバイをこよなく愛していたが、体力の衰えと共にクルマへの興味を持つ。このため自動車免許を取得したのは1998年。現在、クルマはトヨタのハチロク、オートバイはカワサキのNinja 1000とZ1300を所有、都内を縦横無尽に走っている。インプレスジャパン、DOS/V POWER REPORT誌に「高橋敏也の改造バカ一台」を連載中。ほかにImpress Watchでインターネット動画「パーツパラダイス」を配信中。