イセッタ・オーナーがトヨタ「iQ」に乗ってみた
マイクロカー超時空対決




イラスト:のりたまこ

 トヨタ自動車のマイクロカー「iQ」は、3mを切る全長に4人分のシートが詰め込まれていることやその特異な外観などで話題を呼び、登場から4カ月を経てもなお、話題に上ることの多いモデルだ。

 そのiQに、古典的マイクロカー「イセッタ」のオーナーたちが乗ってみた。

 イセッタは、イタリアのISOが1953年に発表した2人乗りの小型車で、BMWがライセンス生産したことでも有名だ。2285×1380×1340mm(全長×全幅×全高)の小さなボディに250ccの単気筒エンジンを積んでおり、その愛嬌のある丸っこい形状から「バブルカー」と呼ばれることもある。

 そのイセッタを現代の東京で、ファーストカーとして乗り回す人々がいる。その中の1人がデザイナーののりたまこさんだ。イセッタのスタイルに一目惚れしたのりたまこさんは、“売る気はない”という元オーナーを説得し、晴れてイセッタ乗りとなった。

 のりたまこさんは、小さな車をアシとするドライバーとして、iQにも大いに興味があるのだという。「イセッタは第2次世界大戦後、iQは現代の車ですが、どちらも車がなかなか売れないときに、どうやったらたくさんの人に車に乗ってもらえるか、と考えて作られたという点が共通しているのではないでしょうか」というのが彼女の考えだ。

 そこで編集部はiQを借り出し、のりたまこさんたちに乗ってもらい、その感想を聞くことにした。55年の歳月を経て、マイクロカーはどのように変化したのか、あるいはしなかったのか。そんな話を聞いてみた。

これがのりたまこさんの1957年式BMWイセッタ300。車体前面がドアになっていて、ハンドルと計器板はドアとともに開く
こちらはiQ。2985mmの全長に4人分のシートを押し込んだマイクロカー。助手席の前をえぐり、助手席を前に出すことで後席に大人が座れるスペースを作った。運転席の後ろは子ども用という位置づけ。詳細は関連記事の「写真で見るトヨタiQ」などを参照されたい

●3人のイセッタ乗り
 試乗の当日、のりたまこさんが所属するIsetta Club of Japanの会長でもあるポルセッタさん(自営業、女性)とベンジャミンさん(エンジニア、男性)も駆けつけてくれた。おふたりともやはり、iQには注目していたと言う。

 ボルセッタさんものりたまこさんと同様、「老若男女、誰が見てもかわいいと思う」というイセッタのたたずまいに一目惚れしてオーナーになったが、ベンジャミンさんは「外に出かけるきっかけとして車が欲しかった」「大きくて重い車はいやだからイセッタを選んだ」と、機能を重視してイセッタを選んだ人だ。「イセッタで遠出ができるようになったので、茨城に家を買いました」というくらい、イセッタを活用しているが、やはり壊れることもあるので、“アシ”としてiQには期待している。

試乗に集まってくれたのりたまこさんとイセッタ仲間。左がベンジャミンさん、ドアから顔を見せているのがポルセッタさん(イセッタの向こうに立っている旦那様も参加)、そして屋根の上にいるのがのりたまこさん右からのりたまこさんのイセッタ、ベンジャミンさんのイセッタ。ポルセッタさんのイセッタは入院中につき、その隣のフィアット500で登場

●ビンボーくささがない

 初めてiQの実物を見る3人は、「かわいい」「思ったより大きい」と第一印象を口々に語る。見慣れてくると、「後ろから見ると意外と普通」「一見、ラクティスかと思った」といった意見も出てきた。試乗を終えた後「誰もiQって気がつかなかった」という話も出た。

 走り出してみても、iQには意外な点が多かったようだ。ポルセッタさんは「アクセルを踏んでみたら軽くてびっくり」した。助手席では、それほどレスポンスがいいようには感じなかったという。

 みな、iQの走りは大いに楽しめたようで、「スポーツカーとしても乗れる」「MTがあったらいいのに」と口々に言い合っていた。特に興味深いのは「曲がって初めて小さいクルマなんだって思った」という意見で、乗るとiQの室内を広く感じるのであまり小ささを感じないということと、曲がるまではホイールベースの短さを感じさせない安定感を表しているようだ。

 「ビンボーくささがないのがいい」という意見もあり、それは、iQのモノとしての質感の高さと、走りの安定感がそう感じさせたようだ。イセッタは、安価なことが魅力のクルマとして誕生したが、現代ではイセッタそのもののかわいらしさやテイストを気に入って乗るクルマになっている。3人はそうしたクラスレスな雰囲気を、iQにも感じたようだ。

●iQは広くて狭い

 iQの室内については、「広い!」という意見と「狭い!」という意見が交錯した。「広い」というのは、横幅のことで、たしかにiQは2,985mmの全長に対し、全幅は1680mmと普通車並みにある。全幅1380mmのイセッタより広いのは当然だが、外観や全長から予想されるような狭苦しさは感じないということのようだ。

 

 一方の狭いという意見は、iQのコックピットの閉塞感から出たものだ。iQは高いスカットルに比べ、前後左右の窓が狭く、深いバスタブに身を沈めているような感覚になる。多数のエアバッグなどを埋め込んだ厚いトリムも、閉塞感につながるのかもしれない。

 一方でベンジャミンさんのように「隣の人とくっつくくらいの広さを期待していた」のに、「広すぎた」という感想もある。ベンジャミンさんはリアシートの包まれ感が気に入ったようだ。イセッタを選んだ理由も、適度な包まれ感が気に入ったからだと言う。

イラスト:のりたまこ

 一方のイセッタは、鉄板1枚といってもよい身軽さ。車の前面がガバっと横に開いて乗り降りするというのがイセッタの大きな特徴なのだが、そのために車室前部には、最小限の計器類とハンドルしかない。窓の面積も相対的に大きく、イセッタはその小ささのわりに、開放的で広く感じるのだ。

 iQとイセッタでは、技術も安全基準もまったく違う時代に生まれたので、開放感という点では多くの装備や構造に囲まれなければならないiQは不利と言える。のりたまこさんの言葉を借りてまとめるなら、「イセッタは狭いけど、視界が広くて開放感がある。iQは広いけど、閉塞感がある。現代の車をiQのサイズにするのは大変なんだろうな」ということになる。

(編集部:田中真一郎)
2009年 2月 23日