「堺市ヒストリックカーコレクション」見学会リポート
珠玉のBMWコレクションを至近距離で堪能

2009年3月15日開催
参加無料(要事前申込み)




 堺市文化振興財団は3月15日、大阪府堺市が所蔵するヒストリックカーコレクションの見学会を開催した。

 同コレクションは、カメラチェーン店「カメラのドイ」の創業者である故土居君雄氏が収集されたもので、BMWがその大半を占める。土居氏の急逝後1992年に、やはり氏が収集されたアルフォンス・ミュシャ作品のコレクションとともに、堺市に寄贈された。寄贈先が堺市になったのは、土居氏の妻・満里恵氏の意向によるもので、夫妻が新婚時代を同市で過ごした思い出からだと言う。

 コレクションには、BMWファンにはおなじみの「2002」シリーズや、その元になった「1600TI」をはじめとするいわゆる“ノイエ・クラッセ”のスポーツセダンたちはもちろん、戦後BMWの礎となったマイクロカー「イセッタ」や、戦前のスポーツカー「328ロードスター」、BMW初の生産車「Dixi3」、BMW唯一の商用車「F79 スリーホイラー」など、貴重な車両が含まれている。

給食センターだった建物を倉庫として、ヒストリックカーコレクションを収蔵している。給食センターにはトラックのプラットフォームなどがあり、搬入・搬出に便利ということで使われている見学会のレイアウト図。別棟に非公開の車両がある

ヒストリックカーを至近距離で見学
 コレクションは現在、堺市南区の倉庫に収蔵されており、一般公開はされていない。コレクションの一部がイベントなどに貸し出されるときと、年に1度の見学会が、一般の目に触れる機会にすぎない。

 見学会は午前、午後の2回開かれ、各回、事前に応募した150名が見学した。参加は無料。

 一部を除き、車両は収蔵されている状態そのままに展示されており、展示スペースの隅にはやはり土居氏が収集した補修パーツなども一緒に置かれている。

 こうした歴史的車両の展示は、柵などで見学者が車両にさわれないようにしてあることがほとんどだが、この見学会では柵で仕切られているのは一部で、大半は車両にさわれるほど近くまで寄ることができる(ただし見学者が車両にさわることは禁じられている)。倉庫に収蔵した状態そのままなので、柵を設けるスペースがないのがその理由。倉庫なので照明も整備されておらず、コレクションを傷つけないように気をつける必要はあるものの、これほど近くで車両を観察できるのは得難い機会と言える。

 また一部の車両は、メンテナンス業者の手によりエンジンルームの中などを見せてもらえたり、エンジンをかけてエンジン音を聞いたりすることもできた。

見学会の様子。車のすぐ近くでじっくり見ることができる。一部の車はエンジンルームを見せたり、エンジンをかけたりした

常設展示を目指して
 一部の車両は貸出時に破損したため、レストアがほどこされているが、大半は寄贈されたときと同じ状態。ボディーにさびが浮いていたり、ヘッドライトなどがなかったりするものもある。コレクションは文化振興財団から委託を受けた業者がメンテナンスをしており、年に1度は動かせるものは走行させて動態チェックを行うと言う。

 コレクションの維持には年間1000万円を超える予算が割り当てられている。同市市長公室の国際文化部 施設設備担当の辻村仁史課長によれば「たとえば収蔵しているときも、パーキングレーキをかけっぱなしではそれだけで劣化して、修理しなければならなくなります。そこで輪留めを使ってサイドブレーキをかけなくてもいいようにして、メンテナンスコストを下げるなどの効率化を図っています」とのことで、コレクションの状態を改善しつつ、予算を抑える方向でも動いていると言う。

 これだけのコレクションなら常設展示にして、いつでも見に行ける状態になっていてほしいものだが、収蔵だけでも場所を取り、メンテナンスの手間もかかるだけに、今のところは実現していない。

土居氏が集められたパーツも、同じ倉庫にある辻村仁史課長

 しかし、2007年度に策定された堺市の指針「自由都市・堺 ルネサンス計画」には、「ヒストリックカー展示施設の整備」が盛り込まれ、常設展示への道筋が作られている。辻村課長によれば、まだ展示施設の場所や、開設時期などは公表できる段階にないものの、常設展示を2010年度までの重要課題に位置づけ、検討を重ねていると言う。

 「お茶の文化は京都などに移ってしまっていますが、発祥の地は堺です。ヒストリックカーコレクションはこうした堺の文化的な側面をアピールし、市民や観光客が文化を楽しむきっかけにしたい」と辻村課長は述べた。

 堺市の貴重なヒストリックカーたちが、よりよい状態になり、多くの人の目に触れる機会を得られることを祈りつつ、展示された収蔵車両を紹介する。

展示された車両

左:BMW Dixi3/15 DA-2(1928年)、中:BMW 3/20 AM-4(1932年)、右:3/20のエンジンルーム
BMWは独Dixi Automobil Werke(ディクシー・アウトモビール・ヴェルケ)を1928年に買収して4輪車製造に進出。Dixiは英Austin(オースチン)の小型車「7」を、「Dixi3/15」としてライセンス生産しており、BMWをはこれを改良して「Dixi3/15 DA-2」として発売した
※車名と年式は堺市ヒストリックカーコレクションの資料に基づく(以下同)
BMW F79 スリーホイラー(1933年)
BMWの唯一の商用車。BMWのバイク用単気筒エンジンを流用した
BMW 315/1 ロードスター(1935年)
1933年にBMWは、初のオリジナル乗用車「303」を開発。キドニーグリルと直列6気筒エンジンは303で初めて登場し、以後BMW車の象徴となった。315/1は303のエンジンを1.5リッターに拡大し、ロードスター・ボディーを与えたモデル
BMW 326 カブリオレ(1936年)
大型ボディに2リッターの直列6気筒エンジンを搭載した高級モデル
BMW 328 ロードスター(1938年)
326のエンジンをチューンし、326よりひと回り小さなシャーシーに乗せたスポーツカー。さまざまなレースで活躍した
BMW 328 ウェンドラー(1938年)
328のシャーシーにコーチビルダーのWendlerがロードスター・ボディーをかぶせたモデル。デタッチャブル・ハードトップを備える
BMW 327/28 カブリオレ(1938年)
326をベースとしたカブリオレ
BMW 335 ウェンドラー(1948年)
3.5リッターの直列6気筒エンジンを搭載した大型車「335」に、Wendlerがボディーを架装したモデル
BMW 501 リムジン(1955年)
1952年、戦後BMWが4輪車に復帰するにあたってリリースしたのが高級車「501」。優雅なボディースタイルは「バロック・エンジェル」と呼ばれたが、販売は振るわなかった
BMW 507 ロードスター(1958年)
501をベースとして米国をターゲットに作られたスポーツカー。V型8気筒エンジンを搭載する。発売の遅れなどにより、やはり売れなかった
BMW 503 クーペ(1958年)
507の姉妹車。クーペとカブリオレが用意されたが、合計で400台強しか製造されていない
BMW 503 クーペ(1958年)BMW 503 カブリオレ(1956年)
BMW 502 アウテンリート(1963年)
501の2リッター直列6気筒エンジンに代えて、2.6リッターのV型8気筒エンジンを搭載した上級モデルが502。この車両はコーチビルダーのAutenrieth(アウテンリート)がカブリオレ・ボディーを架装したもの
BMW 3200S(1963年)
502のV8エンジンを3.2リッターに拡大したモデル
BMW 3200 CS ベルトーネ(1965年)
3200SにBertoneデザインのクーペ・ボディーを乗せたモデル
BMW イセッタ 250(1955年)
501系高級車は戦後のドイツの経済状況では受け入れられなかった。そこでイタリアのIsoのマイクロカー「イセッタ」にBMWのバイク用単気筒エンジンを積み、ライセンス生産したところヒットした
イセッタはボディー前面から乗り降りするのが特徴。後輪は2輪あるが、トレッドは前の半分以下で、デファレンシャルギアがないBMW イセッタ 300(1958年)
バブルルーフをやめ、スライド式サイドウインドウを付けて換気をよくし、エンジンもパワーアップしたモデル
BMW 600(1958年)
イセッタのボディーとリアトレッドを拡大し、水平対向2気筒エンジンを積んで4人乗りとしたモデル。デファレンシャルギアも着く。ドアは前だけでなく、右側にもある
BMW 700 S カブリオレ(1963年)
600をベースにミケロッティ・デザインのボディーを乗せたミドルクラス・モデル
BMW 700 セダン(1963年)
BMW 700 LS クーペ(1965年)
左:BMW 1600 TI(1967年)、中:BMW 1800 TI(1966年)、右:BMW 2000(1968年)
1960年、経営危機でダイムラー・ベンツと合併させられそうになったBMWを、実業家一族のクヴァント家が買収、再建に乗り出す。その頃、開発されたのが“ノイエ・クラッセ”(New Class)と呼ばれるコンパクトセダン。現代の3シリーズ、5シリーズの始祖となったこれらはヒットし、BMW再建の原動力となった
BMW 2000 CA(1965年)BMW 2000 CS(1968年)BMW 1600-2 カブリオレ(1971年)
BMW 2002 ターボ(ディーラー車、1973年)BMW 2002 ターボ(並行車、1974年)BMW 2002 GT4 Coupe Frua プロトタイプ(1968年)
BMW 2002 tii(1972年)BMW 2002 tii(US仕様、1972年)BMW 318i(1982年)
BMW 1600GT GLAS(1968年)
ノイエ・クラッセのヒットにより生産能力の増強を迫られたBMWは、自動車メーカーのHans Glas(ハンス・グラース)を買収。Glasの工場を使用するとともに、Glasの製品を改良して販売した
BMW 3000 V8 GLAS(1968年)
GLAS 2600 V8(1966年)GLAS 1300 GT カブリオレ(1968年)GLAS S 1004 カブリオレ(1968年)
GLAS S 1004 CL(1968年)GLAS 1700 TS(1967年)
コレクションにはこのような木型もある。左はGLAS BMW GT、右は3Lクーペとなっているマセラッティ・クアトロポルテ(1967年)

 

(編集部:田中真一郎)
2009年 3月 19日