【インプレッション】ランチア「デルタ 1.6ターボディーゼル16V」


 WRCでの活躍で知られる「ランチア・デルタ」。その最新モデルのディーゼル版は、スポーティかつ燃費のよいエレガントなサルーンだった。自動車ライターの武田公実氏のインプレッションをお届けする。

通人のブランド「ランチア」
 今や、ブランド存亡の危機さえもが噂されているランチア。日本では1970年代の「HFストラトス」や1990年代の「デルタHFインテグラーレ」など、WRC(世界ラリー選手権)で活躍したラリーカーのイメージばかりが先行しているが、その本質は上質で先進的な実用車を作る、まさにイタリアの良心とも言うべきメーカー。そして、創業100年を超える老舗でもある。

 ランチアは、それまでフィアットの契約ドライバー兼エンジニアリングコンサルタントであったヴィンチェンツォ・ランチアが、1906年に独立して自ら創業。以来一貫した独創性と先進性、そしてクォリティの高さを信条としてきたことから、イタリア随一の高級ブランドとして、特に高い鑑識眼を持つコニサー(通人)からは絶大な支持を受けてきた。

 ランチアの名を一躍世界に知らしめたのが、1922年に誕生した「ラムダ」。世界で初めて、フレーム/ボディ-

を一体化した「モノコック構造」を実用化したという、自動車史上に輝くクルマである。

 その後もヴィンチェンツォは、こちらも世界で初めて開発段階で風洞実験を本格的導入した実用サルーン「アプリリア」などを世に問うた。

「ラムダ」はモノコック・フレーム(写真右)をいち早く採用した風洞実験を導入した「アプリリア」

 

アウレリア

 そして1934年に開祖ヴィンチェンツォが他界したのちには、1920年代にアルファ ロメオをスポーツカー界の頂点に押し上げた伝説の巨匠、ヴィットリオ・ヤーノを主任設計者に迎え、第2次世界大戦後には「アウレリア」などの傑作を送り出すことになるのだが、長らくランチアのバックボーンとなってきた技術・品質至上主義と高コスト体質、さらにはF1を含むモータースポーツへの過大な投資から、同社の財政は次第に危機に瀕してしまう。そして1955年、自身もランチアを深く尊敬していた実業家カルロ・ペゼンティによって買収されるに至ったのだ。

 しかし、ペゼンティの指揮下でも技術とクォリティにこだわるランチアの本質までは変わることなく、「フラミニア」や「フルヴィア」などの佳作を生み出すのだが、それとは引き換えに経営状況のドラスティックな好転は望めなかった。そして1969年には、慢性的な経営不振からフィアット・グループの傘下に収まり、そのまま現在まで至ることになった。

フラミニアフルヴィアフルヴィア・クーペはラリーでも活躍した

 現代のランチアは、フィアット車のコンポーネンツを流用しつつも、内外装をシックかつスポーティに仕立てた、同クラスのフィアットよりも高級レンジに相当する実用車を担当。その作風はイタリアン・クラシコ的なエレガンツァを追求したもので、「ミッソーニ」や「エルメネジルド・ゼニア」、そして「ポルトローナ・フラウ」などに代表される、イタリアの高級ブランドとのコラボレーションによる素晴らしいインテリアが与えられてきた。

 また、フィアットの傘下入り以降のランチアは、モータースポーツを舞台とした活躍でも世界的に知られるようになった。特にWRCでは、製造者部門ワールドチャンピオンで空前絶後の11回を誇るなどの素晴らしい成果を挙げたが、1992年を最後にワークスでの参戦からは撤退。現在では、もともとランチアのスポーツ部門を担当していたアバルトが、自身のブランドを復活させて旧ランチアのスポーツ活動を引き継ぐかたちとなっている。

 ところで、冒頭でも述べたランチア・ブランド消滅に関する報道は、その後なんら続報が伝えられていないようだが、その一方で、2009年末にリークされた情報によると、フィアット・グループの株主向け資料には、2010~2011年にかけてランチアから複数のニューモデルをリリースする計画が進行中であると記されているようだ。

 かつての栄光からすれば若干影が薄くなった印象は否めないものの、イタリア自動車界の良心、あるいは至宝とも称されるランチアをいとも簡単に放棄するとは、いささか考え難いことと思われるのである。

初代「デルタ」

「デルタ」というクルマ
 1979年のフランクフルト・ショーにデビューした初代「デルタ」は、初代フォルクスワーゲン・ゴルフに端を発し、当時一世を風靡していた前輪駆動2ボックス・カテゴリー、つまり現在の「セグメントC」にランチアが初めて投入した小型車である。同じ時期のフィアット・リトモと基本コンポーネンツを共用するが、専用のサスペンションが開発されるなどランチアの独自性は最大限尊重されていた上に、いかにもランチアらしく高級かつシックにまとめられた内外装が大きな人気を得ることになった。

 とはいえ、初代デルタと言えば最も特筆すべきトピックは、WRCに於ける大活躍だろう。「デルタHF 4WD」としてデビューして以来、その後継たるデルタHFインテグラーレとともに、グループAレギュレーション初年度の1987年から1992年までの連続する6シーズンを、6度のワールドタイトルで飾るという空前絶後の大記録を残した。

 初代デルタは、実に14年ものロングセラーとなったのちにフェードアウト。1993年9月のフランクフルト・ショーでは2代目デルタが発表されることになる。1989年にデビューしたランチア・デドラと同じくフィアット・グループ内の「ティーポ2」プロジェクトによって設計された2代目デルタは、必然的にフィアット・ティーポとほぼ共通のフロアパンを使用する。

 このモデルは、内外装のセンスの高さを除けばさしたる特徴をアピールすることもできず、またラリーでの活躍もなかったことから、あまり印象に残ることなく前世紀末頃にはフェードアウト。日本への輸入もほとんど皆無に近い状況に終わった。

デルタ HF インテグラーレ EVOパッとしなかった2代目デルタ

 そして、今回の主役である3代目デルタは、2004年にまずはコンセプトモデルとして先行発表。2006年の「ヴェネツィア映画祭」にて、生産バージョンが正式発表されるに至った。こちらもフィアットの2代目ブラーヴォをベースとするが、ブラーヴォや先ごろ発表されたばかりのアルファロメオ・ジュリエッタよりも100mm長い2700mmのホイールベースとされるなど、ここでもランチアの独自性は遺憾なく発揮されることになった。

 ボディーは基本的に2ボックスの5ドアスタイルを採るが、サイズは4520×1790mm(全長×全幅)と非常に大柄。しかも、実用ハッチバックとは思えないほどに華麗かつエキサイティングなスタイルは、数年前からランチアが打ち出している「UNITED AGEINST UGLINESS(醜いものに対して団結せよ!)」を省略した「U.A.U.!」という奇妙にして過激なスローガンを体現したものとのこと。

 現代ランチアはエクステリアや内装のデザインはもちろん、走りや立ち振る舞いに至るまで、あらゆる視点からの“美”を徹底的に追求しているのだが、最新型のデルタはその企業ポリシーが最も明確に現れたモデルとなっているのだ。

コンセプト・デルタHPE

 

1.6 ターボディーゼル 16Vのエンジンルーム

クリーンディーゼルとセミATを搭載
 今回試乗したランチア・デルタは、1.6リッターのターボ付き直噴ディーゼルエンジン(最高出力120HP/4000rpm、最大トルク31kgm/1500rpm)を搭載する「1.6 ターボディーゼル 16V」。

 ガレーヂ伊太利屋が導入するデルタは、1.4リッターのガソリンターボ(6速MT)、1.8リッターのガソリンターボ(6速AT)と合わせて3機種となるが、この1.6 ターボディーゼル 16Vは、日本に於ける中位グレードとなる。イタリア本国をはじめとするEU圏内では、さらに190HPを誇る1.9ツインターボディーゼルも最上級グレードとしてラインアップされているが、少なくとも2010年1月時点では日本に導入されていない。

 わが国で「エコカー」というとハイブリッドやEVのイメージが強いが、ヨーロッパではより現実的なエコカーとして、実用燃費に優れてCO2排出量も少ないディーゼル車が完全に市民権を得ている。実際、ヨーロッパで販売される新車の大半がディーゼルという印象さえあるのだが、うって変わって日本ではディーゼル車は圧倒的な少数派と言わねばなるまい。

 そんな中にあって、今回ご紹介するランチア・デルタ・ターボディーゼル16Vは、メルセデス・ベンツ E 320 CDIや、BMWアルピナD3ビターボ、あるいは日産エクストレイルGTなどと並んで、日本で比較的容易に購入できる数少ない新世代ディーゼル車のひとつなのだ。

 現在のディーゼルエンジンの主流となっているコモンレール式直噴システムは、もともと1997年にフィアット・グループが世界に先駆けて実用化したもの。そして2002年にはコモンレール式ポンプがそれまでの「モノジェット」から新開発の「マルチジェット」に進化すると同時にヘッドもDOHC 16バルブ化された。

給油口には「DIESEL」「軽油」の文字がテールパイプは見えない

 今回のデルタに搭載されるエンジンはそのマルチジェットの第2世代にあたるもので、DPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルター:黒煙フィルター)も備える、近代的なクリーンディーゼルである。ちなみにフィアット・グループでは、2009年秋にフィアット500用として第3世代となるマルチジェット・ディーゼルを発表しているが、現時点ではランチア・デルタには導入されていない。

 この1.6マルチジェット・ディーゼルには、アルファ ロメオで「セレスピード」と呼ばれ、ランチアでは「D.F.N.」(Dolce Far Niente:甘美なる無為→余暇は愉しむためのもの)という少々難解な文学的表現で呼ばれるパドル操作式6速2ペダルMT、いわゆるセミATが組み合わされる。

 昨今のヨーロッパでは、ディーゼル車に対して「エコロジーなだけでなく、スポーティなクルマ」というポジティブな評価もなされているのだが、このトランスミッションの選択は、ランチアもデルタ・ディーゼルをスポーティなクルマとして捉えていることの証とも言えるだろう。

6速セミAT「D.F.N.」は、自動的にシフトするオートマチックモードと、ドライバーがシーケンシャル・シフト操作をするマニュアルモードを備える。マニュアルモードではステアリングホイールの裏に備わるパドル(写真右)も使えるセミATなのでペダルは2つ

 

上質かつハイセンスなインテリア
 かつてのランチアの旗艦、テージスが生産を終えた今、結果的に同社の最高級車となってしまったデルタだが、今回の試乗車でも、オチェアーノ・ブルー(オーシャン・ブルー)/ネロ・オパコ(マットブラック)の2トーンのボディーカラーも相まって、クラスを超えたエレガンスの演出に成功している。

 インテリアに目を移すと、セグメントCのフィアット・ブラーヴォがベースとなっていることから、リアシートには前後150mmのスライド機構を採り入れるなど、パッケージングに気を使った形跡が数多く見られる。

 シートは深く落とし込んだセミバケット風が主流となった現代車には珍しく、やや座面に平板な印象もあるのだが、腰を若干ずらせることもあって、ロングドライブで疲れた際には姿勢を変えやすく、これはこれでひとつの見識と言えるのかもしれない。実際かつての高級車は、このようにフラットなシートが普通だったのである。

 さらにこの高級感を助長するのが、インテリアのマテリアルである。ランチアお得意のアルカンターラやレザーを贅沢に使用するほか、ダッシュボードには本革に近い質感を持つポリウレタン系素材“Benova”を使用するなど、華美になり過ぎない絶妙のセンスで独特の世界観を演出している。

 このように、上質なマテリアルと驚くほどのハイセンスを巧みに生かして、独自の“イタリアン・クラシコ”を構築しているのだ。

ダッシュボードには本革のような質感のポリウレタン系素材を採用割可倒式リアシートは6:4の分前後に150mmスライドし、パッセンジャールームとラゲッジルームの配分を変えることができる

 

スポーティなハンドリング、ディーゼルならではのトルクと燃費
 そろそろ期待のディーゼルエンジンを始動して、このクルマの核心に触れてみることにしたい。欧州車の小排気量ターボディーゼルにはしばしば見られることだが、1000rpmに満たない、走り出しの極低回転域のみには若干トルクの細い印象があるものの、ターボの効きだす1000rpm+の領域になると、一変してトルクが急激に盛り上がる。

 この怒涛の中速トルクは、ちょっと病み付きになりそうな感覚。以前、筆者は某自動車専門誌にインプレッション記事を書くため、同じデルタの1.4ガソリンターボに試乗したこともあるのだが、今回の1.6ディーゼルターボはガソリンターボ以上に、いわゆる“ドッカンターボ”の印象が強い。とはいえ、やはりディーゼルの限界で、2500rpmを越えたあたりからはエンジンの回転は頭打ちの傾向を見せるとともに、いかにもディーゼルらしい“ガ行”のノイズが顕著となってくるのはやむを得ないところだろう。

 それでも、トルコン式のフルATよりは遥かにダイレクトな6速セミATのパドルシフトを操作し、ポンポンと速めにシフトアップしていけば、1500rpmで最大トルクの31kgmをひねり出すという低速トルク重視のセッティングも相まって、雑音を感じることもなく走行できる。

 この6速セミATは、VW/アウディのDSGのような最新のツインクラッチ式2ペダルMTと比べれば、特にAUTOモードに於ける変速スピードとマナーには、若干ながらも旧さを感じさせられてしまう。しかし、いざマニュアルモードでスポーティに走るときには、トルクフルなターボディーゼルエンジンの特性との相乗効果でダイレクトなドライブフィールが堪能できるのだ。

 一方ハンドリングについて言えば、エレガントな外観の印象をよい意味で裏切るようなスポーティさを体感できる。電動のパワーステアリングは、こちらも以前乗った初期型の1.4ガソリンターボから最も改良のあとが感じられる部位のひとつ。車庫入れなどの用途のためにアシスト量を増やした“Cityモード”では若干の違和感が残るものの、通常モードでは油圧式のパワステとほとんど変わらない、ナチュラルなフィールを獲得するに至っているのだ。

装着タイヤの銘柄はミシュランのプライマシーHP

 車両重量は1480kgで、1.4ガソリンターボ+6速MTより40kg重く、しかもその重量増の大部分はフロント車軸にかかっているのだが、ハンドリングの悪化を体感することはできなかった。また、今回の試乗車では標準指定の225/45 R17インチタイヤを履いていたが、この太さでも若干ながら路面の轍などにアシを取られる傾向があることから、オプションの225/40 R18インチタイヤを選ぶ必要性は、ルックス以外には考えにくい。

 ところで、今回のテストドライブではクリスマスシーズン真っ只中の混雑した一般道を中心に、同じくかなり交通量の多い首都高などで200kmほどを走ってみたのだが、ディーゼル車といえば最も気になる燃費については約16km/Lと、使用状況を考慮すれば充分以上に良好な数値をマークすることになった。そしてこの燃費性能とトルクの魔力を知ってしまった今、190PSを誇るという1.9ツインターボディーゼルにも乗ってみたくて堪らない、そう思えてしまうのだ。

 このランチア・デルタ1.6ターボディーゼルは、車両本体価格が428万円。「スカイドーム」と呼ばれるグラスルーフ(前半分は電動スライディング機能付き)や2トーンカラーなどのオプションが組み込まれた今回の試乗車では、456万3500円という価格になる。

 しかし、この唯一無二ともいうべき個性と圧倒的なエレガンス、そして日本で買える数少ないディーゼル車であることも加味して考えれば、充分以上に魅力的なチョイスと言うべきであろう。実際ランチア・デルタは、昨今の厳しい経済情勢の中にあって、このターボディーゼル16Vを中心に、輸入元のガレーヂ伊太利屋の予想を上回るヒットを博しているというのだ。

 ただし、これだけ個性の強いクルマゆえに、乗り手にも確固たるセンスと見識が求められるのは間違いないところ。加えて、このクルマのエレガントな雰囲気に負けないだけのファッションセンスも問われるだろう。やはりランチアは、今も昔もコニサー(通人)が選ぶべきクルマなのかもしれない。

現代の車としては体が深く落としこまれない形状のシート試乗車にはオプションの「スカイドーム」と呼ばれるグラスルーフが装着されていた

並行輸入でも24時間ロードサービス完備
 現在、日本で購入できるランチア車は、このデルタを筆頭に、コンパクトな2ボックスハッチの「Y」(イプシロン)と、こちらもコンパクトなMPVの「ムーザ」がラインアップされている。インポーターは、ランチアの代理店としては既に4半世紀以上に及ぶ実績を誇るガレーヂ伊太利屋である。

 同社は東京・麻布十番の大型ショールームに加え、勝どき橋のそばに大規模なサービスファクトリーを構え、万全のサービス体制を誇っている。もちろん首都圏以外の地方でも、北は札幌から南は宮崎に至るまで、長らくガレーヂ伊太利屋のパートナーとして活動してきた全国46カ所の代理店が、ランチア車の販売とサービスを請け負っている。

 現在の日本に於けるランチアは厳密に言えば正規輸入ではなく、手続き上はあくまで並行輸入の形態を取っているのだが、その豊富な経験と、長年築いてきた地方ディーラーネットワークとの密接な関わりから、実質的には正規輸入車に勝るとも劣らないサービスを保証していると言ってもよいだろう。

 また、ガレーヂ伊太利屋とその正規代理店では、24時間待機の緊急ロードサービス体制が、2年間の保証期間中にすべてのランチア車に無償で適用される。このサービスは、フィアット/アルファ ロメオの正規輸入車に適用される「PASS」が最寄りの拠点まで50km以内の搬送なら無料なのに対して、ガレーヂ伊太利屋では100km以内まで無償とすることになっているなど、並行輸入車であることのデメリットは事実上皆無に等しいのだ。そして、イタリア本国のフィアット・グループとは今なお深いパイプを保っていることから、パーツ類の供給体制にも何ら問題はないと言う。

 ほかのクルマとは一線を画した、歴然たる個性を持つこのクルマ。たしかに少数派ゆえの不安もあるかもしれない。しかし、この類い稀なるエレガンツァにハマってしまったならば、もう手に入れてしまうしかないと思うのだ。

(武田公実)
2010年 1月 15日