フォルクスワーゲンが内燃機関で効率を追求する理由
TSIエンジンの父、ミッデンドルフ博士に聞く

ヘルマン・ミッデンドルフ博士

2010年5月25日



ポロ TSIハイライン

 フォルクスワーゲン「ポロ」に、待望の1.2リッターTSIエンジンが搭載された。日本では「ゴルフ TSIトレンドライン」にまず搭載されたこのエンジン、同社のダウンサイジングコンセプトと、ガソリンエンジン戦略を明快に体現し、かつ期待以上のパフォーマンスを見せていることで、市場では好評を得ているようだ。

 ゴルフに搭載されるTSIエンジンは、1.2ターボのほか、1.4ツインチャージャー、1.4ターボなどのバリエーションがあるが、これらは「EA111」シリーズと呼ばれる。このEA111シリーズの開発に初期から携わってきた、独フォルクスワーゲンAGのヘルマン・ミッデンドルフ博士のグループインタビューに参加する機会を得たので、リポートしたい。

 以下、「」内がミッデンドルフ博士の発言だ。

ガソリンエンジンでハイブリッド並の燃費を
 日本ではエコカーといえばハイブリッド車であり、また三菱自動車のi-MiEVや日産リーフのような電気自動車(EV)普及への取り組みも進捗している。

 フォルクスワーゲンでも2012年にゴルフのプラットフォームでハイブリッド車をリリースし、ゴルフだけでなくジェッタや、アウディ、シュコダ、セアトといったフォルクスワーゲングループの同プラットフォーム採用車に展開するべく、開発を進めている。

 しかし、TSIやTDI(ディーゼルエンジン)など内燃機関の改善も怠らない。その理由にはまず、EV普及が一朝一夕には進まないという予測がある。

「2週間ほど前、メルケル首相と自動車業界のトップが、“今後10年の間に、欧州の電気自動車を100万台まで持って行こう”という数値目標を打ち出した。ドイツの自動車市場は年間350万台だから、マーケットシェアという点では、EVはそれほど大きくならないだろう。最初の5年くらいはEVのシェアは低く、10年ほど経過してから次第に伸びていく立ち上がりになるのではないか」。

「EVは、なによりもバッテリーの技術革新を待たざるを得ない。高出力、高効率で手頃な値段で買えるバッテリーが開発できるかどうか。今のところ、期待どおりのバッテリーは出てきていない。私は定年まで内燃機関でやっていけるだろう(笑)」。

 ミッデンドルフ博士が手がけたEA111シリーズは、ダウンサイジングエンジン「TSI」の代名詞的な4気筒エンジンであり、ゴルフに搭載されている1.4リッター ツインチャージャー(ターボ+スーパーチャージャー)や、1.4リッター シングルチャージャー(ターボのみ)がよく知られている。ゴルフ TSIトレンドラインやポロに搭載された1.2リッターターボエンジンはその最新作だ。

1.2リッターTSIエンジン

 

ミッデンドルフ博士(左)とフォルクスワーゲン グループ ジャパンのゲラシモス・ドリザス社長

手に入れやすいエコカーを
 TSIエンジンのダウンサイジングコンセプトとは、簡単に言ってしまえばエンジンの排気量やシリンダー数を減らすことで燃費や環境への影響を改善する一方、ターボチャージャーなどの過給により、従来型エンジン並かそれ以上の動力性能を実現するもの。

 米市場などでは、日本メーカーが作り上げたハイブリッドのトレンドが強いため、フォルクスワーゲンもハイブリッドの開発を手がけないわけにはいかない。しかし、まずは内燃機関を改良し、これにアイドリングストップやエネルギー回生といった技術を組み合わせるというコスト的にも技術的にも現実的な手法を採る。

「ハイブリッドやEVについては、まだ具体的にお話しできない。小型車のハイブリッド化には、コマーシャルサイドの課題、つまりコストとそれに見合う利益が得られるか、ということが常に検討材料としてあり、難しい課題だ。それをどうクリアするかを含め、検討中だ」。

「TSIのように、従来型の内燃機関でも高効率なものを出していけば、ハイブリッドに匹敵する燃費を得られるという考え方もできる。今日発表した1.2リッターTSIエンジンのポロの燃費は20km/L以上で、ハイブリッドに遜色ないレベルを達成できたと考えている」。

「EVのコスト面では、バッテリーのコストのことを一番考えなければならない。そういうところで労力を使うより、私たちはわざわざ高コストのバッテリーを使わずに、TDI、アイドリングストップ、エネルギー回生などを活用して、高い効率を達成できる方向性もにらんでいる」。

1.2TSI(左)と1.4TSI

 全世界で自動車を作り、販売するフォルクスワーゲングループにとって、コストは重要な問題だ。まだ経済的に豊かとは言えない新興市場にとって、ハイブリッド車やEVは高すぎる。これもフォルクスワーゲンが内燃機関を追求する理由の1つだ。

 また、内燃機関でもこれだけ効率を追求できるという技術力は、成熟市場でもフォルクスワーゲンの武器になる。

「2018年まで、成熟市場は大きく成長するとは見ていないが、ディーゼルのシェアが大きくなっているだろう。新興市場(南米、中国)はあいかわらずガソリン主導だろう。ガソリンのマーケットシェアは横ばいか、もう少し伸びるだろう」。

「我々が常にターゲットとしているのは、ガソリンエンジンのコストを低く抑えていくこと、ディーゼルのコストに負けないものを出していくことだ」。

「昨年来の経済危機で競争が厳しくなった。値引きでお客様を確保しようとする競合他社もいるが、我々は安易な値引き合戦には持って行きたくない。技術的により高いものを出すことで、お客様が求めやすい価格で自動車を買えるよう、価格帯を維持していきたい。経済危機の中で競争力を維持するには、高品質のテクノロジーを搭載したクルマを、フォルクスワーゲンのクルマとして出していくことが、一番の策と考えている」。

「たとえば、コストに敏感な中国のような市場でも、TSIテクロノジーは大変成功している。それは、価格に対してそこから得られるテクノロジーの価値があり、それが魅力的だと判断されているのだと思う。燃費、ドライビングパフォーマンスといったものが価格と比較したときに魅力的なので、成功しているのだと言える」。

 

ゴルフの1.2TSI搭載車「TSIトレンドライン」

ダウンサイジングの未来
 博士によれば、現在のエンジンに可変バルブリフトやEGR(排気再循環)のような“今ある技術”を使えば、さらに10%は燃費を改善できると言う。またエンジンだけでなく、車両重量を削減したり、アイドリングストップ、回生ブレーキ、熱管理などを含めた車両全体でのアプローチも必要だ。

 その一方で、TSIエンジンには絶大な自信も持っている。

「我々は、今、持っている技術で市場におけるリーダーシップ的位置づけにあることを誇りに思っている。他社のものと比較してもTSIのほうが優れていると言える。1.2TSIは、可能な限り従来の作り方をしている。これによりコスト効果と効率が高く、しばらくはこれでやっていけるソリューションになっているのではないか。ポロは、新しいエンジンとギアボックスを搭載することで、燃費を30%改善した。これだけでもかなりの革新だと思う」。

 一方、ダウンサイジングをさらに推し進め、より小さな排気量、より少ないシリンダーのエンジンも構想されている。実際、1リッター3気筒のTSIエンジンも開発中だ。

「ダウンサイジングがどこまで行けるのか、限界がどのあたりかは考えている。一方で、実はこの問題は市場(ビジネス)に依存するというのが一番大きなポイントだ」。

「現在は1.2リッターで十分な出力、パフォーマンスが出ると考えているが、たとえば暑い国でエアコンの負荷がかなりかかった状態を考えると、排気量をある程度確保する必要がある」。

「また、シリンダー数はお客様が求める快適性との兼ね合いで決まると思う。お客様は4気筒のエンジンに慣れていると思うが、それを3気筒にしたら、気になるようなレベルまで騒音が上がるだろうか。そんなに悪くないと我々は思っているので、お客様の意識の問題かもしれない。3気筒で安くしたほうがいいのか、本当に4気筒必要なのか、考える必要がある」。

「しかし、いろいろな変化が起きている。ハイブリッドが台頭してきたり、フレキシブル・ドライブトレーン・コンセプトが登場したりしているように、我々も考え方を変える必要があるし、お客様の考え方も変わってきている。高効率のコンセプトを受け入れるようになってきているし、新しいアイデアをオープンに受け入れるようになっている。ゴルフ・クラスのクルマでも3気筒エンジンが受け入れられる可能性がある」。

(編集部:田中真一郎)
2010年 5月 25日