BMW、“Mモデル”でサーキットを堪能する「Mサーキットデイ」
M社長が来日、「若い人のスポーツカーに対する夢、熱意に火をつけたい」

2010年10月7日開催
富士スピードウェイ



 ビー・エム・ダブリューは10月7日、サーキット走行イベント「Mサーキットデイ」を、富士スピードウェイで開催した。会場にはBMW M GmbHのカイ・ゼグラー社長が来日、報道関係者にMモデルの事業や戦略を語った。

 サーキット走行にはCar Watchも参加したので、Mモデルの走りを車載動画でお届けする。

ピットビル前に並べられた歴代M3

2年ぶりのサーキットデイ
 BMWは顧客向けに「ドライバー・トレーニング」を1973年から(日本では1990年から)開催している。ドライバー・トレーニングのインストラクターである大角明仁氏によればこのトレーニングは「安全なクルマを市場に送り出すだけでなく、どうやって運転すれば安全に楽しめるかを提供したい」という考えのもとに開催されていると言う。

 同氏はドライバー・トレーニングのコンセプトを「体験型安全学校」と言う。教習所や公道ではできない、急ブレーキや急ハンドル、低μ路での走行を「とにかくやってみる。そこから、どうやったら安全になるのかを見つけていく」のだ。

 これとは別に、同社モデルをサーキットで走行させる顧客向けイベントを「サーキットデイ」と称し、何回か開催してきた。こちらはドライバー・トレーニングとは異なり、同社のモデルの性能をサーキットで存分に味わうためのものだ。

 2010年はいわゆる「Mモデル」、つまりBMW M GmbHが開発したスーパースポーツモデル5車種で、富士スピードウェイのレーシングコースを走行できるという内容だ。

 このイベントに参加できたのは、事前に応募して抽選で選ばれ、参加費として1万円支払ったMモデルオーナーたちだ。

走行前のブリーフィング大角氏(左)とインストラクターのみなさんこの5車種のうち、2モデルに乗れる

 走行の前にはピットビル内でブリーフィングを受ける。ここで、Mモデルとサーキットデイの概要や、走行のルールをレクチャーされる。ルールと言っても「前車の追い越しは厳禁」「インストラクターの指示に従う」「ヘッドライトをロービームで点灯し、すべてのウインドーを閉める」といった簡単なもの。またMTモデルは「半クラッチを多用しない。発進時のみ、0~5km/hだけで使うこと」という指示もあった。

 その後、4組に分かれて試乗車の待つピットへ降りる。用意されていたのは現行モデルである「M3クーペ」「M3セダン」「M6クーペ」「X5M」「X6M」の5台。M5は、すでにE60ベースのモデルが生産終了となっており、次期モデルの登場を待つ状態のため、用意されなかった。

 試乗の流れは、ゼグラー社長が「BMW Mのコア」と呼ぶ「M3」のセダンかクーペで2周、その後、M6、X6M、X5Mのいずれかに乗り換えて2周する。

 M3は7速デュアルクラッチAT「M DCT」、M6は7速セミAT「SMG」、Xシリーズは6速ATと、いずれも2ペダルモデルとなっているが、M3には少数ながら6速MTモデルが用意され、希望者はMTを選ぶこともできた。

ピットで最終的なブリーフィングを受けて、いよいよ乗車。まずは慣熟走行を1周してから、本番の体験走行に入る
M3クーペ。クーペのみ、ルーフがカーボンでできているM3セダンM6
X6MX5M

インストラクターの先導で楽しむサーキット走行
 サーキット走行ではあるが、基本的にインストラクターのドライブする先導車に従っての走行で、前述のとおり追い越しは禁止。ヘルメットやグローブ、スーツなども不要だ。

 各車にはトランシーバーが搭載され、無線で「100m看板からブレーキ開始です……50mから切り込みます……」といったインストラクターの指示を聞くことができる。また各コーナーにはステアリングを切り始めるポイントと、クリッピングポイント(もっともコーナー内側に寄る地点)にパイロンが置かれ、これとコーナーへの距離を示す看板を目印にできる。1セッションあたり2周、つまりストレートを1回通過する。

 先導車のラインをトレースし、各ポイントでインストラクターの指示どおりに操作していけば、Mモデルで富士スピードウェイのレコードラインを走行できるという仕組みになっている。また、DSC(ダイナミック・スタビリティ・コントロール)などのアンチスピンデバイスはONで走行する。

 とはいえ、M3でも420PS、M6なら507PS、Xモデルに至っては555PSという出力のエンジンを搭載している。そのうえXモデルは2.4tに及ぼうという車重の“怪物”である。

 さすがにフルブレーキングはしないものの、世界最長1.5kmのストレートエンドでは220km/hオーバーからのブレーキングを要求されるし、第2コーナーの立ち上がりからコカコーラコーナーへ、300Rからダンロップコーナーへといった急な加減速が続く。ブラインドコーナーもある後半のセクションはリズミカルなコーナーリングが必要になる。慣熟走行を終え、いよいよ本番の走行へコースインするとき、トランシーバーから「M3の加速を味わってください」と聞こえてきたが、フルスロットルを踏む機会もそうはない一般ドライバーには、十分にスリリングな体験と言えるだろう。

 実際の走行の様子は車載動画でご覧いただきたい。

インストラクターがドライブする先導車1台に、2台の参加者のクルマが後を追う。ストレートエンドでは220km/hに達する
X5M、X6Mといった3tに及ぶ大型SUVでの高速コーナーリング。勇気のいることだが、Mはなんなくこなすピットに戻ってから、インストラクターに話を聞くこともできる

 

 さらに、インストラクターのドライブする車両に同乗する「サーキットタクシー」を体験できる。車重を重くしすぎないため、同乗できるのは1台に2人まで。こちらはピットアウトしてコースをまわってきたら、すぐにピットインする。ストレートと1コーナーへの飛び込みは味わえないが、3人乗車で重いことを考えれば、仕方のないところだろう。

3人乗車でのサーキットタクシー。インストラクターのテクニックを盗む絶好のチャンス、と思いきや、Gに耐えるのに精一杯でそれどころではなかった

 

ゼグラー社長

Mのエンジニアはすべてスキルのあるドライバー
 走行終了後、BMW M GmbHのカイ・ゼグラー社長の会見が行われた。ゼグラー社長は1988年にBMWに入社し、経営企画、国際市場統括、BMWアジアのマネージングディレクター、MINIブランド統括などを経て、2009年5月にMの社長に就任した。

 ぜグラー社長によれば、Mには4つの事業領域がある。1つめは、「M3」「M5」などのMモデルの設計・製造。2つめが「Mスポーツパッケージ」などで知られる、BMW車のオプションの提供だ。

 3つめの「BMWインディビジュアル」は、BMW車のカスタマイズ事業だ。これはボディーカラーや内装などを、顧客の要望に応じてカスタマイズするもので、文字通り世界で1台だけのBMWを作ることができる。例えば、高級ホテル「ペニンシュラ東京」の送迎車がBMWインディビジュアルによるもので、ボディーカラーは「ペニンシュラグリーン」と呼ばれるホテルのイメージカラーで塗り、各部にペニンシュラのロゴが入り、トリムもペニンシュラ専用の組み合わせになっている。

 4つめは、ドライバートレーニングだ。これは大角氏の説明にもあったとおり、安全なクルマだけでなく、安全な運転のノウハウも提供しようというドライビング・スクールで、サーキットだけでなく、雪上、氷上で行われたり、Mモデルによる上級コースも用意されるなど、多彩なプログラムが展開されている。ドライバートレーニングのトレーナーは、BMW Mのエンジニアだと言う。「エンジニアは24時間レースにエントリーすることもある、スキルのあるドライバーだ。ベストハンドリング、ベストブレーキング、ソフトネス、エレガンスなどを自らの体験を持って向上させている。これは非常に重要なことだ」。

 現在、BMW Mは各国でM認定、あるいはM専門のディーラーを展開しつつある。日本でも「近々そういう日が来る。クルマの顧客はワインの顧客に似ている。ラベルのみ見て楽しむ人や、ラベルと価格だけが重要という人もいる。日本の顧客は、本物を追求するコニサーだ。こうした市場には特別なものを提供する必要がある」と言う。

BMW Mの事業領域MモデルとMスポーツパッケージの開発
BMWインディビジュアルで仕立てられたペニンシュラ東京の送迎車ドライバートレーニングもBMW Mの仕事だ

 

ゼグラー社長自ら、富士スピードウェイを7ラップほど走行した

バンジージャンプはM3より退屈
 こうしたBMW Mの事業だが、その前身はBMWのモータースポーツ部門であり、「M」の社名が表すとおりモータースポーツが出自としてある。歴代もっとも有名なMモデルは、「1000以上のレースで勝利した」というE30型のM3であろう。

 現代のM3はモータースポーツにも参戦しているが、「素晴らしいロードカーである一方、ボタン1つでレースカーになる。1台で2つのクルマを楽しめる」というものだ。またX5M、X6Mといった、スポーツカーとSUVという、相反する2つの性質を兼ね備えたモデルもある。

 ゼグラー社長によればこれらは、「Mはそれまで存在していたドグマや既成概念を覆してきた。ドグマに囚われず、常にアイデアを出していく」というMの社是の現れだ。来年登場するM5は、自然吸気エンジンからターボエンジンにスイッチし、パフォーマンスを向上させながらCO2排出量を20~25%削減する。「M5はそういった意味でもエキサイティングなクルマになる」と言う。

 一方で、環境技術として台頭しているハイブリッドは「大きなジェネレーターとバッテリーが必要。加速は問題なくても、コーナーで重さが邪魔をする。スポーツカーには適さない」と否定。電気自動車(EV)も「レースは1ラップでは終わらないし、その間フルスロットルが必要だ。EVは3~4ラップするのがせいぜいで、フルスロットルも保てない」と見向きもしない。「F1がKERSを導入したように、新しい要素は積極的に導入する」と、ブレーキエネルギー回生やアイドリングストップのような技術はしても「リアルスポーツカーである限り、大型ジェネレーターや大量のバッテリーは搭載しない」と言う。


 BMW Mに入るのが夢だったというゼグラー社長は「スポーツカーのない人生は退屈。バンジージャンプはM3より退屈だ。スリルはあっても、落ちるだけで自分ではなにもできないからだ」と、スポーツカーへの情熱を語る。

 それだけに、若者のスポーツカー離れが気になるようだ。「スポーツカーは値段が高いし、政府も金銭的負担を付加する。若いうちにスポーツカーを運轉するのは難しい」。しかし「来春、1シリーズMクーペを投入する。決して安いクルマではないが、若い人にも入手できる。あるいは、中古のM3が最初のクルマになるかもしれないが、若い人のスポーツカーに対する夢、熱意に火をつけたい。BMWを所有したいという夢をいだいてほしい」。

【お詫びと訂正】記事初出時、インストラクターの大角氏のお名前を誤って表記しておりました。お詫びして訂正させていただきます。

(編集部:田中真一郎/Photo:安田 剛)
2010年 10月 19日