フォルクスワーゲン、「ゴルフEV」の試乗会を開催(前編)
EV化で高級感を増したゴルフ

2012年5月30日開催



 フォルクスワーゲン グループ ジャパンは30日、報道関係者向けに電気自動車(EV)「ゴルフ blue-e-motion(ブルーeモーション)」の試乗会を開催し、独フォルクスワーゲンの電動モビリティ戦略を説明した。

 前編ではゴルフ ブルーeモーションの試乗インプレッションを、後編ではモビリティ戦略についてリポートする。

一見、現行ゴルフ。だがその中身は
 独フォルクスワーゲンは、2013年にサブコンパクト「up!」のEV版を発売し、続いてゴルフのEV版の発売を計画している。市販されるゴルフEVは、この秋にも発表が予定されている7代目ゴルフをベースとしたものになる予定で、つまりプラットフォームがPQ35からMQBに更新される。

 これに向け、同社は2011年にドイツで80台のゴルフ ブルーeモーション(ゴルフb-e-m)によるフィールドテストを開始。現在、日本と欧州8カ国で24台のゴルフb-e-mによる体験走行ツアーを開催している。今回の試乗会もこの一環だ。

 公開されたゴルフゴルフb-e-mは、現行ゴルフ(ゴルフ6)にリチウムイオンバッテリーとモーターを搭載したEV。ブルーeモーションのステッカーが貼ってあることを除けば、外観は現行ゴルフそのものだ。

 しかしテール下部を覗きこむと、テールパイプが見当たらない。また、サンルーフには太陽電池パネルが仕込まれている。このパネルから供給される電力は、駐車中の室内換気(気温上昇を和らげる)に使われる。

テールパイプがないサンルーフに仕込まれた太陽電池パネルタイヤはコンチネンタル「コンチ プレミアム コンタクト2」でサイズは205/55 R16。ミシュランの「エナジーセーバー」装着車もあった
充電口は2カ所、1つはフロントのエンブレムの裏(左、中)、もう1つはICE車なら後部の給油口があるところ(右)。現在付いているのは欧州仕様の4相プラグで急速充電には対応しない。市販版では後部がコンボ規格のプラグになる予定
充電中はプラグとメーターパネルにインジケーターが光る

 車内に乗り込んでも、試作車を感じさせるところはない。ルック&フィール、インテリアの質感の高さを含め「現行ゴルフそのもの」の印象は変わらない。

 しかしよく見ると、メーターパネルは現行ゴルフより賑やかだ。2眼メーターの左側、通常ならレブカウンターがあるところは、出力や回生量を表すパワーメーターになっているし、その中の通常なら水温計になっているところは、航続距離計になっている。

 また、電源プラグのアイコンが各部に散見されるし、インフォテインメントシステムの「Car」を選択すると、バッテリーやモーターの作動状態を表す「パワーフロー」画面が表示される。

室内も前後席ともにICE車と同じに見えるが……
回転計は出力と回生状態を表示するパワーメーターに、水温計は航続距離計になっている(中)。燃料計はそのままバッテリーの残量を表しているが、プラグのアイコンが付く。スピードメーターの青い表示は、経済走行できる速度を表す(右)
マルチファンクションディスプレイの各種表示。燃費(電費)表示など、ICE車なら「L」であるところが「kWh」になっている
インフォテインメントディスプレイには「パワーフロー」画面が追加されているほか、航続距離とバッテリーの残量が表示される
パワーフロー表示。左が通常走行、右が回生中

 ラゲッジルームの床を“めくって”みると、大きなリチウムイオンバッテリーのケースがあるのが見える。ボンネットを開ければ、エンジンやトランスミッションの代わりに、モーターやインバーターなどのパワーエレクトロニクス機器とオレンジ色の配線が見える。

 モーターは内燃機関(ICE)と同様に、フロントに横置きされ、前輪を駆動する。モーターの最大出力は85kW(115BHP)、定格出力は50kW(68BHP)、トルクが270Nm。このトルクは、メルセデス・ベンツの直列4気筒1.8リッターターボ、またはBMWの直列4気筒2リッターターボエンジンと同等。ちなみに現行ゴルフGTIは280Nmだ。

 これによりゴルフb-e-mは、最高速度135km/h、0-100km/h加速11.8秒となっている。

 リチウムイオンバッテリーは、180セル30モジュール構成で、電圧は324V、容量は26.5kWh。最大150kmの航続距離を実現している。すべてのモジュールはラゲッジルーム床下と後席下、センタートンネル内に収められ、パッセンジャーのための空間は侵食されていない。

ラゲッジルーム床下にリチウムイオンバッテリーのケースが見える
フロントに横置きされるパワートレーン

 

「READY」の表示が出れば走行可能

回生量と出力のコントロール機構を備える
 ゴルフb-e-mの始動方法はICE搭載ゴルフと同じで、キーをシリンダーに差し込み、ひねるだけ。スタート位置まで回して、メーターパネル中央のマルチファンクションディスプレイに「READY」と表示されればOK。キーがスタート位置からバネの力でイグニッションON位置に戻るところまで、ICE版と同じだ。

 このあとはAT車(現行ゴルフの場合は「DSG」)と同じ。シフトセレクターを「P」から「D」レンジに動かし、アクセルペダルを踏み込めば前進する。ただしクリープはしないのが、AT車と異なるところだ。

 ステアリングホイールにはシフトパドルが用意されているが、ゴルフb-e-mのトランスミッションはシングル、つまりシフトはしない。ではパドルは何に使うのかというと、ブレーキ回生量を制御するためにある。

 「-」と書いてある左のパドルを引くたびにD、D1、D2、D3の4段階で回生量が増え、「+ OFF」と書いてある右のパドルを引くたびに減る。回生レベルの表示は、マルチファンクションディスプレイ上部右の、シフトポジション表示で分かる。通常は「D」だが、レベルを上げていくとその横にレベルに応じたアイコンが表示される。

シフトパドルは回生量のコントロールに使う
回生レベルの表示。左上がD、右上がD1、左下がD2、右下がD3

 回生にはもう1段階強いレベル、つまり最強レベルがある。これはパドルでは選べず、シフトセレクターを「B」レンジに入れることで選べる。シフトポジション表示にも「B」と表示される。

 Dレベルでは回生は行われず、アクセルペダルを戻すと惰性走行「セイリング」モードになる。D1~3、Bはレベルに応じた回生が行われ、エンジンブレーキと同じ効果がもたらされる。

 もう1つゴルフb-e-m独特の操作系は、シフトセレクター前方にあるECO/RANGEと書かれた「レンジプロファイル」スイッチだ。これはエネルギー出力(レンジプロファイル)を「ノーマル」「ECO」「RANGE」の3段階で制御するもの。「ノーマル」はモーターの最大出力85kWを発生できるが、「ECO」を選ぶとこれが70kWにセーブされる。「RANGE」は、40kWまで制限され、エアコンの動作まで止めてしまう。

レンジプロファイルスイッチ(左)とその表示(右)。ちなみにレンジプロファイルスイッチの左にあるのは充電開始スイッチ

 

(さらに)高級・高品質なゴルフ
 試乗コースは臨海副都心周辺の一般道で、試乗時間も短かったが、ゴルフb-e-mの性能の片鱗はうかがえた。

 まず感じるのは「静かさ」と「トルク感」で、これは「リーフ」「i-MiEV」といったEV達と共通するところだ。特にトルクは、モーターが回り始めた瞬間から最大トルクが発揮されることから、270Nmという数値以上に豊かに感じる。トランスミッションによる変速がなく、停止状態からまったく段付きなく、スムースに加速してしまうこともその要因だろう。

 ただし、トルクのマナーはもちろんよく制御されていて、あくまでペダル操作にリニアだ。加速に唐突さや不自然さは感じないし、フロントホイールを空転させるようなこともなかった。

 ゴルフb-e-mの速度計の20~80km/hの範囲は青く縁取られており、これはバッテリーに負担をかけ過ぎずに効率よく走行できる速度域を表している。しかしアクセルを踏んだ瞬間から感じられるトルクの豊かさを味わうと、これが不当なものに思え、最高速度まで踏み込みたい誘惑にかられる。

 静粛性に関して言えば、聞こえてくるのはロードノイズと風切り音、かすかなモーターの動作音だけ。もうこれだけでも十分高級車の気分が味わえる。これは車外でも同じで、低速走行時には自分の存在を知らせるための人工音をスピーカーから発生させる。この人工音は、ちょっと低めの排気音のような音だ。

 パドルとシフトセレクターによる回生量コントロールは、運転の楽しみを広げるのに非常に有効な装備だ。回生レベルを上げると、アクセルペダルを戻せばエンジンブレーキと同じように減速するが、レベルを上げるごとにその減速Gも増える。走行中にパドルで回生レベルを上げると、あたかもシフトダウンしているような感覚を味わえ、これを活かしてスポーティーなドライビングを楽しむこともできそうだ。

 バッテリーの消費量や走行状況、自分の走行イメージを秤にかけて回生レベルを選ぶドライビングは、EVならではと言えるだろう。操作の楽しみが少なそうに思えるEVにあって、回生量コントロールはドライバーにクリエイティブな仕事をさせる役割を果たしているのだ。

 b-e-mの重量は1545kgで、EV化に伴う重量増は205kg。試乗会にシチュエーションではこれがよい方向に働き、ハンドリングや乗り心地は、ICEのゴルフよりもしっとりした感覚を味わえる。

 総じて言うならその印象は、「高級になったゴルフ」だ。スムースな加速と静粛性、落ち着いたハンドリングと乗り心地、どれをとってもゴルフより1つか2つ上のセグメントのそれだ。

 凡百のEVに感じるような“おもちゃっぽさ”“遊園地の乗り物感”は微塵もなく、まぎれもないフォルクスワーゲン「ゴルフ」であり、そのゴルフの走りの質感が高まった、といったところだろうか。

 ゴルフb-e-m同様、内燃機関搭載車をベースとしたEVに三菱「i-MiEV」がある。i-MiEVはベースの「i」よりも、走りや乗り心地が1ランク上、とよく言われるし、筆者も同意見だ。

 ゴルフb-e-mでも同じことが起きているわけだが、ベースが“あの”現行ゴルフである。現行ゴルフはフォルクスワーゲングループの規模を活かし、内外装・走りともにセグメントの標準を大きく上まわる質感を備えていることで知られているのであって、これにEVならではの静粛性や走りの質感が加われば、プレミアム・セグメントなみの体験になることは、想像していただけるのではないか。

 この試乗会のために来日した独フォルクスワーゲンのDr.ルドルフ・クレープス 電気駆動担当グループ執行役員は、「EVの開発製造でも、わたしたちの知識や能力を集約する。フォルクスワーゲンらしいフィール、快適性、音、性能を実現し、EVでもフォルクスワーゲン製品として感じていただけるのが重要」と言う。それはこのプロトタイプにおいては、見事に実現されていると思う。

 そんなゴルフb-e-mを世に問うにあたり、フォルクスワーゲンは何を考え、このクルマをどう作り上げるつもりなのか。Dr.クレープスによるその説明は、後編でリポートしたい。

(編集部:田中真一郎)
2012年 5月 31日