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JAXA、スバルと共同開発した低ソニックブーム設計概念実証機「S3CM」を公開
全長は約8m、重量は約1t。8月にスウェーデンで試験を開始。
(2013/5/31 00:00)
JAXA(宇宙航空研究開発機構)は5月30日、次世代超音速旅客機の基礎技術を実証する低ソニックブーム設計概念実証(D-SEND)プロジェクトで使用する試験機をスバル(富士重工業)の宇都宮製作所で公開した。
D-SENDとは、JAXAが行っている「静粛超音速機技術の研究開発」の1つ。超音速で飛行する物体は音速を超えて飛行する際、地上に爆音をもたらす衝撃波(ソニックブーム)を発生してしまう。これを低減し、騒音被害を抑えて静かな超音速飛行が可能な旅客機を開発することを可能にするためのプロジェクトだ。
超音速旅客機と言えば、その第1世代となる「コンコルド」が有名で、その巡航速度はマッハ2。1976年~2003年まで27年間飛行した。だが、超音速旅客機はこの第1世代だけで終演を迎えてしまった。その理由はソニックブームによる騒音や燃費のわるさがあった。特にソニックブームは深刻な環境問題とされ、その航路(航空路)上に有るほとんどの国が陸上での超音速飛行を禁止。海上など人家のないところでしか超音速飛行が認められなかったためそれらを迂回する航路を採らざるを得ず、元々良好とは言えない燃費をさらに悪化させることになった。
コンコルドは商業的には失敗し、現在は音速以下で大量の人員を安く運べる大型旅客機が業界の主流となっているのはご存じのとおり。
だが、速度によるメリットは確実にある。このため1980年代にも1度、超音速旅客機開発の機運が高まったことがあったが、時期尚早ということで却下された。しかし最近になって、2020年代後半ごろであれば、小型機の分野で低騒音かつ燃費も改善した超音速旅客機開発が可能ではないか、という目処が立ちはじめ、JAXAがその技術開発を行っていると言う。コンコルドは100人乗りの機体だったが、この計画では50人前後の乗員を想定している。小型で重量が軽い機体であれば、それだけでもソニックブームをより小さくできるからだ。
静音性の高い超音速旅客機が実用化されれば、ヨーロッパに向けて向けて陸上を超音速飛行することも可能になり、日本にもメリットが大きい。マッハ2での超音速飛行を想定すると、日本から6時間以内で飛行可能なエリアが広く、東はニューヨーク、西はロンドンまでを約6時間でカバー可能になる。6時間というのはエコノミー症候群発症の境目とされる時間で、6時間以下での発症例はないと言う。そのため、高齢者や持病を持っている人でも長距離の旅行が可能になる。シンガポールにも3時間ほどで飛行可能で、日帰り出張も可能になるとする。
これによる各都市間の旅客数増大により経済効果として世界のGDPが1.3%増大(2025年に約78兆円)するとJAXAでは見込んでいる。
JAXAは1997年から次世代超音速旅客機の研究を開始。前半10年で空気抵抗低減技術を実施し、これを完了。「自然層流翼設計技術」として特許を出願している。2006年から次の課題となる静粛超音速技術の研究を行っており、今回はその飛行実証となる。
JAXAが想定している小型超音速旅客機は、乗客数36人~50人(全席ビジネスクラス)、巡航速度マッハ1.6、航続距離3500nm以上。全長47.8m、全幅23.6m、全高7.3m、全備重量70t、出力15tの双発エンジンを搭載するというもの。
技術目標として、巡航揚抗比の向上、ソニックブームの低減、空港騒音基準への適合、構造重量の軽減の4つが挙げられている。
巡航揚抗比とは機体の空気抵抗と揚力との比率で、高ければ高いほど燃費がよい。一般的なジャンボジェットでは14前後だがコンコルドは7。JAXA案ではマッハ1.6の巡航速度で8以上を想定。ソニックブームはコンコルドの2psf(ソニックブームの強度を示す単位)に対してその1/4となる0.5psfを目指す。これが低いほどソニックブームの地上での騒音は軽減される。空港騒音はICAO(国際民間航空機関)基準(Chap.4)に適合。構造重量は複合材適用率を50%とし、構造重量を15%低減するというもの。
世界で初めて機体後端で発生するソニックブームを低減
ソニックブームとは、航空機が音速を超える速度で飛行する際に発生する衝撃波で、コンコルドを例に取ると、音速を超えた機体で発生したソニックブームは地上に到達するまでに機体の先端で発生した衝撃波と後端で発生した衝撃波の2つに集約される。これが地上に到達すると、約0.2秒の間隔でドドン! という2回の連続した花火のような炸裂音になる。この爆音が原因でコンコルドは陸上での超音速飛行が禁止されることになった。
D-SENDプロジェクトは、このやっかいなソニックブームを機体形状の工夫等により軽減し、陸地の上でも超音速飛行が可能な機体を開発するための技術を実証していく。機体の機首部分にあたる「先端ブーム低減設計コンセプト」や「後端ブーム低減設計コンセプト」などにより機体形状を工夫することでこれを実現する。
コンコルドで発生するソニックブームの波形は、機体の前後に2回の大きなソニックブームが発生する「N型波形」となっていたが、JAXAが開発した機体形状により、強い2回の衝撃波ではなく、小さな複数回の衝撃波に分散させることができる。いわば「衝撃波を分解」し、従来のソニックブーム波形よりも「マイルド」な波形に押し込めることで静音化を計ると言う。
機体の後端から発生するソニックブームを低減する技術についてはNASAなどでも研究が行われているが、実機モデルでこれを実証するのは今プロジェクトが世界初となる。
D-SENDプロジェクトは2段階で計画されており、その第1段階となるD-SEND#1は2011年にオーストラリアで実施済み。これは低ブーム及びN型波形用軸対象物体の落下試験で、細長いダーツのような形状(軸対象)をした静粛超音速機3技術の機首部分を想定したモデルを高度30kmから自由落下させ、ソニックブームが実際にどのように発生し、それを抑えることができるかを試験し、成果を収めている。
今回はこの試験をさらに進化させ、静粛超音速技術を盛り込んだ飛行体を自由落下させるD-SEND#2「非軸対象供試体落下試験」を、スウェーデンのNEAT実験場で8月中に実施する予定。実験エリアは全長100km、全幅70kmに及ぶ。試験用の機体は2機製作され、試験は2回にわたって行われる。
この飛行体は「S3CM」と呼ばれ、前回同様エンジンを搭載しない無人機。機首や主翼、尾翼部分などに低ソニックブーム化を実現する技術を盛り込んだもので、D-SEND#1のモデルに比べ、実際の航空機の形状に近いものになっている。
全長は約8m、重量は約1t。これを高度30kmまで気球で運び、そこから約50度の角度で落下させ、自律航法により飛行させる。落下中に到達する速度はマッハ1.3。これによって発生したソニックブームを高度1kmに浮かべた気球や地上のブーム計測システムなどでデータ収集する。
記者会見では、JAXA D-SEND プロジェクトチーム プロジェクトマネージャである吉田憲司氏が挨拶。吉田氏は「今回の試験はソニックブームを軽減する仕組みを設計通り下げることができることを実証するもの。ソニックブーム軽減は小型超音速旅客機開発で最大の課題になる。同様の技術は世界中で研究がされているが、今回我々が開発した技術は世界に勝てる技術だと思っている。最終ゴールはこの技術を実証し、これまで開発した技術全てを盛り込んだ超音速旅客機に結実させることを夢見て研究開発をしている」などと語り、その技術に自信をみせた。
引き続き、機体を設計・開発した富士重工業 航空宇宙カンパニー 航空機設計部の加茂圭介氏が、同社とJAXAの関わりについて説明した。
スバルは今回のプロジェクト以外にも、日本版スペースシャトル「HOPE」や垂直離着陸実験などさまざまなプロジェクトでJAXAと関わってきた。特に無人機の分野では日本国内ではトップメーカーとされ、防衛省やJAXAなどとともに40年以上にわって650機以上の無人機を作り上げてきた。今回のプロジェクトもその一環となる。
加茂氏は今回の機体開発のポイントについて「形状が精密な機械であり、3次元設計を使い我々の持っている技術のすべてを盛り込んだと言っても過言ではない。特に機体後部の滑らかで特殊な形状は後端から発生するソニックブームを軽減する仕組みで、世界で初めての実機となる」などと説明した。
今後のスケジュールは、6月中旬にスウェーデンに向け機体輸送を開始。7月下旬から8月中旬にかけて、現地の天候の様子をみながら2回の試験を実施することになる。なお、機体に着陸のための構造はなく、試験終了後は現地で破棄される予定。