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【GTCJ2015】エレクトロビットがNVIDIA、Infinionと提携した狙いを聞く

自動運転車の実現に向けたエレクトロビットの考え

2015年9月17日 実施

NVIDIA、Infinionと提携したエレクトロビットにインタビュー

 9月16日、ドイツで開催されているフランクフルトショーで、自動車向けのソフトウェア開発を行うElektrobit(エレクトロビット)が、半導体メーカーのNVIDIA、Infinionとの提携を発表した。本拠のあるドイツのほか、日本をはじめグローバルに拠点をもつElektrobitは、ECUソフトウェアやインフォテイメント関連、あるいはコネクテッドカーや自動運転に関わるソフトウェアの開発を進めている企業だ。

 車載システムの開発を手がけるコンチネンタルの子会社でもあるエレクトロビットだが、なぜ今、NVIDIAやInifinionと提携することに決めたのか、その狙いはどこにあるのか。自動運転の将来像も含め、GTC Japan2015に参加するために来日した同社のグローバルマーケティングディレクターのマニュエラ・パパドポル氏、ECUソフトウェア開発に携わるシニアマネージャーのカーステン・ホフマイスター氏、エレクトロビット日本の柳下知昭氏の3名に話を伺った。

3社は共通のゴール、ビジョンを共有している

エレクトロビット グローバルマーケティングディレクター マニュエラ・パパドポル氏

――早速ですが、NVIDIA、Infinionと提携を発表したことについて聞きます。なぜNVIDIAやInfinionを選んだのか、そして提携の一番の目的はどこにあるのですか?

マニュエラ氏:エレクトロビットは25年以上の歴史をもち、自動車向けソフトウェアにおけるリーダーです。ダイムラー、BMW、アウディなどとともに自動車ソフトウェアの開発を進めてきました。

 一方、NVIDIAはコンピューティング・グラフィックス市場のリーダーで、何年もの間自動車産業にも関わってきており、我々には共通の顧客、アウディやメルセデスベンツなどがいます。彼らのクルマには我々のHMI(Human Machine Interface)とナビゲーションシステムからなる「バーチャルコクピット」をビルトインしており、NVIDIAのテクノロジーによる美しいグラフィックで表現します。すでに私たちとNVIDIAはよいパートナーであり、自動車メーカーが自動運転を可能にするビジョンを共有するまでに至りました。

 Infinionもまた、自動車業界と長い関係を築いており、3社それぞれが持つ最高のコンポーネントを持ち寄って協力し、最新の技術を構築することを決めました。我々には自動運転の実現に向け同じゴール、同じビジョンを共有する卓越した関係があるのです。

カーステン氏:Infinionと私たちのパートナーシップは長く、同社のAurixというマイコン上で動作するAUTOSAR(オートザー、欧州の自動車メーカーらが策定したECU向け汎用車載ソフトウェア規格)準拠のソフトウェアの設定・検証を行う、EB tresosというソフトウェアの開発において協調してきました。NVIDIAのDRIVE PXは、InfinionのセーフティコントローラーとしてAurixの中で機能するもので、つまり安全性に関わるソフトウェアがAurix上で動作することになります。

 セーフティコントローラ上で動作するエレクトロビットの製品は、安全に関わるソフトウェアの良い実行環境を保証する重要な鍵となっています。さらに付け加えると、我々はCAN、イーサネット、FlexRay、LINといった自動車のネットワーク接続にも関わっています。これらはAUTOSARのソフトウェアスタックにインプリメントされているものです。

 我々のAUTOSAR上で動作するソフトウェアは、NVIDIAのTegraチップセット、ハイパフォーマンスなコントローラー、Linuxに深く関わっています。すなわち、Linuxを上位とするシステムにおいて、NVIDIAのコントローラ、あるいはInifinionのコントローラで動作するAUTOSARの環境下でも、ソフトウェアをシームレスに使えるということになります。

柳下氏:InifinionのAurixというマイコンは、元々機能安全にも対応しているものです。機能安全は自動運転プラットフォームにとってはもちろん必要なもので、Aurix自体DRIVE PXに搭載されていますから、機能安全はきちんとそのセーフティな環境で実行されます。我々のソフトはTegraに載っていますので、DRIVE PXではシームレスにAurixやTegraと協調動作できるようにしています。

カーステン氏:冗長性のコンセプトについてもNVIDIAと意見を交わしています。DRIVE PXには2つのTegra X1が載っていますが、エレクトロビットのソフトウェアはそれぞれのTegraチップで情報をやりとりして結果を得るという計算を行い、InifinionのAurix上で2つの結果を比較します。我々は「1oo2(1 out of 2)」の仕組みのような冗長性のメカニズムも考案していますが、NVIDIAとエレクトロビットとの間で緊密に連携してこの冗長性に関するソフトウェア開発を行っています。

エレクトロビット カーステン・ホフマイスター氏

――今回提携した結果生まれる具体的な製品は、いつ頃市場に登場する予定ですか?

カーステン氏:AUTOSAR準拠の我々のセーフティに関わる一般向け製品は、すでに今走っている自動車、例えばBMWなどに搭載されています。DRIVE PXはまだ開発中で、将来一般向け製品としてリリースされますが、今の仕様そのままで出していくことになるかどうかは分かりません。メーカーや車種によって仕様が異なりますから、それらのニーズに合わせることになるかもしれません。

 また、DRIVE PXとDRIVE CXは組み合わせて1台のクルマに搭載することもできますが、DRIVE PX 1台だけで自動運転の高度な処理全体をまかなうことはできないかもしれません。複数台が必要になる可能性もあります。

マニュエラ氏:我々は自動運転の実現に向け、あらゆる自動車メーカーと一緒に仕事をしています。彼らは今回の提携について関心をもっていただけていて、支えてくれてもいます。2018年、あるいは2020年までには、DRIVE PXに搭載されているこれらの機能を搭載したクルマを実現したいということで、3社が協力しています。

親会社のコンチネンタルが、我々のシステムを使うのもOK

――他社の運転支援システムと比べると、どういったところにアドバンテージがあるですか?

カーステン氏:アプリケーションの視点で言えば、ディープラーニングに関わる部分でさまざまなポテンシャルがあるのがNVIDIA DRIVE PXの大きな特長だと思います。ディープラーニングの領域は、研究開発には使われていたものの、一般の車両の機能開発においてはこれまで用いられてきませんでした。

 セーフティに関するプロダクトは他にも存在していますが、システム全体の安全性を確保するためのソリューションが出てくるのは、これからということになります。将来的にはAUTOSARベースのプラットフォームは、「ダイナミックビヘイビア」という機能が入ってくることもありますので、今後も発展していくでしょう。

 ちなみに「ダイナミックビヘイビア」の「ダイナミック」が何を意味するのか、というところですが、現在、緊急時の機能はほとんどの場合静的に実装されていますから、通常は車両が一度納車されると、その内容は変えることができません。しかし、自動運転において故障が起こった時に安全な対処を行うための「フェールオペレーション」を確保するには、ハードウェアに障害が発生しても必ず自動運転機能は提供しないといけません。そういった場面でもその場の状況に応じて障害に対応できるのが、ダイナミックという意味になります。

――エレクトロビットの親会社はコンチネンタルになります。コンチネンタルも車載システムを開発していますが、棲み分けについてはどのように考えていますか?

マニュエラ氏:コンチネンタルが私たちを買収したのには理由があります。我々が車載ソフトウェアに関してきわめて優れた技術を持っている、というのが1つ。そして、私たちはAUTOSARに関してはパイオニアと言ってもいいほどで、そのトレンドを作ってきたと自負しています。

 買収後もエレクトロビットというブランドが保持されたことからも、独立性を確保していることを現わしていると思っています。このような形で存続することは、コンチネンタルだけでなく、自動車業界においてもメリットがあると考えていますし、NVIDIAとの関係や、NVIDIAとともに製品を開発していくことは、コンチネンタルにとっても彼らの製品を発展させられる点で意義のあることだと思います。

カーステン氏:コンチネンタル以外の、ほかのすべてのTier1(一次サプライヤー)とも関係を続けています。DRIVE PXに代表される、安定した、ハイクオリティなソフトウェアは業界にとっても最善と思われます。

――コンチネンタルはコンチネンタルで、エレクトロビットはエレクトロビットで、それぞれが車載システムやソフトウェアを独自に開発していく、ということになるわけですか?

マニュエラ氏:そのとおりです。特定の会社とパートナーシップを結ぶべき、という強制事項はありませんし、私たちがベストであると認識したパートナーの方々とエコシステムを作る裁量があります。ただ、ディープラーニングを採用したDRIVE PXを提供するNVIDIAのような会社は、ほかにない、ということは理解しています。我々にとって、セーフティソフトウェアとセキュリティソフトウェア、そしてDRIVE PXはベストマッチのコンビネーションだと考えています。

カーステン氏:もちろん、それが最高のソリューションだと思えば、コンチネンタルも(自社開発のものではなく)我々のソフトウェアを使うのは自由ですよ(笑)。

完全自動運転の一般化に向けた最大の課題とは?

――少し話はそれますが、完全自動運転の一般化に当たって最も大きな課題と捉えているのは何でしょう?

マニュエラ氏:それはもうたくさんありますが、1つはレジストレーションの問題です。自動運転車が走行するに当たって、何に対して免許証などを発行するか、ということです。これまで通り運転(乗車)する人に発行するのか、自動車に対して発行するのか。例えば自動運転車と普通のドライバーが運転しているクルマが事故を起こした時、どちらが責任を負うのか、という問題も片付けなければなりません。保険もそうです。

カーステン氏:それと、今まさに事故の直前にあるという状況で、ハンドルを左右どちらかに切って避けなければならない時、クルマの左側に人が1人、右側に人が5人いるとしたら、どちらにハンドルを切って回避するべきなのか、というのも大きな問題になるでしょうね。

マニュエラ氏:課題と考えられる2つ目は、乗車する人、その他一般の人たちに対する教育です。それまでクルマを運転してきたのに、ハンドルから手を離して、クルマを信頼し、勝手に走らせることを想像してみてください。これは大きなことです。

 言語にたとえて言えば、自分たちは当然言葉のしゃべり方が分かっていますが、自動運転になると自分が話すことを控えなければなりません。自分がいろいろと運転について分かっているにも関わらず、クルマが勝手に操縦するという状況に慣れなくてはいけないのです。

 加えて、自動車メーカーもクルマの作り方、メンテナンスの方法を変えなければならず、サービス部門の運営方法、ディーラーもやり方を変える必要があります。顧客にとっては自動運転のクルマをディーラーで買うというのではなく、クルマの「自動運転のサービス」を使うという考え方になると思われます。

 メンテナンスにおいては、すでに現在のメルセデスSクラスのクルマで2億行ものコードでソフトウェアが作られているわけで、自動運転車になればその2倍の規模になってしまうことが想像されます。ディーラーは今のところクルマのハードウェアの修理、交換はできますが、将来はもしかしたらエレクトロビットやNVIDIAが直すことになるのかもしれません。

 ソフトウェアはOTA(Over The Air:ソフトウェアアップデート)などで修正するにしても、クルマのアップデートや改修は技術をもつ企業がやらなければいけません。自動車メーカーはクルマを作り、ソフトウェア企業はソフトウェアを作るわけで、ビジネスモデルは変わらざるを得ないでしょう。

 多くの自動車メーカーブランドがたくさんの車種を投入していますが、自動運転の世界になると、それらは必要になるか、という疑問もあります。自動運転において差別化要因となるのは、乗った時の体験。そのメーカーがプレミアムなエクスペリエンスを提供するかしないか、というところにかかってきます。航空機におけるビジネスクラスとエコノミークラスの違いみたいなものです。その両方のシートのどちらを使うかにおいて、ブランドを気にするでしょうか。いや、気にするのはビジネスがいいか、エコノミーがいいか、だけです。ブランドは気にしません。

 もう1つの差別化要因はソフトウェアにもあります。きれいなグラフィック表示が欲しいのであればNVIDIAがやっていますし、安全性についてはエレクトロビットが対応できますから、そういったものがクルマ選びの際の大事な1要素になってきます。もはや馬力がどれくらいあるのか、レザーシートや赤色のボディカラーがあるかどうか、といった点は問題ではなくなるのです。

カーステン氏:完全な自動運転になるまでは、たくさんある小さなステップを踏みながら、問題を1つずつ技術的に解決していくことになるはずです。例えば現在のところの技術的な問題を1つ挙げると、バッテリーが壊れた時にどうするか、というのがあります。何か重大な障害が発生した時に、路肩に寄せられるように電源を二重にしておかなければなりません。

マニュエラ氏:あるいはトラブルで自動停止した際には、別の自動運転車が助けに来るという方法もあるかもしれません。自動車メーカーにとってはビジネスモデルをどう考えるか、という話ですので、今から将来どうなりたいかを改めて考える必要があるのではないでしょうか。

エレクトロビット日本 オートモーティブ・ソフトウェア事業部 柳下知昭氏

――日本市場に対しては、今回の提携によってどのような展望、期待を抱いていますか?

カーステン氏:日本の各自動車メーカーは今、2、3年後に発売されるであろう次世代のADASシステムを作っているところだと思います。日本のメーカーの方々には、ぜひDRIVE PXやエレクトロビットのシステムを使っていただきたいですね。まずは十分に調査していただいて、別のシステムとも比較しながらともに発展していければ。

マニュエラ氏:日本市場では企業間の伝統的な関係が継続していることは認識していますし、自動車メーカーとTier1の企業との関係も堅固であることを理解しています。しかし将来的にはそのあたりも少し変わっていただいて、ソフトウェアサプライヤーがもう少しソフトウェア開発や、新しいことの啓蒙に関わらせてもらい、ADASやインフォテイメントに入っていければよりよくなるのではないかと思います。それによって日本メーカーの皆様が再びテクノロジリーダーになれる可能性があるのではないかなと思います。

カーステン氏:OEMのみなさんも全く新しいアーキテクチャーを考える、というところを検討してほしいと思います。やはり今までのものに対する改善や更新というレベルでは、なかなか複雑性に対応できないところもあるのではないでしょうか。

柳下氏:日本はまだTier1の企業がソフトウェアもハードウェアも両方見る、というビジネスになっていると思うんですが、欧州ではハードとソフトを分離して調達するという動きが始まっていますので、(日本もそうなれば)ソフトベンダーがそこに入っていく部分がどんどん広がっていくと考えています。

(日沼諭史)