「ワクエコ・カーモデラー教室」リポート
プロと一緒にカークレイモデル作りに挑戦

科学技術館で開催されたワクエコ・カーモデラー教室

2009年8月20日、21日



 8月20日、21日の両日、科学技術館(東京都千代田区北の丸公園)で、日本カーモデラー協会主催による、子供向けの体験イベント「ワクエコ・カーモデラー教室」が開催された。このイベントは、国内自動車メーカーに所属するプロのカーモデラーが先生として制作を手伝い、子供たちが自由な想像力を発揮して、カークレイモデルを作り上げるというもの。本記事では、その模様を紹介すると同時に、日本カーモデラー協会会長で、日産自動車デザイン本部 デザインリアライゼーション部主担の木村誠氏に話をうかがうこともできたので、カーモデラーとはどのような職業か、クレイモデルとは何かという点についても紹介する。

 木村氏は、1973年に日産自動車に入社し、それ以来同社においてクレイモデル製作一筋に担当するという人物。さまざまな日産車の開発に携わり、近年は「GT-R」(R35)や「フェアレディZ」(Z34)などの開発にもかかわっている。

 また、2004年度には厚生労働省の「現代の名工」に、日産テストドライバーの加藤博義氏とともに選出された。そのことは、「ムラーノ」のパンフレットや、日産のWebサイトにある「from NISSAN PREMIUM FACTORY」内の「PREMIUM INTERVIEW」で、大きく紹介されている。日本カーモデラー協会の会長には2008年に就任した。

左端が木村氏。木村氏自らも子供たちにカーモデル作りを教えていた日産のWebサイト内にある「PREMIUM INTERVIEW」のページで木村氏が紹介されている

カーモデラーの役割は2次元のデザイン画を3次元化すること
 カーモデラーは、現在の自動車開発において、カーデザイナーとともにデザイン部門を支える重要なポジションだ。カーデザイナーの起こしたデザイン画をもとに、モデリング用のインダストリアルクレイ(粘土)を使って1/5(5分の1)スケールや1/1スケールの立体モデルを制作する人のことである。

カーモデル作りに使用するインダリストリアルクレイは、固まらないようクレイウォーマーの中で温められている参考展示されていた、専門学校生が作った1/5スケールのクレイモデル子供たちが作るのは1/10スケールのクレイモデル。これは先生がお手本として作った1台

 平面に描かれたデザイン画は、立体化する際に、例えば正面から見たときと横から見たときでは矛盾しているような場合もよくあり、モデラーはそこをいかにデザイナーの意図するものを汲み取り、狙いどおりのイメージで立体化するかを要求される。

 言ってみれば、2次元から3次元への翻訳と、デザイナーの頭の中の具体的なイメージを把握するのはもちろん、具体的な形になっていないものまでをも引き出すといった役目を負っている。自動車のイメージは、わずか1mm程度のふくらみの差で、かたまり感、バランス、勢いなど、デザイン画では表現しきれない部分が変わってくるため、立体化に際してはカーモデラーの感性やセンスは非常に重要になるのだ。さらに、法規、設計、製造などの各種要件も折り込みながら立体化する必要があるため、デザインセンスだけではない。広い視野と知識を擁するクリエイターというわけだ。

 なお、現在の自動車開発において、図面データの作成は、1/1クレイモデルの完成品を3次元スキャニングして行うため、カーモデラーの存在がますます重要視されている。コンピューターの性能が格段に上がっているので、すべてCGで作業してしまえるように思うかも知れないが、ユーザーが実際に利用するものであるため、日の光の下で見られる実物であることが重要なのだそうだ。

 さらに木村氏によれば、デザインに関してはデザイナーがメインではあることは間違いないが、「時にはモデラー側から意見や提案をすることもありますし、意見があわなくて衝突することもあります」と言う。つまるところ、完成したクルマのデザインは、デザイナー(チーム)だけのものではなく、モデラーチームとの共同作業によるものなのである。

 また、現在は作業としてデザイナー数名、モデラー数名のチーム体制で1台の自動車のデザインをまとめていくそうだ。入社して5年ほど過ぎたあたりからパーツなど、自動車の一部を任されるようになり、モデラーとしてチームの責任者となるのに15年から20年ぐらいのキャリアが必要だと言う。

 モデラーの職業としての歴史は、木村氏が入社した時点ですでに先輩が活躍していたということで、おそらく国内のメーカーでは1960年代後半ぐらいから確立したのではないか、ということである。日産なら、初代フェアレディZ(S30)、さらにはその前の「フェアレディ」(SR311)のときには、活躍していたそうだ。モデラーを目指すためには、近年は専門学校に専門コースがあるそうだが、木村氏自身は美術系の大学で塑像などを学んできたと言う。なお、各メーカーがどれだけのカーモデラーを擁しているかといったことについては、企業秘密とのこと。だが、木村氏自身が統括しているのは、「クレイモデル担当以外にもさまざまなモデラーがいますし、そのほかの作業を行っている人もいますが、100人ほど」ということであった。

プロのカーモデラーが集結する日本カーモデラー協会
 日本カーモデラー協会は、自動車メーカーに加えて2輪車メーカーや設計製造機器などを扱う国内21の企業が加盟する協会だ。各メーカーのプロのカーモデラーたちが企業の枠を超えて所属し、活動している。今回のようなイベントでは、クレイモデルを扱うモデラーが参加することが多いが、樹脂を扱うモデラーやCGモデルを扱うCADオペレーターなども所属する。同協会は、それら多様なモデラーの人材育成や技能の伝承、モデル造形技法の向上などを趣旨としており、またカーモデラーという職種のアピールにも力を入れているのである。

 そのアピールの一環として毎年夏休みに科学技術館で行われているのが、「クレイモデルエキジビション」だ。今年は経済状況の理由から、残念なことに中止となり、その中の催し物の1つであったクレイモデル教室だけが実施されることとなった。昨年までは、芸術品のようなクレイモデルのクルマやバイク、エンジン部品などを展示。プロの手によるクレイモデルは、表面が磨き上げられることで光沢も出ており、そこに塗装すると一見しただけでは本物と区別がつかないほどになる。そのほか、協会所属のプロのカーモデラーたちによるアート作品の展示や、専門学校生などによる1/1クレイモデルを用いたブラッシュアップ作業などの実演、各種関連メーカーの出展なども行われていた。

 今年は、4月3日に科学技術館の自動車展示室が「ワクエコ・モーターランド」にリニューアルオープンしたので、ワークショップスペースにてクレイモデル教室を実施。2日間ともに午前と午後に2時間30分ずつ行われ、計36人の子供たちが1/10スケールのカークレイモデル作りに挑戦した。昨年までと比べて参加枠が少なくなったためというのもあるが、2.5倍の応募があったと言う。

科学技術館の2Fにある、同館で現在最も新しい施設のワクエコ・モーターランド入口から入ってすぐにあるホンダ「 FCX クラリティ」も塗装されたクレイモデル
ワクエコ・モーターランドでは、クレイモデルについての解説も用意されている科学技術館内にあるワクエコ・モーターランドの一部を使って教室は開催された

タイヤが4つある以外は共通点のない、子供たちの自由なクルマ作り
 カークレイモデルとはいっても、粘土だけで作るわけではない。4つのタイヤ(2つずつ車軸でつながっている)、木製の台車、その上に乗せるクレイを貼り付けるための核となる発泡スチロールを組み合わせて作っていく。

 発泡スチロールを自分がデザインしたいクルマの形に大まかに削って、その上にクレイを厚く貼り付け、専用の道具を使って削ったり刻みを着けたり、指で持ったりパーツをくっつけたりしていくのである。1/1スケールの場合は、核には発泡スチロールではなく樹脂製のものを使う。

台車の上に発泡スチロールをつけた形がモデル作りのベース。そこにクレイを盛っていくクレイを貼りつけているところ、貼りつける言うより、塗っているように見えた専用の工具を使って削っていく
削るための工具一式。それぞれ1度で削れる量が異なり、荒削り用、フィニッシュ用など多数ヘッドライト部のラインを入れているところ

 ちなみにインダストリアルクレイは、室温で乾燥し硬くなるが、温めるとまた柔らかくなる特徴がある(そのため、先ほどのクレイウォーマーを持ち込んで温めていた)。このクレイのよいところは、盛りすぎたらすぐ削れるところであり、削りすぎたなと思ったら、その削ったクレイを集めてまた盛れるところ。紙粘土などと比べ、適度な硬さもあって、非常に扱いやすい。

 取材した回に参加した子供たちは、全9人で、男の子6人、女の子3人。木村氏によれば、近年は自動車メーカー各社ともに女性向けの車種をラインアップしているところから、女性ならではの感性が必要とされ、女性モデラーも活躍しているそうである。日産の場合は、特にインテリアデザインなどで活躍していると言う。

 子供たちの作ろうとしているクルマだが、スポーツカーもあれば4WD車もあるし、救急車や普通車など、さまざま。先生のひとりにうかがったところでは、「なかにはちょっと教えてあげれば、明日からでも働いてもらえそうなほど上手に作ったり、道具の扱いがうまかったりする子がいます」と言う。また、「自分たちはいろいろと縛られてしまっているようなところがありますが、子供たちはそれがなく発想には感心させられます」とも語っていた。今回見た中ではとても凝っていたのが、スバルファンと思われる男の子。ボディサイドにスバルの六連星マークを彫り込んでいた。

左の女の子が救急車、真ん中の男の子がスポーツカー。右の女の子もスポーツカーだったスバルの六連星を描こうと奮闘中の男の子

 木村氏は、現在は大勢のモデラーをとりまとめる役職にあるため、普段はクレイモデル製作を行ってはいないそうだが、この日は久しぶりにその名工としての腕を披露。スポーツカーのリアスポイラー(ウイング)で苦労していた男の子のため、見事な手さばきで作ってあげていた。ちなみに、その男の子は木村氏のファンというお母さんに連れられ、妹と一緒に参加しており、妹はお母さんの意向を汲んで(?)ムラーノを製作。

木村氏がリアスポイラーを制作中。現代の名工の手による貴重なパーツ木村氏が自ら制作したスポイラーをくっつけたところ

 完成した自動車は、最後に車軸を接着剤で止め(車輪は回るようになっている)、実際に手で押せば走らせることができる。クレイ自体はそのまま自宅で飾っておけば、室温で乾燥して硬くなるので普通に持てるようになるというわけだ。

 最後に、自分のクレイモデルを抱えた子供たちと先生が一緒になって記念撮影を行い、この回は終了。子供たちはみな、楽しそうにクルマを抱えており、夏休み終盤のよい思い出作りになったようである。

 

(デイビー日高)
2009年 8月 26日