フォルクスワーゲン、2030年のクルマ社会を語る
シンポジウム「人はなぜ移動したいのか」

パネルディスカッションの模様。左から清水氏、ピエトラッラ氏、シュタイガー博士、佐治博士

2009年10月23日開催
東京都 TFT HALL



 フォルクスワーゲン グループ ジャパン(VWGJ)は10月23日、シンポジウム「人はなぜ移動したいのか。フォルクスワーゲンが考える未来のクルマとモビリティ」を、東京都のTFT HALLで開催した。

 フォルクスワーゲンが調査・研究し、導き出した2030年の自動車社会と、それに向けたフォルクスワーゲンの戦略を説明するイベントで、抽選で選ばれた30名の一般参加者らが聴講した。

 独Volkswagen AGグループ研究部門フューチャーリサート・トレンド移行部責任者のウォルフガング・ミュラー=ピエトラッラ氏と、同グループ渉外部パワートレーン責任者のウォルフガング・シュタイガー博士による講演と、鈴鹿短期大学学長の佐治晴夫 理学博士、モータージャーナリストの清水和夫氏を加えた4名によるパネルディスカッションの、2部構成で開催された。

ピエトラッラ氏

大都市の環境が問題に
 第1部は、ピエトラッラ氏による未来のクルマ社会についての考察と、シュタイガー博士による未来に向けたフォルクスワーゲンの戦略の説明。

 ピエトラッラ氏は、フォルクスワーゲンの今後の方向性を決めるために、自動車技術者だけでなく、科学者、経済学者など、さまざまな分野の専門家の研究を集約して、未来を予測するのが仕事。氏自身も、生物学者で、自動車関連の技術者ではない。

 氏は10~20年後の世界は「ユートピアではないが混沌としたものでもない」と言う。新興市場の経済成長とエネルギー需要の増大、都市への人口集中、所得格差の増大、環境問題の顕在化といった問題に、化石燃料に代わる再生可能エネルギーの開発、脱炭素化(CO2削減)といった対策が必要になる。こうした対策は新たな雇用を創出する可能性もある。

 しかし成長と環境問題の悪化のペースは速く、京都議定書は達成されないし、現在の気候シミュレーションでの予測よりも環境変動は加速すると予測する。

 こうした状況で輸送、とくに地域内の短距離輸送需要が増大し、ニア・ゼロエミッションあるいはゼロエミッションの輸送手段が必要になる。こうしたモビリティは各地の都市の事情に合わせた「テーラーメイド」となるが、世界的には高速な列車と、都市内の「マイクロモビリティ」(1人乗り程度の移動手段)が発達すると見る。先進国で進む人口の高齢化により、高齢者に移動の自由を提供するモビリティも必要になる。

 こうした予測から導き出される2030年の車は、環境負荷を最小限にし、多様なニーズにきめ細かく応えるために今以上に多彩なラインナップとなると言う。

都市化が進行する高齢化も問題に現在でも多品種だが……

 

シュタイガー博士

2~3年で電気自動車に置き換わるわけではない
 シュタイガー博士は、長年パワートレーン開発を務めたが、現在はその経験を生かしてEUグリーンカープロジェクトのチェアマンを務めるなど、企業の枠を超えて未来のモビリティを現実のものとすべく活動している。

 シュタイガー博士のテーマは「自動車分野のグローバルプレイヤーから見た世界展望」。自動車を含む個人のモビリティの課題を「将来の主力エネルギー」「エネルギーキャリア(担体)」「パワートレーン」の3つに絞り、それぞれについて説明した。

 エネルギーキャリアとは、原油、天然ガス、風力、水力といったエネルギー源から得たエネルギーを、持ち運べてパワートレーンが利用できる「ガソリン」「ガス」「水素」「電力」といった形にしたもの。

 エネルギー源もエネルギーキャリアもパワートレーン、多数の選択肢があるが、各国の規制や効率を求める過程でただ1つの選択肢に絞られてしまうわけではない、と言う。

 シュタイガー博士によれば、「電気自動車は石油代替燃料を使う車の中では最高位にある」と言う。電力は、どんなエネルギー源からでも高い効率で生成でき、さまざまなエネルギーキャリアに対応できるからだ。

エネルギー源とキャリア(担体)、パワートレインフォルクスワーゲンのロードマップ

 しかし、電気自動車やハイブリッドカーが究極のエコカーという風潮の中、フォルクスワーゲンは一夜にしてすべての車が電気自動車になるわけではないし、「パワートレーンの未来は白か黒かという単純なものではない」と主張する。コストや航続距離の問題から、2~3年ですべての車が電気自動車や水素燃料自動車になるわけではないし、フル・ハイブリッドカーもコストがかかる。

 さらに、車だけがカーボンフリーになっても意味がなく、エネルギー源自体がCO2を排出しないようにならなければならないという。シュタイガー博士によれば、「燃料電池は特殊なもの。現在、水素はほとんど天然ガスから作られているが、その際のCO2排出量は従来の内燃期間とほとんど変わらないし、バッテリー駆動の電気自動車より効率が劣る」と言う。

 こうした認識を踏まえ、フォルクスワーゲンが描くロードマップでは、当面は「TDI」「TSI」「DSG」を軸とした内燃機関で、ガソリン、天然ガス、バイオマス燃料とエネルギーキャリアの多様化を図り、最終的に電気駆動を目指す。

TDI、TSI、DSGで内燃機関を高効率化
天然ガス、バイオマス燃料、ハイブリッドシステムにも取り組む
ゴルフ ツインドライブはモーターが主役。都市内ではゼロ・エミッションの電気自動車として走行、長距離走行時は内燃機関がアシストするプラグイン・ハイブリッド車
電気自動車の「E-Up!」、高効率TDIと電気モーターのハイブリッドで100km/Lの燃費を実現する「L1」など、フォルクスワーゲンはさまざまなタイプの環境対応車を開発

歓びに欠ける車は誰の役にも立たない
 第2部のパネルディスカッションにパネリストとして登場した佐治博士は、宇宙創生理論やゆらぎ理論で知られる物理学者で、米航空宇宙局(NASA)の惑星探査機「ボイジャー」にもかかわったが、車好きでドイツ製スポーツカーを愛用しているとのことだ。

 佐治氏は「植物は旅をしない、動物だけの特色。遠くに行きたいのが人間の特性」「車は手足の延長」とし、「車の未来像は、環境との共存を考えながら、身体感覚をどのように生かしていくかというところに、重要な意味がある。単に1つの側面だけで良い悪いと判断するのではなく、すべての面から統合的に考えなければならない」と、自動車の未来を考察する際の態度について述べた。

 「都市での交通が非常に重要な課題になりそうだ」という司会役の清水氏の問いかけに、ピエトラッラ氏は「メガシティ(巨大都市)におけるモビリティは世界的に重要。フォルクスワーゲンもマイクロ・モビリティに積極的に取り組んでおり、人間の殻を拡張した、エクステンテンデッド・ボディー・カーに近いものになるだろう。しかしマイクロ・モビリティでは、パッシブセーフティがアクティブセーフティほど進化していない」と述べた。

 また「メガシティ内の比較的低い速度のモビリティには電気自動車がふさわしいと考えていいのか」という問いかけにシュタイガー博士は、「電気自動車、と言うよりエレクトリック・モビリティが最適だろう。公共交通機関の電動化も進める必要がある。それにはバッテリーのコストが鍵だ。電気自動車を富裕層だけのものにしてはいけない」とした。

 ピエトラッラ氏はこの質問に「都市でエレクトリック・モビリティを使うには、充電などのインフラの問題をまず解決しなければならない。さらに、複数の交通機関を結びつけ、乗り換えで中断されることなく移動できる“シームレス・モビリティ”が必要だ」とした。

 電力のエネルギー源としては原子力発電があるが、これについて佐治氏は「原子力発電には放射性廃棄物の問題がある。人間を物理的に解釈すると、非常に精巧な機械と言える。そういう立場から考えると、機械の中に1度取り込んだエネルギーが、危なくて外に出せないというなら、そのようなものは使えないといううことだ」と述べた。

 最後に会場の参加者から「自動車の動力が変わったとき、走りの楽しさについてはどう考えるのか」という質問が出た。これにピエトラッラ氏は「走る歓びには新しい観点もある。電気自動車で走る歓びは、今までとは違う歓びかもしれず、新しい歓びを発見するかもしれない」としつつ「走る歓びは依然として我が社の戦略の核となる要素だ。歓びに欠ける車は作るつもりはない。誰の役にも立たないから」と締めくくった。

(編集部:田中真一郎)
2009年 10月 23日