未来のモビリティの祭典「チャレンジ・ビバンダム」リポート


 フランスのタイヤメーカー、ミシュラン。その企業マスコットとして1898年に誕生したのが、日本やアメリカ市場に対しては「ミシュランマン」なる名前で紹介される、タイヤが積み重ねられたユニークな姿をモチーフとした「ビバンダム」だ。

 そんなこのマスコットの生誕100年を記念して、1998年に第1回大会が開催されたのが「チャレンジ・ビバンダム」なるイベント。「持続可能なロードモビリティを目指して」という副題が与えられているように、この先も人々が移動の自由を享受して行くためには、いったいどうして行けばよいのか皆で考えよう、という趣旨のミシュラン主催によるこのイベントが、今年は5月18日~22日(現地時間)に、ドイツの首都ベルリンで行われた。

歴史的遺構を舞台にした史上最大・最高のイベント
 今回のイベントの主な舞台とされたのは、2008年秋をもって閉鎖されたテンペルホーフの旧空港。現役時代そのままの姿で保存され、建屋は様々なイベントのために、滑走路は公園として使われているというこのスペースは、実はベルリンの壁などと同様に、かつての東西冷戦時代を象徴する遺構としての価値もあるものだ。

 何しろ、ソ連によるベルリン封鎖が行われた第2次世界大戦後の当時には、東側領内に“飛び地”として残され、道路も鉄道も寸断された西ベルリンに対して、生活物資を送り込むための唯一の生命線としての役割を果たしたというのがこの拠点。それだけに、そんなヒストリーを秘めたこの施設を目にするだけでも、そこを訪れる価値があるのではないかと思えたのが、今回のイベントであったというわけだ。

 それにしても、実際にそんなテンペルホーフの会場を訪れてみると、その余りの壮大さと荘厳さに改めて驚かされた。

 ミシュランの本拠地であるフランスを筆頭に、中国・上海やブラジル・リオデジャネイロ、さらには日本の京都などと、これまでに世界の様々な都市を巡って来たチャレンジ・ビバンダム。幸運にもその数カ所を訪問した経験がある自身にとっても、都心からほど近いという今回のロケーションと、前述のような世界の歴史までもを象徴するそのヒストリー性、そして何よりもその規模の大きさには「圧倒的」と言えるものを感じたからだ。

チャレンジ・ビバンダムの会場となったのはテンペルホーフの旧空港。空港ビル、格納庫、滑走路をフルに活用した

 そこを訪れたイベントの参加者はまずレセプションで受付を済ませるが、そのためにはかつて空港ターミナルビルでチェックイン業務を行っていたカウンターを、そのまま“再利用”。食事は、大型機が1度に数機は入ってしまいそうな巨大な格納庫をアレンジした、2000人のゲストが一堂に集まることが可能という特設ブッフェ・レストランで行うといった具合。

 そればかりか、様々なレイアウトを持った数種のテストコースが、目の前にある旧滑走路内に作られてしまったのだから、いつものようにメイン会場とテストドライブの会場をシャトルバスで往復するといった手間も不要だった。すなわち、まさにこのようなイベントには「これ以上は望むべくもない!」という条件が揃っていたのが、この会場だったというわけだ。

 史上最大にして最高のチャレンビ・ビバンダム――「今回のイベントはどうだった?」とその第一印象を誰かに問われれば、まずはそう答えるしかない。過去のチャレンジ・ビバンダムを訪れた誰もが、きっと同様に感じたことだろう。

130台を超える出展車両
 そんな素晴らしいロケーションの下で開催された第11回目となる今回のチャレンジビバンダムも、出展されたナンバー付き車両による一般道でのラリーや、様々なコンセプトカーなども含めての都心でのパレード。さらに、多くのセミナーやカンファレンス、モーターショーばりの特設ブースを用いての技術展示など、いつものように様々な内容が同時進行するカタチでプログラムが進められて行った。

 ちなみに、冒頭に記したような趣旨にさえ沿っていれば、他ブランドのタイヤを装着していることも含めて(!)“資格”は問わないのもこのイベントへの参加の垣根を低くしている大きな特徴。それだけに、世界各地から集結した2輪車、4輪車から大型バスやトラック、トレーラーなどに至るまで、普段なら目にすることが難しい実に多彩なモビリティの手段を一堂に目にすることができるのも大きな特徴であり、また独特の面白さでもあるというわけだ。

なかなか目にすることのない車両も参加する

 ところで、軽く130台を超えたというそんな出展車両の中で、今回ならではと感じられたのは、やはり地元であるドイツからの参加者(車)に強い気合いが漲っていたということだった。

 例えば、誰もがよく知る大手自動車メーカーの作品に限っても、このところ様々なハイブリッド車のアイディアを提案しているポルシェは、2WDと4WDのピュアEVである2台の「ボクスターE」を持ち込んで、同社の電動化に対する将来の可能性を示唆していた。

 一方でメルセデス・ベンツやアウディは、すでに一般市販済みのハイブリッド・モデルに加えて、天然ガス車や燃料電池ハイブリッド車など様々な手法を用いたモデルをプロトタイプながら出展。やはり電動化は推進する一方で、同時に「それだけには頼らない」という“全方位戦略”をアピールしていたのが印象に残った。

ポルシェのピュアEV「ボクスターE」アウディの天然ガス車(左)と燃料電池車
左からメルセデス・ベンツの燃料電池車、ハイブリッド車、EV

 もちろん、そうは言っても頑張っていたのはドイツのメーカーばかりというわけではない。前述のように、真面目さが前面に打ち出される格好となっていたドイツ勢に対して、ひと際目を引く“コンセプト・エコカー”を出展して来場者の人気を集めていたのが、ミシュラン同胞のフランス・メーカーの作品。

 EVでの加速記録を樹立すべく社の創業200年を記念して開発され、2011年4月にはニュルブルクリンクでのEV最速ラップタイムも記録したという未来版ドラッグレーサー(?)であるプジョー「EX1」は、なんとライセンスプレートを取得して公道でのラリーにも参加。

 また、EX1と同じく2010年秋のパリサロンで公開されたEVであるシトロエン「サーボルト」も、いかにも未来を感じさせる前衛的ルックスで、会場に華を添えていた。

 また、密かに気合いの入った姿を見せていたのが、スウェーデンからやって来たボルボ。ピュアEV化された「C30」のほか、注目されたのが何とこの場を世界初披露に選んだという「V60」のプラグイン・ハイブリッドモデル。CO2の低減にフォーカスしたため、「組み合わせるエンジンは敢えてディーゼル・ユニットとした」というこのモデルは、2012年秋からの市販が決定しているものでもあるという。

プジョー「EX1」(左)とシトロエン「サーボルト」
ボルボのEV版「C30」(左)と「V60」のプラグインハイブリッド

悲壮感の漂わないエコカーたち
 しかし、実はチャレンジ・ビバンダムの真骨頂(?)は、そんな大手のメーカーと互角の立場で、大学や研究所なども将来に向けてのモビリティを世に提案ができること。

 例えば、「市販されたディーゼル版に対して、どのような優劣があるのか」という興味から開発されたという、オランダの大学が出展した「ルポ」のEVは、実際にテストドライブをさせてもらうと、加速やハンドリングの感覚が大手メーカーの作品に劣らぬ完成度の高さに驚かされた。

 また、まるでモーターサイクルのような加速と、80km/hを超える最高速を目の前で披露してくれたドイツの企業から出展された電動アシスト自転車「ロケット」なども、恐らく大きなメーカーでは発想すらされなかったモデルであるはず。

オランダの大学が出展したルポのEV80km/hもの最高速を出す電動アシスト自転車「ロケット」

 そんなこんなで、この会場に集まった様々なモデルに共通するのは「エコカーとは言っても、そこには一点の悲壮感も漂わない」ということ。かくして、将来のモビリティに対して明るい希望を持たせてくれる――これこそが、チャレンジ・ビバンダムというイベントに秘められた最も重要な意義なのかも知れない。

(河村康彦)
2011年 7月 27日