レース観戦のスタイルが変わる? 富士のワンセグ放送を体験してみた
「ホワイトスペース特区」による実験放送


富士スプリントカップの翌週に幕張メッセで開催された「INTER BEE 2011(国際放送機器展)」にも、総務省によるホワイトスペース特区のブースが設置されていた

 レースの楽しみ方がまた1つ加わるかも知れない。富士スピードウェイは、総務省創設による「ホワイトスペース特区」に選定され、エリアワンセグ放送の実証実験を行っている。

 ホワイトスペース特区は、地上アナログ放送の停波と地上デジタル放送への移行などで空いた電波帯域を利用して各種の研究開発や実証実験を行う特区。ホワイトスペースの定義としては、「放送用などの目的で割り当てられていながら、地理的な要因等でその他の目的にも利用可能な周波数」とされている。総務省が主導するホワイトスペース推進会議は、2010年9月に官民連携してホワイトスペース活用の制度化やビジネス展開の促進を図るために設立。現在、企業や自治体、研究・学術機関など35の事業者が活動を行っている。

 このホワイトスペース特区の実証実験として、富士スピードウェイではこれまでグランドスタンドの大型ビジョンで放送していた映像や音声をワンセグ放送としてサーキット内で放送を行った。実証実験の舞台は、11月11日~13日に開催された「JAF Grand Prix SUPER GT & Formula NIPPON FUJI SPRINT CUP 2011」(以下、富士スプリントカップ)。SUPER GTとフォーミュラ・ニッポンが一度に開催される特別戦として、今年が2回目の開催となる大型イベントである。

SUPER GTとフォーミュラ・ニッポンが一度に見られた富士スプリントカップ

 あいにくの雨となった富士スプリントカップの予選日に、今回の実証実験に携わる富士スピードウェイの土屋元幸氏と、システム運用を行う 東通 及川洋氏、エヌ・エス・ティー 鍵本雅美氏の3人に、ワンセグ実証実験についての話をうかがった。

富士スピードウェイ 管理部施設管理課 情報システムグループ 課長 土屋元幸氏東通 現業本部 技術開発事業部 デジタルコンテンツ開発部長兼情報システム室担当部長 及川洋氏エヌ・エス・ティー 現業本部 技術部長兼営業本部営業部 鍵本雅美氏

──最初に、このホワイトスペース特区に手を挙げて、実証実験への参加を決めたきっかけをお聞かせください。
土屋氏:富士スピードウェイとしては、携帯電話向け、スマートフォン向けあるいはタブレット向けに場内のサービスを拡充していけないかと検討を続けていました。そこにタイミングよくエリアワンセグのお話がありました。

及川氏:元々、東通グループはTBS様でも業務を行わせていただいていて、(ホワイトスペース特区の)一次募集では赤坂サカスでのエリアワンセグ放送サービスを昨年夏に行いました。このサービスをどこかほかのところで使うことができないかと考えていました。(ホワイトスペース特区の申請にあたっては地域活性化や新産業の創出など経済成長の実現に寄与することが期待されていることから)立地的にも周辺に観光資源があり、地域の振興を含めて展開していける場所が課題でした。

 その上でどれだけの顧客満足度が得られるかが重要です。実際、皆さんに見ていただけるコンテンツがなければ、実証実験をやっても意味がありません。そうした意味では、富士スピードウェイにおいでになるお客様はレースを一生懸命見たいという方々なので、大型ビジョンの映像が見られない場所でも、その映像が見られれば喜ばれるのではないかと考え、富士スピードウェイさんに提案させていただいたというわけです。こちらからお声がけさせていただいていますが、実証実験の申請者は富士スピードウェイさんということになります。

──エリアワンセグ放送で流される映像は、グランドスタンドから見える大型ビジョンと同じ内容でしょうか?
及川氏:実証実験という制約があるためCM等は流せませんが、基本的に同じ内容が放送されています。CM中はあらかじめ運営側で用意したエリアワンセグ放送実験中を案内する画像や、(富士スピードウェイからの)各種告知で埋めるという形をとっています。

──このサービスを行うことで、来場者の観戦スタイルはどのように変わっていくとお考えでしょうか? グランドスタンドと同じ映像が見られるのであれば、グランドスタンド観戦の価値がさがったりするようなことはないでしょうか?
土屋氏:これまでグランドスタンド以外の各コーナー等で観戦しているお客様がレースの状況を把握するのは、スピーカーからの中継音声が中心でした。これが(エリアワンセグ放送によって)音から映像へと変わることになります。

 今までコースを移動しながら観戦していたお客様もいますが、そうした移動は少なくなるかも知れません。またグランドスタンドについては、確かに今回は大型ビジョンとエリアワンセグは同じ映像になりますが、いずれはコンテンツを追加することで、グランドスタンドのお客様は別の楽しみ方もできるようになるのではないでしょうか。加えて、やはりワンセグでは端末の大きさに限界もありますので、グランドスタンドでの迫力や特権は変わらないと思います。

──今回の実証実験について、どういった方法で告知をされましたか?
土屋氏:事前の告知としては富士スピードウェイのWebページで行いました。またニュースリリースを流すことで、各種メディアでの露出。あとはFM横浜のラジオ番組の中でお知らせをしています。もちろん、こちらに来ていただいて初めて知ったという方も多いと思いますが、場内放送でも告知しておりますので、実際に訪れていただければ、必ずどこかで耳にされることになると思います。

及川氏:(グランドスタンド裏の)イベント広場に案内テントを設置して、当社(東通)による案内も行っています。チラシも用意してあります。

土屋氏:(ワンセグ視聴にともなう端末機の)バッテリー消費が課題です。富士スピードウェイの公式ショップで乾電池を使う充電器の販売は行いますが、100台ほどですし、すべての機種に対応しているというわけではありません。事前告知のなかでも、是非予備バッテリーや充電手段の用意をしてほしいと呼びかけています。

──来場者のなかには、ワンセグの視聴方法が分からないという人もいると思いますが、そうした設定サポートに関わる部分はいかがでしょうか? ひと言でワンセグと言っても、機種により設定方法が異なる部分も多いかと思います。
及川氏:今日は私がずっと案内テントのほうにいましたが、15人ほどがおいでになりました。(予選が延期になるほどの荒天で)天候がきびしいため、誘導するわけにはいきませんので、自発的においでになるのに任せておりました。

 設定についてはおっしゃるとおり、ワンセグを視聴する機種は多種多様のため、お客様にお任せするスタイルでお手伝いをします。「まずは静岡エリアを選択したいので、ワンセグのメニューを出していただけますか?」と。ご本人にできるだけやっていただくようにしています。意外に苦戦するかと思ったのですが、本日来られた方は総じてスムーズに操作をしていただけていました。やはりご自身の携帯ですので、メニュー等もご自身がもっとも把握されています。ただ、今日は天候のせいもあるのかも知れませんが、案内テント付近の受信状態が今ひとつでした。そうした要素も含めての実証実験となります。

鍵本氏:アンテナ出力は10mWで規定されています。視聴状態が変化する要因は天候だけとは限りません。例えば人間の身体は電波吸収体でもありますから、お客様がグランドスタンドに一杯になることで、反射で受信できていたようなエリアでは受信できなくなる可能性もあります。一方、スタンド自体も反射板として機能します。元々のエリア設定は大型ビジョンが見られない人向けですから、アンテナはコース方向に向けてあります。結果としてグランドスタンドやイベント広場などは反射波を利用して受信するという形ですので、受信環境としては必ずしもよいわけではありません。

土屋氏:土日の観戦では(会場内に)宿泊される方もいます。そうした点でも、コース方向、駐車場方向のエリア設定が重視されます。今はまだ実現できないのですが、ワンセグが見られるカーナビなども多いので、宿泊時に楽しんでいただけるようなコンテンツを放送することもサービスの1つと考えています。今回は夜間の放送は行いませんが、今後の課題として検討しています。

──実証実験の目的の部分に、地域活性化という言葉がありますが、具体的にどういうことをやっていくのでしょう?
土屋氏:富士スピードウェイとしては、東京を中心に多くの皆さんに訪れていただいた際、周囲にはさまざまなお店もありますし、観光資源もあります。そういう面を知っていただく可能性を広げていければと考えています。

及川氏:当初からホワイトスペース特区については、地域の利益に処するということが求められています。東通としては求められていることはできる限りカバーしていこうということで、富士スピードウェイさんと一緒に計画を作っています。その1つが地域振興ということです。実証実験後のビジネスプランを考えていけば、そちらの方向もちゃんと見ていかないといけません。そもそも放送はインターネットとは違います。放送だからこそ向いている要素があります。それがパーソナルサイネージ(個人向け広告)であったり、コマーシャルユースだったりするわけです。

──実証実験ということで、放送施設の設置など、今回のコスト自体は持ち出しということになります。コストの回収手段やビジネスモデルはどうなるのでしょう。
鍵本氏:今回は富士スピードウェイさんと一緒に実証実験の申請を出させて頂きました。ですので、まずはその富士スピードウェイさんへ来場するお客様へのサービス向上が第一歩となります。ひいては来場者が増えるということにつながれば、(中継映像以外の追加)コンテンツの制作費用という部分も考慮していただき、魅力的なコンテンツが追加できるようになります。まずは富士スピードウェイさんの利益になるような形で進めていかなければ意味がありません。

 その後は、われわれ自身も経験を積み上げていくことになります。放送というのは一定のエリアにあまねく情報をわたすということに非常に向いている手段です。例えばテーマパーク、イベント会場などですね。ラジオという手段もありますが、携帯できる端末でテレビそのものが見られるというのは訴求力があると考えています。

──今後追加できるコンテンツはどれぐらいあるのでしょうか。
及川氏:基本的には1チャンネルで、サブチャンネルを含めて2チャンネルが最大です。メインの放送波で2つのコンテンツを流すことができます。データ放送も加えると3種類の情報ということになります。こうした許される範囲で盛り上げていきたいと思います。

土屋氏:東日本大震災の発生を受けて、5月のSUPER GT開催以降は音声ポストを使って避難場所の告知を行っています。この点もお客様には価値を認めていただいているので、映像で告知できることもよい点ではないでしょうか。

──昨日の設営日も含め、週末の4日間での実証実験。データはどのような形で収集して報告をなされるのでしょうか?
及川氏:実際に放送波を出す免許は実証実験の免許です。これは技術的な報告とともに、(利用者の)アンケートなども報告する必要があります。アンケート収集の仕掛けは作ってあり、東通のサーバーの中にアンケートサイトを構築して、データ放送を受信していただくと、そこからリンクで飛べるようになっています。もう1つ、案内テントではQRコードを印刷したチラシを配っていて、QRコードからは直接アンケートサイトに行けるようになっています。内容としては「どこで受信していましたか?」「端末は、従来型(フィーチャーフォン)でしたか? スマートフォンでしたか?」など、全部で11項目のアンケートになっています。こちらをデータとして報告します。

土屋氏:富士スピードウェイも登録者が16,000人ほどいるメールマガジンに、ワンセグ放送受信の感想を問いかけています。こちらは別のアンケートサイトになります。

──次の実験機会というのは決まっているのでしょうか?
鍵本氏:実証実験免許の期限は2012年1月31日までになっています。事実上、レースとしては今回限りですが(ポストシーズンイベントにおける利用は)富士スピードウェイ社内でも検討していただくことになります。実験免許ですので、2012年1月31日以降も放送を行う場合は再申請の手続きが必要です。しかし、物理チャンネルとしては28chがこのエリアでホワイトスペースとして使えることが今回の実証実験で分かったことで、電界調査などを最初の時と同じレベルでやる必要はなくなりました。比較的簡単な手続きで行えるようになります。そういう意味では、今回の実証実験がうまくいって、事業として考えていただけるようになるのがベストです。

 元々の総務省のプランでは、エリアワンセグ放送は2013年に制度化がうたわれていましたが、前倒しで動いているのが現状です。2012年度中には制度化になるという話も聞こえてきているので、もう少しコマーシャルなど商業化できるものを流せるようになれば、ビジネスになる時期は早まると考えています。特区ですから、本来はいろいろなことにチャレンジすることが許されている場ではあるものの、電波に限っては実験免許ということでやれることがどうしても限られています。それが早く制度化されることによって、よい方向に力を尽くせるようにしたいと考えています。


 3氏にはあわせて、今回の放送機材の紹介もしていただいた。富士スピードウェイの映像制作エリアの一角に設けられているのが、エリアワンセグ放送用の機材。今回は独自コンテンツはなく、基本的にグランドスタンドに向けた大型スクリーンの映像を放送波として流しているため、想像以上にシンプルな構成となっていた。

 基本的には大元の映像ソースをワンセグのTS映像にするPCが2台。こちらにはエンコード機器としてBlackMagicと日立国際電気製の業務用カードが搭載されている。2台構成ではあるが、1台はバックアップとのこと。あとは前述のインタビューのとおり、実証実験放送のためCM等が流せないことから、その際に利用する告知画像などの送出用PCと切り替えのためのスイッチャーが並んでいるというものだった。

エリアワンセグ放送機器。富士スピードウェイの1室に設置されていた放送する映像を選択するスイッチャーワンセグ放送に変換するエンコーダーのコントロール部分
エンコードを行うPC。2台あるが、1台はバックアップとして用意されているPCには、エンコード用のカードが搭載されていた

観客には大好評のワンセグ放送
 翌11月12日、13日と富士スプリントカップは好天に恵まれた。筆者も実地を兼ねて、ワンセグ受信可能な携帯電話(フィーチャーフォン)を手に、サーキットを1周とグランドスタンド、イベント広場などを一通り歩いてみた。

 まず気になるのが、エリアワンセグ放送を送出するアンテナ。これは2個所に設置されている。1つはコントロールセンターの上、もう1つはピットビルA棟とB棟の間に位置する照明灯の上だ。インタビューのとおり、送出方向はグランドスタンドとは反対側となるコカ・コーラコーナーやヘアピンコーナー方向に向いている。この2本でおおよそ下図のエリアをカバーすることになる。図で言えば、コントロールセンターのアンテナで左側のエリア、パドック棟そばのアンテナで右側のエリアをカバーするイメージだ。

コントロールセンターのビル上部に設置されているエリアワンセグ送出アンテナ(中央)ピットビルA棟とB棟の間に位置する照明灯の上に設置されているエリアワンセグ送出アンテナ今回の実証実験のエリアマップ。左記2つのアンテナでこのエリアをカバーする

 イベント広場の案内テント付近は人も多く、その場で設定を試みる人も多い。インタビューのとおり、テント付近の受信状態はさほど良好ではないということで、急遽テントに受信用のUHFアンテナを設置。そこから微弱電波を再送する仕組みを作り、テント内のワンセグ用小型アンテナを使って設定の補助が行われていた。

イベント広場に用意された案内テント。設定方法などのサポートを行っている案内テントそばに設置された「ホワイトスペース特区」の説明図条件付きの受信エリアではあるが、イベント広場付近でも視聴は可能

 コース周辺では、レースやイベントの合間にスピーカーポストからエリアワンセグ放送の案内が聞こえることもあって、想像以上に利用者が多いのに驚かされた。どの観戦エリアに足を運んでも、必ず数組はフィーチャーフォンやスマートフォンを片手にレースを見守っている。声をかけて訪ねたところ、ほとんどは現地に来てエリアワンセグ放送の実施を知ったという。携帯の所持率、ワンセグの搭載率が非常に高いこともあるが、サービスがあれば積極的に利用するという姿勢が印象的だ。

 サーキットを1周する間に数十人ほどに声をかけて訪ねたが、「サービスがあれば、必ず利用する」「今後も継続してほしい」という意見が圧倒的多数を占めた。少なくとも実際に利用していた人からは否定する意見は一切なかった。気になるバッテリー消費に関しては「自己責任だから」と納得する声がほとんどだが、「なんらかの補助的手段がほしい」という声もあった。

 受信状況に関しては地形の条件や、構造物、人的な遮蔽などさまざまな条件が重なるが、おおむね図に記載されているエリアでは視聴ができていた。端末によって受信感度の差があるほか、映らない場所でも数m左右に移動するだけで映るようなエリアもある。なかには、地表付近だと受信は厳しいが端末を上に掲げると映るということで、立って観戦する青年達もいるほどだった。

ヘアピンコーナー。アンテナからも近く、アンテナ自体も視界に入るエリアコカ・コーラコーナー付近。「上に掲げると映りやすい」と、携帯を掲げて観戦する青年達ガイドでは受信エリアからやや外れるダンロップコーナー付近でも、条件次第では映る
こちらもやや受信エリアから外れるプリウスコーナーの内周部分。なんとか視聴可能グランドスタンド。表彰台ほぼ正面の位置。大型ビジョンと同じ画面が携帯に表示される

 気になる意見としてはタイムラグに関するものがあった。これはグランドスタンドの大型ビジョンでもタイムラグはあるのだが、エリアワンセグ放送の場合は、その映像ソースをもう1段階エンコードして再送出しているので、リアルタイムエンコードとはいえ、どうしてもラグは発生する。

 各所に設置されているスピーカーポストから先に音声が聞こえて、そのあと同じ音声と映像がワンセグ端末に来るというイメージ。技術的にいたしかたない部分ではある。これは通常の放送波でも同じで、例えば野球場などでワンセグ放送を見てみると実際に体験できる。

 観戦型のスポーツとして、サーキットという施設は突出して広い。観戦の補助スタイルとして、またエンターテインメントとしてもエリアワンセグ放送は非常に有用な手段の1つであると思える。実証実験の終了後も、実際のサービスとして継続していくためにはマネタイズの仕組みをはじめ、さまざまなハードルはあるが、何とか実現へとこぎ着けてほしいものだ。もちろん富士スピードウェイでの実証実験はその第1歩であり、モータースポーツファンが望むのは国内のほかのサーキットなどでも同様の楽しみが得られることである。

 なお、このホワイトスペース特区による富士スピードウェイでの実験放送は、11月27日に開催された「トヨタ ガズーレーシング フェスティバル 2011」でも行われた。2012年シーズンの放送予定については、まだ発表が行われていない。

(矢作 晃)
2011年 12月 16日