ミシュラン「セルフ・リペアリングタイヤ」



 「ラジアルタイヤを発明したメーカー」としてその名を世界に知られるミシュラン。日本のブリヂストンと共に“タイヤ界の両巨頭”としての地位を確固たるものとしているこのフランス・ブランドの大きな特徴は、自動車を構成する数多あるパーツの中で唯一直接路面と接触をして運動性能や安全性を決定づけるタイヤというアイテムに、常に斬新なアイディアを持ち込んでさらなる価値をプラスしようという、他に類を見ない開発の姿勢にもある。

徹底した“プロダクトアウト”の姿勢
 例えば、1949年に「Xタイヤ」として販売された初のラジアルタイヤ以前にも、すでに1930年には今や一般的となった「チューブレス・タイヤ」の原型となる予めチューブを組み込んだタイヤの特許を取得。1965年には、内側と外側とで異なる役割を担う非対称のトレッドパターンを採用した初のタイヤとなる「XAS」を発売している。

 さらに、1975年にリリースされた「TRX」タイヤも、斬新なアイディアに満ちたもの。タイヤのケーシングとホイールリムを一体の設計とする事で既存のタイヤでは不可避だったサイドウォールの“S字屈曲”を回避し、ケーシング全体での均等な張力分散を実現。これにより、コーナリング時の安定性やハンドリング限界などを飛躍的に向上させたのだ。

 1999年には、パンク後も一定の条件下での継続走行を可能とした「PAX」を発表。一般的なランフラット・タイヤのように、サイドウォールを補強することで内圧ゼロ時に車両を支える能力を確保するのではなく、内部にサポートリングを挿入することでパング時のランフラット性能を確保するこのタイヤは、単なるランフラット性能の付加だけでなく、低いサイドウォールによる接地性/ハンドリング性能の向上や、タイヤ/ホイール・アッセンブリーの小型化など、「通常時でも既存タイヤを超える利点を備える」という点を売り物にしたのが特徴だ。

XASTRXPAX

 こうしたさまざまな分野でのユニークなタイヤ開発の姿勢は、もちろん21世紀になっても失われるどころか、ますますその勢いを盛んにしている。

 「空気レス、パンクレス!」という衝撃の謳い文句と共に、2005年の東京モーターショーに出展されて話題を呼んだのが、新素材と複合材料技術を駆使して開発された“トゥイール”。その名もタイヤ(tyre)とホイール(wheel)の組み合わせに由来するというこのタイヤ(というよりも、正確には“車輪”)は、中心部分のハブと、薄皮状に成形をされたゴム製トレッドがしなやかに変形するスポークによって連結されるという、何とも斬新な構造で成立しているのだ。

 一見では荒唐無稽とも思えるルックスのトゥイールだが、主に快適性に関係する縦剛性と、ハンドリングやコーナリング性能に関係をする横剛性を個別に最適化できることで、さまざまな性能特性を調整可能という点が大きな特長とされる。

トゥイール

 

ルナホイール

 事実、そんなトゥイールの技術を基にした次世代の車輪「ルナホイール」が、その柔軟性と一定の面圧を維持できるという特徴から、次世代の月面探査車用に最適として、すでにその路面をシミュレートするのに適したハワイのビッグアイランドでテストが行われた実績もあるというから、決して机上の空論などではないわけだ。

 一方で、かくも先進的な機能の追及を優先する余り、これまで挙げたものの中には実は商品としては軌道に乗らなかったものも少なくないのも、ユニークといえばユニークなミシュランというブランドなりのヒストリー。特に、専用ホイールを必要とする「TRX」や「PAX」は、その高性能ぶりが評価をされつつも残念ながらその後普及には至らなかったというのも現実。

 しかし、こうして徹底して“プロダクトアウト”を貫く姿勢に、このブランドに対する絶対の信頼と際立つブランドイメージを抱くという人は世界に少なくない。そして、そんなミシュランから発表された最新のテクノロジーが、「パンクをしても自己修復を行う」という「セルフ・リペアリングタイヤ」だ。

チャレンジ・ビバンダムでのセルフ・リペアリングタイヤの展示

実現性の高い新技術
 2011年5月にドイツのベルリンで開催された第11回目となる「チャレンジ・ビバンダム」のイベント。その主催者であるミシュラン自らがこの場でリリースしたこのセルフ・リペアリングタイヤは、現時点ではまだ商品化されていないプロトタイプの扱いだ。

 しかし、外観上は「普通のタイヤと全く見分けが付かない」という点から察することもできるように、このアイテムはミシュランがこれまでリリースして来た数々のプロトタイプの中では、際立って近い将来の実現性が高いように思えるもの。

 「パンクをしても走り続けられる」という点では、前出の「PAX」と同様のランフラット性確保という目的の持ち主でもあるが、目標とする運動性能を極めて高いポイントに置いたため、結果として専用のホイールを必要とするなど、汎用性という点にはいささか欠けるキライがあったPAXに比べると、今度は「商い品」としての性格も強く与えられたのがこのアイテムという印象が強い。

 そんなセルフ・リペアリングタイヤは、トレッド内面に貼られた「20ほどの特殊部材から成る」というフィルム状素材が、「トレッド面に貫いた5mm程度までの穴ならば、その85%は瞬時に塞いでしまう」という性能の持ち主。決して“パンクをしないタイヤ”ではないものの、こうして塞がれた穴には再度の修理は必要がなく、また複数の穴に対しても同様の効果を発揮し続けるというのが大きな特長だ。

 現在のランフラット・タイヤが多くの場合、採用する自動車メーカーの判断により「修理は不可能で新品への交換が必要」とアナウンスされているのに比べると、こうして瞬時に“自己補修”が完了し、その後のメンテナンスも必要ないというセルフ・リペアリングタイヤのメリットには絶大なものがある。

 さらに、「空気圧ゼロになっても継続走行が可能」というものではなく、「開いた穴は内圧が低下する前に塞いでしまう」ため、ドライバーに対してパンクをしたことを告知する空気圧センサーも「その採用は必須ではない」というのも聞き逃せないポイント。このあたりの、とことんユーザーサイドに立ったスペックは、普及へのハードルを下げるための大きな要因として、これまでのミシュラン発の“新アイディア・タイヤ”とは少々異なる考え方も感じ取れるトピックスだ。

チャレンジ・ビバンダムでは、セルフ・リペアリングタイヤで釘を踏んでも空気がもれないデモを行った

 ちなみに、パンク発生後にシール剤を注入するスペアタイヤ代替策として、すでに市販車への搭載例も多い“修理キット”に比べると、危険な場所で停車をしたり、修理剤注入後に直ちにある程度以上のスピードで走行する必要がないというのが、大きなアドバンテージ。

 さらに、これもすでに新型車への採用例が見られる、特殊なジェルを使用したシール剤入りの他社製タイヤと比較をすると「シール剤を用いたものは熱による粘度の変化などで振動が出やすいのに対し、セルフ・リペアリングタイヤではそうした心配がない」というのが、開発担当のエンジニア氏から耳にできたコメントだ。

 加えて、「トラック/バス用の大型タイヤにも技術転用が可能で、流通段階での保管や取り扱い性も既存のタイヤと同様。また、現在のランフラット・タイヤのように転がり抵抗が悪化をする事もない」とされるなど、まさにいい事づくめのように聞こえるこのタイヤだが、しかしやはり課題もまだ残されているという。

 まず、前出のフィルム状の素材を内面に貼り込む技術そのものが高度なものとなるため、ある程度の生産性の低下が避けられないことや、このテクノロジーを採用する前提として専用のベースタイヤが必要となることなどが、いずれもコストアップの要因になると想定される点。また、現状では1輪当たり1kgほどの重量増が避けられないというのも、ネガティブなポイントとして挙げられている。

 しかし、現在のミシュランの“最大公約”である、優れた転がり低抵抗の実現にも妨げにならないなど、その将来性は十分高いと思えるのがこのアイテム。現在のところ、「世界市場での反応をみて、市販化へと繋げて行きたい」という段階というが、すでに技術的な課題は殆どクリアになっているというだけに、是非ともリーズナブルな価格での早期発売を期待したいものだ。

(河村康彦)
2012年 1月 23日