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氷上で625PSを“滑らせる”、ベントレー「パワー・オン・アイス」リポート

ユハ・カンクネンのドライビングも堪能

2月19日~23日(現地時間)

 ベントレーでド派手な4輪ドリフトを決めてきた。もちろんスライドするからにはカウンターステアもフル舵角まであてて立ち上がる!! ドリフト、スキッド、スピンは当たり前。見方によっては“暴挙”と思うかも知れない。

 だが、ベントレーとは、ただゴージャスなだけのクルマではない。そこに運動性の高さ、走破性能の高さと安定性も持ち合わせるため、こんな状況も実は想定内。振りまわせてこそ限界が確かめられ、改めてベントレーの本物度合の高さを体感することになる。

ベントレーボーイズと“滑りまくり”

 フィンランド、ヘルシンキ空港からチャーター機で約700km北上すると、クーサモ(Kuusamo)・ラップランドエアポートに着陸。タラップ下まで出迎えてくれたフォルクスワーゲン「トゥアレグ」で、雪煙を舞い上げながら30分ほど移動すると、北極圏から60km、北緯65度58分、東経29度11分のルカ(Ruka)という名の高級スキーリゾートに到着した。

 この時期-30度~40度の最低気温になり、道も木々も湖も凍りつき、文字通りヒトもクルマも極限状態に置かれる。そんな中で目指した先は、氷上のドライビングプログラム、ベントレー「パワー・オン・アイス(POI)」への参加である。

 スノー、アイスなど極寒の厳しい状況下で、ベントレー・コンチネンタルが誇るAWD制御による走破性、V型8気筒、W型12気筒のエンジン特性による優位性を示すため、「コンチネンタルGT」と4ドアセダン「フライングスパー」にスパイクタイヤを装着して、氷結湖の上で507PS/660Nm~625PS/800Nm の車輌にフルパワーを与えると、何が起こるのか? 期待と不安が交錯する。

 有り余るパワーとトルクの“モンスター”を参加者1人で「さあどうぞ」ではない。当然、指南役が同乗する。

 古くからベントレーのドライバーは“ベントレーボーイズ”と呼ばれるが、POIでは4度のWRC世界ラリーチャンピオンに輝くフライングフィン、天駆けるフィンランドの英雄、ユハ・カンクネンがその代表格。以下若手、ベテランが混じるラリードライバーが勢揃いしてサポート。聞き覚えがあるのはクリス・ミーク。2012年はMINI WRCの開発ドライバーとして活躍し、2013年はプジョーの次期ラリー仕様「208」を開発する役で、今後に期待の成長株の1人。

 スキルが高く頼もしいベントレーボーイズから手ほどきを受けて、ブレーキング~スライド~ドリフト~カウンターステアと、勢い余って雪の壁を乗り越えてコースアウトさせても、大型トラクターのレスキューで復帰を繰り返しながらともかく“走れ走れ”。

 コースは端が見えないほど巨大な面積の氷結湖に大小5つのレイアウトが造られる。小は数百m、大は2kmほどのサーキットで、参加16名のゲストを2~3名に分けて、グループ毎にかわるがわる走行を続ける。休憩は、用をたし、飲料と軽食を補給する5分ほどで、次のセクションに移動して、まだまだ走行は続く。

 走って走って、昼食後は「もうお腹いっぱいです」(全ての意味で)の状態から、アクティビティはスノーモービルで氷原を行くツアーもあるが、ほとんどは氷盤の上で滑りまくり。

 試乗車は、コンチネンタルの最新最強モデル「スーパースポーツ」から「GT」のW12とV8のエンジン違い。フライングスパー(現行)の4モデルが用意される。どれも有り余るパワーとトルクだから、滑ることに関して差異はないハズ。と思ったが、滑りやすい路面だけに、各車のキャラクターが明確に感じられる新たな発見もあった。

 コンチネンタルGTのAWDはセンターのトルセンデフによる前後の駆動配分をリア寄りの40:60に変更したことから、まるでFR車のようにステア操作と同時に面白いように向きを変え、ドリフト姿勢をカンタンに造り出す。一方、現行モデル(現状は)のフライングスパーは、GTより320mm長い3066mmのホイールベースと50:50の駆動配分も関係して、姿勢変化は穏やかに、滑らかに向きを変える。

 今日のPOIは、POI初のプレス向けイベントで、全世界から1国1名(中国は3名!)が参加している。非降雪の国からやって来たレポーターにはまず、フライングスパーの穏やかな挙動変化から体験させ、体と感性を馴染ませ、養う、そんな対応のしかたが興味深い。

 最強は625PS/800Nm、もっとも控えめでも507PS/660Nmが-20度の外気を吸込み、ターボチャージャーを覚醒させ、2tを越える車体を氷盤のうえにも関わらず軽々とダッシュさせる。

 タイヤはピレリSOTTO ZEROウインター270に、250本のスパイクを打ち込んだモノ。氷に爪を立て引っかき食い込むことで、加速と減速と旋回を“滑りやすいウエット路面程度”のグリップ感覚に変える。

 衝撃は、優雅な佇まいのベントレーからは想像もつかないアクティブな走行シーン。あらぬ方向を向いたままアクセルを踏みつけ、氷を砕きながら雪煙を撒き上げて快走するシーンは華麗にして豪快。それもそうだが、やはりそれを操るヒト“人間力”人間技の重要性が分かる。

フライング・フィンのドライビング・スキルを実体験

ユハ・カンクネン

 ユハ・カンクネンの助手席に座る。これと同じシーンは20年前にもあった。WRCでトヨタ「セリカ」に初のワールドタイトルを持たらし、凱旋した日本のダートコースで同乗した。と語ると、当時を回想して「そうか! あの時横に乗ったのか」と。

 忙しないステアリング操作をしない、全ての動きを悟ったかのように自然体で操縦する、天性の勘所によるドライビングから吸収すべき点は多い。

 例えば、アクセルは比較的ガバッと踏み込み、加速と同時に姿勢変化の下ごしらえ。ブレーキングはシートベルトが体の支えになるほど確実に減速して、コーナーに向けて曲がるキッカケを正確に作る。

 ステアリングを切り込み、ノーズがインへと鋭く向きを変え、同時にテールはスライドを始める。“助手席のドライバーの感覚”ではすでにカウンターステアを当てるタイミングだ。しかし「教授」は慌てず騒がず。ステアリングはインに切り込んだまま、外へとはらんで行く動きを前輪の横力で食い止めている。

 カウンターステアをあてることは間違いではないが、それをすることでクルマは横に流れ、スライド量を維持してしまいコースアウトの危険性をはらむ。スピンしないよう一瞬はあてるが、インのままが多い。

 そのインを向く量と待ちの時間、挙動変化を加速のタイミングで収束させるポイントの見極め方の正確さに惚れ惚れする。天駆けるフィンランド人ドライバーの称号「フライング・フィン」を受け、WRCで4度もチャンピオンに輝いたドライビングスキルを、実体験できる魅力。有り余るエンジンパフォーマンスを操るには、繊細な操縦が不可欠である。ということを、氷上だけに気軽に試せて習得できるのが、POIの魅力の1つである。

 「習うより慣れろ」と言うが、経験豊富なドライバーから直々の手ほどきで「習いながら慣れる」これほど身に付く教えはない。

 「ブレーキはもっと強く」「ブレーキを離すのが早過ぎる」「ステアリングを切り込んで……まだカウンターは早い」。ツツーッと滑り出す、ノーズがインを向くのを待つ時とアクセルを踏み込んで積極的にインを向ける場合もあるが、それは曲がれる速度まで車速がコントロールできている場合。「いまだガスガスガス(アクセル踏め踏め)」と、アクセルは意外にも思いきって踏む。

 ステアリング操作も、通常感覚でカウンターステアをあてようとすると、横から手が伸びてきて転舵を規制される。しかし、なるほど! そこまでの待ちが必要でそれが理想の姿勢を作るコツである。

 フライングフィンの助手席で、640PS/800Nmで330.69km/hをマークした氷上の速度記録車も体験できたが、そこでも操作はまったく同じく、向きが変わるまでジッと我慢して、姿勢が思った方向を向くと同時に全開!! その凄まじい加速と減速と旋回を始める舵の効き方の次元の違いは、600本打ち込まれたスパイクピンの違い。改めてスパイクの偉大さを知る。

パラシュート付きのクルマ

 走り疲れたあとは、体を暖めるリフレッシュタイムののちに、さらに防寒具に身を包み、ディナー会場に向かう。それはシベリアンハスキー6頭による犬ぞりに引かれ、彼らの吐息が聞こえるほど静かな氷原を5km、驚くほど速い滑走速度で、伝統的なトナカイ牧場に到着して、リラックスした夜を楽しむ。と、ゲストをけして飽きさせない「おもてなし」にすっかり酔い痴れることだろう。

 新たな発見だらけのPOIは、2009年から正式に開始して、4年めの今年は2月7日から28日まで開催した。定員は2泊3日の1回のコースで16名まで。参加費はドライバー1名9990ユーロ“から”。来年の開催予定は正規販売店もしくはWebサイトをご覧ください。

 試乗会場に展示されていたスポンサーロゴが入ったコンバーチブルは、ユハ・カンクネン自身が記録した氷上の世界最高速記録を、再び塗り替えた特注のコンチネンタル・スーパースポーツ。2011年2月、フィンランド沖の凍結したバルト海で330.69km/hを記録したクルマそのもので、カンクネン自身のドライブによる同乗走行も行われた。

 POIの車輌よりもさらに動きに鋭さを増したそれをジワーッと操る匠の技。加減速と旋回速度の高さのワケはスパイクピンの数が600本だから。無数に走るロールケージを潜り、シートに収まって4点式シートベルトで締め上げてから”GO!!” センターコンソールに目をやると、それに気付いたカンクネンが、「それはパラシュートのスイッチだよ」と。氷上の最高速から安全に停止させるためのノウハウだと知る。

(桂伸一)