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JALのパイロットに要求されるものとは

5年ぶりに自社養成パイロットの募集を開始した日本航空

 航空機のパイロットといえば、今も昔も男の子のあこがれの職業だ。すでに女性パイロットも誕生しており、いずれは男女関係なく人気の職業になるかも知れない。JAL(日本航空)のパイロットにお話をうかがう機会を得たので、ここにお届けする。

 民間旅客機のパイロットと、自動車のドライバーとで一番大きな違いは、民間旅客機は機長と副操縦士という2名での運航が行われ、まったく同じ操縦機会が2人に与えられていることが挙げられる。長距離バスなどでは2名以上のドライバーでの運行が行われているが、その際も操縦装置は1系統のみで、民間旅客機のように連動する2系統の操縦装置があるわけではない。

 民間旅客機がこのような設計になっているのは、安全性を高めるため。機械の故障対策もあるが、パイロットの突然のトラブルへも対応しようとしているからだ。また、機長と副操縦士には明確な序列があり、機長は航空機の運航において絶対的な権限を持つ。いざというときの判断は、議論や多数決で決めている余裕はなく、指揮系統がハッキリしていないとトラブルへの対応が遅れるからだ。それだけに機長の判断に誤りは許されず、機長になるには豊富な経験が必要となる。

JALのパイロット 近藤卓氏。ボーイング777の機長として業務に就くほか、5年ぶりに自社養成パイロットの募集を開始したJALのパイロット採用業務に携わっている

 今回お話をうかがったJAL ボーイング777の機長 近藤卓氏は1989年にパイロットとして入社。当初、成田貨物支店にて地上業務を実習した後、1993年にボーイング 747-400の副操縦士として昇格。その10年後となる2003年、ボーイング 747-400の機長となった。2011年にはボーイング 777へ機種移行し、現在は運行業務部に所属し、5年ぶりに自社養成パイロットの募集を開始した同社のパイロット採用業務に携わっている。

 2014年4月末時点の総飛行時間は約8800時間とのことで、これは本人によると経験年数からすると平均的な値とのことだ。

機長への長い道のり

 JALの自社養成パイロットの場合、現在は1~2年の地上業務実習後、約26~30カ月の副操縦士昇格訓練へ移行。副操縦士昇格訓練では、3カ月の国内座学を終えると、米国での飛行訓練・シミュレーター訓練が行われ、それを乗り越えると実際の運航便での路線訓練が約4~5カ月行われる。単純計算で入社後約3年半以上の訓練期間を経て副操縦士として業務に就く。副操縦士になると肩章とジャケットの袖に3本線が入り、その後、機長になればそれぞれが4本線になるとともに帽子に特別な刺繍が入る。

 近藤機長によると、パイロットになる過程でとくに強い思い出となっているのが米国カリフォルニア州のナパバレーで行われた飛行訓練。この飛行訓練過程に試験があり、そこで2回連続試験に落ちるとパイロットへの道が閉ざされてしまう。

訓練生時代の写真を示し、苦労した経験についても語ってくれた

 近藤機長も1度試験に落ちたことがあり、2度目の試験では大変緊張したとのこと。ただ、その2度目の試験に挑む過程で同期に助けられ、お互い助け合うことで同期との結束が強まっていったとのことだ。

パイロットに要求されるもの

 では、そのような厳しい過程を経てなるパイロットに要求される適正はどのようなものだろう。近藤機長によると、とくに大切なのが人とのコミュニケーション能力だという。これは、勤務では2人一組で航空機を操縦するため、たとえ相手が年上でも、率直な意見をやりとりする能力が求められる。最終的な判断は機長が行うものの、その過程で積極的な意見交換は安全のために必要だからだ。

機長の業務をボーイング 777のフライトシミュレータで実演してくれた。これは、離陸時のエンジントラブルを想定したもので、1つのエンジンが停止しても安全に離陸していた。もちろん実際にこんなことが起きれば、離陸したあと緊急着陸することになる
ボーイング 777のフライトシミュレータ外観
左が近藤機長、右がフライトシミュレータの設定や実演に協力してくれた運航訓練部777訓練室 飛行訓練教官 伊藤篤機長。2人とも肩章に4本線が入っている。機長資格を持つ2人で操縦する場合、コクピットの左に座る主操縦士が最終的な運行責任・判断を行う

 近藤氏はそのほかの要素として、「素直」「決してウソをつかない」「言い訳をしない」ことを挙げ、パイロットとして言い訳は決して許されないという。たとえば、「今回の着陸は風が強かったからうまくいかなかった」というようなことはダメだという。「結果に対してすべての責任を持つ」ことがパイロットには求められるとのことだ。

 また、パイロットには、航空法で定められている年1回の航空身体検査証明のほか、JAL独自の年4回の定期飛行訓練・審査をクリアする必要がある。安全運行に必要な体力、知識は常にチェックされていることになる。

 安全性の確保はパイロットとして絶対条件。その上で、「JALのパイロットだからこそできることを考えている」という。まずは、快適性。揺れの少ない個所を飛ぶことや状況に応じた機内アナウンスをすることで、お客さまに快適に過ごしてもらうことを心がけているとのこと。国際線機材では、ファーストクラス、ビジネスクラス、エコノミークラスなどクラスに応じたアナウンスができるので、その活用も行っている。

 次に効率性。より効率的に飛行機を飛ばすルートを考え、着陸後の地上走行では片側エンジンを切るなどを工夫を行っているとのこと。とくに航空機はCO2排出量がそもそも大きいため、片側エンジンを切るのは環境の面でもよい影響があるとのことだ。

 最後に定時性。JALは、FlightStats(http://www.flightstats.com/company/media/on-time-performance-awards/)が調査する定時到着率で、2012年、2013年と「メジャー インターナショナル エアライン部門」で世界第1位に輝き、「アジア・太平洋 メジャー エアライン部門」でも第1位、「メジャー エアライン ネットワーク部門」でもJALグループが第1位と、3部門で定時到着率第1位を達成している。

 これはパイロット間でも共有された目標となっており、「1度獲得したら、次もという気持ちになっています」とのこと。たとえば、日本から米国に向かう便の場合、「前を飛んでいる飛行機がある場合、どうにかして抜けないかいろいろ工夫してみます。たとえば風を考慮して飛ぶ高度を変更するなどです。前の飛行機を抜くことで、私たちの飛行機に乗っているお客さまの入国審査がスムーズになります。たとえば、前を乗客数の多いエアバスのA380が飛んでいた場合、抜くことの効果は非常に大きくなります」とのこと。もちろんスロットルを開ければ速度が上がるがそれは燃費の悪化につながるなどのデメリットもあるため、風を読み、コースを工夫することで飛行時間を短くするなどの工夫を行っている。

 ただ実際には飛んでいる最中に行える工夫点は少なく、地上スタッフと連携することで、1秒でも早く出発する体制を整えているという。「その際に大切なのがお客さまの協力です」と近藤機長は語り、いかに乗客にスムーズに乗ってもらうかが定時性向上のポイントとした。

 自分が乗客だった場合、早く出発して、早く到着して、早く入国審査を抜けられればありがたい。近藤機長の話を聞きながら、搭乗が始まったらさっさと乗ろうと思った次第だ。

AIS JAPANで公開されている羽田空港の着陸手順。主に南風かつ好天のときにこのようなLDAアプローチが行われる

 なお、近藤機長に好きな空港を聞いたところ、ハワイのホノルル空港とのこと。着陸が若干難しく滑走路も荒れているが、ダイヤモンドヘッドやワイキキビーチの美しい風景が好きだという。また、嫌いな空港については、「嫌いとはちょっと異なりますが、羽田空港の着陸は難しいですね。とくに22への着陸(B滑走路への北からの着陸)は飛行機の進路を直前で変更する必要があるので」という。羽田空港では再拡張後、地上騒音を抑えるためLDA(Localizer Type Directional Aid)による着陸方式がB滑走路とD滑走路で導入されており、着陸直前で航空機を「く」の字状にひねりこむ操作が伴うためだ。羽田空港など国内の空港の離着陸方式に興味のある方は、国土交通省が運営している「AIS JAPAN」(https://aisjapan.mlit.go.jp/)に登録後、サイトにログインし、サイト内に掲載されているAIP(Aeronautical Information Publication)を確認してみてほしい。

 パイロットになるまでの道は険しく、パイロットになってからの業務は大変なものがあるが、それだけにやりがいのある仕事だろう。JALはエアバス A350XWBの導入や、国際線機材、国内線機材のリニューアルに加え、パイロットを自社で養成していくことで、よりサービスの向上を図っていこうとしている。自社養成パイロットの募集はJALのWebサイト(http://www.job-jal.com/recruitment/info/061.html)に詳細があるので、募集要項に適合するのであればチャレンジするのもありだろう。

JALは自社養成パイロットの募集を再開するとともに、機材の更新・リニューアルも進めている。左は1年ほど前に撮影したボーイング 777-200(機番JA007D)。中、右は「JAL スカイネクスト」の初号機に生まれ変わった同一機体

(編集部:谷川 潔)