【インプレッション・リポート】
シボレー「ボルト」

Text by 河村康彦


 ハイブリッド化戦略に出遅れた日産ゴーン社長による「電気自動車(EV)こそ究極の環境対応車」というキャンペーン(?)と、それをそのまま受け売りする一部メディアによる報道効果もあってか、日本では「エコカーといえばEV」というイメージが広がりつつあるようだ。

トイレで隠れてタバコを吸うEV
 しかし、そんな氏による「多少なりとも排気ガスを放出するハイブリッド車は、EVと同列に語られるべきではない」という表現や、「EVの方がハイブリッド車よりも技術的ランクが上に位置する」といったコメントに対しては、いずれも世論をミスリードする可能性があるものとして自分は俄かには賛同できない。

 そもそも(特にEV走行モードを備える)ハイブリッド車は、EVが不得手とする領域をカバーする機能も持つクルマだし、それゆえにエンジン車とEV双方の要素を備えるそうしたモデルの技術的ランクが「EVよりも下」であるはずなど有り得ないのだ。ゴーン氏は「わずかでも排気ガスを出せば、EVとは全く違う」と語るが、それならばそんなEVにチャージされる電力は、完全に“排ガスゼロ”で発電されたものでなければならない理屈。そこに石油やガス火力などで作られた電力がわずかでも混じるならば、それはもはや「教師の前では吸わないが、トイレで隠れてタバコを吸う高校生」と変わらないことになってしまうだろう……。

 と、いささか前置きが長くなってしまったが、そうは言ってもこの先の環境対応車が“電動化”の助けを必要としているのは間違いのない事柄。今にいたるまでの1世紀以上を牛耳ってきたのはガソリンとディーゼル車だが、そうしたモデルに積まれる内燃機関(エンジン)は、「ある一定の運転領域でしか調子よく回ることができない」というのがその宿命。だからこそ、そうした不得手とする部分を電動パワーで補うことは、燃料消費と排気ガスを大幅に削減させるために、大いに効果的なのである。

 そんなエンジンと電動モーターとの“両刀遣い”を得意として来たのは、これまでは日本のクルマと言えた。初代プリウスが「21世紀に間に合いました」の名文句とともにリリースをされたのは1997年のこと。以来このモデルは、世界のハイブリッドカーの代名詞である。「1台のクルマに2つの動力源を搭載するなど、理屈的に破綻をしている!」などという声すら聞かれる中、すでに10年以上の歴史を育んで来たのだから、そんなプリウスを生み出したトヨタが世界の市場で“自動車電動化”の旗頭であるのは疑いない。

独自の遊星歯車動力分割装置
 が、ここに来て多くの欧米メーカーからも、同様のコンセプトを備えるモデルたちが続々と登場しつつある。この2010年末からまずは米国7州のシボレー・ディーラーで販売されることになった、ここに紹介の米国GM発の「ボルト」は、そのキャラクターを「発電用エンジンを搭載したプラグインEVの、世界初の大量生産型」と自己紹介するモデル。全長4.5m、全幅1.8m弱の“等身大”のサイズを備えた4ドアセダンという点が、単なるイメージリーダーやショーカー的な効果を狙ったものではないことを示している。ちなみに、米国での価格は4万1000ドルで、内7500ドル分が補助金で補填されると報じられている。

 破綻の後に大幅なシェイプアップが図られたとはいえ、まだまだ巨大なGMというメーカーの、南北アメリカ以外でのオペーレーションを行う本拠地がこの地に置かれているという理由もあって、中国は上海の地で対面となった生産型のボルトは、米国車としてはとてもコンパクトなこともあり、そのシンプルでクリーンなセダン型のフォルムがなかなか親しみやすいものである点にまずは好感が持てた。

 ちなみに、ボディーのリアセクションがファストバック調にまとめられたこのモデルは、独立したトランクリッドではなくリアウインドー部分も含めたゲート全体が開閉をするハッチバック・デザインを採用している。

 韓国のLG Chem製の288個の角型セルから成る、三菱i-MiEVと同様の16kWh分の容量のリチウムイオン電池セルは、GM自身でパッケージされて、車体のセンタートンネル部とリアシート下に、上面視でT字型に搭載されている。

ボルトのパワートレーンのレイアウト。フロントにガソリンエンジンとモーターを横置きし、センタートンネル部にT字型のリチウムイオンバッテリーを搭載するリチウムイオンバッテリーボルテック電気駆動システムの内部。遊星歯車による動力分割機構を備える
1.4リッターガソリンエンジンボルテック電気駆動システムエンジンとボルテック電気駆動システムを接続したところ
エンジンルーム給電口給油口

 「ボルテック電気駆動システム」と称されるトランスアクスル内には、111kWと54kWのモーター2基を搭載。1つは駆動専用で、もう1つは主に1.4リッター・エンジンを動力源とした発電を担当しつつも、特定の条件下では駆動も行うとの事。「パテント取得の関係で」という理由で、今回の試乗会直前というタイミングに遊星歯車を用いた動力分割装置も搭載する事を急遽発表。

 こうして、2モーターに遊星歯車を備えることから、一時は「トヨタ方式と同様のハイブリッド車ではないのか?」という疑惑も発生したが、GMでは「ボルトは常に電気駆動で、エンジンの動力が直接駆動力となるシーンは有り得ず、ハイブリッド車とは全く異なる」と主張する。

 確かに、遊星歯車を構成する3つの要素ギアが何に繋がっているかを精査すると、トヨタ方式とは動力分割装置の使い方が大きく異なることが明確になる。もちろんそこには、トヨタが保有するパテントを回避するという目的もあるのは容易に想像が可能だが、同時に、一朝一夕には成し得ないはずのこうした複雑な機構を現実のものとした点に、一度は破綻へと追い込まれたGMというメーカーが、しかし世界の巨大メーカーとして相応しい高度な基礎技術力を備えている事を、改めて教えられる思いもする。

ファミリーサルーンとして十分な性能
 そんなボルトのドライバーズシートへと、いよいよ乗り込んでみる。正面とセンターパネル部にカラーディスプレイを配したダッシュボードまわりは、決して奇をてらった印象はないものの、それなりにモダーンなデザイン。システムの起動スイッチや、ノーマル/スポーツ/マウンテンと、アクセル・レスポンスやボルテックのシステム・プログラムを変更するスイッチはセンターパネル部に設けられるが、それらを含めてここに配される様々なスイッチ類が少々過多に思えるのはちょっと残念だ。

 シートやドアトリム部の質感は、“300万円カー”と考えると少々不満が残るという人も現れるかも知れない。キャビン中央を後部まで貫く高いセンターコンソールと、それによって完全に左右がセパレートされる後席のデザインは、前述バッテリーのレイアウトによるこのモデルならではの特徴部分だ。「95%の体形の人をカバーする」とも謳われているが、リア・ウインドー下となる後席でのヘッドスペースには余り大きな余裕はない。一方で、前席下へと足先をすんなり入れることができるので、レッグスペースには外観から察する以上のゆとりを感じる。

 ブレーキペダルを踏みつつセンターパネル部に位置するブルーのボタンを押すと、正面ディスプレイ内にグリーンのランプが点灯し「走行可能」な状態に。その際も、当然ノイズは発生しない。ちなみに、このモデルの市販時には、日本でも最近装着が開始された車外に向けての歩行者用ノイズ発生装置が装着されるという。

ボルトのコックピットセンタパネルにシステム起動用の青いスイッチが見える
ドライバー正面のディスプレイの表示

 無音状態のままに力強く発進するさまは、まさしくピュアなEVそのもの。そして、前出モードスイッチのポジションに関わらずバッテリーが十分な充電量を有する間は、プリウスなどとは異なりいかにアクセルペダルを深く踏み込んでも、搭載エンジンは決して始動をしないことも確認できた。

 0-100km/h加速はおよそ9秒。0-400m加速は17秒未満という謳い文句からも想像できた通り、その加速力はファミリーサルーンとして十分満足に足るレベルだ。ちなみに、そのフットワークやハンドリングも違和感なく仕上げられている。どうしてもそのパワーユニットに目が行ってしまうこのモデルだが、「これまでコンパクトなセダン作りは得意としていなかったアメリカ車」としては、このあたりのソツのない作り込みも重要な評価ポイントになる。

侮れない米国車の技術
 「条件によって変化をするものの25~50マイル」、すなわち約40kmから80kmの距離を走行可能とされるEVモードが終了すると、いよいよこのモデルならではの「エクステンデッド・レンジ・モード」に移行する。ただし、当初の予想とは異なりこのモードになった後もエンジンは頻繁に停止をし、短時間のEVモード走行が繰り返されることに気がついた。それゆえの、エンジン始動時の振動や騒音は気になる部分だが、これを殆ど違和感なくこなすのには感心。

 ちなみに、そんなレンジ・エクステンデッド・モードでも、走りの力強さはEVモードの際と殆ど変わらない。ただし、上り坂などの高負荷状態が続くと、発電量を増やすべくエンジン回転数も徐々に上昇し、その分ノイズも高まるのは止むを得ない現象だろう。

EVモードはエンジンを停め、リチウムイオンバッテリーの電力とモーターだけで走行するエクステンデッド・レンジ・モードはエンジンで発電し、モーターを回して走行する

 回生動作で最大0.2Gまでの減速度を発生させるというブレーキは、通常の油圧方式との協調作動を行うトヨタと同様のバイワイヤー式システム。減速フィールやペダルタッチも、殆ど違和感なくまとめられている。先日のクレーム問題も含め、このあたりはトヨタのシステムを非常に深く研究した結果に違いない。

 通常走行時の駆動力は、すべて111kWのモーターが発生する事になっているが、時速70マイル(≒113km/h)に達すると、必要な出力をサポートするために通常は発電用として用いられる55kWのモーターも駆動力を発生させるプログラムが組まれている模様。ただし、今回のクローズドコース内でのテスト走行では、そこまでの速度を試す機会はなかった。いずれにしても、短時間でのテスト走行を行った限りでは、ボルトの走りは「実用セダンとして全く不足を感じないもの」というのが結論だ。

 注目の的である燃費についても、今回はチェックできなかった。かつて前例のない走行モードを持つモデルだけに、公的機関でもその燃費測定には苦慮をしているという報告もある。

 ただし、そんなこのシボレー・ボルトというモデルが、これまで停滞しているかに見えた米国車の技術が、決して侮れないものであることを証明しているのは間違いないところ。補助金を受けた後も同クラスのセダンに比べれば少々の割高感を免れないこのモデルが、果たしてどの程度世界の市場で受け入れられて行くのか、この先大いに注目をして行きたい。

2010年 11月 24日