【インプレッション・リポート】
ホンダ「フィット RS」

Text by 岡本幸一郎


 前回はマイナーチェンジの際に追加されたフィット ハイブリッドのリポートをお届けしたが、今回はスポーツモデルのフィットRSのリポートをお届けする。

 今回のフィットのマイナーチェンジは、とかくハイブリッドに目を奪われがちだが、実はハイブリッドでないほうの充実ぶりも相当なものだ。いくつものバリエーションが存在する新型フィットのTVCMの1つでも、「いろんなフィットを揃えました」とアピールするものがあるのだが、今回のマイナーチェンジはまさにそのとおり。RSはよりスポーティさを際立たせ、上級仕様として追加されたXグレードも、高級車からのダウンサイダーに対応すべく、これまでのフィットの常識を打ち破る上質感が与えられた。という、ベースモデルとハイブリッドに加えた、都合4タイプの個性が揃ったわけだ。

 特にスポットを当てたいのが、我々走り好きにとって要注目のRSのうれしい変貌ぶりだ。従来のRSというのは、スポーティにドレスアップしたバージョンにすぎず、往年のRSのイメージからすると、ちょっと寂しい印象もなくはなかったというのが実情。ところが新しいRSは、いろいろな部分が専用設定となり、見た目だけでなく走りもホンダの誇り高き「RS」を名乗るに相応しい味を手に入れていたのだ。

 その全容を見ていこう。エクステリアはご覧のとおり。目の前にすると、けっこう派手ないでたちだ。ベースモデルが空力を意識した大人しめのフロントマスクになったのに対し、RSは両サイドにフォグライトも配され、大きな開口部を持つフロントバンパーが与えられた。

 サイドシルやテールゲートスポイラーも専用品で、ワイド感を強調したリアバンパーも与えられるなど、より明確に差別化された。ダーク系のカラーとされたフロントグリルや専用デザインのホイール、前後ランプ類なども精悍な印象をアピールしている。

 新設定のRS専用ボディーカラー「サンセットオレンジII」も鮮烈な印象を残す。この色が何に由来しているのか、若い人にはピンとこないかもしれないが、40歳以上のクルマ好きにとっては感慨深いことだろう。そう、初代シビックのRSの専用色だ。RSというグレードもこのシビックで初めて使われたものだ。

RSの名にふさわしいサンセットオレンジIIはRSの専用色タイヤサイズは185/55 R16でホイールはアルミ
専用バンパーでスポーティなフロントフェイスグリルはブラックのメッシュヘッドライトの内側もブラックで引き締める
サイドシルガーニッシュもRS専用装備RS専用リアバンパーテールゲートスポイラーも装備

 ところで、もともと現行フィットは、一昔前のプレーンなホンダでは考えられないほどボディーパネルの造形が凝っていて、光の当たり具合で陰影がつき、微妙な表情を見せるのだが、そのことを今回あらためて再認識した次第。

 また、「素」の状態では少々いびつに見えるサイドウインドーグラフィックも、こうしてRSのように付加物が架装されたときに活きてくるように思えた。

 インテリアは全体的にダーク系の配色でまとめられており、精悍なイメージを演出している。ドアを開けてまず目に飛び込んでくるブラック×オレンジのスポーツシートは、アップライトなポジションながら、スポーティなホールド感が得られ、着座感は良好だ。ただし、シートの色がオレンジしかないというのは大丈夫なのかな……?と不安にも思う。ボディーカラーがオレンジやイエローならよいだろうが、他の色には似合わないような気もするので、無難にブラック×ブラックかブラック×グレーという設定があってもよいかと思うところだが……。

 試乗したのは、RSのMT仕様だ。これまでは5速だったところ、新型では基本的にCR-Zのものと同じ6速が与えられた。適度に短いストロークにカチカチと決まる心地よいシフトフィールもそのまま受け継いでおり、マウント類も硬くしっかりとした感覚も好印象だ。ちなみに、数年前までホンダのMT車というと、クラッチのミートポイントが狭く半クラッチがシビアな印象があったが、最近のものはそんなこともなく、このフィットRSも扱いやすい味付けとなっていることもお伝えしておこう。

 走りについて、ベースモデルからの変更点を列挙すると、ダンパーおよびスプリングの専用セッティング、パフォーマンスロッドの追加、サスペンション取り付け部の強化、フロントスタビライザーをφ20mmからφ23mmに大径化、リアスタビライザーをφ11mmからφ17mmに大径化などがある。電動パワステの制御も専用セッティングとなっており、ステアリングフィールについて、ベースモデルでも従来よりよくなっていることを確認したが、RSではさらに手応え感が増していて、ドシッとした直進安定性があり、切り込んだところでの接地感を感じられるところも評価できる。

その走りはシビック TYPE R EUROを思い出させるスポーティなもの

 今回は、一般道と高速道路を1時間ほど試乗しただけで、このクルマがより本領を発揮するであろうスポーティな走りは、お台場近辺で筆者がプチテストコースと決めているいくつかのコーナーでしか試せなかったのだが、その奥にあるポテンシャルの高さをうかがうことはできたように思う。

 ダンピングの効いた引き締まった足まわりにより、背が高めの割にロールする感覚も小さく、常にフラットな姿勢を保つ。それでいて、路面からの入力のカドは上手く丸められているので、乗り心地も良好だ。この走りを実現するためには、もっと突っ張った感じになっていてもおかしくないはずのところだが、実はRSのほうがベースモデルよりも乗り心地がよいのではないかと思ったほど、上手く仕上げられていた。

 また、剛性の高い専用ボディーにより、ステアリング操作に対して遅れることなく俊敏な応答性が得られ、とても一体感のある走りを楽しむことができる。そこには、1年前に各方面で絶賛されたシビックのTYPE R EUROにも似た、しなやかさとドライビングプレジャーの同居した感覚があった。スポーティでかつ“上質”であることが印象的だ。それにしても、こんなに立ち気味のドライビングポジションなのに、走るとスポーティというギャップには、思わず笑みがこぼれてしまう……。

 キャビンに伝わる音については、スポーティなサウンドを乗員に聞かせるため、マウント類やレゾネーターは、共振固有値がより高い周波数にセッティングされており、低回転域の排気音圧の増大が図られていると言う。ただし、車両側の基本素性としての静粛性は高められていて、不快な部分の音については排除しつつも、走りを楽しむための「演出」として聞かせたい部分の音だけを聞かせている、という印象だ。

エンジン。組み合わせる変速機は6速MTとCVTを用意

 肝心のエンジンは、Xグレードにも搭載されたものと同じ1.5リッター SOHCのi-VTECで、最高出力88kW(120PS)/6600rpm、最大トルク145Nm(14.8kgm)/4800rpmを発生する。動力性能的には十分ではある。

 電制スロットルを、低い開度でも大きく開く設定のチューニングにより、踏み込んだ瞬間にパッと前に出るところは、いかにも「スポーティなクルマに乗る」という感覚が楽しめてよい。これがMTだと実にダイレクト。CVTだとこうはいかないので、このダイレクトな感覚を味わいたい人には、ぜひMTを選んでほしいと思う。ちなみに車両価格は、MT、CVTとも共通だ。ただし、全体のフィーリング的にはもう一歩という気もしなくはない。あまり回して楽しい感じでもないし、もう少し「RS」っぽいプラスアルファが欲しかったというのが正直なところではある。

 6速MTのギア比については、1、2、3速はローレシオにして加速性重視、4、5、6速はハイレシオにして高速巡航を静かに燃費よく走れるように設定。実際、トップギアで100km/h走行時のエンジン回転数は約2800rpmと、従来よりもだいぶ下がっているところもありがたい。

 169万8000円という車両価格は、フィットのイメージからすると高いほうではあるが、メーカーによるワークスチューニングが施された内容の濃さを考えると、とてもお買い得とも言える。名前だけでなく、中身もしっかり「RS」としての期待に応えていたと思う。さらに、モデューロや無限などメーカー直系ブランドのアフターパーツも豊富に用意されているので、好みに合わせてカスタマイズするという楽しみもある。もちろんフィットだから、すでに定評ある実用性の高さもカテゴリートップレベルだ。日本で販売される新車の全ラインアップにおいて、今や手ごろな出費で手に入るスポーティなクルマというのは、わずかに数えられるほどしか存在しなくなった中で、フィットRSは、大いに注目に値する1台だと思う。

RSには設定されないがスカイルーフもあるバックモニター付きのオーディオプレーヤーもグレードによって用意される

2010年 12月 3日