【インプレッション・リポート】
シェルビーアジア「コブラ APモデル」

Text by 岡本幸一郎



 

 古いクルマにはあまり詳しくなくても、クルマに興味のある人だったら、「ACコブラ」というクルマの存在や、どんな形をしているかぐらいは知っているんじゃないかと思う。そして、今でも新車のコブラが買えることも知っているかもしれない。しかし、ここから先のことを知っている人は、なかなかの事情通だ。

3つのコブラ
 コブラは大別して、「オリジナルコブラ」「コンティニューションコブラ」「リプロダクションコブラ」という3つに分類される。それぞれについてはおいおい説明するとして、今回紹介する「アジアパシフィックモデル(以下APモデル)」は、「シェルビーアジア」の田邊代表が日本向けにプロデュースしたもので、上記でいうと「リプロダクションコブラ」の中の1台だ。

1964年型コブラとキャロル・シェルビー

 さて、コブラが誕生したのは、1960年代の始めのこと。ベースとなったのは、イギリスのACカーズという自動車メーカーが販売していた「エース」という小気味のよいスポーツカーで、当時はなかなか評判がよろしかったそうな。ところが、当時ACカーズにエンジンを供給していたブリストル・カーズから、エンジン供給を受け続けることが困難な状況となった際に、レーシングドライバーとして名を馳せていたキャロル・シェルビー氏がアイデアを持ちかけたのがことのはじまり。

 かねてから英国製のしなやかなシャシーに、アメリカの大パワーエンジンを組み合わせたら面白いクルマができるに違いないと考えていた同氏は、当時フォードの副社長として手腕をふるいっていたリー・アイアコッカ氏と組んで、ACカーズにフォードのV8エンジンを供給するかわりに、フレームとボディを供給させ、でき上がったクルマを米国のフォードディーラーでも販売することを提案したのだ。

 かくして完成したのが「ACコブラ」で、1963年から70年頃にかけて、4.7リッターエンジンを積む「289コブラ」が600台、7リッターエンジンを積む「427コブラ」が347台生産された。これが「オリジナルコブラ」だ。

 こうして世に送り出されたコブラは、圧倒的な性能を誇り、レースでも輝かしい成績を挙げた。しかし、ACカーズの業績低迷、ガソリン価格の高騰、アメリカ国内の安全基準を満たさなくなったことなどの諸事情により、コブラは消滅を余儀なくされる。ACカーズもやがて倒産を迎えることとなった。

 ところが、短期間に大きなインパクトを残したコブラの消滅を惜しむ声は大きく、やがて世界中で無数のコブラのレプリカ=リプロダクションが生産されるようになった。これが「リプロダクションコブラ」で、1973年頃から早くも登場しはじめた。

 コンテンポラリーモーターカンパニー(現在はファクトリー・ファイブ・レーシング社が継承)やERAレプリカオートモビル、今回のAPモデルの生産も手がけるハイテックオートモーティブなどがメジャーどころとして挙げられ、ピーク時は世界中に40社をゆうに超える数のメーカーがあったと伝えられる。現在でも約20社がリプロダクションコブラの生産に携わっている。

CSX-4000

 一方で、しばらくずっとリプロダクションコブラのことを放置していたシェルビー氏が、それらを提訴するとともに、オリジナルコブラと同じ治具や寄せ集めたパーツなどをもとに忠実にオリジナルを再現したコブラを世に送り出した。これが「コンティニューション(継続生産)コブラ」であり、「CSX-」と呼ばれるモデルが現在も生産され続けている。こちらのみ、「SAAC(シェルビー アメリカン オートモビル クラブ)」に正式に登録される。

 そんなわけで、世に出回っているコブラのほとんどが、リプロダクションコブラかコンティニューションコブラということになる。オリジナルコブラというのは、合計1,000台もないほど希少であり、そのうち何台が現存するか定かではなく、車両のコンディションを考えても、おそらく我々の目に触れる機会はほとんどないと思われる。

 コブラの愛好家は今でも世界中にいるわけだが、日本へのコブラの輸入販売をいち早く手がけたのが、冒頭で紹介した田邊正剛氏だ。1986年より一貫してコブラに携わってきて、その実績がキャロル・シェルビー氏に認められた同氏は、1997年に極東地域で唯一、「シェルビー」の商標使用権を獲得。以来、日本における正規輸入販売代理店となっていた。

 そして、中国をはじめ極東地域のさらなる販路拡大に向けて、2010年7月にシェルビーアジアを設立。同年11月ショールームオープン。さらに翌2011年6月にはシェルビー製品に関するロイヤリティを統括するシェルビーライセンシングとの正式契約にいたった。

 APモデルは、長年シェルビーの正規代理店として、コブラの日本への輸入販売を手がけてきた田邊氏が、日本のビギナーにもコブラを楽しんでもらえるようにとの思いから、低価格で、乗りやすく、メンテナンス性に優れることに考慮して最適にアレンジした、田邊代表いわく「これまで培ってきたノウハウの結集」である。

 APモデルの生産を担うのは、ハイテックオートモーティブという、リプロダクションコブラを生産する傍らで、シェルビーから委託を受けてコンティニューションコブラも生産しているメーカー。その「スーパーフォーマンス マーク3」というリプロダクションコブラがAPモデルのベースとなっている。

 

圧倒的な動力性能
 試乗を控え、いよいよAPモデルとご対面。ちなみに筆者は、日本製やドイツ製なら1960年代のヴィンテージカーを何度か運転したことはあるが、コブラはまったく初めて。APモデルの実車を目の前にして、えもいわれぬ高揚感を覚えずにいられない。

 小さなドアを開け、サイドマフラーをまたいで、運転席側のみロールバーの設置されたタイトなコクピットに乗り込むと、フロントミッドの奥深くに搭載されたエンジンとトランスミッションにより、フットペダルのポジションは極端に左よりとなっている。

 メーターパネルには、スミス製の油温計、水温計、真ん中のタコメーター、その隣に電圧計(これだけルーカス製)、そして燃料計、油圧計、スピードメーターが並ぶ。スピードメーターはマイル表示で、通常とは逆に反時計回りに回転するところや、左ハンドル車ながらステアリングコラム右にウインカーレバーがあるところも面白い。さらに、空調、ワイパー、ヘッドライトなどを操作するためのトグルスイッチや回転式スイッチがズラリと配されている。低いアイポイントによる視界の先には、直立したウインドシールドや、ふくらんだフェンダー、大きなエアスクープなど、あまり味わったことのない景色が見える。

 前方に傾いたシフトレバーを1速に入れて、やや重いクラッチをミートさせて走り出すと、ありあまるトルクにより軽々と走り出す。3速でもラクに発進できてしまうくらいだ。

 試乗車に搭載されていたのは、448PSと57.8kgmを発生する5.7リッターのV8ユニット。これをわずか920kgの車体に積んだのだから、パワーウエイトレシオは2kg/PS少々という数値となり、加速は強烈だ。猛々しいV8サウンドを奏でながら、圧倒的な動力性能を魅せつける。

 アクセルペダルの操作に遅れることなく反応するさまは、いまどきの電制スロットルを採用したクルマにはない感覚。踏み込めばホーリー製4バレルキャブレターの吸気音の高まりとともに、一気に吹け切ってしまう。この感覚こそ、生まれた当初から今まで、コブラが乗り手を熱狂させてきた、まさにその所以だろう。

 なお、実際のAPモデルに搭載されるのは、フォードのエンジン供給の都合により、500PSを発生する6リッターユニットになるとのこと。ということは、もっと速くなると考えていいんだろう。

 

乗りやすくてお買い得
 クラッチとブレーキにはパワーアシスト機構が付いているので、操作力はだいぶ低減されている。むろん一般的な市販車に比べるとアシスト力は小さいものの、そのぶんダイレクト感があってコントロールしやすい。タイヤが太く車両重量が軽いことも手伝って、ストッピングパワーに不安はない。

 逆に、ラックアンドピニオン式のステアリングはノンアシスト。田邊氏によると、パワステ付きも試したそうだが、強い加速時に舵が取られる傾向が見られたので、あえてノンパワステとしたとのこと。そして、ギア比を最適化することで、重くなりすぎないようにしたという。

 前後ダブルウィッシュボーン式の足まわりは、このままサーキットも走れそうなほど締め上げられた感覚がありながらも、乗り心地が硬すぎることもなく、ちょうどよい印象。

 「乗ってみたい!」と興味を持った女性を乗せてのドライブも、むろん今どきのクルマのような快適性があるわけではないが、このちょっとスパルタンな感覚をいっしょに楽しめるぐらい、というイメージだ。

 また、世に出回っているコブラでは、アッパーアームのないタイプのリアサスペンションを持つものも多いのだが、やはりあるほうがタイヤの接地性が圧倒的に良いので、APモデルもアッパーアームのあるタイプとしたという。

 ちなみに、コンティニューションコブラなどのヴィンテージコブラにも乗ったことのある人によると、エンジン、シャシー、ステアリング、ブレーキなど、どれを取っても、このAPモデルのほうが「はるかに乗りやすい」そうだ。

 さらにAPモデルは、実用性にも配慮されているところもありがたい。センターコンソールボックスが設定されているし、出先で雨が降っても大丈夫なように(装着はけっこう大変だが……)、金額にするとけっこうな額になるソフトトップも標準装備される。バンク修理キットも標準で付属する。

幌は手で骨組みを組み立ててから張るラゲッジスペース

 また、65万円のハードトップも選べるし、車両自体については、好みにより30万円安でエアコンレスを選ぶこともできるし、価格は変わらないが15インチタイヤ仕様を選ぶこともできる。

 そんなAPモデルの車両価格680万円という金額を見ても、読者諸兄の多くはピンと来ないかもしれないが、コブラというと、新車では1,000万円オーバーが普通で、20年以上落ちの中古車でも500~600万円クラスがザラ。むろん中古車はコンディションに不安のあるものが多いのは言うまでもなし。

 ところがAPモデルであれば大差ない金額で新車のコブラが手に入るわけで、いかにコストパフォーマンスに優れるかがご理解いただけることと思う。田邊代表いわく「知れば知るほど、APモデルがいかに画期的であるかということを分かってもらえるはず。もっと早く出すべきだった」とのことだ。

 また、田邊代表によると、コブラほどリセールバリューの高いクルマはないという。まだ確定していないが、3年後に550万円という残価設定ローンの設定も検討中らしく、3年落ちで130万円というのは、かなりよい数字といえるだろう。

 話を聞いていて、もともとコブラには興味はあったものの、所有するなんて非現実的な話と思っていた筆者も、APモデルならアリかも?、という思いが頭をよぎった……。なお、シェルビーアジアでは、APモデルの試乗車を用意しているので、興味のある方は気軽に問い合わせてみて欲しい。

 きっと筆者と同じような心境になってしまう人も少なくないことだろう。


インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2012年 3月 15日