【インプレッション・リポート】
メルセデス・ベンツ「E 300 ブルーテック・ハイブリッド」

Text by 河村康彦


 

 欧州で販売する定員9名以下の乗用車は、CO2排出量が企業グループの平均値で130g/km以下でなければならない――今年2012年から実施されるそんな規制では、その超過分に対して支払わなければならない“罰金”について、2018年までの軽減措置が設けられている。が、2019年からは1g超過について95ユーロという金額が課される予定。

 こうした厳しい決め事こそが、このところ発表される欧州発のニューモデルが、ダウンサイズ・エンジンやらアイドルストップ・メカやらとさまざまな燃費向上(=CO2低減)のための新技術を、怒涛の勢いで“標準装備”し始めた大きな要因となっている。

 2011年の平均値がすでに120g/kmを下回るフィアットなど、フランス/イタリアなどでコンパクトカーを主力とするブランドには、そんな規制をすでにクリアしているところも見受けられる。一方で、比較的大柄のいわゆるプレミアム・モデルを主力とするドイツのブランドは、やはりおしなべてCO2排出量が大きな数字となりがちだ。

 そうした中でもコンパクトなモデルをメインとするフォルクスワーゲンは、2011年の平均値は135g/km少々。けれども、アウディが146g/km強、BMWは149g/km強……と、名だたるプレミアム・ブランドたちは前出目標値までまだ遠い。特に、「高価な大型車」を得意として来たメルセデス・ベンツは162g/kmを突破! そうした事情が、その高コスト体質ゆえに誰もがなかなか手を出さなかった「ディーゼル・エンジン+電気モーター」という組み合わせによるハイブリッド・モデルのリリースまでを決断させた、大きな要因であろうとも考えられる。

ディーゼル+1モーターハイブリッド
 年頭に開催されたデトロイタ・モーターショー。その舞台で、ガソリン・エンジン搭載の「E 400 ハイブリッド」と共に発表されたのが、ここに紹介する「E 300 ブルーテック・ハイブリッド」だ。

 このモデルのCO2排出量は、109~119g/kmという値。一方、やはり装着タイヤやセダン/ワゴンの違いなどで幅があるものの、ベースとされた2.1リッターのターボ付き4気筒ディーゼル・エンジンを搭載する「E 250 CDI」の値は130~140g/km。すなわち、そこでは「ハイブリッド化により概ね15%程度のCO2を削減」と言ってよさそう。

 そもそもガソリンよりも熱効率に優れるのがディーゼル・エンジンだけに、ハイブリッド化に伴うCO2削減率は思ったほど高くないと思われるかも知れないが、「それでもやらなければならない」のがメルセデスの置かれた現状。ただし、「動力性能は3リッターのターボ付きV6ディーゼル・エンジンを搭載する「E 300 CDI」に匹敵し、それが車名の由来になると同時に、こちらとの比較であればCO2削減率は35%にも相当する」というのがメルセデスの言い分だ。

 前出E 250 CDIが搭載するエンジンに、トルクコンバーターの代わりに最高出力20kW/最大トルク250Nmを発する薄型モーターを挿入した7速ATを、断続用のクラッチを介して直列配置――これが「E300ブルーテック・ハイブリッド」が採用するパワーパックの基本デザインだ。詳しい人ならば、それが同じくFRレイアウトの持ち主である日産「フーガ・ハイブリッド」/新型「シーマ」のシステムと酷似したものであることに気付くはず。

 19kWの出力と0.8kWhの容量を備えるリチウムイオン・バッテリーは、エンジンルーム内後端上部のカウル部分に搭載。それゆえにラゲッジスペース容量には一切影響を及ぼさないし、ラグジュアリー・クラスで初めてステーションワゴンにハイブリッド・モデルを設定できた、というのも謳い文句とされている。

 興味深いのは、このモデルに搭載されたシステムは、先に紹介したE 400 ハイブリッドのものと同じ“モジュラー・ユニット”であり、そんなコンセプトの採用により、メルセデスは今後多くのモデルをハイブリッド化する準備が整った、とする点。実はこのブランドは、先に「Mクラス」でより高出力な2モーター方式もリリースをしているものの、現在は「重量アップを100kgまでに抑えるシステムを採用する」という社内コンセンサスができ上がっている。

 となると、その点でも今後はよりシンプルな1モーター方式が脚光を浴びるという動きになると予想される。ガソリン/ディーゼルと双方のエンジン組み合わせが同時発表されたEクラス・ハイブリッドが採用のこのシステムこそ、メルセデスにとっての「本命ハイブリッド・システム」であろうということだ。

 

エコカーでもドライビング・プレジャー
 まずは米国市場に投入の後、日本や中国にも投入の予定と発表されたE 400 ハイブリッド。それに対し、さしあたりのマーケットは欧州市場に限るというのが、E 300 ブルーテック・ハイブリッドでの商品戦略だ。

 しかし、「今後の日本でのディーゼル・モデルの盛り上がり具合などによっては、投入の可能性もゼロではない」と含みも持たす。そんなモデルのテストドライブは、本拠地であるドイツ南部のシュツットガルト近郊を舞台に行った。

 走り始めの段階はまず電気モーターが担当、というのは、EVモードを備えたハイブリッド車の、定石どおりのこと。ただし、モーターのみという状態で得られる発進加速力は、「AT車の“クリープ力”の3倍程度」というのが実感。E 250 CDIに対して100kgほど重さが増し、1.8tを超えた重量に対して20kW、すなわちおよそ27PS相当のモーター出力で発生できるのは、この程度の加速力に過ぎないということだ。かくして、日常では渋滞中の前車への追従など、よほどの緩加速シーンでない限り、「動き始めた直後に、すぐにエンジンが始動する」という動作が一般的。

 ちなみに、エンジン始動に伴うノイズや振動による違和感は、無視をするに値するレベル。それよりも、回生と油圧の協調制御が行われるブレーキの減速Gの出方がやや不自然で、停止寸前にどうしても“カックンブレーキ”の挙動が現れがちとなる方が気になるものだった。

 走行中にアクセルOFF、もしくはその踏力を緩めると、多くの場合即座にエンジンが停止して、タコメーターの針がストンと“ゼロ”まで落ちるのは、エンジンとトランスミッションの間に断続クラッチが存在するからこそできる業。通常はここでモーターが発電機役に早変わりし、軽い回生に伴うわずかな減速感が発生するが、このモデルでユニークなのは、そこでシフトアップ側のパドルを引くと、その動作もカットされた完全な“空走”状態が作り出せることだ。

 “セーリング”と称されるそんなモードを選んで空走距離を伸ばした方が得策なのか、オーソドックスに回生をさせて次の加速に用いる電力を稼いだ方が効率的なのか、こうした選択肢が用意されると、正直「どっちがよいのか?」と迷う気持ちが生じる場面も少なくなかった。

 が、開発担当者は「それもまた、このモデルならではの特別なドライビング・プレジャー」と断言する。そう、いかに“エコカー”とは言っても、それゆえにドライビングの愉しみが減ることを、彼らは決して許容しない。いかにもドイツ発のハイブリッド・モデルらしい機能が採用されているというわけだ。

 「メカニズムの保護と快適性確保のため」に、160km/hを上限として行われる走行中のエンジン停止。その後の再始動でも、そんな動作は殆ど体感できないままスムーズに行われる。厳しく見ると、時にわずかなシフトショック程度のものを感じることはあったが、実は高速クルージング中のエンジン再始動をよりスムーズに行うため、日産方式にはないメカが採用されているという。

 資料中にも図版中にも紹介のないそれは、「通常のスターターモーター」とのこと。時に駆動力を発し、時に回生を行い、さらに停止したエンジンを再始動させる……と忙しく役割の変わる駆動用モーターの働きを、特に高速走行中でのエンジン再始動時にサポートすべく、メルセデスのこのシステムには、多くのハイブリッド・システムが不要と判断して省略してしまうオリジナル・エンジン用のスターター・モーターを、敢えて残してあるという。

ハイブリッドでも「ごく普通のEクラス」のテイスト
 前述のように、発進後すぐにエンジンが始動するため、基本的には「ごく一般的な欧州最新ディーゼル車」というテイストの強いこのモデル。それが同時に、ハンドリングやフットワーク、ステアリング・フィールなど、総合的な走りの印象でも「ごく普通のEクラス」というテイストを生み出していた点は見逃せない。

 フル加速時でも“電気モーター・ブースト”の恩恵を強く実感するような印象は薄い反面、“重厚長大”で重いハイブリッド・システムを搭載することによるバランス感覚の欠如などには繋がっていないということだ。

 先に紹介のようにバッテリー容量が小さいので、EVモードで走行が可能な距離は最長1kmとかなり限定的。その際の最高速も35km/hだから、それぞれ「2kmと50km/h程度」という“トヨタ方式”には及んでいない。

 ところが、そんな制約の多いEVモード走行も、ヨーロッパ流儀の走りにはなかなか適していたりする。というのも、ドイツに限らずヨーロッパの郊外の集落では、「そのエリア内のみ30km/h制限」というパターンが一般的。しかも多くの場合、そんな集落は殆ど数百mで通過が可能なので、その区間は完全にエンジン停止状態で走り切ることが可能であるからだ。

 E 300 ブルーテック・ハイブリッドでおよそ300kmほどの距離を走破した結果、ボードコンピューターが示した燃費データは前半約150km区間が6.4L/100km、後半約150km区間が5.8L/100kmと表示された。日本式表記に改めれば、それは15.6と17.2km/L。もちろんあくまで参考値だし渋滞が皆無だったことなどの考慮の必要もあろうが、それでもアウトバーン上でのオーバー200km/hの世界を体験したり、フル加速を何度か試したりという点も踏まえた自身の評価軸からすれば、「このクラスのモデルとしては、やはり相当によいのではないか」というのが結論だ。

 このモデルのようにCO2排出量の少ない社有車を有する企業に対しては、昨今ではフランスやスペインなどのように税金を減免する措置を採る国も現れているという。

 そんなE 300 ブルーテック・ハイブリッドの価格は「E 250 CDIの3000ユーロ増し」とのこと。そうしたコストの上昇とハイブリッド化による魅力度のアップのバランスが、果たして彼の地でどのように受け入れられるのか。ここのところが、今後のヨーロッパ・メーカーのハイブリッド化戦略に、大きな影響を及ぼしそうだ。


インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2012年 7月 20日