インプレッション

フォード「フィエスタ」

フィエスタ再登場の裏に「エコブーストエンジン」あり

 1976年、FFコンパクトハッチバックとしてデビューした「フィエスタ」は今日までに全世界で1500万台以上を販売した世界的ヒットモデルだ。特に2012年には72万3130台を販売し、Bセグメントで世界ナンバーワンの販売台数を記録した。欧州Bセグメントとは小型車クラスのことで、ライバルにはフォルクスワーゲン「ポロ」やプジョー「208」などがある。ゴルフは1つ上のCセグメントだ。

 さて、日本ではフィエスタの5代目モデルが2007年まで販売されていたが、その年を最後に導入を終了していた。昨年、「フォーカス」が再導入されたことが記憶に新しいが、今回フォーカスに続いてフィエスタ(グレード名はフィエスタ 1.0 エコブースト)の再登場が決定した裏には新エンジンである「エコブーストエンジン」の存在なしには語れない。

 フォードのエコブーストエンジンといえば、現在「エクスプローラー」に搭載されている直列4気筒2.0リッターの直噴ターボエンジンが思い浮かぶ。エコブーストとは気筒内直接噴射、ターボ過給、吸排気連続可変バルブタイミング機構を備えたフォードの次世代低燃費エンジンのこと。その第2弾ともいえるエコブーストエンジンがフィエスタに搭載されて今回日本上陸を果たしたのだ。新しいエコブーストエンジンは直列3気筒1.0リッターの直噴ターボ。実はこのエンジン、2年連続でインターナショナル・エンジン・オブザイヤーに輝いたという実力派。さてその実力はいかに? といったところだが、その前に今回のフィエスタを詳しく紹介しよう。

フィエスタ 1.0 エコブーストのボディーサイズは3995×1720×1475mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2490mm。乗車定員は5名。車両重量は1160kg。撮影車のボディーカラーはホットマゼンダで、そのほかムーンダストシルバー、パンサーブラック、レースレッド、ブルーキャンディ、フローズンホワイトも用意。燃料は無鉛プレミアムガソリン。タイヤサイズは195/45 R16
直列3気筒1.0リッター直噴ターボエンジンは最高出力74kW(100PS)/6000rpm、最大トルク170Nm(17.3kgm)/1400-4000rpmを発生。JC08モード燃費は17.7km/Lとなっている。トランスミッションは6速デュアルクラッチを採用

ホットハッチを思わせるスポーツ色漂う新型フィエスタ

フィエスタ 1.0 エコブーストは前方衝突の回避をサポートする「アクティブ・シティ・ストップ」や、独自の車両安定化技術「アドバンストラック」といった安全装備を標準装備する

 今回再導入されるのは2009年にフルモデルチェンジした6代目モデルだ。ただし2012年にビッグマイナーチェンジが行われ、今回のモデルへと進化した。過去に日本販売終了時点で導入されていたのは1世代前の5代目モデルである。

 そのエクステリアデザインは「フォーカス」や「クーガ」と同じく、これまでの欧州主体から北米、そしてアジアなどグローバル展開するために「ワンフォード」という名の元に統一したキネティック(躍動感の意)デザインだ。大きく口を開けた上付きのフロント台形グリルが個性的で、ヘッドライトはフェンダー上部までの切れ長細目。欧州Bセグメントではコンパクトゆえにかわいい系デザインが主流だが、フィエスタはなかなかスポーティーでマッスル。スポーティと力強さがテーマなのである。

 特に日本に導入されるモデルはスポーツ仕様となり、大型のリアスポイラーを含むボディーと同色のエアロキット、そして16インチのアルミホイールが標準装備となっていて、ホットハッチを思わせるスポーツ色を漂わせている。

 インテリアも刷新されていて、フォーカスやクーガにも採用されているデジタルオーディオプレーヤーや、Bluetooth対応端末との接続でステアリングに装備されたスイッチもしくは英語による音声操作が可能なSYNCを採用。8スピーカーのプレミアムサウンドシステム、オートエアコンにオートスピードコントロールも装備している。また、コンパクトとはいえインテリアパネルの仕上げやマテリアルなどの質感に安っぽさはなく、クラストップレベルの仕上がりといえるだろう。

インテリアカラーはチャコールブラックの1色のみの設定。車載情報システム「SYNC」(英語音声コントロール機能/Bluetooth携帯電話対応)やソニー製8スピーカー・プレミアムサウンドシステムなどを標準装備する
後席は6:4分割可倒式を採用

ドライビングポジションの自由度が高い

 では、シートに腰を降ろしてみよう。フィッティングのよいシートだ。シート地の表面に滑り止めのようなデザインが施されていて、身体をほどよくサポートしてくれる。またサイドサポートも出しゃばりすぎないレベルで効いている。リアシートに座ったフィーリングもフロントシートと同じ素材なので表皮にタッチした感触がよい。若干スタジアム系の座面高なので、前席越しの前方視界がよく見える。後席全体はこのクラスの標準レベルといってよく、狭すぎず広すぎず。

 さてシートに腰かけてまず行う作業が、ドライビングポジションのセットアップだ。セットアップしながら、このクラスとしてはステアリングの前後長を調整するテレスコピックのストロークが十分に長いことに気づく。このテレスコピックの調整幅が長ければ長いほどドライビングポジションの自由度が増す。さらに、僕のように小柄なドライバーにとってシートの前後スライドを極端に前方にセットする必要がなくなるので、左右のドアミラーを視認する際にカメレオンのような目をしなくてもよくなる。

 まぁそれは冗談だけれども、耐久レースをやっていると体格の違うドライバーと組むことになり、相手が外国人ドライバーの場合、僕のような小柄なドライバーは極端に前に座らなくてはならなくなる。その場合に問題なのがサイドミラーを確認する時に視線の移動量が大きくなってしまうことだ。つまり、後方確認するために余計な労力が必要になるわけだ。さらにそれに要するタイムラグも馬鹿にできない。一般道に当てはめれば、安全性が損なわれているわけである。

 そしてドライビングポジションの自由度が高い。小柄な筆者でもベストなポジションが作り出せる。まるでフォーミュラマシンをドライブするときのようにオリジナルなポジションにセットアップできるのだ。安全性も然りだが、このようにドライビングポジションがぴったりはまるとスポーツドライブも俄然楽しくなるのだ。

 さらにドアミラーの位置が低めに設置されているから、コーナリング時や交差点の右左折時の斜め前方視界がクリア。ドアミラーを低く設置する試みは、フェラーリなどのスーパーカーでも行われていて、コーナリング時の死角がなくなるのでラインが読みやすくなるのだ。Bセグメントコンパクトだからといって、何も我慢することなくスッキリとした運転を約束してくれる。

 Aピラーは寝ているのでフロントガラス面積はかなり広い。よーく見るとフロントガラスには熱線が入っている。このクラスでもここまでやるのか。ドライブするための前方視界もなかなかよい方だ。フロントエンドやフロントサイドコーナーを把握するのにもそれほどの時間は必要なかった。またリアに関しては、後退する際にモニターカメラが装備されている。

同乗者の乗り心地を損ねることなくスポーティな走りが楽しめるモデル

 では走らせてみよう。一番気になっていたのは3気筒エンジンの振動とパワーだ。車のエンジンは気筒数が少なくなるにつれ振動が増える。直列3気筒は4気筒に比べて振動面で不利なのだ。エンジンを始動させアイドリング時には若干の振動を感じるが、それほど気になるレベルではない。それがアクセルを踏み込み回転数が上がるにつれ、その振動感はどんどん減少する。慣れてしまえばまったく気にならないだろう。これはキャビン自体の静粛性がとても高いことにも起因する。ロードノイズを含め、このクラスとしては高い静粛性を保っているからだ。

 また、低速域からしっかりとターボブーストが立ち上がるので1.0リッターという小排気量でもまったくストレスを感じない。スペックでは1400rpmから最大トルクの170Nmを発生しているのだ。市街地をトロトロと流すような走り方でも、3気筒特有のちょっとした振動感が逆に力強さを連想させるので心地よい。

 ではアクセルを踏み込んでみよう。ここは箱根である。フォードがいう気持ちよさとはなんなのか、その実力を試してみようではないか。

 サスペンションはフロントがストラット式、リアはいわゆる左右が繋がったトーションビーム式だ。サスペンションはそれなりに締まったフィーリング。とてもタッチのよい電動パワーステアリングを切り込むとフロントが軽快に向きを変えスッと切れ込む。クルマ全体がとても軽く感じるのだ。実際の車重は1160kg。軽快感が高くヒラリヒラリと向きを変える感覚。ロールはそれほど大きくないけれども、高速でのコーナリングでは適度にサスペンションが沈み込み、路面の凹凸を舐めるようになぞるので安心と安定感がある。6速のデュアルクラッチトランスミッションはシフトセレクターノブに設置されているサムシフトスイッチによりマニュアル操作ができる。そのシフトフィールも速くて心地よく決まる。またATモードもスムーズで、トルクコンバータを採用しているのかと感じてしまうほどだった。

 ほかにも高速域での直進安定性が高いことも評価できるだろう。最近ではレーンキープアシストを装備したモデルが多くなってきたけれども、素の状態での直進性が高ければ長距離走行での疲労感が軽減できるものなのだ。ハンドリングの気持ちよさ、そしてサスペンションが路面をとらえる奥の深さ。バランスと完成度が非常に高く同乗者の乗り心地を損ねることなくスポーティな走りが楽しめるモデルだといえる。

 ボディーシェルの55%以上に軽量かつ高剛性の高張力鋼板もしくは超高張力鋼板を採用。さらに横転時などにキャビンを守るAピラーやBピラーには高強度なボロンスチールを採用。15km/h~30km/hでは衝突のダメージを回避、あるいは軽減する「アクティブ・シティ・ストップ」を搭載。ドライバーの脚部を守るニーエアバックを含む7つのエアバックも装備し、2012年の「Euro NCAP」において5つ星を獲得している。

 装備、安全性、経済性を含め、229万円でこのハンドリングが手に入ることは興味深い。

松田秀士

高知県出身・大阪育ち。INDY500やニュル24時間など海外レースの経験が豊富で、SUPER GTでは100戦以上の出場経験者に与えられるグレーテッドドライバー。現在59歳で現役プロレーサー最高齢。自身が提唱する「スローエイジング」によってドライビングとメカニズムへの分析能力は進化し続けている。この経験を生かしスポーツカーからEVまで幅広い知識を元に、ドライビングに至るまで分かりやすい文章表現を目指している。日本カーオブザイヤー/ワールドカーオブザイヤー選考委員。レースカードライバー。僧侶

http://www.matsuda-hideshi.com/

Photo:安田 剛