インプレッション

スズキ「アルト」

チャレンジングなデザインを採用した新型アルト

 40代半ばの筆者にとって、「アルト」というと小学生のときに見た「アルト、47万円」のTV-CMが強く印象に残っている。当時であっても、軽自動車とはいえそんなに安く自動車が売られていることに驚いたものだ。またバブルのころに登場した、めっぽう速い「アルトワークス」は大きなインパクトがあった。

 その後、軽自動車のメインストリームがハイトワゴンに移るとアルトの存在感は薄れてしまったが、近年ではコンパクトで軽量な車体を活かし、驚異的な燃費を実現した「アルト エコ」のようなモデルをラインアップするなど、新たな活路を求めていることも興味深く思っていた。

 そんな伝統あるアルトの最新モデルが、ここにきて再び大きな注目を集めている。その理由はデザインにある。このところスズキが実施した「ワゴンR」や「スイフト」のモデルチェンジは、視覚面ではかなりキープコンセプトであり、いささか変わらなすぎるような気もしていた。ところが、その反動というわけでもないだろうが、これまでは無難にまとめていた感の強かったアルトを、思い切りチャレンジングに変えてきた。これについては賛否両論の声もあるようだが、筆者は圧倒的に「賛」のほうだ。

 見てのとおり目力を感じさせるフロントマスクが印象深く、とかくそこに目がいきがちだが、独特の切り落とし方をしたCピラーやリアサイドウインドーが描くライン、低く配したテールランプなどによるリアビューもなかなかのものだ。全体のボディーパネルの面構成も緊張感のあるもので、かなりこだわって作り込まれたことを感じさせる。

 いずれにしても、この種の軽自動車としては珍しく、アルトはまずデザインだけで振り向かせることに成功したといえるだろう。

撮影車の新型「アルト」(Xグレード/2WD)。ボディーカラーは、Xグレードのみ選択可能なバックドアがミディアムグレーになる2トーンカラー(パールホワイト×ミディアムグレー)。ボディーサイズは3395×1475×1500mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2460mm。新プラットフォームの採用をはじめ、エンジンや足まわりなどでも軽量化を図ったことで、Fグレードでは610kg(Xグレードは650kg)という他に類を見ない重量を実現した。デザインではメッキなどの加飾に頼らず、ボディーの造形だけで美しさを追求したのもポイントの1つ
こちらは単色カラーのXグレードで、新色のシフォンアイボリーメタリック
メガネをモチーフにしたヘッドランプデザイン、4本の縦スリットが入る左右非対称のフロントアッパーグリルなどによって個性的なフロントマスクを演出。いずれのモデルもハロゲンヘッドランプとなる
ドアミラーにはLEDのサイドターンランプが内蔵される
Xグレードの2トーンカラー車のみガンメタリックの15インチアルミホイール(タイヤサイズ:165/55 R15)を装備。モノトーン車はシルバーカラーの15インチアルミホイールとなり、そのほかのモデルは13インチホイール(タイヤサイズ:145/80 R13)を採用する
バックドアの右側に車名とともに、リチウムイオン電池を使って回生エネルギーを利用する「ENE-CHARGE」(エネチャージ)搭載車であることを示すバッヂが備わる。なお、ENE-CHARGEとともに13km/h以下になると自動でエンジンを停止するアイドリングストップシステムをL、S、Xグレード(CVT)に装着するといった低燃費化が図られ、この3グレードのJC08モード燃費は2WD車で37.0km/L、4WD車で33.2km/Lを達成している
リアコンビネーションランプはリアバンパーに収められる

軽さとしっかり感が共存

 運転環境については、ドライビングポジションが自然で、気になる死角もなくとても良好な視界を実現している。さらに、運転席から振り返って後席側を見たときの景色はかなり広々としていて、開放感がある。

 先代比で+60mmのロングホイールベース化により前後席間の距離は広くなっていて、リアシートが遠くにあり、ルーフやウインドーの形状もいかにも広そうに見える。そして実際に後席に乗り込んでみて、やはり驚かされた。ニースペースが本当に広いのだ。頭上だってこれだけ広ければ十分だし、垂直に近い角度で設定されたサイドウインドーにより横方向も広い。ラゲッジスペースも、バックドア開口下端の高さが大幅に低められたおかげで、より使いやすくなった。

インテリアはシンプルで見やすく、使い勝手のよりデザインを採用。横基調のインパネはブラックとホワイトの2トーンカラーで、ブルーのファブリックシートを組み合わせる
スピードメーターの隣にマルチインフォメーションディスプレイを採用。アイドリングストップで節約した燃料をはじめ、瞬間燃費、平均燃費、航続可能距離などの情報を確認できる。スピードメーターの中央部分は通常走行時はブルー、高効率な走行時はグリーン、エネチャージ作動時はホワイトに発光
Xグレード(CVT)のシフトまわり
フルオートエアコン(Xグレードのみ)の操作パネル
ステアリング右側のスイッチ類。Xグレードではレーザーレーダーによる「レーダーブレーキサポート(衝突被害軽減ブレーキ)」、アイドリングストップシステム、ESP(横滑り防止装置)のON/OFF操作が可能。そのほか、Xグレードは誤発進抑制機能、エマージェンシーストップシグナルといった安全装備を標準装備する
寒い時期に便利な運転席シートヒーターをX、S、Lグレードに標準装備(Fグレードは4WD車のみの設定)。X、S、Lグレードの4WD車には助手席シートヒーターも装備される
先代アルト エコからホイールベースが60mm延長された新型アルト。このロングホイールベース化によって室内長は+145mmの2040mm、前後乗員間距離は+85mmの900mmを実現するなど、居住性が高められている
リアコンビネーションランプをリアバンパー内に収めたことで、バックドア下部の開口部寸法を先代モデルから160mm拡大させることに成功。後席は一体可倒式を採用する
Fグレードで用意されるオートメーテッド マニュアル トランスミッション「AGS(オートギヤシフト)」搭載車のインテリア。マニュアルモードを備え、MT車のような走りを楽しめる
こちらは5速MTを採用するアルト バンのインテリア

 そんな新型アルトは、新開発プラットフォームが与えられたことも効いて、走りの方もなかなかのもので、スズキの軽自動車がかつてよりも大きくレベルアップしたことをより印象づける仕上がりであった。

 まず感じるのは軽さだ。最近では軽自動車でも800kg台という車種が少なくなくなった中で、600kg台という軽さがもたらす軽やかな走りが心地よい。今回は一般道のみでの試乗だが、それでも操縦性の素直さは十分に伝わってきた。剛性感が高く、動きには一体感があり、しっかり作り込まれた土台に支えられてサスペンションが適切に動いている印象がある。しなやかな足まわりにより、乗り心地の面でも気になるところがない。

 中立付近ではクイックになる可変ギアレシオステアリングの味付けも巧みで、軽快で乗りやすい。低速ではややゆるさも感じられるものの、速度が高まるにつれて据わりが高まり、しっかりとしたフィーリングになる。スタビライザー装着モデル(Xに標準装備)の方がやはり姿勢変化が小さく、しっかり感も高まるのだが、非装着モデルもベースの実力が高く、軽量でかつ重心高がそれほど高くないせいか、両車の差は予想よりも小さいものだった。

あえてルーズにした「AGS」

 パワートレーンについては、一部に「AGS」と呼ぶAMTが設定されているのが新型アルトの注目点の1つとはいえ、メインはやはりCVTだ。ごく普通に流してみたところ、改良された副変速機付きCVTは従来よりも初期の応答遅れが小さくなり、軽やかに加速していくように感じられ、気になるところがあまりない。これには制御の進化もあるだろうし、車両重量の軽さも効いていることに違いない。

 そして注目のAGSは、すでにいくつかある欧州製の同様のAMTよりもずっと洗練されているというのが第一印象で、ごく普通に乗れる。さすがにトルコン付きトランスミッションほど微低速でのスムーズさはないものの、違和感は小さい。現状ではギクシャクせず誰でも違和感なく乗れるよう、あえてルーズに味付けされている模様だ。

直列3気筒DOHC 0.66リッター「R06A」エンジンは最高出力38kW(52PS)/6500rpm、最大トルク63Nm(6.4kgm)/4000rpmを発生(CVTおよび5AGS車)。5速MT車は最高出力36kW(49PS)/6500rpm、最大トルク58Nm(5.9kgm)/4000rpmと、トランスミッションによって出力が異なる

 とはいえ、せっかくMTがベースであれば、多少ショックが出てももっとダイレクト感のあるスポーティな走りにも期待せずにいられない。3月の発売が予告されている「アルトターボRS」にもAGSが搭載される見込みだが、そちらはまた違った味付けになっていることと思われる。

 しばらくアルトはクルマ好きにとって“興味の対象外”ともいえるクルマだったのに対し、今回は違う。ターボの登場が待ち遠しいとはいえ、ベースモデルでも何かと気を引くクルマになった。価格は相変わらず控えめながら、先進安全装備も充実しており、JC08モード燃費がついに37.0km/Lに達したのも大したものだ。

 ハイトワゴンや超スペース系もよいが、アルトには「低価格」「必要な広さや装備を相応に身に着けている」「軽量」「とっつきやすい」などといった軽自動車本来のよさがある。そしてなによりデザインが興味深い。今回、筆者もあらためてアルトの価値を見直したのだが、同じように感じる人も少なくないことだろう。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:中野英幸