インプレッション

トヨタ「86 GT“Yellow Limited”」

 トヨタ自動車「86(ハチロク)」に9月30日までの期間限定車「GT“Yellow Limited”」「GT“Yellow Limited エアロパッケージ”」「GT“Yellow Limited エアロパッケージ FT”」が発売された、という情報はCar Watchでも既報の通り(http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20150713_711399.html)だが、そのモデルに富士スピードウェイ・ショートコースで試乗ができるという。86のサーキット試乗会と聞いただけで、何が何でも走りたい! 本サイトに原稿を山ほど溜めているのに、その誘惑に負け東名高速を御殿場に向けて走り出した。そういえば、86のマイナーチェンジが実施されたのにまだ試乗していなかった。ベースモデルもあれば試乗したいものだ。

 サーキットに到着すると、全身イエローの86が2台ピットに置かれている。しかも1台には派手なリアウイングが装着されていて、こちらは「GT“Yellow Limited エアロパッケージ FT”」。18インチのBBS鍛造アルミホイールとブリヂストン POTENZA S001タイヤにザックス製ショックアブソーバーなどを装備している。一方、リアウイングを装備していないモデルは内外装の架装以外は基本ノーマルとのこと。やった! これでマイナーチェンジ後のインプレッションがとれる。

リアが落ち着いてナチュラルなFRに

 まずはベースモデル(86 GT“Yellow Limited”)から。86のドライバーズシートに納まるのは久々だ。ドラポジをセットしてギヤを1速に。スルスルと走り出す。ピットアウト後、様子を見ながらコーナーにターンイン。おっ、なんだかリアがしっかりしている。

 マイナーチェンジ前のモデルでは、ステアリングを切り始めると間髪置かずしてリアがムズムズ。滑り出したくてウズウズしているような軽さを感じたものだったが、そんな感覚は感じられない。かといって、重くどっしりとしたグリップ感でもなく、とてもナチュラルなFRに仕上がっている。これなら安心してコーナーに飛び込んでいける。

 1コーナーは3速ギヤ全開からのフルブレーキング。ブレーキング時の姿勢がよい。以前はノーズダイブがはっきりとしていて、フロントタイヤに負担をかけ過ぎる傾向にあり、ABSの作動回数も多かったのだが、とてもしっかりとした減速姿勢になった。

 そして、エイペックスに向けてステアリングを切り込むと適度にリヤが流れ始める。それも以前のような唐突なものではなく、コントロールできるもの。しっかりとリアの動きを感じながら、ステアリングのカウンター量をコントロールする。それは、確かに初心者には無理かもしれないが、サーキットで腕を磨けばできるようになるはず。FRの素直な操縦性で練習すれば必ず上達する。そういうFRの素性のよさを新しい86は具現している。

 スタビリティコントロールを全OFFにしての走行だったが、スポーツモードのコントロールに設定すれば、リアが滑り出しても電子制御でコントロールしてくれる。だからミスせず限界値を身体で覚えることができるのだ。

86の特別仕様車「GT“Yellow Limited”」。GTグレードをベースに、ボディーカラーに特別設定色の「サンライズイエロー」を採用しており、6速MTまたは6速ATから選択可能。前者は316万7200円、後者は324万9674円。搭載する水平対向4気筒DOHC 2.0リッター「FA20」エンジンの仕様変更はなく、最高出力は147kW(200PS)/7000rpm、最大トルクは205Nm(20.9kgm)/6400-6600rpmを発生
86エンブレムもイエロー仕上げ(ベース車はレッド)
ドアミラーはスパルタンなイメージを強調するブラック仕様(ベース車はカラード))
17インチアルミホイール(17×7J)はブラック塗装の専用品。タイヤサイズは215/45 R17
リアまわりはベース車に準ずる
インテリアはGT“Yellow Limited”シリーズで全車共通のブラックを採用。各所にイエローステッチがあしらわれる
シート表皮は本革×アルカンターラ
シフトベゼル、ステアリングベゼル、レジスターリング、センタークラスター、ドアグリップにキャストブラック塗装を施し、スポーティなコクピットに仕上げている
シート、ステアリング、ドアトリムオーナメント、ニーパッド、パーキングブレーキレバーブーツ、シフトブーツ、メーターバイザー、ドアショルダーパッドなどにイエローステッチが与えられる

ザックス製サスペンションとスポーツブレーキパッドのコントロール性の高さ

 そして、いよいよGT“Yellow Limited エアロパッケージ FT”のコクピットに着く。スポーツシートはヒップ&サイドサポートがしっかりと張り出したバケットタイプ。本革とアルカンターラの表皮で座り心地もフィット感もよい。メーターバイザーもアルカンターラで、シートを含めてあちこちにイエローのステッチが施されている手の込みよう。迫力のあるリアスポイラーがリアウインドー越しからルームミラーにしっかりと写り込む。

 走らせよう。注目はやはりザックス製のサスペンションによって走り味がどのように変化するのか? だ。シートのフィーリングがとてもよく、サスペンションの動きからタイヤの接地状況までリアルに身体に伝えてくる。クルマそのものの状況がとても分かりやすい。ハイμのスポーツブレーキパッドが装着されているにも関わらず、ブレーキング時のノーズダイブもちょうどよいタイミングで沈み込み、前後のピッチセンターが適正化されているように感じる。速度に係わらず、ブレーキング時のフロント荷重のかけ方をコントロールしやすいのだ。つまり、ブレーキ踏力の強さでノーズダイブ量を調整しやすいということ。ノーズダイブ=フロント荷重に繋がるので、フロントタイヤのグリップ力を調整しやすいというわけだ。

 ただし、タイヤのグリップ力は「縦方向+横方向=MAXグリップ力」となるので、横方向(コーナーリング)を使うときは縦方向であるブレーキングを緩めてあげる必要がある。縦方向に100%使っていると横方向がゼロになるのでアンダーステアとなるのだ。この緩めてノーズアップさせるときにも、ショックアブソーバーの伸び側(リバンプ)の性能が問われる。このあたりの動きもとても分かりやすく、ブレーキングでフロントタイヤのグリップ力をコントロールできる。18インチのBBSアルミホイールの剛性と軽量さも効いている。ホイールやタイヤ、そしてディスクローター等は回転部分なので速度とともにジャイロ効果が出てハンドリングを妨げる。軽量であることに越したことはないが、剛性が問われ二律背反の関係にあるのだ。

 ブレーキに話を戻そう。ノーマルでも性能は高いが、ここまでの細かい操作はできない。ノーズダイブを含めて一気にMAXの深さまで到達するので、コントロール性ではやはりハイμのスポーツブレーキパッドに軍配が上がる。コントロール性が高いからリア荷重をコントロールしやすい。

「GT“Yellow Limited エアロパッケージ FT”」の価格は6速MT車が385万2200円、6速AT車が393万4673円
こちらは「GT“Yellow Limited」をベースに前後バンパースポイラー、リア大型スポイラー、サイドマッドガード、フロアアンダーカバーを装着した「GT“Yellow Limited エアロパッケージ FT”」。さらにBBS製18インチ鍛造アルミホイールとブリヂストン POTENZA S001タイヤ(フロント215/40 R18、リア225/40 R18)、スポーツブレーキパッド(ハイμパッド)、ザックス製ショックアブソーバーといった装備を装着。少しややこしいが、BBSホイールなどの装備が与えられず、エアロパーツだけを装着する「GT“Yellow Limited エアロパッケージ”」も用意される

 フロント215/リア225の18インチ・POTENZA S001タイヤを装着しているので、リアが頑張りすぎてしまうのではないか? と予想していたが、ザックス製サスペンションは動きがとてもスムーズなので荷重コントロールが容易となり、その気になればドリフトにも持ち込める。ドリフト中もリアのスライドレベルをアクセルでコントロールしやすく、グリップを取り戻したときの反動が小さいので、安心していろいろな挙動が楽しめる。

 GT “Yellow Limited”シリーズは9月いっぱいで注文受付を締め切り、11月から生産に入るという期間限定モデル。内外装の質感と走りのクオリティ。走りだけでなく、持つことの喜びも備えたモデルだ。

松田秀士

高知県出身・大阪育ち。INDY500やニュル24時間など海外レースの経験が豊富で、SUPER GTでは100戦以上の出場経験者に与えられるグレーテッドドライバー。現在59歳で現役プロレーサー最高齢。自身が提唱する「スローエイジング」によってドライビングとメカニズムへの分析能力は進化し続けている。この経験を生かしスポーツカーからEVまで幅広い知識を元に、ドライビングに至るまで分かりやすい文章表現を目指している。日本カーオブザイヤー/ワールドカーオブザイヤー選考委員。レースカードライバー。僧侶

http://www.matsuda-hideshi.com/

Photo:中野英幸