インプレッション

日産「GT-R 2017年モデル」(ベルギー/橋本洋平)

ベルギーで最新の2017年モデルに試乗!

 ついに最終章の始まりか……。かつてマイカーからレースカー、さらにはバイクまでをも売り飛ばして頭金を作り、大借金をしてまで購入に踏み切った日産自動車の「GT-R」。なぜにそんなことをやったかといえば、初めて出会った仙台ハイランドレースウェイでの試乗会で、きちんと乗りこなすことができず苦い思いをしたからだ。明らかに乗せられている感覚。自らが制御することができず、最後までヤキモキしていた。コイツを何とかモノにしたい。その思いだけで手に入れたのである。いま思えば“パラサイトシングル”だったからこそできた芸当だったが、そこまでして乗ったGT-Rへの思い入れはハンパじゃない。よって、ここからの話はやや偏っているかもしれない。フラットな話が読みたければ引き続き掲載予定の松田秀士さんのインプレをどうぞ(笑)。

 というわけで初期型を手に入れることができたわけだが、その後はすべてがハッピーではなかった。その最たるものが、毎年のように改良が重ねられるイヤーモデルの存在。購入してすぐに小変更が行なわれ、後に足まわりが洗練されて乗り味がずいぶんとよくなって行った記憶がある。そのたびに悔しい思いをし、けれども「初期型の粗削りなところがよいのさ」なんて強がりを言って自分をごまかしていた。

 結局のところ、わずか2年で持ち切れずにサヨナラしてしまったためその呪縛からは逃れたが、もし今でも初期型を所有していたなら、今度こそきっと「買い替える!」って宣言していただろうな、と容易に想像できる。それほどに今回試乗した2017年モデルは素晴らしくジャンプアップした。もう小変更だなんて呼ばせない、そんな意気込みが感じられる仕上がりがそこにある。

日本では今夏に正式発表すると予告されている「GT-R」の2017年モデルに、今回ベルギーで試乗する機会を得た。2017年モデルのボディサイズは4710×1895×1370mm(全長×全幅[ドアミラー部のぞく]×全高)、ホイールベースは2780mm

 国際試乗会で出会った2017年モデルは、どこかNISMO仕様に寄った感覚があった。ドライバビリティを高めるため、エンジンはNISMOに採用していた気筒別最適点火を盛り込み、およそ6割の領域でトルクアップを達成。欧州仕様では最大出力565HP、最大トルク657Nm(2015年モデルは最高出力545HP、最大トルク628Nm)へと進化した。結果として冷却強化が必要になり、フロントの開口部を拡大。それによってCd値がダウンしてしまった部分を補おうと、ボディ各部の形状を変更してきたのだ。

搭載するV型6気筒DOHC 3.8リッターツインターボ「VR38DETT」エンジンは、2017年モデルで565HP/6800rpm、最大トルク657Nm(467lb-ft)/3300-5800rpmへと進化

 さらには衝突安全を考えたボディは、そもそもフロントまわりの剛性がリアに比べて弱い傾向があり、それを前後同等にする変更が行なわれている。フロントまわりに剛性アップのための補強が与えられる一方で、ルーフまわりも刷新。ついでと言ってはなんだが、Cピラーにあった折れ目は空気の渦ができるからと、なだらかに変更。前後のデザインもまた、空力バランスにこだわった仕上がりとなり、結果的にNISMOに似た形状になってきたのだ。

 また、足まわりもリセッティング。直進安定性の向上が図られたという。かつては“スーパーワンダリングマシン”と笑い話にしていたGT-R。極太タイヤでしかもランフラット。だからこそ真っ直ぐ走らせるのが難しいのだが、そこに対しても今回はかなりの自信があるようだ。

エクステリアについて、Vモーションの加飾を与えたフロントグリル(マットクローム仕上げ)の開口部を拡大するとともに、フロントスポイラーの形状が変更を受けた。新デザインの20インチ鍛造アルミホイールも2017年モデルの特徴の1つ。また、フロントウィンドウフレームの強化など車体剛性の向上とともに、フロントウィンドウに遮音ガラス、バルクヘッドまわりやリアホイールハウスに吸音材、トランクまわりに吸音効果のある制振材を追加するなど静粛性なども高められている

 まずはドイツにあるデュッセルドルフ空港で出会った2017年モデルに乗り込んでみると、インテリアもまた激変していることが感じられる。ナビを扱えるコマンダーがシフト脇に収まり、高速移動中でも背もたれから身体を離さずに扱えるように進化。また、シートの骨格を変更したことで、身体をソフトに受け止めてくれるようになったところも心地いい。

 筆者が乗っていた初期型のシートは張りが強すぎて痛かったし、最終的に面ではなく点で支えられている感覚があった。かつての開発トップに、「それならブレーキローターを1日載せておくといい」なんてアドバイスされたっけか。そんな努力をせずしてしっかりと、けれどもソフトに包み込まれる感覚が得られるところは好感触。さらにはステアリングが改められ、やや細身になったこと、そしてパドルシフトがコラム固定式から解放され、ステアリングを切った状態でもシフト操作しやすくなったところも嬉しいポイント。

インテリアでは、パドルシフトをステアリングに固定するタイプに変更するとともに、操作力やストローク量に加え操作時のクリック感も最適化。ナビディスプレイは8インチに拡大している

 一般道を走り出すと、かなりのスムーズさが感じられる。トランスミッションにガチャガチャとした感覚はなく、次々にシフトのアップダウンを繰り返している。音についても静かになり、プレミアム感が増したところも印象的。リアフロアにメルシートを追加し、音に対してさらに配慮したという2017年モデル。そんなところも効いているのかもしれない。

 注目したいのはサウンドコントロールが上手くなったことだ。マフラーはステンレス製からチタンへと改められ、電子制御バルブがリアの太鼓脇に備えられているのだ。ちなみにマフラー単体で5.4kg減、電子制御バルブで1.6kg増で、トータル重量は3.8kg軽くなったというこのマフラー。制御としては2800rpmまでバルブが閉じた状態となり静粛性を確保。始動時のサイレントモードボタンも装備している。けれども、音を楽しみたいならトランスミッションをRモードにすればアイドリング回転からそれが解放されるというのも面白い。

 また、室内のスピーカーを使ってイヤな音をかき消しているところも注目。イイ音を少しでも感じさせようという狙いが随所に隠されている。おかげで街乗りでは静かに、アウトバーンでアクセルを踏み込めばエンジンの脈動が感じられるかのような官能的な世界が待っている。まるでエンジン本体が変更されたかのように感じてしまうその仕上がりだけでも、思わず欲しくなってしまいそうだ。それほどに心地いい。

 そしてエンジンの吹け上がりについても洗練されたように感じる。低回転域から加速をしようとすると、どうしても応答遅れを感じていた2015年モデルまでのGT-R。その印象が一切なくなり、どの領域でも求めれば即座にトルクがついてくる感覚に生まれ変わったのだ。以前はトルクがないところから一気に吹け上がる劇場型で、それもまた魅力の1つなのだと感じていたが、今回の仕様はよく調教された自然吸気エンジンのよう。いつでもどこでも応答よく走ってくれる

 シャシーはしなやかさが増したイメージで、市街地からアウトバーンまでうまく入力を吸収している。また、直進安定性が高くワンダリングも感じない。リアだけがドッシリとして浮き上がるように走るのではなく、フラットな乗り味を常にキープしているところも好感触。微操舵で行なうレーンチェンジであっても、4つのタイヤがうまく連携してロールを開始するようなしなやかさを持っている。これがハイスピード領域でも達成できるのだから大したもの。しなやかさを増したランフラットタイヤも、その効果を後押ししているのだろう。

 アウトバーンに別れを告げ、狭いワインディングロードを80km/hくらいのスピードでひらひらと通り抜ける。対向車が来るとさすがにボディの大きさに気を遣う。やっぱり海外でもGT-Rの全幅はチト扱いにくい。そんな状況で走っている時にやや気になったのが、前述したソフトさが増したタイヤだった。

 次々に迫り来るコーナーや、対向車とのすれ違い時に微操舵領域でリニアな反応を得られないのだ。フロント荷重もかけず、ゆるやかに駆け抜ける状況でのみ、そんなことを感じる。ひょっとしたらハイスピードでのいなしは、こんなところに弊害を出しているのかもしれない。ま、日本人からしてみれば、こんな細い道でブッ飛ばすなんてあまりない状況なんですけれどね。

いよいよスパ・フランコルシャンサーキット! でも天候が……

 こうして一般道でのチェックを終え、ようやく今回の最終目的地であるスパ・フランコルシャンサーキットに到着。走行準備を進めていると、よくF1の中継で聞いていた“スパウェザー”に振り回されたのである。クルマに再び乗り込んだ時には完全なる雨。知らないサーキットで路面μも期待できないそのステージを、ウェット路面で走らなければいけないプレッシャーをご理解いただけるだろうか? ハッキリ言って生きた心地がしない(汗)。

 けれども走り始めてすぐにその緊張は解けた。クルマからの的確なインフォメーションがすこぶる高いと感じたからだ。エンジンの要求どおりの吹け上がりもあって、そう簡単に破綻するような動きにならないことも確認。ステアリングもアクセルもブレーキも思いどおり。クルマは初期からジワリとロールを開始し、路面をシッカリとつかんでいる。時折ブレーキング時にリアの動きが怪しくなるが、それもコントロール範囲内。もし発散しようとしたところで、最後の最後はRモードのVDC制御がなだらかに調教してくれるのだ。だからこそ、下見の1周を終えたら即座に全開にしている自分がいたのである。

 まさかこれほどまでにウェットの初サーキットを楽しめるなんて思いもしなかった。これぞ2017年モデルの真骨頂! 懐の深さと唐突な動きがない滑らかさが、たまらなく扱いやすい。従来型でここを走ったならば、きっとアタフタして走りを楽しむなんて無理だったに違いない。

 これまで世界で3万台以上を販売したというR35 GT-R。そのクルマ達が発したフィードバックは、いま確実に2017年モデルに集約されている。NISMO仕様が加わりスポーツ路線はそちらにまかせ、オリジナルモデルはコンフォート路線に行き過ぎたように感じていた。その最たるものが2014年モデルで、そこから2015年モデルは少しスポーツに戻り、そして今回の姿になったと受け取っている。オープンロードを快適にこなしながらも、クローズドコースでしっかり楽しめる新型の姿は、GT-Rが目指していた最終形と言っていい。

 これぞ初期のコンセプトどおり。もう一度欲しくなる仕上がりだ。あとの問題はお値段がいくらになるのか? ここまでやったら、当然引き上げられることは確実か!? そこは日本での正式発表を待ちたいと思う。久々に本気で欲しくなった1台だ!

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は18年落ちの日産R32スカイラインGT-R Vスペックとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。