【インプレッション・リポート】
STI「レガシィ 2.5GT tS」

Text by 岡本幸一郎


 デカくなった、エグくなった、いや広くて立派になった、乗ってみると意外とイイなど、賛否の声のある5代目BM/BR型レガシィ。売れていた時代に比べると、だいぶ販売台数が落ちているのは事実に違いないが、注目度は落ちていないようだ。そして、発売から1年が経過したタイミングで、年次改良にEyeSight(Ver.2)と、なにかと話題をふりまくレガシィに関するニュースが、さらに矢継ぎ早に飛び込んできた。STI(スバルテクニカインターナショナル)が手がけた限定販売のコンプリートカー「2.5GT tS」の発売だ。

 新しい「tS」というネーミングは、「タツミ(STI車両実験部の辰己氏のこと)スペシャル」の意味が込められているなどの憶測もあるようだが(笑)、これまで何度かラインアップされてきた「tuned by STI」の「t」と「S」から取ったもの。今回がその第1弾となる。

 開発コンセプトに掲げた「Sport, Always!」のとおり、走りを意識したチューニングが施されている。スポーツというのは、思ったとおりに動く気持ちよさ、とのこと。サーキットなど限定的な状況だけでなく、ごく日常的なシーンでも、乗っている間ずっと“スポーツ”を味わえるクルマを目指したと言う。そして、「強靭でしなやかな走り」の実現、そして「運転が上手くなるクルマ」を作ることを追求したと言う。

 また辰己氏は、「クルマの運転は、思いどおりに動いた瞬間が気持ちよい。でも、路面状況や横風などの影響で、思いどおりに動かないこともある。それはドライバーの責任ではない。運転が上手くなるには、よい道具も必要。自分では上手いと思っても、道具に助けられないとどうにもならないこともある」と述べている。その「よい道具」が、今回のtSというわけだ。

 tSは一見したところ、ホイールが変わり、前後にスポイラーが追加されたぐらいで、ベース車に比べてそれほど大きな差はない。マフラーも変わっているが、パワートレーン自体に関する変更はない。しかし、見えない部分はけっこう変わっている。

リップスポイラーにトランクスポイラー、デュアルテールのマフラーにホイール程度とエクステリアにさほど派手さはない

 インテリアでは、ドアを開けた瞬間に専用表皮のシートやサイドシルプレートが目に飛び込んでくる。また、メーターやステアリングホイールなど各部にロゴが配されている。ルーフライナーは、ベース車は明るいアイボリー色だが、tSはブラックで統一。これにより精悍なイメージがグッと高まっている。

インテリアはルーフまでブラック。ステアリングにもSTIのロゴが入り、シートはアルカンターラとレザーのコンビに赤いステッチが入る。こうしたデザインは従来のTuned by STIから一貫した流れだ

 ここまでは序章で、tSの真骨頂はシャシーにある。STIチューニングダンパーとコイルスプリングを軸に、その効果を最大限に発揮させるため、フロントにフレキシブルタワーバー、フレキシブルドロースティフナーを装着。リアにはフレキシブルサポートを装着し、サスペンションリンクのブッシュをピロボール化するなど、手が込んだ内容となっている。ちなみにtSに装着されているパーツは、B4用のトランクスポイラーと、ツーリングワゴン用のルーフスポイラーが昨日発売になった。

 コンプリートカーの価格は、B4が402万9900円、ツーリングワゴンが418万7400円で、いずれもMTもATも同一。そして限定販売台数は600台で、11月7日までの受付となる。試乗日の時点で、受注数は160台あまりとのこと。MT/AT比率は20:80とのことで、ATが圧倒的だ。一昔前であれば、レガシィというともっとMT比率が高いようなイメージがあったところが、これも時代の変化だろうか……。

 とりあえず、ここまでを知っただけでも、ベース車との約70万円高という差額を払う価値はありそうに感じられ、走りを云々いうまでもなく、欲しい人は買ってもよいような気がしてくるところだが、さらに走りもよければ、それはもう「ダメ押し」じゃないか?

 それを確認すべく参加した試乗会は、梅雨の合間で1日を通して雨に見舞われることはなかったものの、降ったら降ったで、また別のよさをチェックできたかもしれないと思うと、ちょっと残念な気も……。とりあえず、今回は100%ドライ路面での試乗となった。

 試乗コースは、東京都下のCAR DO SUBARU三鷹を出発し、富士山のふもとの河口湖までを往復するというルート。途中の道選びは自由なので、高速道路だけでなく一般道も走ってみたり、ワインディングも走ってみたり、という感じ。運転が上手くなったように感じられるクルマ、強靭でしなやかな走りとは、どういうものなんだろうと思いながら、tSの走りを味わった。

 ここでノーマルのレガシィの走りについてあらためて考えてみると、まず全体的にNVH(ノイズ・バイブレーション・ハーシュネス)面の仕上がりにおいて、もう一歩と感じる部分がある。ステアリングはクイックで、ちょっとした取り回しなど、低い速度で大きめの操舵を行うシーンでは、動きが軽快だなと感じさせる味ではある。しかし実際には、クルマの反応にはいわゆる応答遅れがあり、走りの一体感はあまり高くはない。クイックではあるが、最近よくいうアジリティ(=俊敏性)とはやや違う。そのことは、攻めた走りをしたときはもちろん、ごく普通に走っていても、クルマの反応を意識して走ると感じ取れてしまう。このあたりがよくなるとだいぶ事情は変わると思っていたら、tSはまさにそういうクルマに仕上がっていた。

 一般道から中央高速を走って感じたのは、ごく普通に走っていても、ベース車よりも「運転している」という感覚が強いことだ。足まわりについて、スプリングは、すでにSTIブランドで市販されているものとも別の仕様で、ノーマル比で約5割増しと、けっこう高めのレートを持つ。これに合わせて、ビルシュタイン製ダンパーも、Sパッケージの標準装備品とは別のものが与えられている。こう書くと、ガチガチの足をイメージするかもしれないが、実際にはまったく逆。ベース車よりも突き上げ感が薄れたように感じられるシーンが多く、しなやかにストロークすることで、4輪の接地感が向上し、フラット感も増している。ホイールの変更により、バネ下重量はトータルで約7kgも軽量化されているというので、その恩恵も小さくないはずだ。「接地感」の大きさこそ、運転しているという感覚そのものだろう。

往路はツーリングワゴンで高速道路や一般道のワインディングを走った

 そして、ステアリングはドッシリと据わり、直進性も高まっている。直進性というのは、復元力やフリクションを強くすることで向上させることもできるが、半面フィーリングはあまりよろしくなくなる。あまり何も感じないが、クルマはちゃんとまっすぐ走っている、というのが理想的だ。その点、このクルマは、少々キックバックこそ増えたものの、直進性はより理想的なフィーリングに近づいていた。さらに、足まわりのファインチューンの副産物か、ブレーキング時も、「よく利くブレーキだな」と感じさせるリニアな減速感を残したまま、あまりフロントが沈み込まず、リアも浮き上がらず、水平に近い姿勢を保つようになっている。

 空力についても、さすがはSTIらしく、風洞実験を経て開発されており、データによる裏づけもしっかり取れているとのこと。たしかに、高速巡航時の接地感、安定感は、足まわりだけではここまでできないなと感じさせるものがあった。リフトが抑えられているため、高速巡航時も安定した接地感がある。ツーリングワゴンは、ベース車ももともとけっこうよいそうだが、B4では、普通は相反する関係にある抵抗値も下がっていると言う。

 そして、ワインディングを走ると、走りの向上ぶりがさらに実感させられる。ステアリングを切り込んだときの手応えも違うし、ボディーが遅れて反応する感じだったところが、tSは一体となってついてくる。とくに内輪の接地感が増していて、いわばドイツ車的な、切ったら切った分だけ曲がるという正確さを身に着けている。あまりに接地性が増したためか、ステアリングの操舵力がやや重くなってしまったほどだ。自分のイメージしたとおりに意のままに動く瞬間が気持ちよいというのは、まさにこういうことなんだろうなと思う。

 エンジンも、マフラーが交換されたことで、けっして騒々しくない範囲で、野太いサウンドとなり、チューンドカーを駆るという実感が増している。1000回転台後半から、ややこもる印象もなくはないが、せっかくマフラーが換わっているのだから、ベース車とは違うこの感覚自体を楽しもうではないか、と思えてくる。

 ようするに、走りについて、こうだったらもっとよいのにと思っていた部分が、まさにその方向で仕上げられていたという感じ。ベース車ではあまり感じられなかった、“刺激的”な雰囲気もある。レガシィが中に持つ走りのスピリッツを目覚めさせたかのような印象だ。

 半面、ベース車が潜在的に持つ難しい部分も垣間見えなくもなかった。それはやはり快適性だ。NVHに対しては、tSもまだ煮詰めの余地はあると思う。また、MT車にも乗ったのだが、なんら手の加えられていないワイヤー式MTのシフトフィールは依然としてイマイチだ。方式を換えることは難しいだろうが、もう少し節度感がほしいところではある。ひょっとすると、現状の受注のMT比率の低さは、ココに原因があるのかもしれない……。

復路はB4をインプレッション。また、B4では6速MTモデルも試乗することができた

 いろいろ述べてきたが、今のレガシィに物足りなさを感じていた人にとって、このtSが何がしかのものを持っていることは間違いない。ベース車もそれなりによくできたクルマではあると思うが、tSであれば手に入る世界も小さくはないといえるだろう。ゆくゆくは「S」の付くモデルも出てくるだろうが、現行レガシィが登場して、これほど早い段階で、走りをここまで突き詰めたクルマが世に出てきたことを歓迎したいと思う。なにせ限定販売台数は600台。欲しいという人には、思いっきり背中を押してあげたいクルマであったとお伝えしておきたい。

2010年 7月 16日