【インプレッション・リポート】
フォルクスワーゲン「シャラン」

Text by 飯田裕子


 「日本ほどミニバンが普及している国はない」。フォルクスワーゲン グループ ジャパン(VGJ)のゲラシモス・ドリザス社長は新型ミニバン「シャラン」の発表会で日本導入への意気込みとともにそう語った。

 事実、2010年11カ月間の新車登録ランキングでも、ベスト30位中にミニバンは14車種がランクインし、約200万台のうち約70万台がミニバンだった。VGJが調べた2009年のシェアでも3割と説明し、エコカー補助金で販売が促された2010年とその割合を比べても、ほぼ同等。新車販売台数が減少傾向にあってもミニバンの人気は相変わらず、と言えそうだ。さらにそんなミニバン市場中のシェアは、ミディアムサイズが4割強を占め、続くラージサイズが2割強。

 ビッグマイナーチェンジを行い販売継続中のフォルクスワーゲン「トゥーラン」は、ノア/ヴォクシー、セレナ、ステップワゴンなどのいるMサイズ、今回発表された新型シャランはアルファード/ヴェルファイア、エルグランドのいるLサイズのミニバンなのである。つまりVGJは、「ゴルフ」や「ポロ」の高支持に加え、日本のミニバン市場でも販売台数を増やし、結果シェアを拡大しようという戦略に出たのだ。

 またトゥーランのユーザーがサイズアップ=買い替えを図ろうと考えたときの受け皿的な車種がこれまではなかったが、これからは他メーカーで購入する(ユーザーを逃がしてしまう)ケースも減るのではないか。ただ、日本市場で育ち、世代を重ねてきた国産ミニバンは、やはり手ごわいライバルだ。

 しかし、新型シャランには、日本市場を意識した装備や快適性、ドイツ車らしい走行性能、安全性そして環境性能など、注目すべきポイントもある。

 中でもフォルクスワーゲンが最新の環境技術を集めた「ブルーモーションテクノロジー」の採用は、国産車にも負けない最新のミニバンらしさを高めていると言ってよい。ブルーモーションテクノロジーは「Start&Stopシステム」(アイドリングストップ機能)やブレーキ回生システム、空力特性などの環境技術の総称で、シャランにはこれらが採用されている。

 加えてフォルクスワーゲンの優れた走行性能を支えるのが、燃費効果を高める“排気量は小さくても力持ち”の「TSI」エンジンと“意のままに動力を引き出すことのできる”「DSG」(デュアルクラッチAT)だ。今回はLクラスのミニバンに、何と1.4リッターのツインチャージャーエンジンと6速DSGを搭載している点が注目を集めているが、その印象は後ほど紹介するとして、シャランはこれらの技術の集結により、既存の動力(エンジン)を純粋に用いたLサイズのミニバンの中で、現段階で最も環境性能へのこだわりが高いモデルであるのは間違いないだろう。

大きさを感じさせないスタイリング
 新設計されたシャランのボディーサイズは4855×1910×1750mm(全長×全幅×全高)。車重は1830kg。これはヴェルファイアと比較すると(グレードによって若干異なるものの)全長は10mm短く、全幅は70mm広く、全高は10mm低く、車重は100~200kg前後軽い。

 実際走らせてみると、幅こそ広いのに見た目でも取り回し面でも大きさを感じることはなかった。自分の体型にシート高さなどのドライビングポジションを合わせてみると、ダッシュボードからボンネット先の左右前方を見下ろすことができ、さらに周囲のガラス面積が広く感じられるため、視界も極めて良好。これは他モデルに比べAピラーが細めに見えるデザインになっていて、ピラーにミラーをピッタリと隙間なく取り付けていないことが死角を減らしていることなども効果が大きい。

 加えてフロント左右の小窓やサイドウインドーの上下方向の面積が広く取られていることもあり、Lサイズのミニバンであることへの抵抗を感覚的に和らげてくれている。おかげで、他モデルに比べて小回り性能は同等でありながら、狭い路地でも取り回しがよいと感じられるほどだった。むしろ大型SUVよりも小柄な女性に優しいモデルと成りえる。

 街中を試乗中の他のシャランを客観的に見ても、不思議と小ぶりに見えたのも意外だった。理由はボディー形状にあるようだ。日本のミニバンはより大きくいかつく見せよう、また車内の隅々までスペースを活用しようとする傾向があり、四角張ったデザインになってしまう。シャランはその対極にあるカタチをしている。

 ボンネットからルーフエンドへと低く伸びやかなフォルムをしており、ボディーサイド、標準装備のエアロパーツに至るまで、すべて空気抵抗低減(=環境/燃費性能)に貢献しているのだそうだ。結果、シャランのCd値は0.299。これは同クラスのミニバンの中でダントツに低い数値なのではないかと思う。四角張ってイカツイ顔を持つ国産ライバルたちのデザインは、空気抵抗を犠牲にしている点は否めない。

1.4リッターでも余裕のあるパフォーマンス
 期待通りに意外性を発揮してくれたのは走行性能だ。

 今回、シャランに用意されている2つのグレード、「コンフォートライン」と「ハイライン」は装備面に若干の違いがあるもののパワートレーンは共通だ。

 注目したのは排気量1.4リッターにターボチャージャーにスーパーチャージャーを採用したTSIエンジン。1.4リッターと聞くと、コンパクトカークラスに搭載されていそうな排気量と思われがちで「それで走るのか?」と興味を抱いたのは私だけではないだろう(ちゃんと走れないパッケージをアウトバーンも走る国のクルマがするわけないと思いつつ……)。

 最高出力は110kW(150PS)/5800rpm、最大トルクは240Nm/1500-4000rpm。そして……実際に走らせてみると、そのパフォーマンスは1.4リッターという排気量を忘れさせる。TSIエンジンと6速DSGのトランスミッションの組み合わせはこのサイズのミニバンにおいても有効。

 街中では、ほんのちょっとのアクセル操作で滑らかにスイスイとよく走る。さらに信号待ちでは、アイドリングストップ機能がエンジンを速やかに停止させ、その最中は車内での会話やオーディオのクリアさが増した。再始動時の“ブルルン……”という振動もかなり小さく抑えられており、自分が動き出したいと思う意思と、エンジン再始動→発進までのレスポンスについても違和感がないところに好感が持てた。

 高速道路では大人3人乗車で走行してみたが、加速性能に不満はない。1.4リッターであっても、2つの過給システムが回転数に応じて加勢してくれるおかげで、低回転からパワフルかつフラットなトルクが得られる。

シャランの1.4リッター ツインチャージャーエンジンシャランの性能曲線6速DSGと組み合わされる
アイドリングストップ機構を搭載する

 フル加速は、アクセルをイッキに床まで踏み込むと、同乗者には加速Gがかかって迷惑がられるほどで、ドライバーにはトルクの出方を伺いつつアクセルペダルの踏み込み量を考えることをおすすめしたい。つまりシャランに搭載されたTSIエンジンのパフォーマンスにはそれほどの余裕があり、トルクの発生もスムーズだと言える。

 それでも長い上り坂の続く高速での追い越し加速や山間部での登坂走行などでは、アクセルをしっかりと踏み込まなければいけないこともあった。が、試乗中にエンジンが辛そうな高音を発することは1度もなかった。

 1.4リッターTSIエンジンと6速DSGが生み出す動力は、必要なときには惜しみないパワーやトルクを発揮するが、一方で動力を全く必要とない場合には、アイドリングストップ機構が積極的にエンジンを積極的に停止させる。コレがシャランのお財布にも環境にも優しい走りの魅力である。

高さを忘れる走りのよさ
 ハンドリングも、着座位置が高めでホイールベースも長めなLサイズ ミニバンに乗っていることを忘れるほどの実力を持っていた。日本の最近のミニバンにも“着座位置が高く感じられても走りのいい”ミニバンはある。これも素晴らしい。対するシャランは“着座高を忘れる走りのよさ”があるようだ。

 ハンドル操作時の手ごたえは重くはないが、シッカリしている。ボディー剛性の高さも十分で、さらにパサートゆずりのサスペンションを与えられた足もとは、乗り心地も含め、シットリ度が「2」、カッチリ度が「8」くらいのバランスが絶妙だ。

 街中ではほぼフラットな乗り味と操作感で乗ることができる。高速道路のランプウエイ(なだらかに長く続くカーブ)では、ほとんどボディーのロールが発生しないため、カーブがさらに曲がり込むような場面でも「さらに切り足そうか、それともこのままの操舵角を維持しようか」などの操舵量を計りやすい。それも「踏ん張って、頑張って耐えてる~」という体育会系的な身のこなしでないところがニクイ。

モビリティタイヤの「コンチシール」の仕組み。内側の保護層が穴を塞ぐ

 ボディー剛性とサスペンション性能が常にタイヤの接地性を高めているバランスのよさが、ボディーサイズも忘れる操縦性の高さを作り出しているのだろう。おかげでコーナーがいくつか続くような場面でも、ムダのない正確な身のこなしのおかげで、思い通りに走らせる楽しさすら味わえる。そこで家族と移動するときは快適なドライブができそうだし、1人出かける場合にはドライビングを楽しむのもよし、ではないか。

 参考までにシャランは、パサートCCから採用している「コンチシール」と呼ばれるコンチネンタルのモビリティタイヤを標準装着している。これは直径5mm以下の穴であればタイヤの内側の保護層が素早く穴を塞ぎ、空気漏れを防ぐことができるというタイヤだ。モビリティタイヤはランフラットタイヤより軽く、スペアタイヤも不要となることから、軽量化も狙っての採用なのだろう。ちなみに乗り心地やハンドリングに影響や違和感は感じられなかった。

重厚でも操作しやすいシート
 実用性については、特筆すべきポイントが3つある。

 1つは2グレードともに採用されている左右両側パワースライドドアと、ハイラインに採用されているバックドアのパワーテールゲート。そのどれもが安全性も高く操作性に優れている点だ。

 スライドドアの操作は運転席からとドアのレバー、さらにBピラーにもスイッチが用意されている。スイッチで開閉操作ができるのはお年寄りにも優しい。安全性については、左右ドアにもテールゲートにも挟み込み防止機能が採用されているところが嬉しい。さらにドアが開く際に万一、後席の窓から動物や人間が手や頭を出しているとキケンであるため、窓が開いているときにはスライドドアが全て開ききらないようにセーフモードも用意されていた。これはガソリンの給油口のカバーがきちんと閉まっていない場合にも作動する。

 パワーテールゲートは開閉高のメモリや開閉途中での一時停止などが行える。小柄な方にも使いやすく、駐車スペースの狭いところでの荷物の積み下ろしにも便利だ。ハイラインにはレザー&アルカンターラシートやシートヒーター(フロントシートのみ)なども標準装備となるが、個人的にはパワーテールゲートの存在が大きく感じた。

左右スライドドアは電動開閉するBピラーのスライドドアスイッチ(写真は欧州仕様)ハイラインにはパワーテールゲートが装備される

 2つ目は2列目と3列目のシートアレンジと、その操作のし易さだ。7人乗りのシャランのシートは1列目から2人、3人、2人のレイアウトで、2、3列目のシートもベンチシートタイプではなく独立シートが採用されている。重厚でカッチリとしたフロントシートと同等のシートが、1人1座、設けられているのだ。おかげでシートベルトは装着し易く、体のサポート性も極めて高い。

 これまでは重厚なシートが操作性をわるくしがちなのが、ドイツ車のシートアレンジの印象だったが、シャランの2列目シートはショルダー部に付いたレバーで背もたれが倒れ、座面が畳まれ、前方へスライドして3列目シートへのアクセスをイージーにしている。

 またラゲッジを拡大すべく3列目シートを収納する際も、同様にレバー操作でシートが倒れ、フラットなスペースを作ることができるのだ。

 2列目シートは160mmのスライド量を持つ。そのため3列目にも十分な足下スペースを配分することが可能で、快適に大人が座ることができる。ちなみにシャランのシートは後列にいくほど着座位置が高くなり、たとえ3列目シートに座ったとしても前方の視界が保たれ、閉塞感を抱くことはない。

左から1列目、2列目、3列目のシート。2列目は160mmスライドする
2列目はショルダー部のレバーで簡単に前に倒れ、3列目へのアクセスがしやすくなる

エースの登場
 最後にラゲッジ。室内スペースをフレキシブルにアレンジできるマルチパーパスぶりも紹介しておきたい。3列のシートをフルに使った状態では、ラゲッジスペースは正直、広いとは言いがたい。しかし出張用の機内持ち込みサイズのスーツケースが1つは納まりそうだし、日常のスーパーの買い物袋などを積み込むのにも適当。

 3列目シートを畳み込むと、奥行き1.3mのフラットなラゲッジスペースに変り、2列目シートも畳むと2.1m、1列目助手席のシートも倒すと3m近い長尺ものまで積めるそうだ。フォルクスワーゲンのシートは背面が頑丈で、ラゲッジの荷物が万一シートに当たっても、乗員に大きなダメージを与えないように造られている。このシートが畳み込まれると、シート背面が丈夫なラゲッジの床面に変る。こういうところが質実性がまさにドイツ車らしい。

 1997年に発売を開始した先代シャランは、わずか2年で販売をやめてしまった。1度出したカードは静かに引っ込められた印象がある(大概のモデルはみんなそう……)。新たなカードとなる新型シャランは日本の市場を研究し、ライバルに対しても十分な戦力を持ったモデルに成り得る。

 “キング・オブ・ミニバン”のキャッチフレーズを持って登場したエルグランド。ならば、アルファード/ヴェルファイアをクイーンと見立てようか。これらに対しフォルクスワーゲンのミニバンのエースとなるシャランは、どんな奮闘を見せるのかが楽しみだ。


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http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2011年 3月 7日