【インプレッション・リポート】 ランドローバー「レンジローバー・イヴォーク」 |
生まれ故郷のイギリスで開催と案内が届いたランドローバーの新型車「レンジローバー・イヴォーク」の国際試乗会。そこへと向かう機内で事前配布された資料をパラパラとめくっていた時、「これって誤植じゃないの!?」と思わず疑わずには居られない数字が目に留まった。それはヨーロッパでの計測法「NEDC」に基づいた、CO2排出量の数字だ。
いくつかのモデル・バリエーションが存在する中での最も小さな数字は、何と129g/kmというもの。ちなみに、イヴォークと同等かそれより軽量なトヨタ「RAV4」のその数字は、同じ計測法で156g/kmから189g/kmなのだ。前出イヴォークのデータを目にした時に、「とてもSUVのデータとは信じられない!」と思えたのも当然だったのがお分かりいただけよう。しかしもちろん、そんな驚きの値は誤りなどではなかったのだ。
実は前掲のイヴォークの数字は、2.2リッターのターボ付きディーゼルエンジンを搭載したFWD+MTの3ドアボディーという仕様のモデルが達成したもの。車両重量が70kg上乗せされる5ドアモデルの場合、同仕様でのCO2排出量は133g/kmとなる。そして、そんなイヴォークでは”それ以外”の全ての仕様には4WDシステムを標準で採用。すなわち、驚きのCO2排出量を達成させたFWD仕様のモデルというのは、言うなれば“燃費スペシャル”の1台だったのだ。
ここまでが判明した時点で、しかし自分の中にはさらにイヴォークに対しての2つの驚きが芽生えることになった。
1つはこれまで、「SUV」というよりはむしろ「オフローダー」という表現の方が似合うと思えたレンジローバーの作品にして、ついに2輪駆動のモデルが用意されたという事実への驚き。そしてもう1つは、むしろ今までは「ネンピやCO2排出量などとは無関係」とも思えていたこのブランドのラインナップに、かくも“省エネ”意識のモデルが加えられたという驚きだ。
■カッコよさはサステナビリティのために
しかし、それでもなおかつ自分の認識が甘かったことを、この後に思い知らされる。それは、まるでショーモデルがそのまま世に飛び出してきてしまったかのようなイヴォークの、何とも魅力的で個性的なスタイリングそのものこそが、実はやはり“省エネ”を深く意識した末に生み出された産物であると知るに至ったからだ。
かつて「砂漠のロールスロイス」などとも称されたレンジローバーの作品――それはこれまで、そのいずれもが「スクエア基調の“ごつさ”と背の高さ」という外観上の分かりやすい特徴を備えていた。
例えば、オーセンティックなレンジローバーたる「ヴォーグ」はもちろん、それに比べると大幅にローダウン化された「スポーツ」でも全高は1.8mをオーバー。そもそも、見下ろし感覚の強い「コマンド・ポジション」なる特徴的な室内パッケージングを採用のうえで、身体が激しく揺すられるオフロード走行を念頭に、パッセンジャーがルーフにヒットをしない頭上空間を確保しようとなれば、必然的にこの程度の全高となるのはある種「このブランドのオフローダーの約束ごと」とも理解されてきた事柄であるはずだ。
ところが、そんなこれまでのレンジローバー車の常識と伝統を打ち破り、“わずか”1.6mそこそこという全高を採用したイヴォークは、だから「このブランドの革命児」であるのは間違いない。イヴォークの見た目のカッコよさというのは、「革命児のカッコよさ」そのものであるのだと、言い換えてもよいだろう。
そもそもこのモデルが初めて姿を現したのは、2008年のデトロイト・モーターショーの舞台。コンセプト・モデルとして出展された当時の名称「LRX」は「ランドローバー・エクスペリメンタル」の意。すなわちこの時点ではよりプレミアム性の高いレンジローバーの一員としては、まだ認知されていなかったのだ。
最もコンパクトなレンジローバー | イヴォークはLRXの量産モデル |
「そんなショーでの反響の大きさに、量産化が決定された」と一般には理解されているイヴォークだが、実はその裏には、ちょうど時を同じくして厳しさを増しつつあった、自動車を取り巻く環境の変化も関係が深いようだ。
今回の試乗会で開発陣と意見を取り交わして明らかになったのは、このモデルはランドローバーの作品としては初めて、自動車の「サステナビリティ=持続可能性」なる問題に真剣に取り組んだ末に生み出されたものであるということ。低全高化を図ればその分だけ車両重量が低減され、空気抵抗も減少するのは自然の道理。
コンセプト・モデルのデザイン段階ではまださほど重要でなかったというそんな課題ではあるものの、「LRXを量産モデルとして世に出せば、まさにランドローバー全体のサステナビリティ実現のためにも大きく貢献できる」という、その後に重視され始めた考え方が、実際にこのモデルを「イヴォーク」としてカタログに載せるに至る大きな要因になったというのである。
かくして、「ランドローバーのモデルとしては、初めて本格的に空力性能にも取り組んだ」(!)と開発担当者が告白するイヴォークは、「クーペ」を名乗る3ドア・モデルはもとより、「同じパネルを用いながら、傾斜はより水平近くとした」というルーフラインの持ち主である5ドア・モデルでも、実にスタイリッシュ。
LRX |
■レンジローバーの名に負けないインテリア
そんなこのモデルのアピアランスは、まさにショーモデルのLRXそのもの。各部の質感も文句ナシで、ルーフ部分を別色とした2トーン・カラーのモデルなどは、全くのブランド違いながら「MINIの兄貴分」という雰囲気すら漂うほどだ。
いや、実際にこのモデルであればMINIを“卒業”したユーザーからの代替需要すら見込めるかも知れない。いずれにしても、そんなこのモデルのエクステリア・デザインが抜群の注目度の持ち主であるのは、街中でのテストドライブで多くの人目を惹いていたことからも間違いない。
インテリアのデザイン&クオリティ・レベルの高さもまた、このモデルを「ルックスで選ぼう」という人々の期待を裏切らない。
飛び切りの高級感、とまでは行かないものの、このブランドの最量販モデルとなるに相応しいプライスも考慮しつつ、「レンジローバー」の名に負けることのない素材やデザインが吟味をされた感が漂う各部の仕上がりは納得の水準だ。
気になる居住性はなるほどその頭上空間が、オフローダーとしては例外的に小さい事は確か。一方で、そんな頭上空間はまた、ルーフラインの“後ろ下がり”傾向が強い3ドア・モデルの後席であっても、自身の場合にはこぶし1個分ほどが確保されていた。すなわち、後席での居住スペースは「大人にとっても十分実用的なもの」というのもまた確かな事柄なのだ。
容量420Lというラゲッジスペースは、決して広大という印象ではないものの、開口部下端の位置はこれもまた「オフローダーとしては例外的な低さ」と言えるもの。それゆえ、日常ユースではむしろ荷物の出し入れ性に優れていると、好意的に受け取る人も少なくなさそうだ。
■「低全高・低重心」はドライビングフィールにも好影響
日本同様の左側通行国ゆえ、英国はリバプール近郊で開催された国際試乗会に用意されたモデルは、すべて右ハンドル仕様だった。
先に紹介のFWD仕様は今回はなく、欧州市場に向けてはメインとなるはずのディーゼル・バーションと、日米などに導入予定の2リッターのターボ付き直噴エンジン搭載バージョンの2タイプが用意をされる中から、ここでは後者の5ドア・モデルをメインにテストドライブを行った。
「スポーツ・コマンドポジション」なる新しい概念を謳うイヴォークのドライビング・ポジションは、セダンばりの乗降性と、オフローダーゆえの視界の見下ろし感という両者の特徴を巧みに融合させた印象。
基本的に「視界は優れている」のだが、惜しむらくはドアミラーが作り出す斜め前方の死角。本体そのものが大きく、またその位置も高いために、交差点やロータリーで左右側方から接近する車両を覆い隠してしまう場面もしばしば。位置をもう少し下げる、あるいは本体とボディーの間に“抜け”の空間を確保するといった工夫で改善は図れるはず。日常的に不便と不安を感じるので、ここは早急なリファインを望みたい部分だ。
240PSの最高出力と340Nmの最大トルクを誇る4気筒エンジンに火を入れ、センターコンソールに置いた手のひらの中に、“血縁関係”を持つジャガー各車でもすでにお馴染みになりつつあるロータリー式のシフトセレクターが立ち上がるのを感じながら、「D」レンジを選んでスタート。率直なところ、その加速の立ち上がり感は「すこぶる強力」というわけではないものの、実用十分以上の力感を味わいながらさらに加速を続ける。
6速ATはごく自然なシフト・プログラムで違和感がないし、脚の動きも期待以上にしなやか。55%偏平の19インチ・シューズが伝えるロードノイズがやや目立つ傾向はあるものの、全般的な静粛性も“レンジローバーの一員”としての満足レベルに達している。
磁性体をコントロールすることによる電子制御の減衰力可変ダンパー「マグネライド」を「オフローダーとして初めて設定」と謳うイヴォークだが、その有無に関わらず正確なトレース性能と自然なハンドリング感覚を実現させていたのには感心した。前述オプションを採用のモデルの方がロール感が小さいのは予想通りとして、それが非採用でもオフローダーとしてはすこぶる安定した姿勢でコーナーを駆け抜けることができるのは、やはり「低全高・低重心」という基本的なディメンションの特徴が生きていることを実感できる。
■オフロード性能も充実
ランドローバー主催の試乗会では定番のオフロード・セクションは、やはり今回もしっかり用意されていた。しかも、それはそれなりに大きなボディーの対障害角や渡河性能が求められる本格的なもの。当然ながら、そんなステージの中には4WDでなければとても踏破をできそうにない急勾配もあって、とても「ちょっと“泥遊び”をする」といった余興程度とは思えないものだったのだ。
「激しい議論の末に、結果として“エンジン横置きFWD骨格”のフリーランダーをベースにしながら、新シャシーを開発した」というイヴォークだが、そんな険しいオフロード・シーンでもそれゆえのハンディキャップなどを意識させられることはなかった。
すなわち、電子制御による「ハルデックス・カップリング」を前後アクスルへのトルクスプリッターとして用いつつも、「前輪が空転を始めてからようやく後輪にもトルクが伝わる」といった悠長な印象は受けることなく、例えば低μの急な上り坂発進などでも、スタートの瞬間からきちんと4輪が同時に路面を蹴りだす感覚が伝わってくるということだ。
ただし、いかに低回転域からブースト効果を発するとはいえ、ターボ過給が始まるとトルクの立ち上がり方がやや急であるため、格別に低μの路面上ではコントロール性にやや欠ける印象は残った。さすがにこうしたシーンでは自然吸気エンジンに分があると思われるが、イヴォークというモデルではそこまでの「オフローダーとしての厳格さ」は求めないということなのかもしれない。
路面状況に応じて、アクセル線形やシフトプログラム、そして前出のハルデックス・クラッチの締結具合などがプリセットされた最適な組み合わせへと設定される「テレイン・レスポンス・システム」は、センターコンソール上のスイッチの表示を目視しないと変更が困難という難点はあるものの、オフロード走行時には便利だし、信頼に足るアイテムであるのは確か。
加えれば、酷い悪路でもステアリングへのキックバックが最小限であったのも、特筆もの。実はイヴォークは、こうしたモデルとしてはまだ珍しいフル電動式のパワーステアリングを採用するが、直進時にエネルギーを消費しないことでCO2削減に貢献すると同時に、こうしたシーンでは副産物としてキックバックの回避にも効果を発したというわけなのだ。
ここまで読み進んでいただければ、イヴォークが「レンジローバーというブランドに相応しい内容の持ち主」であり、また「そんなブランドの最量販モデルと位置づけられるべく、気合いの開発が行われてきた」ということが納得してもらえるはず。
まるでショーモデルそのもののようにスタイリッシュで、優れた環境性能もアピール。その上で、「レンジローバーらしからぬ低価格」が実現されるとなれば、例えばレクサス「RX」などにとっては大変な強敵出現ということになるはずだ。
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2011年 9月 27日