インプレッション
プジョー「5008」
Text by 河村康彦(2013/4/8 00:00)
全長約4.5mにして、全幅は1.8mと少々――“コンパクト”と紹介するには抵抗が残るものの、日本の環境下でも何とか「場所を選ばずに使えそう」なそんなサイズ感の持ち主が、「プジョー初のミドルサイズ・ミニバン」と同時に、「プレミアム7シーター」なるサブタイトルも謳いつつこの2月から発売されているプジョーのブランニュー・モデル、「5008」だ。
ヨーロッパ生まれらしい実用性
かように4桁数字の名前が与えられたプジョー車は、「従来の普遍的なラインナップからは逸脱をした、新たコンセプトから生まれたモデル」と、そう説明をされるもの。同時に、末尾の“8”という数字は、「208」や「508」などとともに、このブランドの最新モデルであることを表している。
一方、最初の“5”というのは、プジョーのファミリー・モデルが伝統的に用いている数字とのこと。なるほど、ネーミングに込められたそんな“法則”が理解できると、このモデルの狙いどころもおぼろげながら浮かんで来る。
そんなこのモデルがヨーロッパでローンチされたのは、実は2009年の11月まで遡る。そして、そんな当時にインポーターであるプジョー・シトロエン・ジャポンに日本への導入計画を問うたところ、「さしあたり、その予定はナシ」という回答を得ていたことを思い出す。
しかし、そうした導入に消極的なスタンスは、その後の日本市場の動きと、ちょうど同様のタイミングで就任となった日本人新社長の戦略により、一転して導入の方向へと大きく軌道修正。欧州市場を中心にすでに生産が20万台を超えたという商品に対する自信のほども、当然そうした動きを後押ししたと考えられる。
欧州ではたびたび目にする機会を持ちつつも、日本では今回初めて対面となった5008。キャラクターを明確化するためか前述のように“ミドルサイズ・ミニバン”と紹介されるこのモデルだが、そのプロポーションはオーソドックスなミニバンというより、「セダンとミニバンのクロスオーバー」というイメージが強いものだ。
実際、ドライバーズ・シートへと乗り込んでみると、いわゆるミニバン風のアップライトなスタンスや、視界の見下ろし感が特に強いわけではない。メータークラスターとセンターパネルがL字型に繋がったコクピット・タイプのダッシュボード・デザインや、脚を自然に前方へ投げ出す着座姿勢も含め、むしろそこでは“セダン・ライク”な感覚が強く漂って来る。
いずれにしても、日本の多くのミニバンで感じられるような「特等席はドライバーズ・シート以外」といった雰囲気は、5008では感じられない。むしろ、こうしたモデルでありながらも“ドライバーズ・カー”というアピールが意図的になされているように受け取れるのも、ひとつの特徴と言えそうだ。
フットレストの位置が何故か妙に高い感覚を受けるのが残念だが、それ以外、右ハンドル仕様ながらポジションはごく自然。右側ドアミラー周辺の“抜け”に優れることもあり、Aピラーが前進しつつもその死角があまり気にならないのも、美点のひとつと報告できる。
ワイパーが、そんな左右Aピラーの直近までをきれいに拭ってくれる対向動作式であるのを含め、運転視界のよさはこのモデルのひとつの財産だ。グローブボックスは立派なリッドの割に内部容量が小さいが、深く大容量のシャッターリッド付きセンターコンソールボックスがそれを補って余りある。さらに、大容量のドアポケットや、完全フラットなセカンドシート足下フロアに用意をされた“床下収納”などを含め、身のまわり品の収納スペースはなかなか巧みに確保されている。
3人分の2列目シートと2人分の3列目シートは、それぞれが独立してフロアへと格納可能なデザイン。特に、いずれも44cmと“平等”な幅を備える2列目の各シートは、個別に130mmのスライドが可能な設計でもある。
まず座面が垂直近くにまで立ち上がり、次いでシートバックが前傾という独特のウォークイン機構を備える2列目シートのお陰で、3列目シートへのアクセス性はなかなか優れている。ただし、そんな3列目シートでの居住性自体は、やはり他のポジションに比べれば見劣りするのは明白。ヘッドスペース/ニースペースはミニマムだし、ヒール段差も小さいのでどうしても膝を抱え込む姿勢を強いられる。ここで大人が長時間を過ごすのはきつい。あくまでも、まだ体格の小さな子供用もしくは、大人が短時間を合法的に移動するためのスペースと考えるべきだ。
ところで、日本に導入される5008は、装備レベルの違いによって300万円と330万円の2タイプ。ベーシック・モデルの「プレミアム」に対してより豪華版の「シエロ」には、径が1サイズ増しとなる17インチ・シューズやヘッドアップ・ディスプレイ、ガラスルーフなどが追加で装備される。また、フロントにヒーターを内蔵する電動式レザーシートがオプション設定されるのは「シエロ」のみ。一方で、雨滴感知式オートワイパーや左右独立調整式オートエアコン、クルーズコントロールなどは「プレミアム」にも標準となり、実用装備はこちらでも全く不足はない。
そんな5008でのインテリアの大きな特徴は、シートアレンジによって極めて広いラゲッジスペースを得られること。3列目シートを格納すれば、トノカバー下のフラットな空間の容量は823Lで、カバー無しの状態では1247Lまで拡大。さらに、2列目シートも格納するとその値は実に2506Lにまで跳ね上がる。また、フロントのパッセンジャー・シートバックを水平位置にまで前倒しすれば、2760mmという長尺物の積載が可能になる。
欧州発のこうしたモデルは、多くの人が乗れるという機能以上に「どれだけ積めるのか」も重視されるもの。最大時には、まるで独り者が引越しできそうに広大なラゲッジスペースを生み出すことが可能な5008は、そうした点ではまさにヨーロッパ生まれらしいモデルというわけだ。
“プジョーのミニバン”らしいフットワーク
約1.6tとそれなりに大きな車両重量に、ターボ付きとはいえ1.6リッターという小さなエンジン――そうしたスペックから体験前に多くの人がイメージするであろう走りの力感からすると、5008の実力は「思いのほかよく走る」とそう表現してもよさそうなものだ。
むろん、特に加速がシャープというわけではない。今回は終始1人乗りの状態だったから、仮に“フル乗車”ということになれば、少なくともさらに300kgほどの重量が増すであろうことも考慮の必要があるだろう。
が、それでも言えるのは「これならば、日常シーンで不足を感じる場面は無いだろう」という事柄。スタートの瞬間から即座に立ち上がり、実際にトルクを大きく上乗せしていることが実感できるターボブーストの効き具合も、もちろんそうした印象には大きく貢献していそうだ。
事実、わずかに1400rpmというエンジン回転数から得られる240Nmという最大トルク値は、自然吸気のガソリン・エンジンでいえばほぼ2.4リッター級のユニットが発するものに相当する。「1.6tに2.4リッター」と聞けば、それなりに活発な動きが得られることは、誰もが自然にイメージできるはず。
基本的に、そうした太いトルクもエンジン回転数の高さにはさほど依存しないので、静粛性もなかなか優れている。ノイズの点で言えば、個人的にむしろ気になったのは路面凹凸を拾って発生するドラミング・ノイズ(低周波こもり音)が、わずかに感じられたことの方だった。
今回のテストドライブでは、そのロケーションの制約から、大きな横Gが発生するようなコーナリング・シーンまでは試せていない。ただし、それでも得られた印象といえば、ステアリング操作に伴ってのノーズの動きが期待以上に軽やかで、意外なまでの俊敏性が得られるということ。同時に、その乗り味はフラット感が十分高く、クルージング時の快適性がなかなかに高い事などだ。
すなわち、フットワーク全般に得られた感触は、“プジョーのミニバン”に対する期待値に十分沿うものであったと言うこと。単にフワフワとソフトなだけでも、後ろに乗せる大切なゲストに申し訳ないほど硬質というわけでもない、という仕上がりだ。
キャビン内の収納性やシートアレンジ時の際立つ積載能力などを特徴としつつも、単なる実用性一辺倒でデザインされた“コモディティ”とは化していないのが5008というモデルの特徴。どれもこれもが「同様のマーケティング」をベースとし、「同様のユーザー層」を狙って開発された多くの日本のミニバンとは、やはりクルマづくりの発想点がそこここで異なることを教えられる。
「そんな拘りなど、ミニバンに必要ない」という人ももちろん居るだろう。しかし、だからこそ遥々数千kmもの彼方から海を渡って運ばれて来る輸入車としての雰囲気が色濃いのも、またこのモデルならではの特徴であるというわけなのだ。