インタビュー

【インタビュー】スーパーフォーミュラにADVANレーシングタイヤをワンメイク供給する横浜ゴム 開発担当エンジニアに聞く

初年度は確実にレースを走り切れるタイヤを目指し、来年度以降に新チャレンジ

「2016 NGKスパークプラグ 鈴鹿2&4レース」で優勝した山本尚貴選手(14号車 TEAM 無限 SF14)

 4月23日~24日の2日間に渡り、鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)で開催された全日本スーパーフォーミュラ選手権の開幕戦「2016 NGKスパークプラグ 鈴鹿2&4レース」は、約20年ぶりに横浜ゴムが日本のトップフォーミュラに戻ってきたレースとなった。

 その開幕戦 決勝レースでは、各車スタートからゴールまでタイヤを交換することなく走り切るなどADVANレーシングタイヤは安定した性能を発揮し、まずは確実なスタートを切ったと言ってよい。なお、レースの模様などに関しては別記事を参照していただきたい。

スーパーフォーミュラを走るSF14は、今シーズンから横浜ゴムのADVANレーシングタイヤを装着して競い合っている
ヨコハマ・モータースポーツ・インターナショナル株式会社 第二開発部 金子武士氏

 そうした横浜ゴムのスーパーフォーミュラへのワンメイク供給を現場で担当しているエンジニアが、ヨコハマ・モータースポーツ・インターナショナル 第二開発部 金子武士氏。WTCCなどのワンメイク供給も担当している金子氏だが、昨シーズンからはスーパーフォーミュラ担当として復帰初年度のタイヤ開発という重責も担っている。その金子氏にインタビューする機会を得たので、横浜ゴムのスーパーフォーミュラ活動について聞いてきた。

2015年4月にスーパーフォーミュラへのタイヤ供給が決定。1カ月で最初のテストにこぎ着ける

 横浜ゴムの国内のトップフォーミュラ参戦の歴史は実はかなり古い。横浜ゴムは、1970年代後半から1990年代前半にかけて行なわれていた「全日本F2選手権」(~1986年)「全日本F3000選手権」(~1995年)の時代に、ユーザーチームに対してタイヤを供給していた。全日本F2選手権と全日本F3000選手権には、横浜ゴムのほかにもブリヂストン、ダンロップブランドで住友ゴム工業もタイヤを供給。コンペティション(競争)が行なわれていた時代で、毎年激しい選手権争いが繰り広げられることに合わせ、同時にタイヤ開発競争も大きな話題の1つだった。

 この時代の横浜ゴムは単なるタイヤサプライヤーとしてだけでなく、いくつかのチームスポンサーも努めており、この時代にはADVANのロゴをまとったレーシングカーがトップフォーミュラシーンではあたり前の光景だったのだ。なお、2015年に横浜ゴムがスーパーフォーミュラへのタイヤ供給を決定したときに公開された“ADVANカラー”のSF14は、こうした時代のカラーリングを再現したものとなる。この時代にADVANカラーのフォーミュラカーで走っていた代表的なドライバーとしては、現在はSUPER GTのチーム・クニミツの監督である高橋国光氏が有名で、高橋氏の愛称でもある“クニサン”=ADVANというのが当時のファンには常識とも言える光景だった。

各マシンのリアウイングフロント側にADVAN、リア側にYOKOHAMAのロゴマークを装着

 その後、1996年に全日本F3000選手権が、現在のスーパーフォーミュラの前身となる「フォーミュラ・ニッポン」に衣替えしたあとも、1年間は横浜ゴムもタイヤ供給を続行していた。しかし、フォーミュラ・ニッポンが2年目の1997年からブリヂストンによるワンメイク制を導入したことで、横浜ゴムのトップフォーミュラでの歴史は一時中断することになったのだ。

 その横浜ゴムがスーパーフォーミュラにタイヤ供給をすることになった経緯に関しては、横浜ゴム 執行役員野呂政樹氏の会見記事に詳しいのでそちらを参照していただきたいが、スーパーフォーミュラの主催者である日本レースプロモーション(JRP)から依頼があり、それを横浜ゴム側で検討したというのがあらましとなる。

「一番大変だったことはとにかく時間がないこと」と語る金子氏

 それがいつごろのことであるかは明らかになっていないが、現場側の担当者である金子氏によれば「我々が作業を始めたのが昨年の4月。そこから準備を開始して5月に1回目のテスト、その後、6月、7月、9月、10月とテストを重ね、11月に(JRP主催の)シーズンオフのテストに参加した」とのことで、2015年5月からテストを開始して、シーズン中の何回かのテストを経て形にしていったのだと説明された。

 金子氏によれば「一番大変だったことはとにかく時間がないこと。5月の初めてのテストから11月下旬に行なわれた全チーム参加による最初の本格的なテストまでに5回しかテストができなかったので、そこまでにどうにか形にすることを優先して開発していった」と、とにかく時間と戦いながらの開発だったと説明した。というのも、昨シーズンのあいだは横浜ゴムに切り替わる以前のサプライヤーがタイヤ供給をしていたので、シーズン中のテストに関してはエンジンメーカーの開発車両に装着して走らせることしかできず、リソースも時間も限られた中でテストをしなければならなかったからだ。

最初のテストでは20年前のフォーミュラ・ニッポン供給時の金型でタイヤを製造

テストの流れなどについて解説する金子氏

 そもそも、そうした限られた時間で新しいタイヤを作るというのはほぼ不可能に近いのだが、横浜ゴムの場合、1996年までフォーミュラ・ニッポンにタイヤ供給していた時代に作っていたフォーミュラカー用タイヤが残っており、それを活用してまずテスト用のタイヤを試したのだという。「開発当初、フォーミュラ・ニッポン用タイヤの金型が残っていることが分かって、本当にあるのか実際に現場に行ってみたら、きちんとメンテナンスされている状態で保存されていることが確認できた」「当時と比較して(マシンの)最高速もダウンフォース量も格段に増しているだろうし、性能面でも耐久面でも全然走れないかと思ったが、実際に、当初の金型とこれまで別の開発で培った知見に基づく構造・コンパウンドにて試作したタイヤをテストしてみたところ、箸にも棒にも触れないタイヤではなく、ひとまずそこそこ走れるタイヤであることが確認できた。それを参考に、菅生で行なったテストまでに新しい金型を作って試すことが可能になった」と金子氏は語る。

 金型というのは、タイヤを製造するときにゴムを加熱、加圧などを行ない、乗用車用タイヤではトレッドパターンを施す行程に使われるもの。横浜ゴムの工場にはフォーミュラ・ニッポン用の金型がきちんと使える状態で保存されていたそうなのだ。金型は金属で作られるため、製作には当然コストや時間がかかる。しかし、まずは最初のテスト用としてフォーミュラ・ニッポン当時の金型が利用できたことで、最初のテストまでの時間を短縮することができたという。その後、最初のテストのフィードバックを新しい金型に盛り込み、スポーツランドSUGOで行なわれたテストから耐久性およびグリップ力を向上させるべく、プロファイル、構造、コンパウンドを改良したのだと金子氏は説明した。

新しいADVANレーシングタイヤは、20年前のフォーミュラ・ニッポン用タイヤの金型を使って開発がスタートしたという
ダウンフォースが増えた現代のフォーミュラカーに合わせ、グリップ力を向上させるプロファイルを採用

 そこから徐々に改良を重ねていき、2015年11月に鈴鹿サーキットで行なわれた公式テストでは、今年のレース用に投入されたタイヤとほぼ同スペックものが持ち込まれている。金子氏によれば「今回開発したタイヤのコンセプトは、250kmのレースをタイヤ交換なしに走り切れるタイヤ。予選一発など全開でのプッシュでタイムが出て、その後はタイムの落ちが緩やかになるようなタイヤになっている。ただ、現時点(4月23日)では誰もレース距離を走りきったことがないので、明日の決勝レースを見てみないと分からないが……」とのことで、供給初年度となる今年は、レース距離である250kmを余裕をもって走り切れる耐久性を持つタイヤを目指したと説明した。

 今回のインタビューを行なったのは開幕戦の決勝前日となる予選日だったが、決勝レースで横浜ゴムのタイヤは、狙いどおり250kmの距離をほとんど性能低下なく走ることが可能で、上位のマシンの多くはタイヤ無交換で走りきった(詳しくは決勝レースのレポート記事を参照)。レース後の記者会見では、出席した3人のドライバーも性能および耐久性ともに満足しているとしており、まさに金子氏が目指したとおりのタイヤが作れたということだろう。

激しいレース中の走行でも250kmを走りきる耐久性を証明した

すべてのサーキットで250km走り切るタイヤを目指し、挑戦は来年以降

開幕戦の「2016 NGKスパークプラグ 鈴鹿2&4レース」で走行するSF14

 2016年のスーパーフォーミュラのタイヤ規定は、利用できるタイヤはドライが新品4セット、中古2セット、ウェットが新古問わず4セットという規定になっている。今回の開幕戦に関しては横浜ゴムのタイヤでの最初のレースとなるので、中古タイヤを持っているチームはないが、中古の扱いは冬の公式テストで使われたタイヤをキープしたものとなっていた。金子氏によれば「開幕戦に関してはFPで1つ、予選Q1、Q2、Q3で1つずつの新品タイヤを使うというのが戦い方になると思う。ただ、冬のテストが雨で走れないセッションがあったので、ほとんど新品同様で残しているチームもあると思う」とのことで、今年も4セット供給される新品ドライタイヤの効率のよい使い方がレースの鍵になるだろうとした。

各マシンにドライタイヤ新品4セットと中古2セット、ウェットタイヤ4セットを供給するため、サーキットには多数のADVANレーシングタイヤが持ち込まれた
金子氏は次の方向性を検討するのは来シーズン以降とした

 なお、開幕戦の決勝レースもそうだったのだが、耐久性があって250kmのレースを最初から最後まで走り切れてしまうタイヤとなると、逆に言えばタイヤが不確定要素にならないということでもある。実際、開幕戦の決勝レースも上位陣はいずれもタイヤ無交換を選んでおり、上位での順位変動があまり多くなかったのは事実だ。

 ここは次の課題とも言える部分で、金子氏も「まず、今年は安定したタイヤを供給することを優先したい。それが実現できたら、JRPさんと相談のうえで次の方向性を検討していきたい」と述べ、初年度はすべてのサーキットで問題なくレースができるという安全性に振り、それが実現できたら来年以降に別の方向性を検討できないか模索していきたいとした。

 その意味でも、鈴鹿で行なわれた開幕戦のレースできちんと250kmを走り切れることを証明し、ドライバーからも賞賛を得たことは大きな一歩と言えるだろう。今シーズンは6レースが残っており、今後の夏場など、開幕戦より厳しい環境下でのレースも予定されている。そうしたレースを乗り切った上で、来シーズンは“より見応えのあるスーパーフォーミュラ”という方向に舵を切ってもらうことを期待してこの記事のまとめとしたい。

 次戦のスーパーフォーミュラ 第2戦は、5月28日~29日に岡山国際サーキット(岡山県美作市)で開催される。

(笠原一輝/Photo:安田 剛)