インストゥルメントパネルを支えるエレクトロニクス

 今回はインストゥルメントパネルまわりの話を幾つか。まず最初に動画を幾つかごらんいただきたい。最初はBMWのヘッドアップディスプレイ( http://www.youtube.com/watch?v=DRZScrP_d-k )、次がメルセデスAMGのPerformance Cockpit( http://www.youtube.com/watch?v=90iioQVzyA8 )。

 ドイツメーカーの車が続いたのは偶然であって、たまたまYouTubeに上がっている公式動画が探しやすかったから、という話で他意はないのだが、最近のインストゥルメントパネルの進化の方向を如実に示している。これを支えるエレクトロニクスはどんなものか? というのが今回の本題である。

 

 

図1 ヘッドアップディスプレイの仕組み

 本題に入る前にヘッドアップディスプレイに関して少々。ヘッドアップディスプレイの仕組みは図1のようになっている。構造は単純で、視線の先にハーフミラーを置き、その下から映像を送り出すと、視野の中に外部の風景に重なる形で映像が見えるようになる、という仕組みだ。

 このヘッドアップディスプレイ、そもそもは軍用機(それも特に戦闘機)に採用されていたものだ。原形となるのは「光学照準器」と呼ばれるもので、第2次世界大戦以前から存在する。射撃あるいは爆撃を行うときに、弾道あるいは爆撃地点の未来位置を(機体の速度などから計算して)ハーフミラーに映し出すという非常に簡単なものだった(なにせ計算自体も機械式だから、それほど凝った事はできなかった)。

 このシステムはゆっくり改良されてゆくが、朝鮮戦争で活躍した「F-86」や「Mig-15」などはまだ機械式に毛が生えた程度である。これが急速に進化するのは、戦闘機がレーダーやミサイルを搭載するようになってからである。

 なので、様々な情報が表示されるようになる今日のヘッドアップディスプレイは、米空軍が採用した「F-102」に搭載予定だった(機体の完成に間に合わず後追いで搭載になった)「MG-10 FCS」(Fire Control System:射撃管制装置)あたりが最初ではないかと思う。その後ベトナム戦争で活躍した「F-4 Phantom II」に搭載された「AN/APG-59」あたりは、(視野角とかはともかく)かなり様々な情報を表示できるようになっている。

 ちなみに図1で、あえて映像出力にブラウン管的なものを示しているのは、この初期のヘッドアップディスプレイは1950年代に開発されたもので、当時はブラウン管しかなかった事にちなんでの話である。

 何でこんなものが戦闘機に必要だったか、と言えば、機体の操縦に必要な計器情報は読み取らねばならないが、何しろ戦闘機だから戦闘中にのんびり計器を見ていたら撃墜されてしまう。これが爆撃機とか輸送機などの場合、正副2人のパイロットがいる(大型爆撃機ならばさらに航空機関士という、エンジン系統の制御を専門にするオペレータがいた)ので、片方が外界を睨んでいる間、もう片方が計器を睨んで異常があれば声で知らせる、という形での分業が可能だったが、戦闘機は基本単座(パイロット1人)なので、そうした作業分担ができない。そこで、せめてパイロットの負担を減らすために、ヘッドアップディスプレイに様々な情報を集約して表示することにしたわけだ。

 この流れは昨今の車を取り巻く状況に近い。筆者が1980年代に転がしてた車(車検が半年残ってた13年落ちのギャランΣ:もう車検通さないから好きにしていいよと前のオーナーに譲ってもらった)は、まともに動くのがスピードメーターだけ(それも最後には怪しかった)だったが、別にタコメーターは動かなくても音で分かるとか、アクセル踏んだ時のふけ方で水温が分かる(笑)とか、色々な意味でメーターが要らない車だったが、最近はそういう訳にもいかない。

 おまけにカーナビの案内画面とか、EVあるいはハイブリット車なら充放電状態なども気になるところだ。運転に集中しようとしたら、ヘッドアップディスプレイの様にまとめて表示してくれれば視線を移動することなく情報を得られるので非常に便利である。

 実はこうした着想そのものは決して新しいものではない。にもかかわらず最近まで実現が難しかったのは、主にコストの問題である。ある意味、価格度外視の戦闘機はともかく、車にこれを搭載するためには、自車の状態を含む状況をすばやく取り込み、まとめて処理するためのセンサー類と高速な演算ユニット、それと表示を行うための仕組みが低価格で実現できないと乗用車への搭載は難しい。ところが最近になって、こうしたものがいずれも低価格で実装できるようになってきたために、高級車であれば多少のコストアップ程度で実装できるようになってきたという話である。

 もちろん車には車なりの問題があり、1つは戦闘機と違って改めてハーフミラーを置くのは受け入れられにくいこと。なので実際はフロントウィンドーに投影することになるが、これは別にもともとハーフミラー的な配慮はしていない通常の自動車向けガラスなので、ここでいかに投影するかが鍵となる。

 また、戦闘機は座席に縛り付けられて操縦する形になる。これは緊急時には機外にロケットモーターで射出される事を想定しているからで、なので操縦者の視点の位置は(体格で多少上下はあるとは言え)基本的にはそれほど変わらない。これに比べると、乗用車の視点というか操縦姿勢はずっと幅が広い。これにどう対応するかも車ならではの難しい点だろう。


■ ■ ■

 ということで余談が異様に長くなってしまったが以下本題。本題は2つめの動画、メルセデスAMGのPerformance Cockpitに代表される最近のハイテクコクピットはどうやって実現しているのか? である。

 このPerformance Cockpitの動画は、車をサーキットに持ち込んでの走行時にどんなものが表示できるかを示したものだが、動画の最後の方で

 


  • 温度
  • 出力
  • タイヤ空気圧
  • 加速度メーター
  • トラック表示
  • セットアップ
  • 走行履歴4種類

 

といったものが表示できることを紹介しているのがお分かりかと思う。

 ただこれは別にレース専用車両向けのコクピットではなく、公道を走るときには普通にスピードメーターやタコメーターが表示される。要するにモード切替でこうしたことも可能、というのを示しているわけだ。

 こうした諸々のデータそのものは、車体制御やエンジン制御のECUがそれぞれ持っており、それを運転制御のECUが受け取って処理した結果だけが表示される形になる。この結果として、インストゥルメントパネル向けのエレクトロニクスには

 


  • ネットワーク接続性:さまざまな他のECUとのデータ交換(単に表示すべきデータを受け取るのみならず、ドライバーの操作を他のEUCに伝える場合もあるから、双方向)を行う能力
  • 高いグラフィック表示能力:受け取ったデータを高精細な画像として表示するための能力。アナログメータと見分けがつかない程度の描画能力が要求される
  • モーターの制御:場合によってはモーターを駆動するケースもあるので、これへの対応
  • 周辺回路の統合:なるべく低コスト化を進めるため、可能な限りワンチップ化を行うことが求められる。液晶ディスプレイのコントローラなどはこの筆頭である。
  • 高い信頼性
  • 低い消費電力

 

といった要件が求められる。その一方で不要なものとして

 


  • 高いCPU性能:基本的には画面表示だけなので、複雑なデータ処理は行わない
  • インターネット接続性:こうした表示用のコントローラは、単に計器パネルを表示するのみならず、カーナビなどに使われる可能性もあるが、それが直接インターネットに接続されるということはまず無い

 

といった特徴がある。また車載向けの常として最低でも-40~85度、可能なら-40~105度の温度範囲での動作が求められるため、いわゆるPC向けや携帯向けとは異なるものとなる。

図2 オーバーレイ

 特にグラフィックに関しては、特にオーバレイを大量に使えることが要求されるのが大きな特徴だ。オーバレイとは何か? ということで、例えば速度計(オド/トリップメーター付き)を考えよう。

 最終的には図2右側のようなメータを表示したいが、これを毎回毎回新規に描画していたら、いくらなんでも間に合わない。そこでこの速度計の画面を4つに分ける。一番下(ベース)が文字盤であり、この上にオド/トリップをオーバレイ #1、さらにその上に速度の針をオーバレイ #2、一番上に中央の目隠しの丸をオーバレイ #3として描画する形だ。

 こういう風にすると、文字盤にあたるベースと、一番上のオーバレイ #3は最初に1回表示するだけでよい。これらは車のエンジンを止めるまで、一切変わることがないからだ。変わるのは速度計の針の位置とオド/トリップの数字だけで、なのでこれだけ書き換えればよい。この4つの画像の合成はハードウェアが自動的に行ってくれるので、描画コントローラには余分な負荷が掛からないという話だ。

 ではモーターは何か? というと、スポーツタイプの車などに時々見られる3連アナログメーターなどの駆動に利用される。ターボ車ならターボ圧とか吸気温度などの表示に使われるものだ。

 こうしたメーターは以前から電気式メータを採用していたが、これはメーター側にコントローラーが入っており、来た信号を内部で変換して、それに合わせてメーターの針を駆動するところまで行っていた。この方式だとメーターの価格はどうしても高くなる。そこで信号の変換とモータの制御までコントローラーにやらせ、メータ側には本当にモータしか入ってない、というのが最近の実装である。

図3 MB86R01のFact Sheetより抜粋。内部構造はシンプルである

 こうしたコントローラーの一例として、例えば富士通セミコンダクタが欧州の自動車メーカー向けに2007年から出荷しているMB86R01 Jade( http://www.fujitsu.com/emea/services/microelectronics/gdc/gdcdevices/mb86r01-jade.html )をご紹介したい(図3)。

 このMB86R01は同社の自動車向けグラフィックコントローラーとしては第1世代にあたる。今はもっと高性能な製品が沢山出ているのだが、この第1世代の製品でもちょっとしたインストゥルメントパネルだったら十分制御できる。この製品の仕様そのものは上のリンク先に詳細があるので詳しくは書かないが、搭載するCPUはARM 9である。携帯電話で言えば、例えばNTTドコモが2005年に発表したFOMA 902iシリーズがこのARM 9である。当然性能はそれなりでしかない。

 その一方、グラフィックは2D/3Dエンジンを搭載し、先に説明したオーバレイは最大6枚使えるとか、外部のカメラ/映像入力を2ch独立入力処理できるといった特徴を持つ。ネットワークでは、車載LANの標準規格と言ってよいCANのほか、MediaLBという映像専用バスを接続してセカンドモニターなどにも対応できる。PWM回路を搭載してモーターの駆動も当然可能である。

 最近は色々なメーカーがこの自動車向けに製品を投入し始めているが、自動車向けの製品は携帯向けやPC向けとはまた違った構成が必要になる、という分かりやすい例の1つだろう。

カーエレWatch バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/cew/


(大原雄介 )
2012年 1月 11日