車載Networkの話(1)

第1回掲載の図(再掲)

 今回から数回にわたって、ちょっと車載Networkの話をしたいと思う。第1回こちらの図では、「Main LAN」や「Sub LAN」といった呼び方をされている。まずはこのあたりの話から。ちょっと第1回目の内容と重複するところもあるのだが、ご容赦いただきたい。

 ECU同士、あるいはECUと何かの装置を接続するのは、かつては配線(自動車業界では「ハーネス」あるいは「ワイヤハーネス」などと呼ぶあれ)であったが、最近はNetworkと区別して呼ぶことが多い(もっとも整備の現場からすれば、どちらも物理的には電線を束ねたものなので、相変わらずワイヤハーネスで一緒だったりするのだが)。

 この配線とNetworkの違いは何か? といえば、流れているのが単なる電流なのか、意味を持ったパケットと呼ばれるものなのかの違いである。これは(最近は光ファイバに押されて減ってきたが)通常の電話回線なのか、ADSLなのかという違いに似ている。有線電話の場合、そこに流れているのは音声をそのまま電流の変化に変換したただの電気信号である。ところが物理的な配線は同じでも、回線の両端にADSLモデムをつなげると通信ができるようになり、これでインターネットに繋げられることになる。この際に、ADSLモデムが流すものがパケットである。同じように、車載のケースでもECU同士は基本的にパケットと呼ばれるものでお互いの通信を行う。

 これによりどんな風に変わるか? 例えばワイパーの配線を考えてみよう。実車だと間欠動作だの車速感応式だのウィンドウォッシャー液だのと色々面倒だが、とりあえずOn/Offしかなく、ひたすら一定速度でワイパーブレードが動くだけというきわめて原始的な奴だとする。

 この場合、配線は図1のようになるのが一般的だ。ダッシュボードのスイッチを入れると、スイッチボックス内のリレーがOnになり、バッテリーからの12V電源がハーネスを経由してワイパーモジュール内のモーターに供給され、モーターが動くわけである。ダッシュボードのスイッチを直接モーターに繋がずリレーを介すのは、モーターの駆動に結構な電流が流れるので、もしダッシュボードのスイッチに不具合などが出たりするといきなり火花が散りかねず、危険なためである。

 ではネットワークではこれがどう変わるか? というのが図2である。スイッチボックスとワイパーモジュールに、それぞれECUが入り、2つのECUの間をワイヤハーネスで繋ぐというものだ。

 まずダッシュボードのワイパースイッチを入れると、スイッチボックス側のECUがこれを検知し、「ワイパーOn」というコマンドをワイパーモジュール側にワイヤハーネス経由でパケットとして送る。ワイパーモジュール側はこのパケットを受け取ったら内部を読み取り、指令に応じてモーターの駆動を開始するという訳だ。

 ECUとモーターの間に「ドライバ」という回路が入っているが、殆どのECUはモーターの駆動を行うのに必要な電流を直接扱うことができない。そこで、ちょうどスイッチボックスの中のリレーのように、モーターの駆動に必要な電流を外からコントロールする方法をとる。これがドライバというものである。技術的にはリレーでもいいのだが(実際ドライバの回路は、しばしばトランジスタ・リレーなどと呼ばれることもある)、機械式リレーだとOn/Offしかできないとか、寿命が短いなどの理由で、半導体を使った回路にしているのが一般的である。

 さて、こう見比べると「配線が1本増えてるじゃないか」と思われた読者は鋭い。実際、ワイパーだけに着目すれば、従来型だと配線が1本で済むのに、ネットワークにすると配線が2本になる。ところが実際はもう少し話が複雑である。

図1
図2

 

図3

 今はワイパーだけを見ていたが、実際にはこうしたものはいっぱいある。例えばフロントワイパーに加え、リアワイパー、エアコン、リアのウインドーヒーター、車内灯あたりも一緒に考えてみる。すると従来型の場合、車内の配線は図3のような具合になる。

 これの何が問題か、というとまずはスイッチボックスにかなり太いハーネスが集中することだ。スイッチ類はそれほど電流が流れないから小さなコネクタで済むし、複数の配線をまとめて1つのコネクタにすることも可能だが、ある程度電流が多くなると、分離しないといけない。この結果として、スイッチボックス周辺の配線が壮絶なことになる。1980年代~一部1990年代くらいまでの乗用車を自分でメンテしたり、あるいは電装パーツを自分で追加したりされた方はご存知だと思われるが、猛烈な量のハーネスが半ば無理やりスイッチボックスにつながっていて、そもそも外すのすら容易ではない、という状況になった。これを避けるためにスイッチボックスを複数積んだ車種も少なくないが、せいぜいが「若干マシ」になった程度でしかない。

 もう1つの問題は、大電流に耐える太い配線が多数車内を走り回ることだ。図3の例だと、ボンネットからキャビネット側に少なくとも3本(室内灯、リアワイパー、リアウィンドウヒーター)のケーブルが走り回ることになる。こうした太いハーネスはそれだけで重量増になるし、ハーネスの取り回しも大変である。メンテナンス性ももちろん落ちる。むりやり取り回した結果として、ハーネスを1本交換するために、シートを全部外して内装引っぺがす、という冗談のようなことが実際にあったのだから、これは考え物である。しかも昨今ではさらに電子機器類が増えまくっている訳で、もうこうなってくるとそもそも取り回しができなくなる。

図4

 これをNetwork化するとどうなるか? というのが図4だ。12V系の配線は必要だが、これは車内で1本(実際には車の右側と左側、で2本にすることも多いようだが)だけ通しておけばよい。ここから五月雨式に各装置に12V系を配線すればよいので、重複は最小限に抑えられる。一方ECUからの配線もまた、12V系と同じように1本を引き回して、そこから五月雨式に配線することができる。

 また配線そのものも、12V系よりずっと簡素である。Networkの場合、その電力でモーターを駆動しようという訳ではないので、流れる電流がずっと小さいからだ。このため細い配線で十分事足りる。配線そのものも本数が減っている分軽量化できるし、取り回しがずっと楽である。副次的なメリットとしては、+12Vの配線が減った分、やや太目の配線を使っても取り回しが十分できるようになった。これにより配線抵抗が減り、バッテリーの持ちが改善したというケースもある。

 こうしたメリットもあり、どんどんECU+車内Network化が進んだのが1990年以降の動向というわけだ。ただ読者の中には「でも俺の車はもっと新しいのに、相変わらずワイヤハーネスがてんこ盛りだぞ?」という方がおられるかもしれない。実を言うとその通り。配線が簡素化できた分、どんどん新しい機能が追加され、それに応じて配線が増えているからだ。

 これは自動車業界に限った話ではないのだが、1度「ここまで行ける」という実例を作ると、以後の製品は最低でもそこまで持っていかないと気がすまないようで、ワイヤハーネスに関してもECU+Network化で本数を減らすのではなく、本数を維持したままECU+Network化により機能を増やすほうに進んでしまっているケースが多いようだ。まぁそれだけ機能が増えて便利になっている、ということかもしれないが。

 さて話をNetworkに戻す。このNetwork、かつてはBusという呼び方をしていた。いや実を言うと、自動車業界「以外」ではこれをBusと呼ぶ。いわゆる乗り合いバスの「バス」である。実は英語のBusにはいくつかの意味がある。実際オンライン版のOxford Dictionariesを引いてみると(http://oxforddictionaries.com/definition/bus?q=Bus)、1つめは「large motor vehicle carrying passengers by road, typically one serving the public on a fixed route and for a fare」ということで、これがいわゆる乗り合いバスである。ところが2つめに「Computing a distinct set of conductors carrying data and control signals within a computer system, to which pieces of equipment may be connected in parallel.」なんてのがでてきて、自動車業界以外でBusというと、こちらを指すことが多い(というか、コンピュータ業界では間違いなくこの2つめを指す)。

 ただこれはさすがに分かりにくいと思ったのか、自動車向けコンピュータ業界では、あえてBusと言わずにNetworkと呼ぶことが多い。冒頭で「Main LAN」という名前が出てきたが、このLANというのは「Local Area Network」の略。コンピュータ業界ではNetworkの分類がいくつかあって、

PAN(Personal Area Network):半径数十cm~数m以内のネットワーク
LAN(Local Area Network):半径数m~数百mのネットワーク
MAN(Metropolitan Area Network):数百m~数十kmのネットワーク
WAN(Wide Area Network):それ以上の距離

といった分類がなされている。この中でMANはあまり一般的でなく、通常はMANの代わりにWANが使われていたりするのだが、それは蛇足である。で、これを車に当てはめると、PANにあたるのは例えば携帯電話用にハンズフリースピーカーフォンをつなげるとか、自分のメディアプレイヤーをオーディオにワイヤレスで飛ばすといったあたりが該当しており、車内のNetwork配線は大体LANに相当する。そんなわけで車内Networkと呼んだり車内LANと呼んだりする訳だが、どちらも同一のものを指していると考えてよい。

 さてこの車内Network、目的に応じて様々なものがある。1つのNetworkで全ての用途をこなす、というのは色々無理があるため、複数のNetworkを同時に利用しているというのが実情だ。代表的なものとして

CAN(Controller Area Network):車内Networkの最初の標準規格がこれ。エンジン制御や車体制御、診断系など自動車の運転に欠かせない用途向け。単に自動車だけでなく、工場における工作機械制御などにも利用されており、こうした関係でいくつかの派生型バージョンもある。現在も車内Networkの中核的なポジションにある。

FlexRay:CANの後継規格。Drive by Wire系(Steering by Wire、Brake by Wire、etc)などでは、CANだと間に合わないシーンもあり、こうした用途に向けて大幅に能力を高めた規格。ただコストも上がっているため、高級車などで採用は始まっているものの、まだ普及はそれほどではない。

LIN(Local Interconnect Network):CANほどの高速性や多様性、安全性は必要ないかわりに低コスト性を進めたNetwork。たとえばドアミラーの向き変えとか座席の調整など、動かないと直ちに安全性が損なわれるというものではない用途向けに開発されたNetwork。CANあるいはFlexRayと併用する、という使い方が一般的。

MOST(Media Oriented Systems Transport):車載インフォテイメント機器同士を接続するためのNetwork。要するにカーオーディオやカーナビなど同士を接続するためのものである。

DSI(Distributed Systems Interface)/PSI5(Peripheral Sensor Interface 5):エアバッグ制御のネットワーク。以前はエアバッグといえば運転席と助手席のみだったが、最近は後部座席やサイドエアバッグなど種類や数そのものが増えており、また衝突方向にあわせて展開するといった配慮が必要なり、これを取り扱う専用のNetwork。

 これらのあたりは標準規格として広く利用されており、これに加えて特定の自動車メーカーが開発した独自規格のNetworkも多数ある。例えばトヨタの「BEAN(Body Electronics Area Network)」などがこの一例だが、こうしたものを数え上げてゆくときりがない。とりあえず次回以降、標準的なNetwork規格についてもう少しご紹介したい。

カーエレWatch バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/cew/


(大原雄介 )
2012年 2月 15日