車載Networkの話(5)「MOST」

 車載Networkの5回目はちょっと毛色を変えて、「MOST(Media Oriented Systems Transport)」をご紹介したい。これまで紹介したCAN/FlexRay/LINは、車体制御とかエンジン制御、様々な装備の制御といった、基本的には車の運転に何らかのかかわりを持つ部分を接続するためのものだった。

 これに対しMOSTは名前の通り、インフォテイメント系を接続するためのものである。MOSTの規格を定めているのはMOST Cooperation(MOSTCO)で、これは複数の自動車メーカーやOEMメーカー、半導体メーカーが共同出資して1998年に設立されている。MOSTの運営委員会はアウディ/BMW/ダイムラーといった自動車メーカーに加え、アメリカのオーディオ機器メーカーであるHarman International Industriesの自動車向け部門であるHarman Becker、そして半導体メーカーとして米国のSMSCが加わっている。

 ちなみにこのMOSTは、なぜかMOST Networkとは呼ばずにMOST BUSと表記する事が多い(何しろMOSTCOの発行する文章に、明確にMOST BUSと記載されている)ので、これに従って以下MOST BUSと表記したい。

 MOST BUSの目的は、さまざまなインフォテイメント機器同士の接続である。当初考えられていたのは、CDあるいはVideo CDの再生である。最近ではすっかり影を潜めたが、一昔前は車内の音楽ソースがカセットテープ→CDに変わる折に、複数のCDをまとめて格納しておけるジュークボックスが流行した。このジュークボックスでは、複数枚のCDを格納したボックスをトランク、あるいは座席の下などに設置しておき、操作はフロントパネルから行えるといったものであったが、こうしたシステムではコンソールパネルの操作部とボックスの間での通信を行うのにこのMOSTを利用した。

 また(日本では殆ど流行しなかったが)Video CDという規格が存在した。概ねVHSの3倍モードと同程度の画質ではあったが、CD-ROM1枚に74分の動画が収められるというものだ。アメリカなどではこれを後部座席で再生するというニーズが高く(要するに家族旅行で、後席に座る子供が退屈しないようにビデオを流すという話だ)、こうしたケースでもコンソールパネルに内蔵したVideo CDのプレイヤーと後席(しばしば前席のヘッドレスト裏側とか、天井に折りたたみ式といった形で設置された)のモニターの間をMOST BUSで繋いだという話だ。

 ここでモニターケーブルなどを使って直接繋がないのはなぜか? といえば、これまでの車載Networkと理由は同じで、配線がどんどん増えることになるからだ。実際サードパーティー品では、こうした場合に独自のケーブルで直接接続することになるが、車内だからノイズ対策などもあってがっちりシールドが施された太めの線が車内を這い回ることにならざるを得ない。サードパーティ品はともかく、メーカー純正ではなるべくこうした事は避けたい。加えて言えば、メーカー純正で車内にサラウンドスピーカーを設置する、なんて場合もスピーカー配線が増えるのはなるべく避けたい。

 こうした事もあり、まずはマルチメディア系のデータを一括して転送できる車内用Networkの規格が求められたことに対応して成立したのがMOST BUSである。

 MOSTには、3種類の規格がある。当初策定されたのは「MOST25」と呼ばれ、23Mbpsの転送速度を持つものである。23Mbpsという数字はそれほど多くないように見えるが、例えばCDでの音声データの読み出しは1.2Mbps、Video CDだと映像が1.15Mbps、音声が0.224Mbpsで合計で1.37Mbps程度になるから、CDの音声にしてもVideo CDの映像にしても同時に15本を流せる程度のキャパシティがある計算である。

 MOSTは同時に最大64個までのデバイスを接続できるほか、Plug&Play(後追いでNetworkに繋げると、すぐに使える)機能を搭載するなど意欲的な構成だった。このPlug&Playは、例えば携帯プレイヤーを繋げると直ちに車内のオーディオシステムで再生ができるといった用途に向けた機能であったが、さすがに第1世代のMOST25でこれに対応する製品は非常に少なかった。

 このMOST25の速度を単純に倍増させたのが「MOST50」である。この背景にあるのは、音声はともかく映像に関してはVideo CDに代わってDVDが普及したことが要因としてある。DVDの場合、データが11.08MbpsとVideo CDの概ね10倍となっており、これをそのままMOST25に流すと帯域がやや不足気味になるからだ。

 このMOST50の後継として、2007年に3倍の速度となる「MOST150」が登場することになった。2012年中には、実際にMOST150を採用した車両がマーケットに投入される事が予定されており、今後はMOST150を採用した車種はどんどん増えてゆくと思われる。

 速度そのものはそんなわけで25/50/150Mbpsという3種類の規格が存在するが、ほかにもMOST BUSにはいくつかの特徴がある。まず第1は、すべての機器がリング構造で接続される事である。図1はこれを簡単に示したものだが、データは半時計周りにMOSTのMaster→Slave #1→Slave #2→Slave #3と渡って、最後にMasterに戻ってきてこれで終了となる。

図1

 これはどういうことか? といえば、例えばVideo CDでもDVDでもいいのだが、これを車内の複数のモニターで表示するという場合に、それぞれの機器に映像を個別に送っていると無駄になるが、この方式だと1回映像を送り出すと、それをたらい回しの形で全機器が受け取る事になるので、1回の転送で転送が完結することになり都合がよい。

 同様にオーディオについても、もちろんそれぞれのスピーカーが個別に動作するサラウンドとかではあまり意味が無いのだが、単純にLeftとRightのシンプルなステレオを、複数個のスピーカーを駆動するなんて場合には、LeftとRightの信号をそれぞれ1個づつ送り出しておけば、それを複数のスピーカーが受け取って再生するなんて事も可能である。

 そんなわけで、このリング構造というのは、インフォテイメント向けには比較的親和性がよいと判断されての事である。

 もっとも場所によっては、こうしたリング構造の配線がそぐわない、というケースもある。こうした場合に合わせて、ルータなどを利用することも可能である。ルータの内部は図2の様にリング状の構造をとっており、ここからそれぞれのMaster/Slaveが通常の双方向通信リンクでつながる、なんて事もMOSTでは許しており、この結果として例えば図3の様な実装もありえる。

図2
図3:これはMOST Corporationの提供するMOST Informative Issue 7からの抜粋。オレンジのものが通常のInfortaimentのMOST BUSで、こちらは図1の様なリング構成である。一方サラウンドビューを構成するカメラ映像は水色のMOST BUSだが、こちらは図2の様な構成になっている

 このケースでは、通常のInfortaiment機器はリング状の配線でかまわないが、サラウンドビュー用のカメラは車の一番端に設置されるから、これをリング状にすると配線が無駄に多くなる。これを避けるため、図3で言うところのDriver assist processing unitという機器の中にルータを仕込み、この中でリング構造をとることで配線そのものはシンプルな一対のものにしている。

 もう1つの特徴は、配線そのものである。実は最初のMOST25の場合、当初はプラスチック製の光ファイバー「のみ」をサポートしていた。これは配線を細く軽量にできるほか、ノイズ対策などにも有効ということであったのだが、その一方で配線しにくい(曲げ半径が電線に比べて遥かに大きいうえ、1度折れると交換するしかない)とか高価(プラスチックの光ファイバーそのものは安価なのだが、これと機器を繋ぐジョイント部が、きちんと精度を出さないとそもそも信号の送受信ができなくなる関係で、どうしても高くつく)などの問題があった。

 こうしたこともあって、いまいち普及するまでの歩みは遅かったのだが、MOST50以降は撚り対線(2本の電線を撚っただけのもの)での接続もサポートするようになった関係で大幅にコストも下がり、MOST50あたりから本格的に普及に弾みがつくようになった。

 最新のMOST150では、100MbpsのEthernetとの相互接続をサポートした関係で、例えば携帯回線などを使ってのインターネット接続などを簡単にMOST BUSに取り込めるようになったのが大きな特徴である。また転送速度も大幅に上がったので、最近のハイエンドナビゲーションシステムとかDrive Information Systemなどに要求される複雑な画面表示や3D描画などのデータを流しても十分持つ、というのがMOSTCOの見解である。

 ちなみにMOSTCOは現在のMOST150に続く次世代の規格を策定中であるが、こちらは目標として

  • Gbpsオーダーの帯域の確保
  • QoS(帯域制御)機能を強化し、例えばPCM AudioとかMPEG映像などに必要な帯域をアプリケーション別に確保する
  • IPパケット処理能力の強化
  • リアルタイム制御性の付加

といった事柄を挙げている。

 IPパケット処理というのは、要するに今後はどんどん車内の機器がインターネット接続を前提にすることを踏まえ、より高速かつ低遅延でEthernet経由の通信を取り扱えるようにするという意味である。

 実はこのマーケットでは、EthernetそのものをMOST BUSの代わりに使おうという機運が高まっている。実際にいくつかのベンダーはサラウンドビューのカメラ接続にEthernetを使い始めており、こうした事への対抗策として、最低でも1Gbps以上の帯域を確保する方向で仕様策定を進めているようだ。ただ2007年に策定の済んだMOST150が、やっと今年実車に搭載されるというくらいに開発スパンが長い分野だけに、当面はMOST150を使った機器が増えてゆくことになり、その次の世代がどうなるか? という議論が本格化するのは2014年とか2015年以降になるであろう。

カーエレWatch バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/cew/


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2012年 6月 6日