大原雄介のカーエレWatch
Active Safety(3)
(2013/1/9 00:00)
前回まではカメラベースの検知方法を説明してきたが、検出方式にはもう1つある。それが今回ご紹介するレーダー方式である。
さすがに読者の皆様も、レーダーが何かはご存知かと思う。簡単に言えば、ある特定の周波数で電波を発信する。ここで、電波の到達範囲内に何も物体がないと、電波はそのまま拡散してしまうので何も戻ってこない(図1)。ところが一定距離内に物体があると、その表面で跳ね返った電波が再び戻ってくる(図2)。これを受信することで、前方に「何かがある」事が検知できるというものだ。
ただ、「何かがある」だけでは余りに能が無い。そこでもうちょっと細工を凝らしている。例えば図3のように、送信波を連続させるのではなく、パルス状のものにする。で、信号を送り出したら即座に受信に切り替えて反射してくる電波を受信するわけだが、この際に送信してから受信するまでの時間を計ることで、「何か」までの距離が測定できることになる。
電波は光と同じく、概ね秒速30万kmの速度で伝播する。30万kmというと結構すごい速度ではあるのだが、例えば1ms(1000分の1秒)なら300km、1μs(100万分の1秒)なら300m程度しか到達できない。だから、もし送信波と受信波の間に1μsの経過時間の差があったとすれば、実際にはその「何か」は150m先にあることが分かる。300mではなく150mなのは、電波が行って返ってくるという、つまり往復の道程が300mという話なので、距離としては半分の150mになるわけだ。実際にはもう少し短く、10ns台での経過時間を測定することで、1m単位の距離測定が可能になる。
また、連続して測定をすることで、速度も検出できる。例えば連続して4回の送信を行い、その際の時間経過をt1~t4として検出する。もし対象物が自分と離れつつある場合は、図4のように時間経過が次第に大きくなってゆく筈だ。逆に、もし近づきつつあれば、経過時間は次第に短くなってゆく。ここから相対的な移動速度を算出できるので、それに自分の移動速度を加味してやれば、対象物の移動速度が分かるという次第だ。
以上が非常に初歩のレーダーの原理である。が、実はこのままでは到底、車への搭載なんぞ不可能である。そもそもこの原理に基いたレーダーが利用されていたのは第2次世界大戦の真っ最中の話である。何が難しいか?というと、このやり方だと「距離が分かっても角度が分からない」からである。
図1とか図2では、電波がストレートに行って返ってくるという図を示したが、実際には電波は音と同じで、全方位に拡散する。なので、信号の強度は到達距離の2乗に比例して衰弱する。
先に「電波の到達距離」と書いたが、これは正確には正しくない。電波は理論上無限に広がってゆくからだ。ただしその信号強度は猛烈に下がってゆく。この結果として、ある程度の距離になると、「何か」があって、その表面で反射した電波が戻ってきても、送信→反射→受信の過程で信号が十分に減衰してしまい、もはや受信してもそれが戻ってきた電波と認識できない(自然界のノイズのレベル以下まで減衰してしまい、区別できない)という状況になる。
先に「到達距離」と書いたのは、「反射した電波を受信して、明確にノイズと区別して認識できる」距離のことである。で、この到達距離を伸ばすためにはどうするか? と言うと、送信する信号をなるべく絞り込めばよい。図5、図6は3次元的な広がりはとりあえず無視して2次元的に描いたものだが、要するに図5のような無指向性アンテナだと、あっというまに電波が拡散してしまって一気に信号レベルが落ちる。
そこで図6のように、もっと指向性を持ったアンテナを使って送信する電波を絞り込むことで、到達距離を長くすることができるようになる。別にこれは珍しいものではなく、TVなどに以前から広く使われてきた八木アンテナも、この電波を絞り込むための細工である。あるいは衛星放送を受信するためのパラボナアンテナもこの類である。
これがなんで不都合かというと、「アンテナの正面しか検出できない」ことだ。例えば図7のように、アンテナの真正面以外にもいろいろ物体があっても、アンテナからの電波が絞り込まれてしまうと、検出できるのは「何か2」だけで、「何か1」「何か3」は検出できないことになる。
これを解決するために、第2次世界大戦当時やその後しばらく(一部の用途では現在も)使われている解決策が「アンテナを振り回す」である。要するに指向性を絞っておいて、そのアンテナを図8のように回転させれば、「何か1」~「何か3」まで全ての物体を検出できる。
もちろん、事前に「この角度に何かがある」なんて事は分からない、アンテナは機械的に回転させている。車などにもし搭載するなら左右への首振り運動になるだろうし、空港などで現在も利用されている2次監視レーダー(SSR:Secondary Surveillance Rader)とか、一部の軍用艦船や軍用車両、軍用機など全周警戒が必要なケースでは、回転運動のものが利用されている。
こうした方法だと当然1度に監視できる領域は1つの角度方向しかないので、なるべく全体を見逃さないようにアンテナを結構なスピードで動かし続ける必要がある。これが割と馬鹿にならないというか、結構大変な処理である。車載でこれをやるとなると、このアンテナを動かすのに必要なモーターの電力だけで馬鹿にならないし、機械的に頑丈でないと長期間の利用に耐えないから価格も高くならざるを得ない。こんなものは当然搭載できないわけだ。
これが民間用の車両に搭載されるほど小型化、低価格化と低消費電力化を実現するに当たっては、さらに2種類の技術、それと半導体製造技術の進化が必要となった。まず最初に利用された技術がドップラーレーダー技術である。
ドップラー効果という言葉を覚えておられる方はまだ多いだろう。例えば救急車でもパトカーでもいいが、自分に向かって近づいてくるときにはサイレンの音が高く聞こえ、自分を通り越した後は急に音が低くなる現象だ。このドップラー効果、音の場合には式1のようになっている。
例えばサイレンが1000Hzで鳴っているとする。判りやすくするため自分の速度を0(静止している)、音源(パトカー)の速度を10m/s(36km/h)にしよう。音速は340m/sだ。さて、パトカーが近づいてくるときに、聞こえる周波数は式2のように1030Hzになる。逆に遠ざかる場合は式3のように971Hzほどになる。
これは逆に言えば、音源の周波数が正確に判っていれば、音の周波数を正確に観測することで、自分との相対速度(どの位の速度で接近しているもしくは離れている)かが分かることになる。
この仕組みをレーダーに応用したのがパルスドップラーレーダーである。やっぱり図3のようにレーダー電波をパルス状に送り出し、その反射波を取り込む事に変わりはないのだが、その際に経過時間とあわせて周波数のずれも測定する。
先程までは周波数の話はあまりしなかったが、普通、信号を発生する場合、中心周波数(例えば1GHzなら1GHz)の周囲にスロープ上に広がる形で信号が発生している。さて、相手が相対的に停止している(自分と距離が変わらない)場合、図9のように中心周波数は一致する。ところが相手が相対的に動いている場合、図10のように送信と受信で中心周波数がずれることになる。このずれを測定すれば、相手の動く速度が判ることになる。
ただここで問題なのは、動く速度の大きさである。例えば自分が60km/h、目の前の車が50km/hで走っているとしよう。この場合、相対速度は10km/h、秒速にすると2.7m/sec程度になる。一方電波は秒速30万kmであるから、式1のVに300000000、V0に0、Vsには2.7を入れることになる。300000000÷(300000000-2.7)=1.000000009000000081000000729...ということになって、余りに差が小さいのでこれの検出は非常に難しいということになる。そこで、こうしたドップラーレーダーでは非常に高い周波数の電波を使う。例えば10GHzの電波を使うと、ドップラー変化によって周波数は
100000000000×1.000000009=10000000090
となり、90Hzほど変動が見られることになる。90Hzの差があれば、その差を検出するのは比較的現実的な訳だ。実際には車載用レーダーには24GHzあるいは77GHz~81Gzといった周波数の電波を使っており、これらを使うと周波数の差は216Hz~729Hzとさらに大きくなるため、検出は一層容易になる。
このドップラーレーダーは何が便利になるか? というと、例えば道路脇の建築物などを無視するのが簡単になる。例えば高速道路で目の前に車が居ないという状態を考えると、自分のまん前は基本的に反射波が返ってこない、つまり障害物が認識できない状態である。ところが路側帯の脇にはガードレールや標識などが多数並んでいるわけで、これが例えば100km/hで走行していれば、あたかも100km/hで自分に向かってきていると観測されるわけだ。ところがドップラーレーダーの場合は速度が観測できるから、自分の速度と同じものを早いタイミングで除去することが出来る。例えば100km/hならば、10GHzの電波を使った場合で
100000000000×300000000÷(300000000-27.7)=10000000923
となるので、この923Hzの差を持った電波は受信の際に全部無視してしまえば、余分な処理は行わずに済むというわけだ。
勿論これをそのまま全ての電波に行うと、例えば路上にある故障車両を認識しても無視してしまうので、自分の進路方向とその周囲を分けて認識することになる。具体的には図11のような仕組みで、場所によって扱いを分ける訳だ。
さて、このドップラーレーダーを使っても、アンテナ振り回し問題は全く解決しない。これを解決するためにはフェーズドアレイと呼ばれる技術がさらに採用されたのだが、そろそろ長くなりすぎたのでこれは次回に廻したい。