2009年型のF1はこう変わった(パート1)

 今年のF1がいよいよ本格稼働しはじめた。フェラーリ、トヨタ、マクラーレン、ウィリアムズ、ルノー、BMWザウバーは1月中にあいついで新車を発表。レッドブルは2月に入って新車を発表した。どのチームも発表直後からテストに入ったのだが、1月のテストはポルトガルのアルガルベもイタリアのムジェロも雨ばかりで、ドライコンディションでの走行ができなかった。

新車勢好調のヘレス、バーレーンではKERSも登場

 2月はスペインのヘレス(10~13日)、中東のバーレーン(10~13日、16~19日)で行なわれ、やっとドライコンディションでの走行が可能になった。ただし、バーレーンは11日と12日の2日間は、砂嵐で走行できなかった。

 ヘレスには、マクラーレン、ルノー、ウィリアムズ、レッドブル、トロロッソが参加し、レッドブルも初日に新型マシン「RB5」を現地でお披露目して、そのままテストに合流した。

 トロロッソは昨年型マシンを持ち込み連日トップタイムだったが、セバスチャン・ブエミとセバスチャン・ブルデーの慣熟走行に徹していた。

 新車勢ではマクラーレンが優勢だったが、初日にはレッドブルのセヴァスチャン・ベッテルがRB5で1分22秒177の09年車トップタイムを出した。

 ウィリアムズも新車のFW31で好タイムを連発。2日目には中嶋一貴がロングランを行なうなど、順調な仕上がりぶりをみせていた。

 ルノーは3日目からフェルナンド・アロンソが担当し、4日目には1分19秒846を叩き出した。この日、ルイス・ハミルトン(マクラーレン)が1分19秒632を出していたが、これは2009年型のMP4-24に2008年用の大型リヤウイング(2009年では違反)を着けていたので、アロンソが純粋な2009年車での最速だった。アロンソも「操縦が楽になった」とマシンの素性がよいことを確認した。

 バーレーンには、フェラーリ、BMWザウバー、トヨタと、ファクトリーをヨーロッパ大陸に置くメーカー系チームが集まった。2日間砂嵐で走れない日はあったが、「ドライでF60に乗るのは初めてだが、とてもよかった」とキミ・ライコネン(フェラーリ)が言うように、各チームとも十分な走り込みができた。

 3チームのタイムはかなり接近し、フェラーリがやや優勢だったが、トヨタのティモ・グロックが10日と18日にトップタイムを叩き出し、トヨタ TF109の戦闘力がかなり高いことも示していた。

 テストでは、KERS(運動エネルギー回生システム)を試すところも多く、イタリアの電装メーカーのマニエッティ・マレリとの共同開発が遅れていたフェラーリとルノーも、好感触だったという。それまではKERSについて、フェラーリは「コストがかさむ」、ルノーは「危険である」として否定的なコメントを連発していたのだが、2月のテスト以後ネガティヴなコメントはトーンダウン気味だ。

オーバーテイクを増やすためのレギュレーション変更
 2009年のF1マシンは、昨年と比べて大きく形が変わった。これは、ピットストップ戦略で順位が変わるのではなく、コース上でのバトルと追い抜きを増やしてレースをよりエキサイティングなものに戻そうという理由によるもの。そして、この形は、すべて科学的な実験にもとづいたものだった。

 昨年までのF1マシンは、前の車両に接近すると、前の車両が起こした乱気流に巻き込まれて、安定を失ってしまった。2隻の船が航行しているときに、前の船が起こした航跡(波)で後ろの船が揺さぶられてしまうのと同じだ。このせいで、後続の車両は安定を乱されて、追い抜きがしにくかった。

 F1のルールを統括するFIA(国際自動車連盟)は、コース上で白熱したバトルと追い抜きがF1でできるように戻すにはどうしたらよいかを考えるために「オーバーテイク・ワーキング・グループ」(OWG)という、専門家による部会を設立した。そのメンバーは、空力の鬼才と呼ばれたフェラーリのロリー・バーン、マクラーレンのパディ・ロウ、ルノーのパット・シモンズ、ティレル時代にハイノーズやアンヘドラルウイングなどでF1の空力に大きな進歩をもたらした現フォンドメタル風洞のジャンクロード・ミジョー。

 この4人は、フェラーリのF2004の50%模型(実車の2分の1スケール)をイタリアのフォンドメタルの風洞に持ち込み、実験を繰り返した。結果、2008年までのF1マシンでは、2台が前後に並ぶと後続車は接近も追い抜きもほぼ不可能になることが実証された。

 そこで、OWTは空力による安定を得ることを減らし、自動車本来のサスペンションとタイヤによるグリップ力(路面を捉える力)を増すことを提唱。これを具現化したのが今年のF1マシンの寸法と形になった。

可変フロントウィングを採用
 まず目につくのは、車体幅いっぱいの1800mmまで広がったフロントウイングだ。これで、前の車両からの乱気流を受けても安定性が大きく落ちないようにしている。昨年までのフロントウイングは性能が高すぎて、乱気流に敏感に反応してしまっていた。そこで、今年のフロントウイングは幅を広げて、ダウンフォース(下向きの力)を稼ぐ一方、中央の部分は幅500mmにわたって直線型の翼で、あまり効果が出ない=乱気流に敏感に反応しない形にされている。

 さらにこのフロントウイングのフラップは、左右1枚ずつまで、走行中に角度を変えられるようにした。これまで、F1や大部分のレースではウイング類など空力に影響する部品は「強固に固定され、可動であってはならない」とされてきた。これは、1960年代末にウイングが出てきたときに、可動構造としていた部分から壊れて危険だったことを受けた措置だった。長年の禁を破った今年のF1のレギュレーションは画期的だ。

 このフラップは、最大6度まで、1周につき2回まで変更可能と規定されている。あわせて、この角度変更はドライバーだけが行い、自動調整は不可とされている。

 フラップが可動となったことで、後続車のドライバーは、前の車両に接近してダウンフォースが減ったと感じたときフラップを立て、ダウンフォースを増して、安定を確保できるようになった。これで、追い抜きにも持ち込みやすくなる。逆に、前を行く車両(あるいは追い抜いて前に出た車両)は逃げ切るために、ストレートでフラップを寝かせればスピードが上がり、優位を保つための武器にもなる。

 フロントウイングが車体幅いっぱいに広がったことで、翼端板も変化したが。昨年までは、翼端板の後ろ端がフロントタイヤの内側に向うものばかりだった。翼を離れた気流がフロントタイヤの内側に流れるようにすると、フロントタイヤの向きが変わってもタイヤによる気流への干渉が減る。これによってダウンフォース発生量の変化を小さくしていた。

 ところが、今年は大部分のチームがフロントウイングの幅を規定いっぱいにまで広げてダウンフォースを稼ごうとし、フロントウイングとタイヤのとの距離を開けることで、ダウンフォース量への干渉を減らそうとしている。そして翼端板は、気流をフロントタイヤの外側に飛ばすようにしている。だが、ルノーだけは昨年同様に、翼端板の後ろ端をフロントタイヤの内側に導いている。

車体全体で空力が変わる
 車体の周囲を流れる気流は、車体の前から後ろに向かって流れることになる。流れの上流にあたるフロントウイングが大きく変わったことで、その後ろの車体も大きく変わった。

 昨年まではフロントウイングとの路面との距離が離れていたため、ウイングの下を流れてきた気流を車体下面に導き、車体下面でダウンフォースを発生するために利用していた。ところが、今年のフロントウイングは高さが昨年の半分になったため、ウイングの下と路面との間を流れてくる気流が減った。そこで、ウイングの上とノーズの下を流れる気流を、車体下面に導こうとしている。これが、ノーズ下(ドライバーの足が入るあたり)がアーチ状に高くなり、路面との距離が広がったマシンが多くなった理由だ。

 ノーズからの気流を車体下面に導く方法も、今年は難しくなった。昨年までは、フロントサスペンション周辺や、コクピットの両脇にディフレクターやバージボードといった装置を付けていた。これで、整った気流を車体下面により多く導き、フロントウイングやタイヤで乱された気流は車体の外側に飛ばしていた。ところが、今年はこうしたディフレクターやバージボードの設置禁止エリアが広くなり、装着できても、小さなものをわずかにとなってしまった。

 このディフレクターやバージボードとあわせて、フロントタイヤからリアタイヤの間には一切の翼が禁止された。また、排熱用としながら実態は気流制御用だったチムニー(サイドポンツーン上の垂直フィンのような装置)も禁止された。これらは車両の安定性を向上させても、乱気流が激しく発生し、後続車の接近をより難しくする要因になることが、OWGの実験で確かめられたからだ。

 一方、チムニーが禁止され、サイドポンツーン上の排気口や排熱口にも大幅な制限が加えられたことで、エンジンの冷却への注意も必要になり、マクラーレンやルノーは排熱対策を考慮した形のサイドポンツーンにしてきた。

 リアウイングも乱気流発生の主役的存在であるため、実験の結果、2009年規定では大きく寸法が変えられた。翼幅は1000mmから750mmに狭められた。だがこれではダウンフォース発生量が大きく減ってしまい、リアの安定性が大きく損なわれるため、高さを150mm高めることでダウンフォース発生量を少し回復している。また、リアウイングを高くしたことで、上側の翼と下側の翼との間隔が広がって整った気流が後方に流れやすくなり、後方への乱気流をより弱くできると言う。

 FIAは、2009年型F1マシンのダウンフォース発生量を2008年型マシンの半分にしようとした。これで、これまで述べてきたように、乱気流の影響を受けやすい上に自身が乱気流の発生源でもあるウイング類が、大幅な規制を受けた。

 一方、車体下面で発生するダウンフォースについては車体後部のディフューザーの形状を変えたものの、若干の規制程度にとどめている。それは、車体下面と路面との間でダウンフォースを発生するグラウンドエフェクトは接近戦での乱気流の影響を受けにくいことが分かっていたからだ。これは、インディカーやGP2でのバトルでも実証されている。

 2009年型F1のディフューザーは、Super GTのもののような形にされたが、それでもレギュレーションの条文に法の網目ができてしまい、ウィリアムズ、トヨタはたくみにダウンフォースを増やす形を見つけ出している。また、レッドブルはリヤウイングの翼端板を大型化して車体の下まで延ばすことで、ディフューザーを延長(効果を増)したような形にしている。

KERSの投入には慎重
 このほかエンジンについては、ドライバー1人あたり年間8基までと制限され、その制限には金曜日のフリー走行も含まれることになった。そのため、エンジンの使用方法に工夫が必要になるだろう。この規定でエンジンはより耐久性が必要となるため、最高回転数を1000回転落として、毎分1万8000回転までと改められた。

 KERS(運動エネルギー回生システム)は、搭載を推奨されている。これは、ブレーキング時の運動エネルギーを蓄え、それを加速のパワーに利用するもの。簡単に言えば、市販車のハイブリッドシステムと同じ原理。ただし、F1用ではより軽量で、効率の高いものが必要とされる。この開発が成功すれば、より小型軽量なハイブリッド装置開発につながり、より高性能で、より環境にもよいハイブリッド車実現につながるはずだ。

 現状のルールでは、ブレーキングで蓄えたエネルギーは、1周につき約80馬力を、約6秒間使えることになる。これで、追い抜きの際のパワーブーストに使えるし、追い抜きを阻止するためにも使える。これはドライバーにとってバトルの駆け引きカードが増えることになる。しかし、あせってコーナーリングが終わらないうちに使用すると、ホイールスピンから車体のスピンへ陥る可能性も含んでいる。いずれにせよ、展開に刺激を加えることになる。

 ちなみに、このKERSの1周あたりの使用制限もウイングの角度変更制限も、昨年から導入された共通ECU(エンジン制御ユニット)を通して行なわれる。これによって、違反がないか簡単にチェックできるからだ。昨年の共通ECU導入には、当初からこうした違反チェックと平等なルール適用の目的も含まれていた。

 しかし、KERSは重量が50kgほどあると言われ、これを搭載すると、重量配分が後ろ寄りとなってしまうことから、タイヤの性能を引き出しにくくなるとして、あまり好まれていない。そのため開幕からKERSを搭載するチームは少ないと見られ、コース特性を見ながら、KERSの効果がありそうなところを選んでの投入になるようだ。

 これが、今年のF1マシンの傾向だ。フェラーリ、トヨタ、マクラーレン、ウィリアムズ、ルノー、レッドブルと、発表された新型マシンは、今までよりもはるかに個性的な形を採用してきている。それは、1983年に車体下面を平らにするようにとしたフラットボトム規定導入のとき以来のバリエーションの広がりぶりだ。

 各マシンについては、パート2で、より詳しく見ていくことにしたい。

URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/

(Text:小倉茂徳)
2009年2月24日