【連載】橋本洋平の「GAZOO Racing 86/BRZ Race」奮闘記

第3回:“心の折れたオッサン”、鈴鹿で痛恨のガス欠リタイヤ

 すでにお気づきになっている方が何人かいらっしゃるかもしれないが、ワタクシ橋本洋平、第4戦以降の86/BRZレースから一時撤退を余儀なくされている。岡山大会、十勝大会が終了し、チャンピオンも山野直也選手が獲得したというニュースがあるにも関わらず、周回遅れ的なリポートをお送りしていることをここにお詫びいたします。

 その訳は84回払いのカーローンが滞ってクルマを差し押さえられたとか、参戦費用が続かなくなったという話ではなく、はたまた全損クラッシュしてしまったというわけでもなく、最大の要因は心がポッキリ折れてしまったからである。ここでは翼の折れたエンジェルならぬ、“心の折れたオッサン”の言い訳をお聞きください。

8月17日に鈴鹿サーキットで行われた「GAZOO Racing 86/BRZ Race」。周回遅れ的なリポートになってしまい、申し訳ありません
山野直也選手と談笑の図。ちなみに第5戦十勝で優勝した山野選手はみごとシリーズチャンピオンに輝いたのでした
トップを快走する山野選手(P.MU RACING 86)

メカニックからドライバーまでこなしたのが運の尽き?

メカニックからドライバーまで全部1人でやってみよう! と頑張ったのが間違いの始まりだったのでした

 コトの発端は第3戦が行われた鈴鹿サーキットでのレースだった。結論から先に言ってしまうと、決勝レース前にガソリンを入れ忘れ、“ガス欠リタイヤ”という前代未聞のポカミスをやらかしてしまったのだ。当然の話ではあるが、どんなに燃費がよくなろうとも、例えEVになろうとも、エネルギー源がなければ走らないのがクルマというもの。巷では燃費がよくなりすぎたが故、道路上でガス欠をするドライバーがいるらしいが、こちとらレースである。全開で走れば4km/L台というクルマのドライバーなのだからして、ガソリンを入れ忘れるなんざ言語道断。も~しオレがヒーローだったら~、ガソリン入れ忘れなんてしないのに~♪……スミマセン、そろそろ中村あゆみから離れます。

 今から考えてみれば無謀だったかもしれない。今回はいつもサポートしていただく群馬県のGスパイスがお盆休みのために参戦せずということだったので、メカニックからドライバーまで全部1人でやってみよう! という変な企画を思いついたのだ。助けを呼ばずどこまでイケるのか? Mなワタクシには打ってつけの内容である。

 油圧ジャッキやら工具やらオイルやらアライメント計測セットやら(糸とカラーだけですがね)を満載にした我が86は、言ってみれば走れるJAFサービスカー。作業をせずして満足感が得られるこの感覚は一体何だろうか? だが、ものを揃えて満足しただけでなく、練習走行後にはオイル交換もキッチリ行ったし、コースアウトして若干狂ったアライメントも修正することができた(コースアウトしないのが一番ですけどね!)。

 おまけにその内容を徹夜明けでやってのけたのだ。練習走行8時間前に自宅を出発し、夜通しかけて鈴鹿に乗り込み、仮眠をとって練習走行し、それから整備! かなりハードなスケジュールだったが、走っているだけでは得られない充実感が得られたことも事実。クルマいじりも面白いですからね。自己満足この上なしですけれど……。

 こうしてすべてが順調に進んでいた練習日とは異なり、レース当日は波乱だらけだった。予選ではタイムアタック中、逆バンクコーナーを脱出した後のシフトアップ時に、レブリミッターがいつもよりも500rpmも低いところで突然介入してしまったのだ。実はその区間、上り勾配がきつくなるところで、そこでのエンジン回転ドロップはかなりのタイムダウンになってしまう。

走行中に突如我が「86Racing」。レブリミッターがいつもよりも500rpmも低いところで介入。一体なぜ?

 ならばもう一度アタックをし直せばいいのでは? と考える人もいるだろう。だが、そうはいかない。我が愛車が装着しているポテンザ「RE-11A 2.0」の新品タイヤは、アタック1周目がすこぶる速く、その後は徐々にタイムダウンしてしまう。また、クルマもヒートアップしてくるとタイムが出にくいこともあり、多くの参加者はアタック1ラップ目にタイムを刻んでくるものなのだ。結果は残念ながら9位。前日の練習走行では3番時計をマークしていただけに悔やまれて仕方がなかった。

 クルマ側のトラブルで予想よりも順位が落ちてしまうと、気分は腐りやる気はなくなるのが人情ってもの。「酒だ酒だ! 酒持ってこい!」と、ヤケ酒かっくらって布団に潜ってしまいたいくらいである。だが、今回のレースは土曜日に予選と決勝を行う1DAYレース。そんなノンビリとしたことを言っている場合ではない。

 何故レブリミットがいきなり500rpmも下がってしまったのか? たった1回の制御だったとは言え、このままでは不気味だし、決勝レース中にそんな制御が介入したら、後続から追突される危険性だってあるかもしれない。何としても問題を打破せねば。

多くの参加者がアタック1ラップ目にタイムを刻んでくるわけだが、今回はそれに失敗してしまったのでした

レブリミットが500rpm下がった謎

TRDとSTIのサポートメカニックに今回の件を相談してみた

 そこでTRD(トヨタテクノクラフト)とSTI(スバルテクニカインターナショナル)のサポートメカニックさんに泣きついてみた。いつもならコンピュータに不正がないかなどを毎回チェックする方々。そんなプロ集団からの返事は「何台かの車両でそんな事例がありますね。コンピュータの診断かけてみましょう」とのこと。これは頼りになりそうだ。

 診断機による結果は「ステアリング舵角センサー異常があったという履歴が残っていますね。そのセンサー自体に異常があるとは考えにくいんですが……」。結果として本当の原因はココでは分からなかった。ひとまずコンピュータの履歴をリセットしてもらうことに。

サポートメカニックさんいわく、「ステアリング舵角センサー異常があった」との履歴が残っていたそうだが、本当の原因はココでは分からなかったので、ひとまずコンピュータの履歴をリセットすることに

 その作業途中、たまたま通りかかったBOMEXチームの伊坂社長が「どうしたんですか?」と声をかけてくれた。事情を説明すると、「ウチのもそれが介入して大変だったんですよ。アライメントが狂っているとそうなることがあるから、ウチの計測器で見てあげますよ」というありがたいお言葉が。……アライメント? たしか前日に自分でイジったよーな。ひょっとしてそれが原因? BOMEXチームのテントに収められた我が86は、素早くジャッキアップされ、きちんとした計測器がセットされて行く。糸とカラーと定規でチマチマ計測していた体制とはエライ違いである。やっぱり本職のメカニックさんって凄い! ありがとうございました!

 だが、そこで得られたアライメント数値は、昨日僕が作業したデータとピッタリ! やればできるもんだとまたもや自己満足してしまったが、果たしてこれでよいのだろうか……。ハッキリ言って根本的な解決ができていない。

BOMEXチームの伊坂社長が助け舟を出してくれた。伊坂社長、ありがとうございました!

 その後も情報収集を続けてみると、どうやら足まわりのセッティングや縁石の乗り方にも問題があるという話がチラホラ。そして縁石にリアタイヤが乗って荷重が抜けた際にスロットル全開状態になっていると、クルマ側が危険だと判断してレブリミッターを一時的に落としてしまうのではないかという噂が。イケイケのドライビング、そして鈴鹿のレイアウトを考えてスプリングのプリロードを以前より多くかけたことが裏目に出たか?

 こうしてバタバタとした半日が過ぎ、遂に運命の決勝の時間が迫ってきた。急いでレーシングスーツに着替え、クルマに乗り込む。いよいよレース本番だ。何とかギリギリのタイミングでコースインすることができた。

 ……が、しかしである。グリットに並ぶためにピットを後にしようとしたその時、ガソリン計の針が下のほうにあることに気づいたのだ。だが、そこで分かっても後の祭り。グリッド上で給油することなどできやしない。グリッド上に応援にきてくれた友人に「すまん、ガソリン入れ忘れた。きっとゴールまではもたない」と告白したのでありました。

給油をし忘れたことを友人に告白。スタート前から心ここにあらずであったのでした

参戦体制を立て直し

 そこで吹っ切れたのか、レースはスタートから冷静そのもの。いつもなら鼻息荒く走り過ぎ、ミスを連発することもあるのだが、この時ばかりはまわりがそうなっていることを俯瞰で見られる余裕があるほどである。前方車両がミスったところをスッと突き、気づけば6番手まで順位を上げることに成功。心配していたレブリミットが低くなる問題も、縁石に乗らずにスムーズに走ってみたら何も起こることはなかった。最後のわるあがきとしてコーナー手前では早めのスロットルオフを心掛け、燃費走行にも徹してみた(笑)。

 順調にポジションアップができたのは、もちろんガソリン搭載量が少ないという有利な面はあったのだと思う。けれども、レースというものがいかに冷静にドライビングする必要があるかを学ぶいい経験になった。レースとかバトルと言うと、どうしても力が入りがち。そうではなく、平常心でドライビングをすれば速さを手にすることができるということを改めて体感できたのである。

 本当ならここで原稿を終わらせたいところだが、やはり肝心のガス欠シーンをお伝えせねば、ですよね? 結果はラスト3ラップちょっとという130R手前の直線で一瞬失速。無理して走っても迷惑だろうから、安全なところに止めてTHE ENDとなりました。予選を早めに切り上げておけば、ひょっとしたらゴールできたかもなぁ。

今回の鈴鹿では、レースというものがいかに冷静にドライビングする必要があるかを学ぶいい経験になった

 教訓! ドラとメカはいけるけど、監督までは無理でした。

 いつになるかは未定ですが、折れた心と参戦体制を立て直し、必ずやサーキットに帰ってきたいと思います。その際は応援よろしくお願いします!

男・橋本、愛車を前に何を思う?

Photo:奥川浩彦

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は18年落ちの日産R32スカイラインGT-R Vスペックとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。