【連載】橋本洋平の「GAZOO Racing 86/BRZ Race」奮闘記

第24回:レース直前にまさかのミッションブロー! 第3戦は「谷の回」

 悲願の初優勝を果たした前回の岡山でのレース。この調子で連勝街道まっしぐら!と行きたいと、メカニックと共に次戦の菅生へ向けた打ち合わせはノリノリで始まった。トラブルが発生しやすいとされているインジェクターシールの交換を決意。ミッションオーバーホールやクラッチの交換もやろうかという話も持ち上がったが、半年前にやったばかりだし、コストと時間もかかるしということで今回は見送ることにした。だが、それが運命の分かれ道。開幕戦は燃料ポンプトラブル、第2戦は優勝と、まさに山あり谷ありのジェットコースター的戦績を残している今シーズンだが、結論を言ってしまえば今回の第3戦・菅生ラウンドはハッキリ言って谷の回である。

 今回のGAZOO Racing 86/BRZ Raceは、スーパー耐久レースの前座という扱いだったため、いつもどおりの練習走行時間が与えられず、レースウイークの金曜日は走行が30分×1本だけ(いつもは2本走れる)というタイトなスケジュール。地元でもないサーキットでそれだけの時間しか走行できないのは痛すぎるということで、今回は木曜日にサーキット入りし、30分×2本の走行枠を目指し、徹夜で高速道路を走ってなんとかスポーツランド菅生へと辿り着いたのだった。

第3戦は練習走行が少ないということで、木曜日からサーキット入りして走り込むという作戦。パドックスペースで走行の準備を整え、ブリヂストンのスタッフともタイヤについてミーティング。目指すは連勝街道!だったのだが……

 久々の菅生は快晴。絶好の練習日和といった感じである。これならセッティングも探し出せるし、なにより身体だってサーキットに合わせることが可能だろう。眠気やダルさはあるが、目指すは連勝街道。やる気にみなぎるテストの開始である。だが、自走してきたことで86にもダルさが残っていたのだろうか? 走り始めて1周ちょっとで、なんとミッションブロー。それもアタックを始める前のスロー走行中にそのトラブルが発生したのだ。症状としては3速から4速へとシフトアップするとき、シフトレバーが途中で引っ掛かって2度と抜けないという状態。トランスミッションからのジャーというイヤな音を聞きながら、ユルユルとクルマをエスケープゾーンにそっと止めた。

「これでTHE ENDか?」。ライバルが次々にアタックを始めている状況をコース外から見ながら、そんなことを考えていた。かなりの脱力感、そしてなにもできない無力感が襲ってくる。走行3万8000kmのガタガタな戦闘機にムチを打てば、これも当然の結果だろう。やはりミッションオーバーホールに踏み切っていれば……。そんな後悔もあった。

 しかし、けん引されてパドックに戻ったときには感情は一気に逆に振れていた。「こんなところで終わってたまるか!」と、トランスミッション探しを開始。考えてみれば、トランスミッションを修理しなければ帰宅することさえままならないのだ。そこでまずはTRDのサービストラックを訪ねてみる。だが、ここには新品ミッションの在庫ナシ。そこまで大きなトラブルには対応していないというのだ。

予選前日に半ばやけくそでの緊急リフレッシュ

 そんなとき、ライバルチームから「ウチのスペアミッションを使ってもいいよ」と声をかけて頂いた。それに甘えてしまおうかとも思ったが、よくよく考えてみれば、それはあくまでライバルのスペア。もしも先方に同じトラブルが発生したときに、こちらが使ってしまっていては申し訳なさすぎる。

 ちなみに、きちんとしたチームは今回のようなトラブルに備えてスペアミッションを持ち込むのが当然だそうだ。トランスミッションの耐久時間は、シビアに見ればプロクラスのクルマで8時間、クラブマンクラスのクルマでも10時間もスポーツ走行すればトラブルが出て当然だという。今年になってから機械式LSDが解禁になり、駆動力が逃げない現在の86では駆動系にストレスがたまるということなのだろう。

 次なる方法は近隣のディーラーに電話してみることだった。すると、サーキットからクルマで40分の位置にあるディーラーから「明日の14時には入荷できますよ」との連絡が。新品ミッションはおよそ30万円だが、間髪入れずにオーダーしている自分がいた。そしてこれ以上のトラブルはもうごめんだと、TRDのサービストラックでクラッチとクラッチカバーを発注。半ばやけくそでのリフレッシュ開始である。

 そこからはメカニックが奮闘してくれて、木曜日の午後イチにはトランスミッションがクルマから降ろされていた。これで新品ミッションを持ってくれば、なんとか翌日にトランスミッションを載せることができる。急げば金曜午後の練習走行枠で走ることができるかもしれない。そのわずかな可能性に備えてすべての体制を整えた。

メカニックの奮闘により、トラブル発生から数時間後には降ろされていた86のトランスミッション。これは2015年9月の第7戦の前にハウジング交換までしてオーバーホールしたものだったが、スポーツ走行ではクラブマンクラスでも10時間ほどでトラブルが出始めるという
サーキット近くのディーラーで手に入れてきた新品ミッション。エルグランドの広大な車内スペースには楽々入るが、出し入れは大人2人でも重労働。これだけの金属の塊なんですからさもありなんです
中身をチェックして、さっそく交換作業開始。金曜午後の練習走行に間に合うか!?

 練習走行の終了5分前。あと少しで作業が終わるかというところで、僕はすでにドライバーズシートに収まっていた。少しでも走りたい。そう思いながらメカニックの作業完了を待っていた。リジットラックを外してクルマが着地。いよいよコースへと向かうが……。ピットレーンの出口にある信号は赤。ギリギリ間に合わせることが出来なかった。

 こうして、第3戦はぶっつけ本番で予選を迎えることになった。練習代わりに何度も見返した2015年の車載映像を思い出しながらアタックを開始。だが、セッティングもままならず、身体もコースに慣れず、さらには新品でまだまだシブさが残るトランスミッションはアップもダウンも入りにくいことこの上なし。ちっとも思いどおりに走れぬまま、15分の予選走行は終了。結果は11番手と、いつもよりかなり下位に沈んでしまった。

ぶっつけ本番の予選は結局11位。ちっとも思いどおりに走れず不完全燃焼のまま終わった

 こんな状況ならレースをやめてしまいたい。心は完全に折れていた。シリーズポイントは全8戦からポイントがよかった4戦分を拾って争われるルールなので、今回リタイアしてもなんら影響はない。おまけに耐久時間がかなり短いというトランスミッションの話を聞けば、無駄なスポーツ走行は避けたい。走りたくないという気持ちばかり高まってしまう自分がいた。一方で、多くの人々に支えられてここにいることも理解している。こんなところで諦めていいわけがない。葛藤の連続だったが、結果としては少しでも上を目指し、決勝レースに出走することを決意した。新品ミッションの慣らしにもなるし、バトルの練習にもなるだろうとなんとかプラス方向に頭を切り替えた。

リタイアという選択も脳裏をよぎったが、悩んだ結果、プラス方向に頭を切り替えてスターティンググリッドへ。こんなシーンでも多くの人に支えられていると再確認する

その差は「16㎏」にアリ

 決勝を走り出せば絶妙のスタートダッシュ! 4コーナーまでに3台をかわし、気がつけば8番手へと浮上。この調子ならもっと上まで行けるかもしれない。そう信じてガンガン責め立てるが、どうしても前を走る花里選手を抜くことができない。今年から4輪のレースにデビューしたばかりだという彼は、なかなかの走りでこれまでも入賞ばかり。かなり手ごわいのだ。

スタートダッシュに成功し、11番手から8番手までジャンプアップ!
さらに上位を!とアタックするものの、7番手を走る花里選手とはストレートスピードの差もあり追い抜くまでには至らない

 セッティングもままならないこともあるのだろうが、とくに最終コーナーからの上り勾配で離される印象が強く、コース前半では背後に追いつくものの、1周を回ってくれば2車身くらい離されるという展開が続く。ひょっとしたらエンジンも終わっている? 彼のクルマは新車だったはずだしなぁ。そんなことをチェッカーまで考えていた。というわけで、結果は8位フィニッシュ。トランスミッションも少しは入りがよくなってきたし、接触が多かった今回のレースを無傷で終えたことがせめてもの救いだ。

 レース終了後に花里選手といろいろと話してみると、彼の体重は現在60kg。僕の体重はメタボ化に磨きがかかり、76kgまで進化している(汗)。クルマのせいばかりじゃないと愛機86に詫びを入れていた。クルマに求めたいことも山ほどあるが、ドライバーもまた改良の余地が大アリである。

レース終了後に花里選手と情報交換。次戦までに“セルフウェイトハンデ”を少しでも解消せねば

 次戦の富士スピードウェイは地元といってもいいコース。それまでに身体を絞り込み、さらにはクルマも万全な状態にして臨みたい。山あり谷ありの今シーズンではあるが、次は山の回にしたいと、レース終了後からダイエットに励む毎日を続けている。あー、炭水化物が食べたい! でもガマンガマン。第4戦の富士で勝てるようにすべてを頑張りますっ!

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は18年落ちの日産R32スカイラインGT-R Vスペックとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。

Photo:高橋 学