「マルチエア」でバルブの動きを自由自在に!
「マルチエア」を搭載したアルファロメオ「ミト」の1.4リッターターボエンジン |
エンジンの燃焼室に空気を送り込み、そして排出するバルブ。その動きは、エンジンの性能を左右する非常に重要なファクターとなる。
たとえば、エンジンの回転数が低いときと高回転では、ベストなバルブの開閉するタイミングや開く量(バルブリフト量)は異なる。その解決策として、これまで自動車メーカーは数多くの方策を考えてきた。
たとえばバルブの開閉タイミングを調整するカムシャフトの山(プロファイル)を低回転と高回転の2種類用意して、切り替えるという方法だ。これは、ホンダの「VTEC」が有名だ。また、最近では、さらに自由度を高くするために、カム全体のタイミングをずらす可変バルブタイミング機構が採用されることが増えている。開くタイミングと量を、全体的に早くしたり遅くして良いところを狙うという考えだ。トヨタの「VVT」や、ホンダの「i-VTEC」など、数多くのメーカーが利用している。
そうしたバルブの開閉のタイミングや量をより自由自在にコントロールしようという技術が、今回紹介するフィアットグループの「マルチエア」だ。同じ思想の技術で最初に実用化されたものはBMWの「バルブトロニック」となる。日本メーカーもトヨタの「バルブマチック」や日産の「VVEL」などが存在している。
自由自在にバルブの動きをコントロールする技術を突き詰めてゆくと、エンジンの回転数も自在になり、結果的にスロットル・バルブが必要なくなる。スロットル・バルブがなくなるということは、スロットル・バルブとエンジン燃焼室の間で負圧が発生しないことを意味する。つまりポンピングロスが減少し、燃費が向上するのだ。
ただし、残念ながらマルチエアや日本の導入ケースなどでは、低温などの使用条件の厳しいときにスロットル・バルブを併用している。BMWの「バルブトロニック」は数少ない完全なノンスロットルの実現技術なのだ。
マルチエアのバルブ駆動部。吸気バルブの上にはカムがなく、油圧機構で駆動される |
■バルブをコントロールする実際の方法とは?
では、マルチエアではどのようにバルブをコントロールしているのかを説明しよう。
従来のエンジンでバルブの開閉は、エンジン内のクランクの力でカムシャフトを回し、カムシャフトに作られた山(プロファイル)でバルブのお尻の軸を叩くという方法が取られていた。それに対して、可変動弁のマルチエアは、カムとバルブの間に特別な制御機構を設けた。それがオイル・チャンバーだ。そして、このチャンバーには開閉自由なソレノイドバルブを備えた。ここがマルチエアの最大の特徴となる。
マルチエアも、従来のエンジンと同じようにクランクの力を利用してカムシャフトを回す。しかし、カムの数は排気側にひとつだけ。排気側は従来と同じように、カムが直接バルブを叩いて開閉させているのだ。
しかし、その排気カムには、もうひとつ別にプロファイル(カム山特性)が作られている。そのプロファイルは吸気用であり、そのプロファイルによって吸気用の油圧ポンプを駆動、チャンバー内にオイルを溜める。つまり、排気側のカムひとつで、排気と吸気のバルブの動きを生み出しているのだ。
エンジンが始動すると、カムは油圧ポンプを駆動し、チャンバー内にオイルが満たす。その状況で、ソレノイドバルブをしっかりと閉めておくと、カムからの力はプロファイル通りにバルブに伝わる。つまりバルブの開閉タイミングと量は、カムのプロファイルそのままとなる。
しかし、ソレノイドバルブの弁を開けてオイル・チャンバー内のオイルを抜けば、カムの力は空振りし、バルブはバルブスプリング(バネ)の力で閉じることになる。つまり、オイル・チャンバー内のオイルの抜き差しによって、カムのプロファイルとは関係なしに、バルブの開閉をコントロールできるというわけだ。
ちなみに、BMWの「バルブトロニック」は油圧ではなく、カムとバルブの間に揺動カムという、もうひとつのカムを設置。この動きをモーターで制御することでカムの力を自在にコントロールしている。
マルチエアは1ストローク中に2回バルブを開くこともできる |
■1ストロークで2回、バルブを開けることもできる
吸気バルブを自在にコントロールできることで、マルチエアを装着したエンジンは、様々なメリットが生まれる。最高出力の向上、低回転のトルク増大、燃費向上、排気ガスのクリーン化、ターボエンジンでのハイレスポンス化など、良いことづくめだ。
たとえば低回転で負荷が低いときは、バルブを2回開くことで燃焼室内に燃えやすい燃料&空気の渦を作って理想的な燃焼を実現する。これが「マルチリフトモード」だ。
また、低回転ではバルブを早めに閉じることで、燃焼室から吸気マニフォールドへの燃料&空気の逆流を防ぎ、燃焼効率を高めてトルクを増大する。さらに高回転ではめいっぱい長くバルブを開けることで最高出力を高めることもできる。
またマルチエアは、ヘッド部分だけで構成されていることも特徴のひとつ。つまり、従来型のエンジンにヘッド部分だけを付け替えれば、さまざまなエンジンに流用も可能となっている。
こうした先進性が認められ、アルファロメオ「ミト」に搭載された1.4リッターのマルチエアエンジンは、世界32カ国のジャーナリスト65人が選考する2010年の「ベスト・ニューエンジン・オブ・ザ・イヤー」を受賞するなど高い評価を得ることに成功。マルチエアは、フィアットグループの技術力の高さを証明するアイテムとなっているのだ。
その後、マルチエアはフィアット「500 ツインエア」の2気筒0.875リッターターボエンジンにも採用された。また、1.4リッターマルチエアエンジンはアルファロメオ「ジュリエッタ」にも搭載されている。
■CarテクノロジーWatch バックナンバー
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(鈴木ケンイチ )
2012年 4月 18日