車内でハイレゾ音源が聴ける「AT-HRD5」を試す!!
車載オーディオシステムに多彩な周辺デバイス、ケーブル、アクセサリを提供しているオーディオテクニカが、ハイレゾオーディオに対応したデジタルトランスポート「AT-HRD5」を発売。筆者にその評価という役が回ってきた。
結論から先に伝えておこう。
筆者はこの製品をマツダの新型ロードスターS Leather Packageにて試聴。BOSEブランドを冠する純正車載オーディオのアナログ外部入力から接続するという、簡素なインストールではあったが、比較試聴するまでもなく数段のグレードアップを感じられるほどの明確な品位向上が感じられた。
音の質……、すなわちサウンドキャラクターという面を無視できるほどの質(品位)向上だが、一方でサウンドキャラクターの面でも好ましい。快活でエネルギッシュなサウンドは、“自動車”という本質的にアクティブな利用シーンにもとても合っている。少々古臭い言葉だが、純正システムの無難だが華のない音質傾向が、ノリの良いゴキゲンなサウンドに変貌する。
おそらく装着後に感じる印象としては、このサウンドキャラクターの変化をもっとも強く感じるだろう。とはいえ、“ハイレゾ”に関しては何も感じないか? というと、そんなことはない。
正直なことを言うと、実は今回のレビューを依頼された時、純正システムにアナログ外部入力からプラグインしただけで音質向上を本当に感じられるのだろうか? という疑問が、頭の中を支配していた。
現代のカーオーディオシステムは、“自動車の室内”という特殊な環境で快適に音楽が楽しめるよう、何らかのデジタル音場補正が入っていることが多い。そうした中で果たして本当に効果が期待できるのだろうか……という疑問を持っていたわけだ。しかしながら実際に試聴してみれば、その価格に見合う結果が得られたことは先に申し上げておきたい。では製品の紹介と、実際の試聴レポートに進むことにしよう。
D-DコンバータとしてだけでなくハイエンドDAコンバータとして使える「AT-HRD5」
ホームオーディオの世界では“トランスポート”と言えば、デジタルオーディオソースを適切に読み出して品質の高いデジタル信号として出力する装置を言うが、本製品はハイレゾオーディオをデジタル信号として出力するD-Dコンバータとしての機能に加え、高級オーディオ機器ではお馴染みのESSテクノロジ製最新ハイエンドDAC「ES9018K2M (SABRE32 2M)」を採用したDAコンバータ(384kHz/32bitのPCMデータまで対応)としても機能する。
製品全体を俯瞰すると、電源や設置環境(筐体の大きさや振動に対する配慮など)を車に最適化したUSB入力付きオーディオDACという方が、オーディオファンにとっては製品をイメージしやすいと思う。
なお、入力は光デジタル(TOS-LINK)および同軸デジタル(RCA端子)、標準サイズのUSB-B端子、出力はアンバランスのアナログ出力(RCA端子×2)、光デジタル端子、同軸デジタル端子を備えている。
もしハイレゾを含め何らかのデジタル音声出力を持つ音楽プレーヤーを持っているなら、その出力を本機に接続すれば、既存プレーヤーの機能を活かすことができる。また、USB-B端子があるため、そこにiPhoneやAndroidスマートフォン、あるいはパソコンなど、USBオーディオに対応できる機器を接続することで、手持ちのポータブル端末をプレーヤー代わりにもできる。
筆者はソニーの初代ハイレゾウォークマン「WM-ZX1」を変換コネクタ経由で接続したが、通常のAndroid端末ならばUSB mini-B端子との変換コネクタ、iPhone/iPadはカメラ接続用変換ケーブルを用いることで本機と接続できる。
ただしこの場合、USBの技術的な制約により、本機から接続端末への給電は行うことができない。端末側がホスト(親)として機能する必要があるためだ。したがって、端末側の充電は別途行う必要がある。解決方法としては、ワイヤレス充電機能を備えるスマートフォンなどを車載用ワイヤレス充電器と組み合わせるなどのアイデアがあるだろう。
一方、出力はアナログRCA端子からのライン出力があるため、接続時の制約はほとんどないと考えていい。デジタル入力を備える自動車用のサウンドプロセッサをすでに所有しているならば、デジタル出力(出力フォーマットの上限は光/同軸ともに192kHz/24ビット)から接続し、D-Dコンバータとしてのみ利用する手もあるが、本機のサウンドキャラクターを活かすなら、あえてアナログ接続する方がよい結果が出る可能性もあると思う。
しかし、今回はそうした既存のカーオーディオシステムが搭載されていない環境を想定してテストした。今回テストに使った新型ロードスターが採用するマツダコネクトを始め、とりわけ欧州車にはカーオーディオシステムの交換が不可能、あるいは極めて困難なケースが増加している。
オーディオ機能が他の車載システムと統合され、不可分になっている中で、AT-HRD5を接続することで果たして満足のいく結果が出るのだろうか? この点が、今回のもっとも大きなテーマだ。
ロードスターに最適化されたBOSEサウンドシステムとの相性は?
新型ロードスターには2種類のサウンドシステムが用意されているが、筆者が個人的に所有するロードスターのグレードには、標準でBOSEのAUDIO PILOTを採用したシステムが搭載されている。AUDIO PILOTとはデジタル処理で、車内音響の最適化を図る技術で、走行時のノイズレベルによる音量自動調整や車内音響特性やスピーカー配置による補正を行い、着座位置での音場や各種特性を整えるものと考えていい。
さらに新型ロードスターにはオープンカー向けの対策も施されており、ヘッドレスト左右に配置されたスピーカーへの対応や、幌の状態(オープン/クローズ)によって音響特性を変えている(幌の状態はフロントガラス上の固定フックが入る穴にセンサーがあるので、指で押しているとどのような処理をしているのかが判る)。
純正のAUDIO PILOTは、なぜか規定値でオフになっているが、実際にはオンにした方が具合がよい。周波数特性の暴れが落ち着き、音場もドライバーの前側に自然に展開する。ヘッドレストスピーカーからは左右チャンネルの音そのものが出るのではなく、メインのスピーカーを補正するための音が出ているようで、正しい着座姿勢を取っている限り不自然に感じる事はない。
今回はロードスター純正のオーディオシステムを評価する場ではないので、詳細には言及しないが、システムとしてよく作られているものの、音の品位、質ともに、素晴らしいものかと言えば、あくまで“整えられた”程度である。ドライブのお供にするには充分だが、“良い音だよ”と紹介したい領域にはまだ遠い。
ではこの純正システムをさらによいものにできるか? というと、車両システムに組み込まれた形のマツダコネクトでは、自由にアップグレードするというのはハードルが高い。
このような事情は各種車載システムとオーディオが統合された現代の車に共通する制約だろう。しかし、アナログ入力でオーディオソースをアップグレードすることで音質が改善するなら、そこには可能性がある。マツダコネクトもそうだが、こうした純正オーディオシステムの場合、RCAコネクタとは言わなくても、3mm径のミニステレオ入力端子なら装備されていることが多い。
問題はAUDIO PILOTを通したとき、オーディオソースのアップグレードがきちんと反映されるかどうかだ。BOSEに限らず車載オーディオシステムの大多数はデジタル処理による音響処理が施されるため、アナログで入力された音声はデジタルに変換後に信号処理が施され、さらにAUDIO PILOT側のDAコンバータでアナログにしてからパワーアンプに入る(あるいはデジタルアンプなら、そのままデジタルアンプモジュールに入る)。
このような構成で、果たして高級なデジタルオーディオソースモジュールを入れる利点はあるのだろうか?
新型ロードスターとの相性はフィルタモード1がオススメ
“鳴らし始めた瞬間から音の質がまったく変わったことを実感”
結論は冒頭で述べたとおりだが、鳴らし始めた瞬間から音の質がまったく変わったことを実感した。あくまで純正オーディオと比べてとなるが、100~150Hzあたりを中心にミッドバス帯域が地に足の付いた音となり、グリップ感、瞬発力が段違いに上がる。
加えて、控え目だった高域の伸びやかさも出てくる。高域が強く出るのではなく、情報量が多く音像描写の解像度が高まることで抜けがよくなるという方が実態に近い。ユルく存在感を主張していなかった中低域とのバランスも良好で、気持ちよい音を楽しめるはずだ。
純正システムはそのまま活かしているため、AT-HRD5を追加したからといって、ハイファイ調の本格オーディオシステムのような音にガラッと変わるわけではない。音調面でも、100Hzを切る帯域は、純正BOSEシステムの量感を引き出すチューニングが表れていて、(ソースの音がよくなったことで)かえって邪魔に感じる面もある。好みによっては多少、低域が出過ぎと感じる人もいるだろう。しかし、“品位”そのものは高まっているのでトータルでは満足できるはずだ。
AT-HRD5は、この“好み”の部分についても、調整の余地を残している。ES9018K2Mに搭載されるデジタルフィルタのアルゴリズム設定を変えるフィルターモード機能があるが、これを使いこなすことで低域の質感や高域の質感(主に華やかさなど響きの面)を調整することもできる。
1~3の番号で指定できるが、新型ロードスターに接続する際には「1」を選ぶと、低域のブーミーさが落ち着く。その一方で高域は華やかな印象になるが、もともとの純正システムが、高域の情報量が少なめであるため、バランスが高域寄りに行きすぎることもない。
なお規定値は2番。3番を選ぶと、1とは逆に低域の量感を重視したバランスに変化する。
さほど速度を出していない時ならば、オープン走行時にも、その変化は充分に楽しめるレベルだ。今回は遮音性が低いオープンカーでのテストだったが、静粛性の高い高級セダンなどならば、なおさらAT-HRD5の効果を実感できるはずだ。
ハイレゾだけじゃない、高性能DACでCD音源の音質も向上
AT-HRD5はUSB入力付きのオーディオDAコンバータという、ある意味シンプルな製品であるため、実際の操作に関しては接続する音楽ソース機器に依存する。筆者が使ったWM-ZX1は再生、ポーズ、送り、戻しといったボタンがハードウェアで搭載されているため、手に届く場所に固定しておけば、ちょっとした停車中のオペレーションもさほど煩雑ではなかった。こうしたハードキーが付いたオーディオプレーヤーのほうが車内での使い勝手はよさそうだ。
とはいえ、普段から使い、曲データもプレイリストもメンテナンスしているオーディオプレーヤーをそのまま使って、車のオーディオ品位を高められるのは大きな利点だ。ハイレゾにも対応しているため、普段からハイレゾ楽曲を端末に入れて愉しんでいる方も、そのまま再生できる。
ハイレゾ対応というと、“ハイレゾにする意味があるのか”という話になるが、これは愚問だろう。なぜなら現代のDACでハイレゾに対応していないコンポーネントはないからだ。より優れた最新DACを採用しようというAT-HRD5のコンセプトを考えればハイレゾ再生に対応するのは当然のことだ。
ハイレゾに目が行きすぎると、ついつい見逃しがちなCD品質の音源へのケアだが、こちらもしっかりと作られている。どんなユーザーも所有楽曲のほとんどはCD品質だろうから、どんなハイレゾフォーマットに対応しているか(8fsの24ビットまで対応するのでPCMデータならほぼすべての楽曲データが再生できると言える)よりも、CD音源を再生した実力の方が重要だろう。そうした意味においても、AT-HRD5を純正オーディオシステムの入力機器として利用する価値は高い。
メーカーによると、設計の大部分をUSB-DAC内蔵ポータブルヘッドホンアンプの「AT-PHA100」と共用しているとのことだ。AT-PHA100も低域がしっかりと制動し、量感を膨らませるのではなく力強さで低域を表現するタイプの製品だったが、本機はまさにその血脈を受け継ぐ音質を備えている。本機の音質傾向を知りたいのであれば、AT-PHA100の音調(まったく同じというわけではないが、よく似た仕上がり)を確認してみてもいいだろう。
試しにAT-PHA100がサポートしている一方、本機が対応していないDSD音源を(手持ちのMacBookをつないで)再生してみたところ、問題なく再生できたことも報告しておきたい(あくまで“再生できた”というだけで、再生は保証されていない。おそらくDSD特有の曲間などにおけるノイズ発生があるためだろうか)。
スマートフォンで音楽を聴くのが当たり前の時代。メーカーとしては販売店による取り付けを推奨しているものの、基本的には簡単な配線のみでセッティング可能なAT-HRD5は、純正車載オーディオシステムのアップグレードが難しくなっているこの時代において、車内のオーディオ環境を改善させる新しい解決策として、そのひとつの回答となっているのではないだろうか。
なお、今週末の8月30日にはカーエンジョイフェスティバルin胎内(新潟)で、9月12日、13日にはハイエンドカーオーディオコンテスト(石川)でAT-HRD5の試聴ができるとのことなので、興味のある人は足を運んで体感してみてはいかがだろう。
(本田雅一)