不肖・高橋、現在の愛車はトヨタのハチロク。私のようなおっさんには過ぎたスポーツカーだが、そのハチロクに乗って仕事場へ向かったり、はたまたドライブを楽しんでいる。回数としては圧倒的に通勤で使うことが多い訳だが、寒さが深まるこの時期になると、気になることがある。雪、降雪がそれだ。冬になると都内でも、雪が数回降る訳だが、そんな時にハチロクの走りはどうなるのか? いや、幸いというか偶然というか、ハチロクに乗り始めてから通勤途中で雪に降られたということはない。だが、これはタイミングの問題である。都内でも雪は降るのだから、いずれは雪道を走らなくてはならないだろう。
どうして私がこれを気にするかというと、ハチロクの駆動方式がFRだからである。スポーツカーであるハチロクはFR、フロントエンジン・リヤドライブである。前方にエンジンがあり、後輪駆動で走る訳だ。実はこれ、北海道生まれ、北海道育ちの人間にとっては実に気になることなのだ。そう、北海道では4WDが万能選手であり、それに続くのがFF、そして最後にFRという図式が、少なくとも過去にはあったからだ。
4つのタイヤ全てで駆動する4WDは、圧倒的な走破性を誇っている。もちろん雪道においても高い走破性を見せ、スタッドレスタイヤと組み合わせれば最強となり得る。そして4WDの次に人気なのがFF、すなわちフロントエンジン・フロントドライブ、エンジンと駆動輪が前方にあるクルマだ。進行方向に駆動輪があるため、車体を引っ張るように進むため、スタッドレスタイヤを履いていればかなり安定した走りが可能である。
問題は我がハチロクも含めたFRだ。私がまだ北海道の住人だった頃だから、もう30年ほど前になるだろうか。北海道ではFR車が少なかった。FR、フロントエンジン・リアドライブ、エンジンが前方にあって駆動輪が後方にある。スポーツカーでは小気味の良い走りを見せてくれるFRだが、雪道においては車体を後ろから押す感じになるため、姿勢が不安定になる傾向があった。FRの「リアが前に出る感じ」が、雪道ではさらに強調される訳だ。ただしこれは30年も前の話。
今はどうかというと、北海道に住み続けている友人は「FRだから絶対に避けるという話はあまり聞かない」と言う。30年前と比べて大きく進化したクルマは、FFだろうとFRだろうと、高い悪路走破性と安定性を持っており、ちゃんとスタッドレスタイヤを履いていて、無理な運転をしなければ安全快適ということである。そんな訳でハチロクは、北海道でもスポーツカー好きが結構乗り回しており、決して珍しい存在ではないとのこと。
なるほど、ハチロクのようなFR車であっても、スタッドレスタイヤを履いてそれなりの配慮をすれば安全に走ることができるらしい。ただし、自らそれを経験してみなければ、それは「らしい」止まりの話である。いや、別の言い方をすれば自分のハチロクにスタッドレスタイヤを装着して、雪道を走ってみればいいのだ。よし、話は決まった。幸い私には「いいスタッドレスタイヤ」に心当たりがある。それをハチロクに履かせて、降雪地帯へ向かってみよう。具体的に言うと「いいスタッドレスタイヤ」、ブリヂストンのBLIZZAK VRXをハチロクに履かせて。
去年の冬、私は自らの故郷である北海道士別市にいた。大都会東京で傷ついた心を癒すための帰郷という訳ではなく、ブリヂストンの寒冷地テストコースで新しいスタッドレスタイヤ、BLIZZAK VRXを体験するための訪問だった。この時のレポートは、こちらを参照して欲しい。
私も北海道生まれの道産子であるから寒冷地、それも極寒の北海道で路面がどうなるは身に染みて分かっている。新雪が降り積もった路面、シャーベット状の路面、踏み固められてツルツルと滑るアイスバーンなどなど。そんな中でBLIZZAK VRXは、圧倒的な力を発揮してくれたのだ。その実力はBLIZZAK VRX登場以前、スタッドレスタイヤのド定番であり、ベストセラーでもあったREVO GZを凌ぐものだった。
ここでテーマは明確になった。「実力派スタッドレスタイヤ、ブリヂストンのBLIZZAK VRXを装着したトヨタのハチロク、ちすなわちFR車は雪道でどんな走りを見せるのか?」がテーマである(長い、長すぎるけど)。
さて、ここでBLIZZAK VRXの性能、機能に関しておさらいをしておこう。まず何よりBLIZZAK VRXの特長は、アクティブ発泡ゴム、非対称パターン(非対称パタン)、非対称サイド形状の3つにフォーカスされる。
まず発泡ゴムだがこれはタイヤの表面に気泡で形成された無数の穴(溝)を作り、そこへタイヤと路面の間に発生した水を取り込み、摩擦力を確保するというものだ。そもそも雪道でタイヤが滑るのは、タイヤの接地面に生じる圧力で雪や氷が解け、その水で摩擦力を失うからだ。ならばその水を排除してやればいい訳で、その答えが発泡ゴムということなのである。BLIZZAK VRXの発泡ゴムはもちろん最新ものであり、タイヤ表面にある穴を親水素材でコーティング、水を積極的に取り込むようになっている。
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タイヤと路面の間に発生する水を排除し、グリップを確保するのが発泡ゴムの役割
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非対称パターンはBLIZZAK VRXのタイヤ表面、溝のパターンを見るとすぐに分かる。タイヤを装着した際のイン側とアウト側で、パターンのデザインが異なっているのだ。トレッドのブロックも以前より小さくなり、さらにブロックの形状はV字になり、トレッド表面の溝が交差するポイントが増えている。これらは路面の凹凸をしっかり掴むために、重要な役割を果たしているのだ。
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ブロック形状が以前より小さくなり、路面への追従性が増している
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非対称サイド形状に関してはスタッドレスタイヤのBLIZZAK VRXだけでなく、同社のエコタイヤなどにも採用されている技術だ。簡単に言ってしまうとタイヤのサイドウォール形状をイン側とアウト側で異なるもの、すなわち非対称として直進安定性や運転操作への応答性を高めたのである。エコタイヤでは燃費向上などのメリットがあり、スタッドレスタイヤでは雪道の轍や凸凹した路面での安定性が増すメリットがある。もちろんスタッドレスタイヤにおいても、燃費が向上するのだが。
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非対称パターン形状は直進性や燃費の向上に重要な役割を果たしている。BLIZZAK VRX以外でもブリヂストンのタイヤには広く採用されている
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このBLIZZAK VRXを我が愛するハチロクに装着し、雪道を走る。そうすればFR車と雪道、そしてスタッドレスタイヤの関係を体感、実感することができる。そうと決まれば善は急げ(善かな?)。さっそくCar Watch編集部に連絡を入れ、手配をお願いする。すぐにマツダのアテンザに乗っている、Car Watch営業さんから返答があった。「そういう話なら任せておいてください!」。ああ、この時ふとよぎったいやな予感を、私は信じるべきだったのだ。
何はともあれ準備である。ノーマルタイヤを履いていた私のハチロクを某所に持ち込み、まずはとにかくBLIZZAK VRXに履き替える。営業さんの鮮やかな手配により、テストを存分に行える雪のコースを借りられるらしい。FR車とスタッドレスタイヤの相性を試すだけなく、なんと最新のBLIZZAK VRXと先代モデルのREVO GZとの比較テストも行えるそうだ。
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BLIZZAK VRXへの換装をお願いしたタイヤ館 PADDOCK246。いつもお世話になっています
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用意されていたブリヂストンのBLIZZAK VRX。やはり面構え(パターン)がノーマルとは異なる
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ハチロクのノーマルホイールにBLIZZAK VRXを装着!
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BLIZZAK VRXを装着したホイールをハチロクに戻して作業完了
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さて、ここまでは順調だったのだが、ふと気がつけばカレンダーは3月に突入していたのである。まさか北海道まで行く訳にはいかないので、その時期でも雪がありそうなエリア、新潟を目指す予定である。私はそちらの地方に詳しくないので、3月に入っても雪があるのか、降雪があるのか分からなかった。だが、営業さんは「任せてください!」と言ったのである。不安を感じつつも、出発当日を迎える。ちなみに営業さんは自分のマツダ アテンザで同行するという。もちろんアテンザにもBLIZZAK VRXを装着してあった。
そう、ここにもう一つ目的があった。というのもアテンザはFF車、フロントエンジン・フロントドライブのクルマなのである。車格などの違いはあってもFR車のハチロクと、FF車であるアテンザを比較できる。これはやはり面白い体験になりそうだと思いつつ、関越道を使って新潟へゴー! もちろん2台とも、BLIZZAK VRXを装着した状態でだ。
3月に入って関東、東京近辺は降雪もなく、関越道に雪が残っているはずもない。従ってまずはスタッドレスタイヤであるBLIZZAK VRXを履いた状態での、ノーマルな高速走行を体験することになった。果たしてノーマルタイヤとの違いは……。いや、これが実に興味深い! ハチロク、アテンザ共に素晴らしい直進安定性を発揮してくれたのだ。ノーマルタイヤと比較して若干タイヤノイズは大きくなったような気はするが、直進安定性に関してはノーマルタイヤと同等、むしろ優れているような感じがあった。そう、BLIZZAK VRXの非対称サイド形状は、外乱による影響を受けにくいという特長があるのだ。
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BLIZZAK VRXを履いたハチロク、雨の高速道路をひた走る。直進安定性はハチロク純正のノーマルタイヤより向上しているように感じる
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同行したアテンザ。やはりBLIZZAK VRXを履いているが、こちらも直進安定性が向上したとのこと。ちなみにこのアテンザに関しては、こちらを参照のこと
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ちなみに新潟へ向かう高速走行中、雨に降られて路面がウェットになったのだが、その状況においても「スタッドレスを履いているんだ」と思わせるところはまったくなかった。ノーマルタイヤと同等、あるいはそれ以上の快適なドライブが続いたのである。新潟へ向かう行程で分かったことは「BLIZZAK VRXは雪道以外を走っても快適」ということだ。例えば都内、あるいは雪のない場所から、スキー場へ向かう時のことを考えてみよう。最初はノーマルな路面を走り、そして雪道に突入することになる。そのノーマルな路面でも、BLIZZAK VRXは快適なドライブを約束してくれるということなのだ。
だが、あくまでBLIZZAK VRXはスタッドレスタイヤ。雪道に入ってこそ真価を発揮する。しかし、新潟を目指す我々の目前には、いつまでたっても雪景色が見えてこないのだ。なんとなく不安を感じつつ、新潟県南魚沼市にある六日町ICまで来てしまった。ゆ、雪はどこだ!?
文字通り、方向転換。六日町ICまで行っても雪が見当たらないので、とりあえず水上ICまで戻る。群馬県利根郡にある水上ICと言えば、スキー愛好者にとってはお馴染みの場所だろう。スキー場へと向かうクルマの多くは、このICで降りるのだから。いやいや、我々はスキーを楽しむために来たのではない訳で、水上ICを降りてからしばらく雪を探して走ってみる。すると除雪が行われていない道路脇のスペースに雪が残っているのは確認できた。
とりあえずそこに入ってハチロクを走らせてみる。舗装された広場、その地面に解けかけた雪が残っている状態。BLIZZAK VRXを履いたハチロクの運転に、まったく支障はなかった。というよりウェットな路面を走っているぐらいにしか感じない。だが、そこはあくまで雪が残っているだけであり、道路ではないのである。いかん、このままではいかんということで、急遽会議である。営業さん、カメラマンさん、そして私、3人おのおのがスマホを駆使して雪や降雪の情報を集める。ここで営業さんの「任せてください!(パート2)」炸裂! 彼の主張によるとその時点で新潟側の降雪は期待できないが、群馬側なら行けるとのこと。
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雪の残る上を走らせてみる。いい感じだが、ここが路上ではないことが残念
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アテンザでも、その挙動を確かめてみる。悪くないけど、ここは路上じゃないんです
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不安はあったものの、ほぼその方向で意見がまとまり、さらには草津温泉周辺で降雪があるとの情報もゲットした。そこで月夜野ICから再び関越道に入り、草津温泉方面を目指す。だが、念のためということで群馬県中之条町近辺から、暮坂峠方面へ向かってみる。多少短絡的ではあるが、冬の峠というと雪、そんなイメージがあったからだ。この判断は決して悪いものではなく、進むうちに木立などで日の当たらない路面がシャーベット状になっている部分に遭遇した。
シャーベット状の路面というのも、ドライバー泣かせの雪道である。ウェットな路面と同じだと思って油断すると、想像以上に滑るからだ。雪が完全に解けてウェットになった路面から、まだ解けかけのシャーベット状の路面に入った時など、ノーマルタイヤではヒヤッとすることがある。が、しかし。私のハチロクもアテンザもBLIZZAK VRXである。峠ということでワインディングが続く中、ウェットだったりシャーベット状だったりする路面の変化を、ほとんど意識することなく先へと進むことができた。
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まさに解けた雪がシャーベットのようになっている路面。BLIZZAK VRXを履いたハチロクにとっては、ノーマルな路面感覚
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「ここは雪道なんだ」と心構えをしておけば、ごくごく普通に走ることができる
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途中、雪を求めて寄り道をしつつ、峠をどんどん進んでいく。標高が高くなったところで、ついに念願の白い景色が目前に広がった。これがレジャーのドライブというなら、困った表情の一つも浮かべるだろうが、こちらは雪を求めて三千里なのである。そう、ここからが我々にとって本番なのだ。
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ついに本格的な雪道に突入!
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たった1日で、実にさまざまな状態の道路をBLIZZAK VRXと共に走った。ドライとウェットは、一般道と高速道路で体験した。そして一般道では雪が解けたシャーベット状の路面に遭遇した。そして目前にあるのは白い景色。降り積もって踏み固められた雪が、しっかり残る路面、もちろんうんざりするほどよく滑る。ノーマルタイヤでは、決して入っていけない領域である。
しかし、優れたスタッドレスタイヤ、例えば私のハチロクが履いているBLIZZAK VRXなどであればある条件の下、ごく普通に走ることができるのだ。その条件とは何か? 実は極めて単純な話で、「無理をしないで慎重に」走ればいいのである。アクセルやブレーキを荒っぽく踏まない、すなわち急加速や急減速をしない。カーブでは充分にスピードを落とし、ハンドル操作は余裕を持って行う。逆に言えば急加速や急減速を雪道でやってしまうと、スタッドレスタイヤでもカバー仕切れなくなる可能性があるのだ。
さて、BLIZZAK VRXを履いた我がハチロクの場合はどうか? 当初、FR車ということで必要以上に慎重な運転で雪道、氷上路面に入った。しかし、慎重であればあるほど、雪道とは思えないほどごく自然な運転ができたのである。グリップ感はしっかりしているし、カーブでも滑る気配はない。停止する際もいつもよりは慎重なブレーキングが必要だが、ほぼ想定した位置で停止することができた。
ならばと周囲の安全を確認しつつ、多少ラフにアクセルを踏み込んでみる。すると予想していたよりも早めに後輪が空転し、リヤが左右に振れるのを感じた。いくら優秀なスタッドレスタイヤを履いていようと、やはり無理をしてはいけないのが、雪上の掟という訳だ。さらに低速ではあったがフルブレーキングしてみると、こちらは想像以上に早くABSが効き始める。と同時に、車体が斜めになるような動きを感じる。車体後部、リヤ側が前に流れるような雰囲気だ。
だが、総じて言えることは「雪道を意識して慎重に運転すれば、何も問題はない」ということだ。この範囲においてはFF車とか、FR車とかを意識する必要もない。無論、四輪駆動車ならさらに安定した走りが可能なのだろうが、少なくとも「FR車だから」ということはまったく感じなかった。ただし、一つだけ前提条件がある。そう、BLIZZAK VRXのようなスタッドレスタイヤを装着している限りにおいては、ということである。これが抜けてしまっては、元も子もないということである。
表面がざらつく雪道、踏み固められて氷のようになった雪道を抜けて、暮坂峠を下っていくと路面から雪が消えていった。ならばと暮坂峠を再び走り、初日の宿泊地となる水上へと戻った。幸いなことに「雪がない!」という事態は避けることができたし、実際にしっかりとした雪道でBLIZZAK VRXを履いたFR車の走りを体験することができた。だが、その時点で降雪はなく、翌日に控えたコース上でのテストがどうなるかは不明である。
ここで私は、大変なミスを犯してしまったのであった。「どうか雪が降りますように」とお願いしてしまったのである。中年おっさんの願いが通じた訳ではないのだろうが、その夜、水上は季節外れの吹雪に見舞われたのであった。
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