私が年に数回承るカーオーディオのコンテストでは、クルマを停止させた状態で音の審査をする。各オーナーがとことん追求した音質、音色を厳密にジャッジする上で、走行時に発生するさまざまな外的要因が妨げになるからだ。しかし、クルマは走ってこそ意味がある。乗員は普段、走行しながら音楽を聴いているわけで、停止状態で音楽を聴くというのは、実用上、あるいは本来の目的を考えると、少々おかしな話ではある(ジャッジシートにメモをとったり、数十台を連続して聴くという審査の性格上、致し方ない部分ではあるのだが……)。
では、走行中の車内で音楽を聴く上で最も厄介な外的要因とは何か? それは、さまざまなノイズである。エンジンからのヴァイブレーションやマフラーからの排気音、開口部(主にウィンドー)から入る(漏れる)風切り音、足回りから伝わるノイズなどがそれだ。コンテスト常連の賢いオーナーは、停止状態でバランス調整したイコライザーの設定と、走行時のバランスを考慮したイコライザー設定の、2つのメモリーを準備したりする。しかし、実用的な意味では、走行時の音のバランスを考慮するのがやはり一般的だろう。
その場合、前記したさまざまなノイズの中で比較的対策しやすいのは、足回りから伝わるノイズで、その解決策としては、優れたタイヤの選択が最も近道かもしれない。
優れたタイヤ、それもオーディオ的なスペックに秀でたタイヤとは何か? 操縦安定性が高いこと、低燃費性能に優れていること。現代のタイヤに求められるそうした各種性能に加え、“静かなタイヤ”というのが、オーディオ的に見た答えではないだろうか。ダンロップの「VEURO VE303(ビューロ ブイイーサンマルサン)」(以下、VEURO)は、この“静粛性”に着目した画期的なタイヤと言っていいかもしれない。タイヤが引き起こすノイズは、路面の荒れ具合から生じる「ロードノイズ」と、タイヤのトレッドパターンから発生する「パターンノイズ」の2種類に大別される。その2種類のノイズを抑え、静粛性能を高めるためにVEUROが導入した要素技術は、タイヤ自身の構造とトレッドパターンの改善、そして世界初(特許取得)の「特殊吸音スポンジ」の採用だ。
まず、パターンノイズについて説明しよう。パターンノイズとは、走行中にトレッドパターンの溝に入った空気が路面とタイヤ表面で圧縮され、その繰り返しによって周期的な音が発生するもの。ちょうど笛が鳴る原理と言えばわかりやすいだろうか。
このパターンノイズを減らすために、トレッドパターンはタイヤ周辺の圧力変動や、転がり時の表面や溝壁面の振動をシミュレーション解析して決定するが、パターンノイズはこの溝の容積でコントロールできるらしく、VEUROはそれを従来比で横溝を55%少なくしたという。さらにパターンの非対称性や、間隔を微妙に変えることで、ノイズの周期性も抑制している。
一方のロードノイズはというと、荒れた路面や道路の継ぎ目の上を走る際に、その凹凸がタイヤをたたくことで発生する。こちらは太鼓のような原理だろう。
このロードノイズに対して、構造面からみたVEUROの特徴は、しなやかさと剛性の両立を目指した「ハイブリッドバンド」の採用にある。ナイロンとアラミドをより合わせたコードをシート状にしたものがタイヤ内部に仕込まれており、これがさまざまな振動を抑制してロードノイズを低減させる。アラミドは防弾チョッキに使われるほどの高い剛性を持つが、組み合わせる材料や配合にノウハウがあるようだ。
オーディオ的視点から考察すると、ハイブリッドバンドが複数の素材の組み合わせという部分に興味がわく。異種材料を組み合わせることは、それぞれの素材が有する固有共振周波数を分散させ、特定の周波数で共鳴しにくくすることが期待できるからだ。これはオーディオでもよく採られるメソッドで、筐体(シャーシ)の剛性化と無共振化を図るべく、アルミに真鍮、ステンレス、銅、ジュラルミンといった異種金属を併用することで共振の分散を図るのである。
しかし、このようにタイヤの構造を改良しても、構造の改良だけではなかなか消すことができない音域があるのだという。その音域を消すためにダンロップが採用したのが、タイヤの内側に貼る特殊吸音スポンジというわけだ。
特殊吸音スポンジは、タイヤ内側に発生しがちな共鳴、反射音を吸収するように働く。この手法自体は、2006年に初めて採用された「LE MANS LM703」ですでに実績があるダンロップ独自のもの。道路の継ぎ目通過時のタイヤ内部の圧力変動のシミュレーション結果から、できるだけ単純かつ小さな構造で効率よく音が吸収できるよう吟味し、今回のVEUROに採用した。製造の最終工程で、タイヤの内側に貼られるこのスポンジは、耐久性や安全性にももちろん配慮されている。
実際に特殊吸音スポンジを手にとってみた。タイヤの変形やゆがみ、さらにそのことによる発熱にも対応できるよう、独特の台形断面形状をしているが、感触や硬さは、私たちが目にする家庭用の台所スポンジとさほど変わらないようにも見える。しかし、その内部にはさまざまなノウハウが投入されているのだろう。このスポンジが吸収する中心周波数は、約250Hzとのこと。これがタイヤの構造では消せなかった音域で、これはちょうど男性コーラスのバリトンの音域とほぼ重なる。
オーディオ的に見れば、音は平行面間では反射を繰り返し(専門的には「定在波」という)、エネルギーがどんどん増強される。平行面をなくすことで反射は軽減され、エネルギーも次第に収束する。近年、スピーカーのキャビネットに曲面構造(四角い箱ではなくなってきた)が増えてきているのはそうした理由からなのだが、この吸音スポンジの台形断面形状にも、反射・共振を低減する秘密がありそうだ。
タイヤとオーディオというと、まるで別世界のことのように思っていたが、以上の点を総括すると、タイヤのノイズには振動と共鳴があり、ハイブリッドバンドは「制振」に、特殊吸音スポンジが「吸音」にそれぞれ働くなど、タイヤの静粛性向上にも、オーディオとさほど変わらない視点から対策されていることは非常に興味深い発見だった。
では、いよいよVEUROの試乗だ。同一仕様のトヨタ・クラウン(ハイブリッド車)を2台用意していただき、比較用としてダンロップの低燃費タイヤのベストセラーモデル、エナセーブEC203を1台に履かせた。主に首都高速道路と一般道も使ってVEUROのフィーリングをチェックした。ちなみに2台のクラウンは、いずれも同じ純正オーディオ(10スピーカー仕様)を搭載しており、各種設定はデフォルト状態とした。私は自らステアリングを握っての運転中の試聴と、助手席で音に集中しながらメモを取らせてもらう2パターンを繰り返した。
まずはエナセーブ。これはこれで非常に乗り心地がよく、十分に静かなタイヤという印象だ。クラウンの車格とも不釣り合いな感じはなく、静粛性の高い優れたタイヤという感じだ。
だが、VEUROに乗ると、荒れた路面から拾うロードノイズの音圧が違うのがすぐにわかる。全体にレベルが小さく、耳障りな感じがしないのである。エナセーブでは、ロードノイズがやや膨張気味だ。
道路の継ぎ目から受けるショックもだいぶ違う。エナセーブが「パコン、パコン」という感じとすれば、VEUROは「パスッ、パスッ」と余韻が尾を引かない。オーディオ的にいえば、“トランジェント”がいい感じで、余韻がなかなか収束しないのではなく、きれいに短時間で減衰していくイメージに近い。このあたりに前述した「特殊吸音スポンジ」が効いているのだろう。下から突き上げる感じが弱いので、音楽鑑賞の邪魔をしない。
比較的きれいな路面で、「サー」とか「シー」といった比較的高い音域で感じられたパターンノイズに関しても、VEUROのそれはレベルが低く、例えば弦楽器の伸びをスポイルせず、高域が明瞭に聴き取れる。あるいはヴォーカルの音像定位がより克明に感じられた。エナセーブに比べてノイズフロアーが低いため、音楽のダイナミックレンジがより明確に活かされる感じなのだ。
タイヤでこれほどオーディオ再生の印象が変わるとは、テスト当初は予想していなかった。いい音とタイヤの関連性は、これまで盲点だったという印象だ。もちろん静粛性だけでなく、ステアリングを握っていて感じたグリップ性能の高さからくる安心感、安定感も、VEUROの大きな魅力。このあたりのバランス感覚がまさしく絶妙で、大きな安心感の元で音楽に浸れる喜びは図り知れない。
この取材を踏まえて私が強く進言したいのは、カーオーディオの機材にこだわることももちろん重要だが、もしタイヤを交換するタイミングであれば、プラスアルファの投資で、よりベターな環境が手に入りますよということだ。VEUROはカーオーディオのために作られたタイヤではもちろんないのだが、ホームオーディオも実践している方ならば、いい音の再生のためには部屋も大事ということをはっきり認識されていると思う。それと同様なことがカーオーディオとタイヤとの関係にも当てはまると実感した次第である。
(小原由夫)