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【SUPER GT第7戦タイ】GT500初レースでフロントローという鮮烈なデビューを果たした19歳の牧野任祐選手

目指すはF1チャンピオン

2016年10月8日~9日 開催

15号車 ドラゴ モデューロ NSX CONCEPT-GTでGT500に初参戦した牧野任祐選手。Q2で予選2位というタイムを叩き出し、フロントローを獲得した

 日本のモータースポーツシーンに新しいヒーローが誕生した。今回のレースから15号車 ドラゴ モデューロ NSX CONCEPT-GTをドライブする新鋭の牧野任祐選手は、シーズン途中からの参戦で、GT500車両に乗ったのは予選当日が初めて。練習走行でわずか20周程度を乗っただけというぶっつけ本番の難しい状況ながら、予選2回目(Q2)のステアリングを任せられると、ポールタイムにわずか0.033秒(1000分の33秒)遅れただけという素晴らしいタイムを叩き出し、10月9日に行なわれる決勝レースをフロントローからスタートすることになった。

15号車 ドラゴ モデューロ NSX CONCEPT-GT。武藤英紀選手と牧野任祐選手のペアで戦う

 昨年はSUPER GTと併催されているFIAーF4に参戦し、今年は全日本F3選手権に参戦して2回の表彰台を含む結果を残しており、来シーズンはさらなるステップアップが期待されているホンダの若手ドライバー育成プログラム"HFDP"傘下のドライバーでもある牧野選手。将来の目標は“F1ドライバー”ではなく、“F1チャンピオン”と語る姿は19歳にしてすでに“大物”の風格すらある将来を嘱望されるドライバーだ。

ホンダの若手ドライバー育成プログラム「HFDP」傘下の牧野忠介選手

 15号車 ドラゴ モデューロ NSX CONCEPT-GTは、従来は武藤英紀選手と、オリバー・ターベイ選手というコンビで戦っていたが、第7戦から牧野任祐選手にドライバー交代が行なわれた。その背景について、同車の道上龍監督は「オリバーからFormula-Eに参戦を検討している(筆者注:Formula-Eの新シーズンは、SUPER GT第7戦と同じ週末に香港で開幕している)という申し出があって、こちらも来年のシーズンのことをまだ話しができないということもあり、それであればオリバーの意向を尊重したいということになった。ホンダさんともよく話し合って、若手でF3で頑張っていて、この前の鈴鹿で2号車に乗ってポールをきっちり獲るなどの活躍をしているドライバーということで、牧野選手という話になった。自分としても、小中学生の頃からカートでの活躍を知っているドライバーだしそのころから速さを知っていたので、では牧野で行こうということになった」と説明する。

道上龍監督

 同車のチーフエンジニアを務める伊与木仁氏は「実は顔を合わせたのは今回が初めてだったが、F3で結果を出していることは知っており、F3できちんと結果が出せるドライバーは大丈夫だろうと思っていた」と、牧野選手がF3で残してきた結果から、GT500に走る実力はあると判断していたと説明する。

チーフエンジニア 伊与木仁氏

 その牧野選手の今シーズンは全日本F3選手権で、ポールポジション1回と表彰台3回という戦績でシリーズ5位という結果になった。結果だけを見れば、チャンピオンでもないし、優勝もしていないのではないかと思われるかもしれないが、そこには全日本F3選手権が使用するエンジンで性能に差があるものになってしまっている現実を加味する必要がある(シャシーはダラーラの事実上のワンメイク)。

 牧野選手が今シーズン所属していた戸田レーシング利用していた自社エンジンは、F3界の王者TOM'Sが利用するトヨタや、ヨーロッパから今シーズン導入されたVWエンジンに比べて劣勢だとされており、特に昨年ヨーロッパで導入されたVWのエンジンが最新の設計であることに比べると不利なことは否めない。そのような状況のなかで、むしろVWやトヨタエンジンを利用するチームを押しのけてポールポジションを獲ったり、表彰台3回という結果は、十分過ぎるほど評価されてよい結果なのだ(なお、今シーズンの全日本F3選手権にはHFDP傘下のドライバーは4人参加していたが、その中で牧野選手はトップの成績だ)。

 また、昨年からSUPER GTと併催されているFIAーF4選手権の初年度で、牧野選手は序盤に連勝して大きな注目を集めた。後半にやや失速してシリーズでは惜しくも2位になったが、SUPER GTの関係者には強い印象を与えている。その後、FIAーF4と並行して参加していたSRS-Fでスカラシップを獲得し、HFDP傘下のドライバーとして今シーズン全日本F3選手権に参加し、そこでHFDPドライバーでトップの成績を残したことが今回の結果につながったと言っていいだろう。

当日の朝、わずか20周走らせただけの初めてのGT500マシンで、予選2位を獲得

 SUPER GTのレギュレーションでは、シーズン中のテストはGTAが開催する公式テストか、タイヤメーカーが行なうタイヤテストだけになっている。すでに今シーズンのテスト日程はすべて終わっており、前戦鈴鹿の後に急遽GT500に参戦することが決まった牧野選手であっても、シーズン中の例外は認められないため、一度もGT500のマシンに乗らずに、GT500に参戦することになった。

 ただ、牧野選手自身は、前戦鈴鹿1000kmにおいて、2号車 シンティアム・アップル・ロータスの第3ドライバーとしてGT300に参戦しており、予選で見事に3位を獲得している(決勝はマシントラブルでリタイア)。しかも「これまでフォーミュラにしか乗ったことがなかったので、左ハンドルに乗ったのは今回が初めて、フォーミュラとは大分感覚が違う。ただ、ちょっと乗ったらすぐ慣れた」(牧野選手)とのこと。市販車ではないのか?と聞いてみると、「実は普通免許(注:レースの場合は限定免許で参戦できる)をとって1年経っていなくて、まだ若葉マーク」とのことで、市販車でも左ハンドルは運転したことがなかったそうだ。

 そんな状況の牧野選手、GT500のマシンを初めて走らせたのは、予選日の練習走行だったという。前半の50分に関しては、車両にも慣れ親しんでおり経験も豊富なチームのエースである武藤英紀選手が、マシンのセットアップやタイヤの選択などを行なった。その後牧野選手に交代し、GT500占有走行の時間も含めて残りの時間を走ることになった。その時間で牧野選手がこなせたのはわずか20周程度。その中でマシンに慣れ、しかも初めて走るチャン・インターナショナル・サーキットに慣れ、タイムを出さなければいけないのだ。

 素人が考えただけでも“無理ゲー”でしょと思えるミッションだ。しかし、牧野選手はその練習走行で4位に相当するタイムを叩き出す。かつ、タイムを出したのは予選で利用する方のタイヤではなく、やや硬い方のタイヤだったということで、「チームとしては十分いけると判断した」(道上監督)とのことだ。

 予選1回目(Q1)に関しては、混み合っている状況の中でタイムを出すことなどを判断し、経験が豊富な武藤英紀選手に任されることになった。まず武藤選手が1'24.872というタイムを出し、8位以内に入っていく。タイヤとしてはもう1周分のライフが残っていると判断した武藤選手はさらにタイムアタックし、セクター1でその時点のトップを上回るタイムを出して、トップタイムへの期待が高まったが、後半のセクターでスピンしてしまい、そこでタイムアタックは終了。それでも7位のタイムとなり、無事予選2回目(Q2)を走る牧野選手にバトンを渡すことができた。

 武藤選手は「チームメイトがいきなり若くなったので自分も若い気持ちで頑張り過ぎちゃった」と冗談で場を和ませた後、「今回は午前中と午後で路面の状況が全然違っていたりして難しいコンディションだった。車が滑る方向に変わってしまっていた」と、午後に気温や路面温度が予想よりも下がったことで、難しい状況だったと説明した。そうした状況を受けて武藤選手のアドバイスで、クルマのセッティングを和らげる方向に変更して牧野選手にバトンを渡すことになった。

レース経験豊富な武藤英紀選手。日本でもトップクラスの実力を誇るドライバー

 そのQ2では牧野選手が初めてGT500の予選をドライブすることになった。「普段はあまりプレッシャーを感じるタイプではないのですが、さすがに少し緊張しました。走り出してからはガチガチで走れないとかはなかったけど。計測の最終ラップではタイヤが終わってしまって、タイムを更新することができなかった。タイヤのウォームアップなどにはまだ課題がある」と、予選2位のタイムを出したのに、まだ改善するポイントがあると本人は語る。よく言われているように、SUPER GTはタイヤの使い方が速く走るカギになる。そうしたことをまだ勉強している段階だと牧野選手は述べるが、それでも、トップから0.033秒差の予選2位、19歳恐るべしだ。

 これから行なわれる決勝レース(現地時間15時、日本時間17時スタート)に対しては「決勝日の朝もフリー走行で走れるので、ラップダウンの処理などについても学んで行きたい。同じGT300でも、JAF-GTとGT3ではラインが全然違ったりするので、そのあたりをよく見ながら対処していきたい。チームメイトの武藤さんや道上監督と協力して勝利を目指したい」(牧野選手)とする。300kmのレースの先にどのような結果が待っているのか、ぜひ読者の皆さんもその結果はテレビ中継や本誌のレポートなどで確認してほしい。

 最後に牧野選手に将来の目標について聞いたところ、「F1のチャンピオン」(牧野選手)という答えが返ってきた。筆者がこの選手はスゴイと感じたのは、「F1ドライバー」ではなく「F1チャンピオン」と言い切ったところだ。F1ドライバーであれば22人のうちの1人だが、F1チャンピオンはその年に1人しかいないのだ。それが目標と言い切るあたり“ただ者じゃないな”と思わせる何かが彼にはある。現在牧野選手はF1の参戦しているホンダの若手ドライバー育成プログラムHFDP傘下のドライバーであるただけに、早いうちにヨーロッパに渡り、GP2などに参戦すればF1へ到達するチャンスが増えることになる。ぜひともそうしたチャンスが彼に与えられることを願ってこの記事のまとめとしたい。

将来の目標は将来の目標は「F1のチャンピオン」と語る牧野選手。決勝レースの戦いに期待したい