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ランドローバーが“海のF1”「アメリカズカップ」に挑戦する意義とは?
アジア初開催のアメリカズカップ 福岡大会でジャガー・ランドローバー担当者に聞く
2016年11月28日 21:35
- 2016年11月18日~20日 開催
これだけ情報化とグローバル化が行き届いても、日本人に縁遠いスポーツというのは世界にはまだまだ存在していて、その代表格とも呼べるがヨットのアメリカズカップではないだろうか。
アメリカズカップは第1回が1851年に開催された世界最古のヨットレース大会だ。近代オリンピックよりも、サッカーワールドカップよりも歴史がある。イギリスの王立ヨット隊がロックフェスティバルで有名なイギリス南部のワイト島を1周するレースを主催したのがその始まりだ。参加者を広く募り、地元イギリスから多くの艇が参加した中の、アメリカからの1艇が勝利を飾ったことからアメリカズカップと呼ばれるようになった。
その後、レースは3年から5年おきに開催されていったが、1983年にオーストラリアチームが優勝するまでの132年間、1度もアメリカチームは破られることがなかった。1995年にニュージーランドチームが勝利を収めたが、165年前に大会を始めたイギリスは1度も勝ったことがない。
日本チームが参戦し始めたのは、1992年からのこと。今回、福岡で大会が開催されたのも日本はおろかアジアでも初めてのことになる。
そんなアメリカズカップに参戦するイギリスのBAR(F1のかつてのBARではなく、ヨットマンのベン・エインズリー卿率いる男たち)チームとランドローバーがコラボしていると聞いて、俄然、興味が湧いて来た。
なぜ、ランドローバーが海のヨット競技に挑むのか?
なぜ、SUV専門メーカーが、山ではなく海のヨット競技に挑むのか? その理由は、福岡の大会会場に足を運んでみてよく分かった。
「ランドローバーはBARにたくさんのエンジニアを派遣し、共同でヨットの開発とレース戦略の構築などを行なっています」(ジャガー・ランドローバーのプロジェクト担当ダイレクター、マーク・キャメロン氏)と、単に資金を援助しているだけではないのだ。
「主に3つの分野で開発を進めています。まず、エアロダイナミクスとパフォーマンス予測です」(キャメロン氏)。ヨットを前進させる動力を生み出すセールの設計は非常に重要だ。眼に見えない空気を受け止め、それを動力とするセールの設計にはランドローバーが有する膨大な計算資源と、構造及び空力に関する専門知識を用いてより短い時間で最適なセールを設計しようとしている。
「2つ目はコントロールシステムです」(キャメロン氏)。コントロールシステムとは、クルマで言うところのドライバーインターフェイスとインパネである。詳細は明らかにされていないが、ヨット競技では自艇だけでなく他の艇との位置関係などが勝負を決するので、その視認性と操作性は特に重要である。オープンエアでのさまざまな気候下で行なわれるのでなおさらである。
「3つ目は機械学習です」(キャメロン氏)。人工知能(AI)を利用してセーリングのパフォーマンスデータを精査し、ヨットが最適な速度と完璧な操縦性(方向転換性能)の両方を得るための要素を理解、解明する。ヨットは目標に対して直進はできず、蛇行しながら進むので、いつ方向転換するのが最も効率的なのかを膨大なデータから導き出す。
アメリカズカップ艇には、非常に高度なエンジニアリングとレース戦略が展開されているようだった。実際に予選を沖の船から観戦すると、高度な争いの片鱗をすぐにうかがい知ることができた。
高さ20m以上にもなるセールが風をいっぱいに孕むやいなや、なんと双胴の艇は片方の艇を浮かび上げて水上を疾走し始めるのだ。さらに風を受けると、今度は反対側の艇も浮かび上がり、ハイドロフォイルという水中翼だけを水中に残して、文字通り艇を浮かして全力加速している。
全長13.45m、全幅6.9mにもなる巨大な双胴艇には5名のクルーも乗り込んでいるのである。それがトビウオのように水面を滑空している。
「艇のスピードが12ノット程度になると、ハイドロフォイルが水中で揚力を発生させ、艇を持ち上げます。そうすることで水圧抵抗を4倍も減らすことができるので、艇のスピードが飛躍的に増加します」(ランドローバーBARのCEO、マーティン・ウィットマーシュ氏)と語るウィットマーシュ氏はランドローバーBARの創設メンバーだが、その前はマクラーレン・オートモーティブグループの副会長を5年間務めていた。
ウィットマーシュ氏にちなんだわけではないが、アメリカズカップが「海のF1」に喩えられるのも頷けてくる。風を受けて艇を持ち上げて加速していくなど、テクノロジーの塊そのものだからだ。
ただし、F1と違うのは、スピードの源となるのが眼に見えない風だけだという点だろう。そのための空力開発であり、コントロールシステムだ。また、前述のようにヨットというものがタッキング(風上側への方向転換)とジャイビング(風下側への方向転換)を繰り返しながらでないと風上に向かって移動できないという特性を最適化するための機械学習も同様にとても重要になってくる。
キャメロン氏が提示した3つの開発分野におけるランドローバーBARの取り組みは確実に成果を挙げたようで、みごと福岡大会を制した。
ランドローバーの取り組みは奥が深い。製品としては本格SUVを製造し、それらの中には都会派向けのものもあるが、イメージはあくまでも過酷なオフロードを行く4輪駆動車である。それなのに、先行開発やコラボレーションの対象として、宇宙開発(ヴァージン・ギャラクティック)、フォーミュラE参戦やパリ自動車サロンで発表したEVコンセプト「I-PACE」(いずれもジャガーブランドによる)など、どれも先鋭的なものばかりだ。いずれの取り組みも、ランドローバーが掲げている「ABOVE&BEYOND」(さらなる高みへ)というスローガンを思い出してみれば合点が行く。
単に山野を駆け巡るだけにとどまらず、冒険に挑み、未知の領域を切り拓くことがランドローバーの自信であり、誇りである。アメリカズカップ挑戦も、その一環を成すものだ。