ニュース

三菱電機、学習期間を50分の1にする「スマートに学習できるAI」を「研究開発成果披露会」で初公開

「電力密度世界最高」の超小型HEV用SiCインバーターなどと合わせて紹介

2017年5月24日 開催

コイル位置がずれても高い伝送効率を維持する「双方向ワイヤレス電力伝送技術」のデモ

 総合電機メーカーである三菱電機は5月24日、同社が手がける最新の研究開発成果を関係者や報道関係者向けに発表する「三菱電機 研究開発成果披露会」を都内で開催した。この披露会ではクルマ社会に関わるものだけでなく、宇宙開発技術など幅広い分野の研究成果が展示されたが、Car Watchではクルマに関係する話題を中心に紹介する。

三菱電機株式会社 執行役社長 柵山正樹氏

 披露会は三菱電機の執行役社長 柵山正樹氏の挨拶から始まった。「この披露会は当社の成長の原動力である研究開発の状況をみなさまに報告するため、1981年より開催しているもので今回は34回目でございます。研究開発につきましては2020年度を目標にするような短期のものから、長期のものまで幅広く取り組んでいるところであります。披露会では短期、中期の研究成果を16項目紹介させていただきます。そして長期的なテーマについては4点紹介させていただきます」と語った。

三菱電機株式会社 常務執行役 開発本部長 藤田正弘氏

 続いては三菱電機 常務執行役 開発本部長の藤田正弘氏から三菱電機の研究開発戦略について説明された。

 藤田氏は「まず始めに、当社の研究開発の基本方針について説明いたします。研究開発におきましては、成長牽引事業をはじめとする現在の事業を徹底的に強化する開発と、当社の製品競争力の源泉となる共通基盤技術を引き続き深めてまいります。共通基盤技術はすべての製品の基盤となるもので、絶縁や潤滑、解析技術、分析技術といったものだけでなく、セキュリティなども含まれております。そしてさまざまな技術や事業を持つ総合電機メーカーならではの強みを生かし、技術、事業のシナジーによってさらなる価値創出を目指します。当社はこれらの研究開発により生み出されるイノベーションを通じてさまざまな社会課題を解決し、豊かな社会の実現を目指してまいります」と語った。

研究開発の基本方針と予算について。研究開発費は前年度比5%増の2120億円を投入する予定とのこと。これは売上高の5%を充てていることになり、大きな投資により持続的な成長を目指すという
研究開発を推進する体制について。国内には開発本部の研究所が3つあり、海外にはアメリカ、ヨーロッパにそれぞれ1カ所ずつある。中国には研究開発推進室を設置。これらは密に連携するとともに、国内外の大学や研究機関とも連携して研究開発を進めているとのこと
三菱電機はIoT、スマートモビリティ、快適空間、安全・安心インフラを「未来社会カテゴリー」と名付け、これらを軸にユーザーに価値を提供する研究開発を行なっている
IoTの開発にはクルマに関係する内容も含まれている。IoTはあらゆる機器が属する「機器領域」、ITシステムと機器の間で複数の機器をつなげてデータを処理する「エッジ領域」、エッジとエッジをつないだ分析や機器以外のデータを活用して分析を行なう「ITシステム領域」という3つの領域に分かれている。そして機器とエッジをスマート化するAI技術を現在開発しており、これは今回の披露会でも展示された
その三菱電機のAI技術ブランドには「Maisart(マイサート)」という名称が付けられている。AI技術ですべてのものを賢くする思いを込めて、スマートAIの文字を並べ替えて作った造語だ
現在はクルマとは関係ないが、音声認識の技術も高度化しているという例。車内の機器などを音声コントロールできる日が来るかも知れないし、話者を高度に特定できる音声認識の技術は、例えば車両盗難防止用のセキュリティなどにも活用できそうだ

スマートに学習できるAI

 ここからは、展示会場で見かけたクルマに関わる案件を紹介していく。最初は藤田氏の話にも登場したAI技術から。

 今回の展示ではロボットアームが配線カプラーをコネクターに差し込む作業をAIが自分で学習する機械学習のデモを行なっていたが、ここで示しているのは差し込みの動作が上手になるということではない。

 AIにおける学習はミスを繰り返すたびにデータを蓄積し、最終的にスムーズに行なえるようになっていくが、現在は1年前の技術と比べてミスをする(学習する)回数を大幅に減らすことに成功している。そのことをロボットアームを使って実証していた。

ロボットアームがカプラー差し込みを学習するシーン(1分23秒)。1年前はこの手順に約50分掛かっていた
学習後のロボットアームの動き(40秒)。受け側の位置や向きがずれていても正確に差し込みを行なっている

 クルマの自動運転や運転支援にもこの先はAIが導入されていくと予想されるが、クルマの運転ではミスを繰り返して学習するというわけにはいかないので、運転に関わる面でAIが台頭するには、今後さらにスマートに学習する技術を進化させることが必要。ただ、解説員の話によると、AI技術が進化するスピードはかなり速いということなので、近い将来にAIが大きく関わる運転系の新しい技術を搭載するクルマが発売されるかもしれない。

従来は50分かかっていた学習を1分に短縮した“短時間で学習できるAI”を三菱電機では開発。さらにユニットのサイズもどんどん小型化されているとのこと

HEV用超小型SiCインバーター

“電力密度世界最高”のHEV用の超小型SiCインバーター

 次はHEV用の超小型SiCインバーター。これは中型、大型以上のセダンに搭載されるインバーターとして開発されたという。特徴は従来品に対してサイズを半分以下にしているところだ。インバーターはバッテリーから電力を受け取ってモーターを動かすもので、インバーターの性能については単位体積あたりでどれだけパワーが出るかという指標があるが、このインバーターでは従来より倍以上の出力が出せるとのこと。

 小型インバーターを使うメリットだが、機器が小さくできればエンジンルーム内のレイアウトに自由度が出るし、コンパクトに作れるとそのぶんキャビンを広げることも可能になる。

 さらにこの超小型SiCインバーターにはもう1つのメリットがあり、それはパワーモジュール内のデバイスにSiC(シリコンカーバイト)という超低損失デバイスを採用しているため、車両トータルとしての燃費が上がるという説明だった。

HEVでのインバーターの役割について
今回の披露会では、従来型から格段に小型化した新しいインバーターの開発品が展示されていた
新型インバーターの紹介。パワーモジュール内部のSiCチップは発熱するので冷却が必要。従来は基板との接続にグリス接続モジュールという方法を用いていたが、それをはんだ接続モジュールにしたことで放熱性がアップ。低熱抵抗化が実現したとのこと
SiCパワーモジュールはクルマ以外でも多くの分野で使われているが、今回の製品は車載用として開発されている

車両間協調による自動運転システム

「死角」をなくす車両間協調による自動運転システム

 自動運転では自車に付いているセンサーだけだと物体の影に隠れたものが見えないなどの死角ができてしまう。そういった死角をなくしてより安全に自動運転ができるようにする技術が車両間協調による自動運転システム。クルマとクルマが相互通信を行ない、それぞれの周辺状況を共有する技術だ。今回は交差点での直進と右折を例に解説された。

 想定する状況は、直進車の後方にバイクが走行。対向車線で右折待ちをしているクルマからは直進車の死角にいるバイクが見えない。そのままいくと危険な状態になるのだが、直進車が備えるリアの状況をチェックするセンサーとカメラからの情報が無線通信で右折車(特定のクルマを指定するのではなく、周辺にいるすべてのクルマ)に送る。すると右折車でも直接見えていないバイクの存在が認識できるので、バイクが通過するまで動き出さないというもの。この技術はレベル3の自動運転から採用される予定だという。

直進している対向車の死角にバイクが走行しているというシチュエーション。実際の道路上でも珍しくない状況で、クルマの運転中に遭遇した経験を持っている人も多いのではないだろうか。自動運転の実用化に止まらず、この技術は早く実用化してほしい
シミュレーターの映像。右折車側の視点で自車が進む予定が点線で表現されている。想定進路に対して直進車が来ているので停止しているが、データには直進車の後方に赤く飛び出た印がある。これが車両間通信によって得たバイクの存在を示す表示
シミュレーター画面の右にあるのは実社会をイメージした映像。街並みとバイクが写っているので理解しやすいだろう
こちらは自動運転による未来の交通社会という展示。ここで重要なのが、今後の実用化を目指している「ダイナミックマップ」。これは詳細な地図というだけでなく、リアルタイムの道路情報、将来的な渋滞予測、地区ごとの詳細な天候(ゲリラ豪雨など)に加え、地下鉄の駅といった構造物内のルートまで表示したり、状況把握ができるもの。こういったデータを使うことで、安全・快適な移動が可能になるという

EVで変わる街のエネルギー利用

EVを建物の蓄電池として、買電の電力ピークを超えない対策

 続いてもEVに関する技術だが、これは建物とクルマの間で電気を賢くやり取りするエネルギーマネジメントシステムだ。

 例として挙げられていたのは郊外の工場。郊外で働く人はクルマ(EV)で通勤することが多いはず。すると1カ所に多くのEVが集まることになり、通勤のクルマなら駐車時間も長い。そして最近の工場では太陽光発電装置(PV発電)を設置していることも多いが、郊外で敷地が広ければ規模の大きいPV発電システムが設置できるので、そこで作った電力を工場の稼動に使うだけでなく、従業員のクルマを充電することも可能だ。これによって従業員がEVを選ぶメリットが増える。

 とはいえ、PV発電は規模が大きくても天候がわるければ効率も悪化。そこに工場がフル稼動すると自前の電力が不足してくるので、電力会社からの買電に頼らざるを得なくなる。しかし、こんなときに従業員のEVが蓄電池として使えると、工場で使う電気が一定時間確保できる。そしてピークが過ぎたらEVからの供給をカット。反対に工場の電力でクルマを再充電して、従業員が退社するころには再充電されているというアイデアだ。

EVが普及したと仮定する未来。通勤のクルマは駐車場に設けられたワイヤレス充電装置で充電される
PV発電量が需要に追いついていないときは、EVから工場に給電して電力会社からの買電量を抑える。そして稼働率が戻ってからEVに再給電
災害で停電したときなどは、状況をEMSが検知して施設の設備を制御する。電力は蓄電池やEVから取り出され、重要施設に給電することで必要な機能を維持する

双方向ワイヤレス電力伝送技術

EVを普及させるためには不可欠という双方向ワイヤレス電力伝送技術

 EVが普及するためにはクルマのバッテリーを充電する設備の発展が必要となる。もっとも求められているのは路面に埋め込まれた送受電コイルとEV側の送受電コイルでのワイヤレス充電だが、これまでのワイヤレス充電装置では、双方のコイルの位置がずれると充電効率が大幅に低下していた。資料として用意されたデータでは、位置が正常の場合はワイヤレス充電装置で90%の伝送効率を出せるが、位置がたった15cmずれただけで伝送効率が約60%まで下がってしまう。そのため、充電完了までの時間に約2時間の差が出るとのこと。この問題を解決するために高効率制御方式が考案され、その開発成果が展示されていた。

 一般的な充電装置では機器と充電装置の位置関係はあまりずれることがないので、ある一定の位置で効率が出るように送信、受信側の回路を設計しておけばいいとのことだが、ワイヤレス充電装置でも「ずれないこと」を前提に設計してしまうと、当然効率にばらつきが出る。そこで、ずれたときでも効率がよくなるよう制御する回路を開発したとのこと。

ワイヤレス充電の効率低下が起こる位置のずれに対して、ずれた状態でも効率よく充電できることと、EVのバッテリーから施設に給電できるようにした双方向ワイヤレス充電装置を開発している
高効率制御により、コイルが15cmずれても伝送効率の低下が抑制される
技術のまとめ。対称回路として双方向での電力伝送が可能になっている
開発中の充電装置と従来装置の比較デモ。上段が高効率制御を備えた開発中のもの。模型のバッテリーからワイヤレスで送電している状態で、模型の位置は模型側と路面側のコイルが上下とも同じだけずれた位置にしている。送電した電気で模型後方のLEDライトパネルを光らせており、上段の方がはっきりと明るいことで効率よく送電していることを証明している
ワイヤレス充電装置を交差点に設置して、信号待ちの時間で少しずつ充電するというアイデア。もちろん実用化にはいろいろな問題もあるが、実現すればEVがより便利なものになる。なお、雨天時などの水がある状況でも、ワイヤレス充電の影響で周辺の人が感電するようなことはない

アニメーションライティング誘導システム

2016年は駐車場内の案内表示などで紹介していたアニメーションライティング誘導システムを、今年はビルなどの案内表示に使って展示。エレベーターのセットが用意され、内部の状況をカメラで把握して、エレベーター内に車いす利用者がいるという設定。エレベーターが目的階に到着する前に、扉にアニメーションを投影して車いす利用者が降りることを表示。その後、出入り口の空けてほしいスペースを表示することで、エレベーター利用者がスムーズの乗り降りできるようにするというデモ内容。投影にはプロジェクターを使用している

 今年の披露会で登場したクルマ関連の研究は、実用化のイメージがわきやすいものが多かったという印象。この場にあるのは“未来の技術”なので、現在のクルマ社会が未来に向けて進んでいるからこそこのような研究開発が身近に感じるのかもしれない。今回見せてもらった技術はどれも実用化されれば非常に便利なものばかりなので、研究開発の進展を期待したい。