レクサス「LFA」チーフエンジニアに聞く
「ドライバーの意図するように動いてくれるじゃじゃ馬」

LFAと棚橋チーフエンジニア



 第41回東京モーターショー(2009年10月21日~11月4日)は「エコカーのショー」「電気自動車やハイブリッドカーが主役」と言われたが、一方でクルマ好きの間では、ホンダCR-ZやトヨタFT-86などのスポーツカーが話題となった。その中で間違いなくスターの輝きを放ち、注目を集めたのがレクサスのスーパースポーツ「LFA」だ。

 412kW(560PS)のV型10気筒エンジンと6速シーケンシャルトランスミッション、トランスミッションはおろかラジエターまでリアに配置して前後重量配分に配慮したFRレイアウト、カーボンファイバーを多用して車重を1.5tに納めたボディー、アグレッシブにしてエレガントなスタイリング、3750万円という価格、全世界限定500台の生産台数、豊田章男社長の開発への関与などなど……LFAの注目すべきポイントは多々あるが、いずれにしろエコカー三昧の日本の自動車業界では、GT-R以来の心躍る“ドリームカー”と言える。

 そんなLFAはどのような考えのもとに作られたのか。チーフエンジニアの棚橋靖彦氏に東京モーターショーの会場で伺った。(以下敬称略)

LFAのパワートレーン

安全なスーパースポーツ
──LFAはどのような車にしようと考えて開発したのか。

棚橋 「世界一速く、安全で、官能的」な車。「最高の動力性能・運動性能が最高の予防安全になる」という思想で作られている。限界になっても、最後の最後までクルマがドライバーを見放さない。お釈迦様の掌の上にいる限りはめいっぱい楽しんで、崖っぷちに行ったら知らないうちにお釈迦様がそっと助けてくれる、そんなイメージだ。

 それを実現するには、まずはベーシックな性能が大事。それがないと、いくら電子制御で安全にしても、ある一定以上のレベルにはならない。

 だからエンジンはあえてリアミッドではなくフロントミッドに置いて、その代わりトランスアクスルやリアラジエターを採用して、コントロールしやすい少し後ろ寄りの重量配分にした。

 さらに、ドライバーをクルマのど真ん中に置いた。それも、前後だけでなく、左右もできるだけ中央においた。そのために、トルクチューブと排気管を2階建てにして、センタートンネルを狭くしている。

──スーパースポーツの開発目標に「安全」が入るのは意外だが。

棚橋 安全という言葉のイメージはいろいろあると思うが、私が言っているのは「ダイナミックな安全」。スタティックな安全、受け身の安全ではなく、能動的な安全。危険な状態にあっても、最後の最後までドライバーがクルマをコントロール下に置ける、そういう自信が持てるクルマにしたということだ。

──LFAの仮想敵は?

棚橋 敵、という考え方はしなかった。スーパースポーツはみんな仲間。もちろん開発の過程でフェラーリやポルシェに学ぶところは多かったが、それらを打ち負かすのでなく、彼らとは違うレクサス独自のスーパースポーツを作ろうと考えた。

LFAのV10エンジン

ダイレクト感が官能につながる
──この価格のスーパースポーツなら、12気筒以上のエンジンがあたりまえだが、V型10気筒を選んだのはなぜか?

棚橋 大きさ、重さというパッケージング上の要望と、高回転まで回してパワーを出すという2つの要素のバランスを考えたうえで決定した。V10はむやみに大きくなく、重くなく、一方で高回転まで回せる素質も持っていてちょうどよい。かつてF1がV10に席巻された時代があるが、あれと同じ理由だ。

──このエンジンにトヨタF1とのつながりはあるのか?

棚橋 同じ部品を使っているかと言われれば、それは1つもない。しかしフリクションロスなどの各種の損失を極限まで減らし、できるだけ短時間でガソリンを有効に燃焼させるという考え方は一緒だ。F1だけでなく、モータースポーツエンジンの考え方、DNAをふんだんに織り交ぜている。

 ちなみにエンジン開発のチーフは、トヨタのモータースポーツエンジンを長く担当してきたし、カーボン骨格のマテリアルの責任者もF1をやっていた。

──カーボンを多用しているが、骨格の何%くらいがカーボンなのか。

棚橋 骨格は一部アルミを使っているが、基本的にカーボンでできている。外板もカーボンで、一部グラスファイバーを使っている。たとえばドアやフェンダーはグラスファイバーだが、これはカーボンを使うと経時劣化などの問題で塗装品質が若干よくないから。どうしても人の目はルーフやボンネットよりも、フェンダーやドア、リアのふくよかな部分に行く。

 また、カーボンはやはり樹脂なので、熱には気を遣った。たとえば排気系まわりはしっかり遮熱する必要があった。遮熱ひとつ取っても、従来の鉄を主体にしたものとは世界が違った。

LFAのトランスミッションは6速AGS(Automated Sequential Gearbox)

──なぜデュアルクラッチではなくシングルクラッチなのか?

棚橋 デュアルクラッチは湿式多板にせざるを得ないが、湿式多板はダイレクトなフィーリングが希薄に思えた。単式乾板の「クラッチが切れてギアが入ってクラッチをつないで」というダイレクト感がほしかった。

 変速のタイムを短縮することももちろん大事だが、LFAでは「変速の質」を重視した。変速をしている、変速を今したという実感が大事だった。

──スムーズネスが要求されることが多いトランスミッションにあって、その考え方は珍しいのではないか。

棚橋 トランスミッションに限らず、このクルマの“スムーズ”は結果であって、スムーズネスのために何かをやったりはしなかった。最初からスムーズを狙うとろくなモノができないというのが私の持論だ。

 だからショックなんか多少出てもいいと設計陣に言った。変速に限らず、エンジン、ステアリング、ブレーキ、すべてで一番大事にしたのはダイレクトなフィーリングだ。

 自分がクルマを操っているという実感が湧くかどうかは、ダイレクト感にかかっている。最初に言った開発目標の「官能的」とは、そういうことだ。

 運転していて、このまま死んでもいいと思えるほどの陶酔の境地に浸れるかどうか。そのためにマスターテストドライバーの成瀬弘が最高責任者として走り込んだ。

LFAを紹介する豊田章男社長

社長と社員ではでなく開発陣の一員
──豊田章男社長が開発の初期段階から関与していたと言うことだが、どのように関与していたのか。

棚橋 2003年6月に最初のプロトタイプができてから、ことあるごとにテストコースやサーキットで実際に乗ってもらった。

──豊田社長の関与の深さはどの程度だったのか? たとえば毎日、開発の現場に来たり、開発陣にメールを送ってきたりするようなことはあったのか?

棚橋 それができるほど彼も暇ではない(笑)。しかし、現実はそこまで立ち入れなくても、社長と社員という関係ではなく、一緒にこのクルマを作り上げていく、開発陣の一員だという意識が彼にはあったと思う。だから私も、テストコースやサーキットでは、社長や役員という立場ではなく、一緒にクルマを作り上げる仲間という意識で接していたつもりだ。

──豊田社長の意見や指示で印象的だったことはあるか?

棚橋 3年前だったと思うが、「ちょっとまだじゃじゃ馬ですね」と言われたことが一番印象的だった。「じゃじゃ馬」という言葉にはよい意味もわるい意味もあったと思うが「じゃじゃ馬であるだけではだめで、最終的には調教して、ドライバーの意図するように動いてくれるじゃじゃ馬になってほしい。じゃじゃ馬のよさを活かして、うまく調教してほしい」という可能性を期待して言ったのだと思う。

──社長と意見がぶつかったことは?

棚橋 ないとは言わないが、それらはすべて身のある議論につながった。

(編集部:田中真一郎)
2009年 10月 30日