強力な新Tegraシステムを武器に自動車産業へと乗り出すNVIDIA【前編】
フルデジタルのメーターパネルを容易に実現


 自動車のデジタル化と言えば真っ先に思いつくのは、センターコンソールに鎮座しているカーナビのデジタル化ではないだろうか。実際カーナビは、従来の地図案内とAVシステムというレガシーの機能だけでなく、今後はインターネットの機能などを実装していくことが予想されており、IVI(In-Vehicle Infotainment)と呼ばれる車載情報システムへの進化が期待されている。

 だが、デジタル化が期待されているのはそうしたIVIのエリアにとどまらない。自動車とドライバーのもっとも重要なインターフェイスの1つであるスピードメーターやタコメーターなどが収まるメーターパネルも、今後はより広範な情報を表示するためデジタル化が進んでいくものの1つだと考えられている。

 そうしたIVIやメーターパネルのデジタル化に重要な技術となるのが、パソコンの世界でいうところのGPU(Graphics Processing Unit:グラフィックスを処理するプロセッサー)だ。そのGPUの世界で、技術力で高い評価を受けているメーカーがNVIDIA(エヌビディア)で、ここ近年は自動車向けのソリューションに力を入れており、欧州の自動車メーカーにすでに採用されている。

 今回は、そうしたNVIDIAのインダストリーセールスマネージャ 浜田勝氏に、同社の自動車向け1チップソリューションTegra(テグラ)に関する戦略などについてお話をうかがった。


NVIDIA インダストリーセールスマネージャ 浜田勝氏

IVIも、メーターパネルもデジタルへ
 現在、自動車産業はまさにアナログからデジタルへの大転換期を迎えている。とくにIVIの高度なデジタル化は必須とも言えるもので、これまでは単に音楽や映像ぐらいしか再生できなかったカーナビが、通信という新しい機能を追加することでTwitterやWebサービスなどさまざまな新しい機能を容易に実装できるようになる。

 これまで自動車メーカーや、そのOEM元としてカーナビを作ってきたカーナビメーカーは、自社の技術にこだわってきたので、それこそグラフィックスチップの開発から、その上で動くソフトウェアまでほとんどを開発してきた。しかし、そのやり方はすでに限界を迎えつつある。というのも、そのように自社で何もかも開発するというやり方だと開発費が高騰しすぎてしまうからだ(この辺りは以前の記事「インテル、IVI事業に関する説明会を開催」を参照)。

 このため、自動車メーカーやカーナビメーカーも考え方を変えつつある。ユーザーが直接触れる部分であるHMI(Human Machine Interface)と呼ばれる、操作体系やユーザーインターフェイスの部分だけはメーカーが設計し、その下にあるアプリケーション、ミドルウェア、OS、ハードウェアの部分はオープンプラットフォームのものを採用していくという方向に向かっている。これにより、HMI以外の部分は、例えばOSならマイクロソフトのものやLinux、Androidなど、プロセッサーはNVIDIAからなど外部の会社から買ってくることで、低コストで強力なIVIシステムを構築できるようになるのだ。

 同じことはメーターパネルにも起きている。自動車の計器類と言えば、多くの読者にとってはアナログのものがおなじみだろう。一部の高級車には全面液晶表示のデジタルメーターパネルが採用されているが、限られた車種のみだ。しかし、今後はおそらく大衆車にもデジタルメーターパネルが普及していく可能性が高い。というのも、現在のデジタルメーターパネルは、ほぼフルカスタムで作られているため非常に高コストになっているのだが、今後汎用のパーツを作って構成すれば、メーカーはHMIだけを作ればよくなり、IVIと同じように低コストで設計することが可能になるからだ。

NVIDIAの強みであるビジュアルテクノロジー
 こうした自動車産業の流れの中、NVIDIAもそのプレイヤーの1社として名乗りを上げている。

 そもそも自動車業界の関係者にはNVIDIAの名前はあまりなじみがないかもしれない。NVIDIAは1993年に創業した半導体メーカーで、パソコン向けのGPU製品では、常にテクノロジーリーダーであり続けてきた企業だ。NVIDIAの強みは、パソコンのGPUビジネスで培ってきた、同社がビジュアルテクノロジーと呼ぶ画面表示技術にある。一般的なディスプレイに疑似3Dの画面を表示する技術では、NVIDIAやAMDはリーディングカンパニーとなっている。

 これまでパソコン向けビジネスをメインとしてきたNVIDIAがなぜ自動車事業なのかと言えば、IVIにせよ、メーターパネルにせよ、HMIがディスプレイに表示されることになるので、グラフィックス性能へのニーズが従来よりも高まっていることにある。そこにNVIDIAがこれまでパソコンビジネスで培ってきたビジュアルテクノロジーが生かせるからだ。

 実は、NVIDIAの自動車事業への取り組みは古い。浜田氏によれば「自動車事業への取り組みは2004年から始まっている。2006年には仏PSAプジョー・シトロエンの市販車に採用されており、これまで累計で約100万台出荷しました」と言う。NVIDIAのグラフィックスチップは、PSAプジョー・シトロエンに採用されたのを皮切りに、独フォルクスワーゲンAG、伊フィアットグループなど複数のメーカーで採用され今に至っているのだと語る。

NVIDIAの歴史、1993年に設立されて以来、グラフィックスチップの世界ではトップを走り続けているNVIDIAの半導体が採用されている自動車のリスト、欧州メーカーの数多くの車種に採用されている

もともとはパソコン用のGPUを自動車用にリファイン
 ユニークなのはこれら市販車に採用されているチップは、パソコン用に採用されたGPUそのものだったのだと言う。例えば、NVIDIAは1月に米国ラスベガスで行われたInternational CESにおいて、アウディ「A8」などに同社のGPUが採用されたことを明らかにした(【CES 2010】【NVIDIA編】次世代版Tegraを発表。GF100の新機能もアピール[PC Watch]

 今年アウディが販売予定の新型車には、NVIDIAの組み込み専用チップであるEMPが採用されている。このEMPは、パソコン用のGPUとしてはGeForce 4 MXのブランド名で販売されたチップそのもので、「自動車向けにEOL(製品の提供期間)も10年前後を考えており、稼働保証温度も摂氏-40~+85度となっている」(浜田氏)とのとおり、自動車向けの厳しい温度保証を行って販売しているのだと言う。パソコンに使われていたGPUが、自動車用で使われているというのも驚きだが、EMPという2002年にリリースされたチップがいまだに作られているというのにも驚かされる。

 ただし、こうしたパソコン用のチップを転用するというのは、NVIDIAにとっては一時的なソリューションなのだろう。というのも、すでにNVIDIAは自動車向けの半導体の本命をリリースしている。それがTegraのブランド名で知られるSoC(System On a Chip)だ。SoCとは、1チップに複数の機能を詰め込んだ半導体のことを指し、従来はCPU(一般的なアプリケーションを実行するプロセッサー)、GPU(グラフィックス関係の処理を実行するプロセッサー)、チップセット(I/Oと呼ばれるインターフェイスを担当するチップ)と別々のチップに分かれていたものを1つにまとめたものだ。

 TegraはARMコアのCPUに、NVIDIAのGPU、動画のデコーダー、各種I/Oコントローラーなどが1チップになっており、2008年に発表され市場投入された。自動車以外の採用例としては、マイクロソフトが米国で販売しているZune HDと呼ばれるポータブルマルチメディアプレイヤーが知られており、同じクラスのほかの製品では実現されていないHD動画の再生などが実現されている。

新Tegraには1つのチップの中に、複数の機能を統合したSoCとなっている新Tegraのダイ(半導体チップ)写真2010年のアウディ車にはGeForceベースのものが採用されており、2012年には次世代Tegraが採用される予定

強力なプロセッサーパワーを備える新Tegraで新しい自動車の形を作る
 さらに、NVIDIAはこのTegraの新製品として、従来までは“Tegra2”の開発コードネームで知られてきた新世代のTegraを今年1月のInternational CESにおいて発表している。この新TegraはARM Cortex A9のデュアルコアをCPUとして内蔵しているほか、GeForce GPU、イメージプロセッサー、HD動画の処理プロセッサー、オーディオプロセッサーなどを内蔵する非常に強力な製品になっている。これだけで単体のコンピューターが作れるほどであり、今後NVIDIAはこの新Tegraを自動車向けの半導体のメインに据えると言う。

 こうした強力な半導体を利用することで、その用途は多彩なものとなる可能性がある。例えば、カメラで撮影した映像をもとにしてドライバーの運転を支援するシステムは、スバルのEyeSightなどが知られているが、新Tegraを利用することで、カメラを追加するぐらいの投資で安価に実装できるようになる可能性がある。というのも、Tegra2にはイメージプロセッサーと呼ばれる、画像を解析する専用のプロセッサーが内蔵されており、それを利用することで高価な別プロセッサーを搭載することなく、ソフトウェアを作るだけで機能を実装できるからだ。

 なお、新Tegraではまだ実装されていないものの、NVIDIAはパソコン用のGPUにCUDAと呼ばれるソフトウェアの仕組みを導入している。このCUDAは、NVIDIAのGPUを利用して汎用のアプリケーションを作るための仕掛けなのだが、次世代Tegraで実装される見通しだ。今後プログラマーはそうした機能を利用して、自動車に新しい機能を安価に追加できるようになる時代がすぐそこまで来ている。

強力なイメージプロセッサーを内蔵しているので、低コストで画像解析を行うことができ、ドライバー支援機能の追加も容易になる中央が新Tegraのチップ。この1チップの中に強力な処理能力が詰まっている

パソコン事業で培ったソフトウェアサポートで自動車メーカーをバックアップ
 これまでNVIDIAのGPUを搭載した自動車は、欧州のメーカーが多かったが、今後は日本の自動車メーカーへの採用を働きかけていくと言う。「実はNVIDIAの売り上げのうち1/4は、すでに自動車メーカー向け。QuadroやTeslaといったプロ向けのグラフィックスカードを、CADやコンピューターによる構造解析用途として国内メーカーの開発部門に納入しており、それらを通じて取引がある」(浜田氏)と、開発部門に限れば決してNVIDIAと自動車メーカーとは遠い関係ではなかった。ただ、今のところ国内メーカーの市販車にNVIDIAの半導体が採用された例はないため、やはりNVIDIAらしいメリットは何かが必要になるだろう。

 そうしたNVIDIAの半導体を採用するメリットになるのが、NVIDIAがパソコン事業で培ってきたさまざまな形のソフトウェアライブラリや開発のノウハウを自動車メーカーに提供していくことだ。NVIDIAは新TegraなどNVIDIAの半導体を利用した製品を開発する自動車メーカーに対してSDK(ソフトウェア開発キット)を無償で提供する。例えばその中の1つであるUI Composerというソフトウェアを利用すると、グラフィックスに関する高度な知識がなくても、簡単にHMIやメーターパネルのデザインを行えるようになる。「プログラミングの知識がないデザイナーでも、UI Composerを利用することで簡単にメーターパネルの設計を行うことができる」(浜田氏)と、NVIDIAとしては単に半導体を提供するのではなく、そうしたSDKも一体的に提供することで簡単にHMIのデザインを行うことができるのは採用するメーカーにも大きなメリットがあると言えるだろう。

SDKとしてメーカーに提供されるツールに含まれるUI Composerを使うと手軽にデジタルメーターパネルの設計が可能になる

 浜田氏によれば、現在日本のNVIDIAには営業とソフトウェアサポートの部隊がおり、それらのメンバーを中心に日本の自動車メーカーに対しての働きかけを強めていくと言う。さらに、ワールドワイドでは2000人を超えるソフトウェアエンジニアがサポート体制を整えており、メーカー側のさまざまなニーズに応えていく。「弊社のCEOであるジェンスン・ファンは今から5年後、Tegraは弊社の最大のビジネスになっているだろうと語っており、今後NVIDIAとしてこのTegraビジネスに力を入れてていきたい。その中でも自動車向けは大きな割合を占めると考えている」(浜田氏)との言葉どおり、今後日本のメーカーでも、NVIDIAの半導体を採用したIVIやデジタルメーターパネルを採用するメーカーもでてくる可能性があるか期待したいところだ。

UI Composerを利用して作ったデジタルメーターパネル。左がスピードメーター、右がタコメーター。中央の車は3Dで表示され、360度自由に回転する。ドアが開いていることを3Dグラフィックスで分かりやすく警告している。こうしたデジタルメーターパネルを、難しいプログラミングの知識がなくても作ることが可能になる

(笠原一輝)
2010年 6月 16日