「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード2010」リポート
クルマ好きでなくても楽しめる“クルマ好きの祭典”

グッドウッドハウス前に造られたオブジェ。毎年異なるテーマで造られるため、このオブジェもグッドウッドの注目の1つ(待ち合わせ場所としても便利)。今年はアルファロメオ誕生100年を記念して、アルファのシンボルであるクローバーをイメージしたフレームに、「P2」と「8Cコンペツィオーネ」の実車を空中展示!

2010年7月2~4日(現地時間)
ウエスト・サセックス州チチェスター



 「Goodwood Festival of Speed」(グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード)は、ロンドンから100kmほど南東に向かった、ウエスト・サセックス チチェスターにあるマーチ卿の私邸内で行われる、世界最大の自動車イベントとも言われている。

 クルマ好きにも色々な“好き”があると思うが、特に過去に遡ってレースやラリー、2輪のモータースポーツに興味のある方にとっては、たまらないイベントだ。だからと言って、”いかにも”なクルマ好き人間ばかりが集うわけではないようで、それがこのイベントの素晴らしさでもあるようだ。ここではそんな雰囲気と今年の様子を紹介したいと思う。

歴史的名車の走行を目の前で
 2010年のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードは、アルファロメオ誕生100周年やF1の60周年、カレラ・パナメリカーナ60周年、RACラリー50周年など、アニバーサリーイヤーを盛り上げるモデルたちのエントリーも注目の1つだった。また、今年から「ムービング・モーターショー」というプログラムが加わったことも新しい。

 毎年、マーチ卿の屋敷である「グッドウッドハウス」前に造られるモニュメントが話題になるのだが、今年は100周年を記念してアルファロメオがフィーチャーされていた。アルファのシンボルとも言えるクローバーをイメージした真っ赤なパイプフレームに、ワールドグランプリが始まった1924年にデビューした「P2」と、最新スポーツカーである「8Cコンペティツォーネ」を空中に実車展示。これほど大胆なオブジェはいつでもどこでも見られるものではないだろう。

 リストによると今年の参加台数は、展示のみのモデルや2輪も含め440台。会場内では概ねカテゴリーやメーカーごとに区切られたテントの中に、GPマシンやF1マシン、グループCカーや、タルガフローリオ、ミッレミリアなど、歴史や伝統そして人気のあるレースシーンで活躍したマシンが並べられている。

 来場者はそれらのマシンを間近で見ることができるばかりか、メカニック達が走行の準備をする様子、そしてコースを走る姿まで、すぐ近くで見ることができるのがグッドウッドの素晴らしいところだ。F1を初めとする大きなレースともなれば、一般的にピットに足を踏み入れることなどできない。しかし、この会場では目の前でエンジンカウルを外し、ピカピカのエンジンを眺めることもできるし、耳を塞ぐほどのエンジン音をメカニック達の作業とともに楽しむこともできる。これも貴重な体験になる。

会場の全体地図。右上の緑の中にあるサーキットのようなコースが、フォレスト・ラリー・ステージ。下から上へと中央に走る濃いグレーの線は、レーシングカーなどが走るヒルクライムコース。その右側の赤いマークは、モータショーさながらの自動車メーカーのブース。まさに見所は盛りだくさん大きなレースイベントではまずあり得ない距離で走行するマシンを観ることができるのがグッドウッドの最大の魅力だろう普段は羊などが放牧されている牧草地もイベント期間中は駐車場になる(足下には糞が落ちていたりするので注意)。実は駐車場にもお宝のようなクラシックカーがあちこちに停まっていた
「グッドウッド・フォレスト・ラリー・ステージ」(ラリーコース)では、ラリー史に名を残すモデルたちの走行を目の当たりにすることができる。特に今年はRACラリーが50周年を迎える年でもあり、RACラリーを意識したエントリーが多かったようにも思えた。写真はランチア「フルビアHF」(1973年)戦車のデモ走行や、車内見学も人気があった上空では空軍などによる迫力のあるエアショーも楽しめる

華やかで話題性たっぷりのドライバーたち
 またそれらをドライブするドライバーたちにも目を向けなければもったいない。

 例えば1965年製のロータス・フォードのインディマシンをドライブしたのはジャッキー・スチュアートであり、アウトウニオン「タイプD」はピンクフロイドのニック・メイソンだった。またBMW「328MM」は日本のツーリングカーレースのBMWチームで活躍したスティーヴ・ソパーが、メルセデス・ベンツ「300SLR」はミカ・ハッキネンが、1973年製のGPマシンのロータス・コスワースはフィッティバルディやコヴァライネンらが颯爽とヒルクライムコースを走って見せてくれた。

 F1マシンについては、現役ドライバーが大活躍。ジェンソン・バトンやルイス・ハミルトンがマクラーレンを、ニコ・ロズベルグとニック・ハイドフェルドは2009年のブロウン・メルセデスを、2009年モデルのレッドブル・ルノーをデザイナーのエイドリアン・ニューイーがドライブし、さらに注目を集めていたのが、1993年にアイルトン・セナがドライブしたマクラーレンを走らせたのが、甥っ子のブルーノ・セナだったことだ。

 これらは“例えば”の紹介であり、筆者の知らぬ往年の名ドライバー達も、多数ハンドルを握っていたようだ。こうしたドライバーたちの走りはもちろんだが、マシンに乗り込む様子を間近で見られるのもグッドウッドの魅力なのだ。

BMW「328MM ツーリング・クーペ」は1939年製。今年は日本でもJTCCのBMWドライバーとして活躍したスティーブ・ソパーがハンドルを握ったアウトウニオン「タイプD」はピンクフロイドのニック・メイソンが昨年に続きドライブ2輪も2010年モデルのスーパーバイクマシンや、1930年代にヨーロッパチャンピオンシップ、マン島TTレースで活躍したマシンなどが集められていた。写真はBMWグループクラシックからエントリーしたBMW「タイプ225 コンプレッサー」。ライダーはトロイ・コルサとマイケル・ニーヴが務めた

レーシングマシンだけでなく
 最も多くの貴重なモデルを展示/走行していたのはやはりアルファロメオだった。古いモデルでは1913年製の「40/60HP コルサ」をアルファロメオ・ミュージアムから運び込み、展示のみならず走行も披露してくれた。他にも近年ツーリングカーレースでも活躍していたマシンを含め、様々なレースで活躍したマシンがズラりと並ぶ光景は圧巻だ。カタチこそ様々だが、アルファの赤いマシンは30台近くあったのではないかと思う。

 カルティエが主催する「Style et Luxe'」ブースでは今年、イタリアン・デザインがテーマだった。ヴィットリオ・ヤーノやガンディーニ、ジウジアロー、ピニンファリーナなどが手がけたモデルがそこここにあるのだ。こちらにも1930年代のアルファロメオ「8C」だけでも6台が展示されていたのをはじめ、アルファ以外にもコンセプトカーや、個人でカロッツェリアにオーダーした1点ものなど、その希少さに多くの人の目が集まっていた。

 「ムービング・モーターショー」は、今年から開催がなくなってしまった、バーミンガム・モーターショーの代わりに何かできないかと、主催者であるマーチ卿が考えた新企画。

 グッドウッドのメイン開催日は金曜日から日曜日なのだが、今年は木曜日に、一般の観客を助手席などに乗せて同乗走行をするという試みが行われていたようだ。また、会場内にはモーターショー会場のメーカーブースを思わせる展示ブースが立ち並び、そちらもプチ・モーターショーらしさを醸し出していた。

アルファロメオは誕生100周年という大きなアニヴァーサリー・イヤーであったため、戦前のスポーツカーからF1、近年のツーリングカー、そして最新の「8Cコンペティツォーネ」まで、様々な多数のモデルの走行・展示を行った。手前は「ティーポ33“ペリスコピア”」(1966年)。左右シートの後ろに、キャブレターを冷やすための空気取り入れ口がある。これが潜望鏡=ペレスコピアのようなカタチであることから、その名が付けられたアルファロメオ「8C-35」ズラリと並ぶロータスのF1マシン。手前のロータス-プラット・アンド・ホイットニーMS80は、1971年に製作された660馬力を発揮するガスタービン・マシン。コーリン・チャップマンがヘリコプター用のガスタービンエンジンを用いて開発したそうだ
今回出展されたモデルの中で最も古いモデル、1902年製のメルセデス「40H」1970年代前半にルマンやタルガフローリオで活躍したマシンもズラリと並ぶ。手前のフェラーリ「312pB」は3リッター水平対向12気筒エンジンを搭載。1972年はタルガフローリオを含む参戦した全てのレースで優勝したというクワトロの技術が生まれて30周年となる今年、アウディは「A2」や「S1」、「S1“パイクスピーク”」などのクワトロモデルを展示/走行
フィアット「S74 Grand prix」(1911年)。今でこそ、写真のように優雅な走行で人々を魅了することができるが、当時のレースとなると、エンジンの大きくて高いことで視界が悪かったそうだタイレル・コスワース「P34」(1976年)は6輪のF1マシン。単に発想が面白いというだけでなく、スウェーデングランプリでは1-2フィニッシュを飾っている。ちなみにこのマシンは、ドニントンパーク(サーキット)内のコレクション。普段なら展示されている状態でしか見ることができないが、グッドウッドではエンジン音も走る姿も楽しめる
カルティエ「Style et Luxe'」は毎年、ユニークなモデルを展示することで注目を集めている。今年はイタリアンデザインの秀逸さにスポットライトを当て、様々なコンセプトカーやカロッツェリアなどに個人オーダーしたモデルを展示。注目を集めていたのは「ギア ジルダ ストリームラインX クーペ」(1955年)。イタリアのデザイン&車体製造会社として有名なギア製。デザイナー&エンジニアとしてやはり有名なジョヴァンニ・サヴォナッチがクライスラーのためにデザイン&設計したガスタービン・エンジンのコンセプトカーStyle et Luxe'に展示されていた、フィアット「600 ムルティプラ“マリネラ”(1957年)。ビーチカーと呼ばれているそうで、水着で濡れたまま乗車できるようにシートは籐製。プライベートビーチを持つ人がオーダーしたようだ

 一方、ショップ巡りやこだわりのフードショップに立ち寄るのも楽しみの1つ。レースグッズはもちろん、自動車関連の書店やミニカーショップ、カーグッズや工具ショップの品揃えはかなり本格的なもの。フードショップも単なる出店ではなく、ヴーヴ・クリコのシャンパン、オーガニックにこだわったハンバーガーやサンドイッチ、フィッシュ&チップスのお店に日本のビールや寿司を出すお店まであり、どれもハズレはない。このあたりにもマーチ卿のこだわりと推察がつく。

今年から始まった「ムービング・モーターショー」。体育館というか飛行機の格納庫のような建物の中に、国内外の20メーカーの車両が展示されており、木曜日には実際にお客さんを乗せてデモ走行が行われたようだミニチュアカーショップも数店あり、目の前を走る貴重なモデルの縮小型を購入することもできる。大人よりも子供が夢中になって物色していた
工具や部品を売るショップ。マニアにはたまらないのだそうだ「Boot-bag」という、オープンカーのための収納バッグを売るお店。オープンカーでのカーライフを楽しむ方のためのショップだが、筆者はこういうお店の存在に、イギリス人の愛のあるカーライフぶりを実感させられた。S2000のトランクに載ったバッグが、グッドウッドプライスとして60ポンドで売られていたフードやドリンクのショップも安かろう不味かろうではないようだ。写真のオーガニックハンバーガー屋さんは、朝からお客さんが途切れることがなかった。実際に美味しい。コーラまでオーガニックだったのが「?」。他にもお寿司やフィッシュ&チップスのお店や、シャンパンのヴーヴ・クリコがブースを出していたりと、オシャレでクオリティの高いフード&ドリンクも楽しめる

エンスーだけのものではない、明るいイベント
 ところで、グッドウッドの会場に展示されているクルマたちのまわりには、人々が近づかないようにするための仕切りがあまりない。だからこそ、誰でも運転席やエンジンルームなどを覗き込んで見ることができるのだ。もちろん各モデルを紹介するプレートなどには「Don’t touch」と小さく書かれてはいたりするのだが、その程度の注意書きしかないことに驚く。

 会場には子供連れのファミリーも多く、キケンなニオイが漂わなくもない。しかし、子供が運転席に乗り込もうとか、ドアを開けようとボディーに触れる姿を殆ど見かけることがない。たまたまかもしれないが、触ろうとしている子供を叱っている姿も1度も見ることはなかった。しかし何度もここを訪れている方に話によると、「親がきちんと教えているからだろう」という。イギリスのクルマ文化継承は親から子、祖父母から孫へ、古き良き物への接し方もマナーとして教えられているようだ。

 とにかくこのイベントには女性や子供など、老若男女問わぬ方達がたくさん訪れていたことも印象的だった。会場に1歩、足を踏み入れたときの雰囲気はディズニーランドかお台場のイベント会場かと思うほど明るくて和やか。ロンドンの最先端ファッションを纏ったカップルがいるかと思えば、半袖に短パン、サンダル姿のお父さんもいる。F1チームウエアでコーディネートしているカップルもいれば、腕にタトゥーを入れアバクロのTシャツにジーンズとアメリカンカジュアルに身を包む男女もいる。そうかと思えば、牧師さんやロイヤルファミリーを思わせる上品な家族もごく普通にこのイベントを楽しんでいたのだ。

 だから賑やかで明るい。エンスージアストたちだけの集まりであったら、この雰囲気はないだろうと思う。ちなみに、余談だがイギリスではエンスーのことを「Petrol Head's」と言うそうだ。冒頭で言った“いかにも”なクルマ好き=ペドロ・ヘッズたちも家族と楽しめるところが、グッドウッドの素晴らしさだと思う。

 3日間に渡って開催された今年のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード、雨に降られる心配がなかったばかりか、毎日、異例の暑さとともに好天に恵まれた。青空の下、日に日に来場者も増え、賑やかさも増す会場は3日間限りのクルマのお祭り。貴重なモデルたちが惜しげもなく華麗な走行を見せて楽しませてくれる、正に“スピードの祭典”だ。そのため、実はこのイベントこそ実際にグッドウッドを訪れ、その“ライブ感”を楽しむことをおすすめしたい。

ごく自然に迫力ある走行を間近で見る子供達ピクニック気分で貴重なレーシングカーなどの走行を眺められる
こんな人も楽しんでいた会場の近所に住んでいるという、上品なファミリー。男性陣がクルマ好きで、ここ数年は毎年訪れているということだった

(飯田裕子)
2010年 8月 17日