新井敏弘選手、WTCC参戦直前インタビュー
世界の新井がトップチームのシボレーワークスから参戦


WTCCにスポット参戦する新井敏弘選手

 先週末にはF1世界選手権 日本グランプリが行われ、その興奮もまだ冷めやらない鈴鹿サーキットで、来週末(10月22日、23日)にはツーリングカーの世界選手権であるWTCC(World Touring Car Championship)の日本ラウンドが開催される。そのWTCCにスポット参戦することが決まった新井敏弘選手にインタビューすることができたので、その模様をお届けする。

 関連記事(http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20110905_473808.html)でも触れたとおりWTCCは、普通に公道を走っているツーリングカーをベースにして行われるレースで、激しい競り合いが特徴となっている。今年のWTCCは、日本ラウンドの前戦となるドイツラウンドで、シボレーが早くもマニファクチャラーズタイトルを決定。ドライバーズチャンピオンシップでもシボレーのドライバー同士であるイヴァン・ミューラーとロバート・ハフの対決となるなど、シボレーの独走状態だ。

 そして、その最強シボレーのワークスカーで日本ラウンドに参戦するのが、2006年と2008年にPWRCでシリーズチャンピオンに輝き、現在に至るまで日本人で唯一の4輪のFIA世界選手権タイトルホルダーである新井敏弘選手だ。

 ラリーが専門の新井選手とはいえ、スーパー耐久(S耐)などですでにサーキットレースの経験も十分ある。加えてF1で言えば、フェラーリやマクラーレンにあたる一流チームのシボレーワークスからの参戦となれば、WTCC日本ラウンドで大暴れしてくれることは間違いなさそうだ。そうした新井選手に、WTCC参戦までの経緯、9月に行われたシボレーワークスチームを運営するRML(Ray Mallock Ltd.)とのプライベートテストの様子、そしてWTCC 日本ラウンド参戦に向けた意気込みなどを聞いた。


先週末のIRCスコットランドにも参戦し、クラス優勝した新井選手。忙しい中取材に応じてくれた

横浜ゴムからのオファーから始まった、シボレーワークスチームからの参戦
──今回のWTCCに参戦することになった経緯を教えてください。
新井選手:横浜ゴムさんと何か面白いことやりたいよねという話をしていたんです。それで、WTCCに乗らないかという話が出て、話がとんとん拍子に決まっていきました。ただ、私としては、普段お世話になっているスバル(富士重工業)さんとの絡みもあるので、スバルさんにこういう話があるんだけどという話をしに行ったところ、OKが出たので、参戦を決めました。

──スバルとの関係が深い新井選手が出るということは、スバルがWTCC参戦かと勘ぐる向きも少なくないと思いますが?
新井選手:そうですよね。スバルさんにお話を通した時も、そういう誤解をされるのは困るなぁとおっしゃってました(笑)。今回の話は横浜ゴムさんを通していただいたオファーですので、スバルさんとは一切関係のない話ですよ。

──率直に申し上げて、ラリードライバーである新井選手がWTCC参戦というのは誰もが驚いたと思います。
新井選手:そうですね。ただ、私は長くヨーロッパで活動していましたので、その点で私の名前は、ヨーロッパのチームでは認知されています。実際、シボレーワークスチームを運営しているRMLには、WRC参戦の頃にもお世話になっていた、元プロドライブのメカニックが数人いたり、チームの上層部の方もPWRCのチャンピオンということで名前は知ってくれていたり、お互いにある程度知ったところから話が始められています。

 また、言葉の壁という意味でも、WRC時代にもすべて英語でやってましたので、特に問題はありません。実際、これまで日本人ドライバーが世界戦にスポット参戦する場合、言葉の壁は大きな問題になっていましたが、私の場合にはそれがなかったことが評価されたのかなと考えています。


新井選手とシボレークルーズ

プライベートテストではレギュラードライバーのハフ選手から0.5秒落ちまで迫る
──すでにイギリスに渡り、RMLのファクトリーでシートあわせなどを済ませたと聞いていますが?
新井選手:9月に行われたラリー北海道の直前に、2泊4日の強行スケジュールでイギリスに渡航して、ファクトリーでのシートあわせと、サーキットでのテスト走行を行ってきました。

 最初の予定では1日フルにテストする予定だったのですが、午後始まってすぐにサスペンションが壊れてしまって、替えのパーツがその場にはないということで14時頃にはもう終わってしまいました。レギュラードライバーであるロバート・ハフ選手と一緒に走ったのですが、2.7kmぐらいの小さな高速コースで彼のタイムから0.5秒落ちぐらいでしたね。

──それはすごいですね。普段はラリーカーで、4WDの車にお乗りになられていると思いますが、FFに乗り換えてすんなり乗りこなせるものなのでしょうか?
新井選手:実はFRよりFFのほうが違和感なく乗りこなすことができます。リアが出てしまった場合、4WDではアクセルを入れていく訳ですが、FRだとそこでアクセルを抜かないといけない。この切替のほうが実は難しい。それに対してFFでは、4WDと同じようにアクセルを入れていけばいい。こうしたこともあり、FFのシボレークルーズも違和感なく走らせることができました。

──初めて乗ってみたシボレークルーズの感想はいかがですか? 今年から1.6リッター ターボになりましたが、エンジンなどはどうだったのでしょうか? ターボラグとかは気になるモノなのでしょうか?
新井選手:ターボラグはほとんどなかったです。非常に乗りやすいエンジンで、私が過去に乗ったWRカーに搭載されていたエンジンと近い感覚ですね。ただ、排気量がWRカーに搭載されていた2リッター ターボエンジンに比べると小さいので、より上のほうを回さないとパワーが出ないという感覚があります。

 口で言うと簡単に聞こえるかもしれませんが、実際にはいくつかの課題も見えてきました。例えば、ラリーカーをドライブするときにはシフトアップの時にアクセルを抜く癖があるのですが、データロガーを見たRMLのエンジニアにはそこで抜くなというアドバイスをされました。しかしどうしても癖で抜いてしまう。そのあたりは慣れもあると思うので、レースまでには修正したいと思っています。

──チャンピオンチームであるRMLで走った感想を教えてください。
新井選手:私も自分のチームを持っているので分かりますが、これは強いチームだなと感じました。勝っているときの迷いのなさというか、チーム全員が同じ方向を向いていて、一つ筋が通った強さがあると思いました。さすがワークスチームだなというのは率直に感じましたね。

──ちなみにWTCCではルーフやミラーに国旗が入りますが、新井さんの車には日の丸が入るのですか?レーシングスーツはもう用意されていたのですか?
新井選手:そうですね、すでにテストの段階でもう入っていました。レーシングスーツはテストの段階では用意されていなくて、ロバート・ハフ選手のモノを借りたんですが、サイズがぴったりでした(笑)。鈴鹿では専用のスーツを用意する予定です。


ラリーには存在しないレース中競り合いでの駆け引きにどの程度慣れるかが鍵
──今年のWTCC日本ラウンドは鈴鹿サーキットで行われますが、鈴鹿での経験は?
新井選手:実はレースでは鈴鹿を走ったことはないんですよ。S耐などで予選までは走ったことがあるのですが、決勝ではチームメイトが車を壊してしまったりして、結局走ったことがないのです。

 また、今回は鈴鹿サーキットでも東コースを利用して行いますが、この東コースを走った経験はまったくありません。S字の先からシケインへつながるサービスロードの部分を効率よく走ることが東コース攻略の鍵となるので、そこをフリー走行や予選などでよく確認していきたいと思っています。

──ラリーでは1台1台が異なる時間に走るので時間との闘いということになりますが、サーキットのレースではまわりの車との競り合いの仲で順位を上げていくことが重要になります。このあたりはどうなんでしょうか?
新井選手:おっしゃるとおりで、そこは大きな課題の一つだと考えています。谷口選手と少し話したんですが、WTCCではどこまで何をやっていいのかというのが重要だということなので、まずはフリー走行などでその雰囲気を感じ取ることが大事だと思っています。

 WTCCはぶつけ合って競り合うのがOKといっても限度はありますし、やり過ぎればペナルティになってしまう。逆に言うとそういう競り合いの中で行けるときには行かないと上位に並ぶのは難しくなります。そのあたりの“駆け引き”を早くつかんで、競り合いの中でも負けないようにしなければいけないと思っています。

──世界的に有名な新井選手が、WTCCのワークスカー、しかも今季ぶっちぎりの速さを見せているRMLのシボレーに乗るということで、非常に期待が集まっていると思いますが、実際のところどうなのでしょうか?
新井選手:そんなにプレッシャーかけないでくださいよ(笑)。勝つのはそんなに簡単じゃないです。横浜ゴムさんからは、何より大事なのはファンに楽しんでもらうことですと言われています(笑)ので、のびのびとやりたいと思っています。

 普段のラリーの時は結果も残さなければいけないので楽しんでいるどころではありませんが、私の走りで皆様にも楽しんでいただければ嬉しいので、まずは、いなくならないようにきっちり完走を目指したいです。そしてレース1で“空気”をつかんだら、レース2でなるべくがんばります(笑)。


 レース経験の豊富な新井選手でも、国際規格のロードレースは初めてとのこと。インタビュー中にも国際ライセンスの手配の連絡をするなど、走ること以外にも忙しそうな様子だった。

 新井選手は謙遜で初めて走るから完走できれば充分だという発言をしていたが、ラリーで新井選手を応援していたファンでなくとも、期待したくなるような参戦体制であるのは事実だ。

 昨年までも日本人選手はスポット参戦していたものの、いわゆるインディペンデントクラス、今年はヨコハマトロフィーと呼ばれるプライベーター勢の車でのエントリー。正直に言って上位を争っている訳ではなかった。しかし、今回新井選手が乗るRMLのシボレークルーズは、シボレーワークスの車で、現在ラインキング1、2、3位を独占している車そのものだ。それに乗るのだから期待するなと言うほうが無理だと言えるのではないだろうか。願望も含めて言うのであれば、トップ3の一角、アライン・メヌーあたりとガチでバトル……なんてシーンを期待したいものだ。

WTCCの割引チケットも発売中!!
 WTCCのチケットは、現在各種プレイガイド、鈴鹿サーキットのWebサイトなどで販売中だ。また、Car Watchでは、来年のF1チケットなどがもらえるWTCCのフォトコンテストも開催している。参加者向けの割引チケット(4500円)もローソンチケットの専用サイト(http://l-tike.com/ms/)用意しているのでぜひ活用してもらいたい。新井選手の熱い走りを、世界一と名高い鈴鹿サーキットで見るチャンスは滅多にない(本文中でも述べたように新井選手が決勝レースを鈴鹿で走るのは今回が初めて)のだから、絶対にお見逃しなく!

(笠原一輝)
2011年 10月 14日