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【連載】西川善司の「NISSAN GT-R」ライフ
第16回:R35 GT-R開発ドライバー・鈴木利男氏にGT-Rの話を聞く
(2013/3/21 01:05)
筆者の愛車にはついにスポーツリセッティングコンピュータが搭載された。
その取り付けは、R35 GT-R開発ドライバーの鈴木利男氏が主宰する「ノルドリンク」に依頼したわけなのだが、その際、鈴木氏に興味深いお話をうかがうことができたので、今回はその内容をお届けすることにしたい。
鈴木利男氏にGT-Rの話をうかがってきた
──GT-Rの開発ドライバーである鈴木利男氏は、それこそ開発のために海外渡航は多いし、日本にいる時はいる時でイベントなどに引っ張りだこ。しかし、ノルドリンクにおられることもあるのでそんなタイミングを見計らって来店すれば、普通にお話しすることが可能だ。まさに今回はそんな好機に恵まれた次第である。まず聞いてみたのが、未だ進化を続けるGT-Rというクルマに込められた鈴木さんの「想い」についてだ。
鈴木氏:そこに置いてあるV35スカイラインベースの開発車両(http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20130205_585419.html)から開発が始まり、ずっとこだわってきたのは「運転手が乗って楽しく、速いと感じられるクルマ」を作ることでした。高速域で恐怖がなく、情報の掴みやすさを提供すること。これが大事だと思ってやってきましたね。
非常に高い性能が与えられた結果、ニュルブルクリンクやサーキットといった極限でコントロールしやすいクルマになり、本当の力を発揮できるのはごく限られたステージになりましたが。
──R35 GT-Rのメインステージはニュルブルクリンクかサーキットである……。時々、これをネガティブに受け止められる人もいるが、鈴木氏はそうではないと言う。
鈴木氏:これだけの性能が与えられたからこそ、街中を走ったり、高速道路を法定速度内で走っている分には、まったく破綻しない性能が実現されているわけです。ただ、私としては「乗りこなした時の達成感」のようなものがもっと与えられるようになったらいいな、とも思っています。このご時世にあえてスポーツカーに乗るのって、そういうことのためですよね。
──現在、鈴木氏はGT-Rの開発ドライバーとしての肩書きが著名だが、各種フォーミュラレース、ツーリングカー/GT選手権などなど、数多くのプロフェッショナルレーシングシーンで活躍された輝かしい経歴があり、市販車からレーシングカーに至るまで、ありとあらゆるクルマに精通した超一流のドライバーである。そんな鈴木氏は、一流の欧州スポーツカーが持つ「クルマとの対話自体を楽しむような乗り味」も嫌いではないと言いたいようだ。
鈴木氏:日本車ってこれまでがそうでしたし、今もそうでしょうけどコンピュータで図面を引ければ、すぐにパーツサプライヤーにパーツを発注できて、すぐに作れちゃうわけです。数字によるスペックだけじゃない、走らせたときに人間の感性に何かを訴えてくるクルマ。私はそんなクルマが好きなんです。R35 GT-Rは毎年進化させてきていますが、そうした「感性に訴える部分」というのも少しずつですが実現できているのではないか、と思っています。
──R35 GT-Rは、日本では日本製スポーツカーの頂点というような形でもてはやされているが、実際、モータリゼーションの本場である欧州ではどのように受け止められているのだろうか。
鈴木氏:GT-Rの開発でドイツに到着したときのことです。手違いで予約していたレンタカーが借りられなくなってしまったんです。そこで急遽、レンタカー会社のスタッフが「日本車を手配してやる」と言って、提供してきたのが韓国車でした(笑)。クルマを扱うレンタカー会社のスタッフであっても、本場ドイツに住む人からしたら、日本車ってある意味そのくらいの認識(筆者注:アジアの自動車メーカーの製品と一緒くたな認識)なんでしょう。
ただ、R35 GT-Rに関しては2007年以降、地道にニュルブルクリンクで開発して進化させてきた甲斐あって、欧州でも特別な存在として認められてきています。日本では「GT-R」と言いますが、向こうでは必ず“ニッサン”GT-Rとフルネームで呼ばれてます。ゴーンさんのスカイラインを排除した命名戦略は、あれは正解だったんだなぁと、今改めて思ったりします(笑)。
──日本では「高い」と言われるR35 GT-Rだが、鈴木氏によれば欧州ではむしろ「安すぎる」と言われるのだとか。絶対性能だけ見ると、欧州の人からすれば比較基準が彼らにとっての国産車である、例えばポルシェ911ターボなどになるので、「半額で同等性能のGT-Rは異常」という捉え方になるわけだ。
GT-Rの未来について~「集大成の実現」に向けた2014年モデル以降
──さて、今後R35 GT-Rはどうなっていくのだろうか。開発責任者の水野和敏氏は今回の2013年モデルの発表で「R35 GT-Rは第3世代に突入していく」と明言したワケだが……。
鈴木氏:2007年から生産車としてのGT-Rが提供され始め、毎年進化を続けてきました。その意味では現在のモデルは、かなり完成度が上がっています。個人的な意見になりますが、2014年モデル以降はR35 GT-Rとしての集大成をまとめていくことになると思います。
──新車情報スクープ系の自動車メディアによれば、2014年モデルでは再びビッグマイナーチェンジがあると予測されている。この再マイナーチェンジの話は、筆者もある筋から2010年モデル→2011年モデル時のような見た目から変わるほどのリファインが行われると聞き及んでいるので、何かしらあるのかもしれない。現行世代のR35 GT-Rは、2016年ないしは2017年までの生産と言われている。その後はどうなるのだろうか。Car Watchでも次期GT-Rにまつわるリポート(http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/wr/20121119_572721.html)をお届けしたことがある。
鈴木氏:開発ドライバーと言うと聞こえはよいですが、乗って感じたことをエンジニア達に伝えているだけですから(笑)。次のR36については日産の戦略にまつわることなので私には分かりかねますが、R35がより最終完成系の方向に向かい始めたという気はしています。
ノルドリンクの製品について
──さて、足まわりにこだわる鈴木氏はサスペンション開発に力を入れており、鈴木氏自らプロデュースしたビルシュタイン製のダンパーをノルドリンク製品として2種類製品化している(http://www.nordring.jp/parts/sus.html)。これらはいわばチューニングパーツであるが、GT-R特別指定部品として認定されており、装着しても車両保証は維持されるのだ。
この2製品のうち、青い「Comfort Spec」の方に盛り込まれた技術は、2011年モデルから純正品にフィードバックされている。鈴木氏は日産の社員ではないので、いわば外部の開発ドライバーが日産を動かしたと言うことになる。
鈴木氏:欧米ではメーカー社員ではない社外開発ドライバーが新車両開発に携わることも多いようですが、日本のメーカーではあまり多くはないはずです。
最初期の2007年モデルの生産車の乗り心地は、私には少し硬いと感じたので、それで作ったのが青の「Comfort Spec」ですね。これは純正と同じビルシュタインのダンパーを使っていますが、バルブ部分に独自の工夫を凝らし、アルミの削り出しで作り込みました。これが日産側にも評価されて、この技術が2011年モデルへフィードバックされたんです。
2012年モデルから新設されたオプションのトラックパック用サスペンションは、同じような経緯でサーキットにフォーカスした仕様で私達と日産との共同開発で作り込んでいます。もちろんノルドリンクの製品がそのまま使われているわけではなくて、トラックパック採用サスペンションについては、日産側のテストドライバーと共同して開発しています。
──このほか、トラックパックに専用設定されるブレーキ冷却ダクト付きリップスポイラーも、ノルドリンクとの共同開発品となっている。
鈴木氏:R35 GT-Rに純正採用されている内装、外装のカーボンコンポジットパーツはチャレンヂ(http://www.vollstrom.co.jp/rd/original.html)によるもので、あそこの社長は私のカート時代からの知人なんです。ノルドリンクで販売しているカーボン製のエアロ製品はすべてチャレンヂ製のものになります。チャレンヂは純正パーツのデータを持っていますし、それこそR35 GT-Rのカーボン関連の純正部品も作っているところですから、その製作精度は純正と変わらないんです。聞いた話ではディーラーでの取り付けも難なく行えているようですね。
──足まわりにこだわりを持たれている鈴木氏に、最後にR35 GT-Rのブレーキまわりについて聞いてみた。足まわりの維持費が高いと言われるR35 GT-Rだが、実際に街乗りをしている分にはブレーキパッドは減らないし、ブレーキローターもほとんど減らない。これは普段乗り用としてオーバースペックなブレーキシステムが与えられている恩恵だろうか。
鈴木氏:そうですね。ニュルブルクリンクやサーキットを限界に近いレベルで走って最大限の性能が発揮できるレベルのものが与えられていますからね。街乗りレベルではほんと長寿命ですよ(笑)。
富士スピードウェイなどの大きなサーキットでは、R35 GT-Rは誰でもアクセルさえ踏んでいれば直線で250~260km/hが出てしまいます。その意味では、国産車としては本当に凄いクルマです。R35 GT-Rはスピードも出ますが重量もあるクルマなので、効果的にクルマを止める技術、曲げる技術というものが重要になってきます。
ノルドリンクでは富士スピードウェイなどを使ったドライビングスクールを定期的に開催していますが、そこではそうしたことが学べるように務めています。ブレーキに頼って止めて、ハンドルをねじって曲げているだけでは、フロントタイヤと前のブレーキパッドがどんどん減っていきますからね。ステアリングはきっかけ作りで、GT-Rにおいても荷重移動を重視したドライビングを心かげて欲しいです。
昨今のGT-R事情について
──ユーザーに対してどんな風に乗ってほしい、ここに気を付けて乗ってほしいというのはあるのだろうか。
鈴木氏:お客さまが自らのお金を出して買われたクルマですから、私がとやかく言うことは何もないですよ(笑)。
ただ、いろいろなお客様のGT-Rを目にする機会が増えてきている中で、改造車も増えてきていると感じてはいます。なかには「危ないな」とか「意味ないな」と感じるものに遭遇することもあります。でも、それもお客さんが「楽しみ」でやっていることですから、特に私が指摘したりすることはないですよ。
あえて1つだけ忠告するとしたら、タイヤとブレーキですね。ちゃんとしたものを使って欲しいです。最近では、GT-Rに社外品の一般的なラジアルタイヤを履かせているお客様もいらっしゃいますが、高速走行やスポーツ走行をされる方はランフラットタイヤをオススメしたいですね。この間の開発テストでもニュルブルクリンクのストレートで292km/hで右リアタイヤがバーストしましたが、あのときランフラットタイヤでなかったら私は今ここにいないでしょう。
それとランフラットタイヤはホイールにものすごく大きな負荷が掛かります。ですからホイールもちゃんとしたものを選択してほしいですね。かつて私が試乗してわずか10m走っただけで「ああ、これはダメだ」というものを履かれている方もいらっしゃいました。怖いですよ。本当に。
西川善司
テクニカルジャーナリスト。元電機メーカー系ソフトウェアエンジニア。最近ではグラフィックスプロセッサやゲームグラフィックス、映像機器などに関連した記事を執筆。スポーツクーペ好きで運転免許取得後、ドアが3枚以上の車を所有したことがない。以前の愛車は10年間乗った最終6型RX-7(GF-FD3S)。AV Watchでは「西川善司の大画面☆マニア」、GAME Watchでは「西川善司の3Dゲームファンのためのグラフィック講座」を連載中。ブログはこちら(http://www.z-z-z.jp/BLOG/)。