日本のカーナビ市場は第2のガラパゴス?
GENIVIアライアンスのワークショップで日産が講演


 IVI(In-Vehicle Infotainment)の標準プラットフォームの共同開発を進める業界団体のGENIVI(ジェニヴィ)アライアンスは7月17日、パシフィコ横浜(神奈川県横浜市西区みなとみらい)で開催された「AT International 2009」のワークショップにおいて、同団体が進めるIVI標準化などに関する講演を行った。

 後半には、特別ゲストとして日産自動車 プログラム・ダイレクターオフィス カーウイングス担当主幹 野辺継男氏が登壇し、日本の自動車メーカーから見たカーナビ事業でのオープンプラットフォームの重要性に関して語った。この中で野辺氏は「日本のカーナビ市場は携帯電話と同じようにガラパゴスとなっている」と述べ、今後ワールドワイドな市場においてシェアを獲得していくには、オープンプラットフォームを採用していくことが正しい方向性であると述べた。

インテル株式会社 技術本部 本部長 及川芳雄氏

水平分業の時代に対応するためのGENIVIアライアンス
 GENIVIアライアンスは、半導体メーカーのインテル、自動車メーカーのBMW、GM、PSA(プジョー・シトロエン)、OSメーカーのWindRiver、部品メーカーのMagneti Marelli、Delphi、Visteonなどを中心に設立された業界団体で、IVI向け機器の標準プラットフォームを開発し、自動車メーカーやカーナビメーカーなどが安価にインフォテイメント機能を備えたカーナビなどを開発・製造できるような環境を整えることを目標に活動している。今回は、その中核メンバーの1社であるインテルの技術本部本部長 及川芳雄氏が壇上に立ち、GENIVIアライアンスの現状などに関して説明を行った。

 及川氏は「ネットワークの進化は目覚ましい。インテルでは2015年には1500億台の機器がインターネットに接続されることになると予想している。そうした中で自動車メーカーにとっては、こうした状況に向けて利用できるデバイス、プラットフォームをいち早く開発していくことが求められている」と述べ、モバイルブロードバンドなどの急速な普及により、自動車がインターネットに接続される時代がすぐそこまで来ていることを指摘し、自動車メーカーにとってそれにいち早く対応することが重要な課題になっていると述べた。

 さらに、これまでのカーナビのビジネスがどちらかと言えば垂直統合型で、1から10までカーナビメーカーや自動車メーカー自らが開発してきた現状を指摘し、今後は水平分業型、つまりは各コンポーネントごとに外部のベンダーが開発したものを組み合わせ、必要な部分だけを自社で開発していくビジネスモデルに転換することが求められていると指摘した。そうした時代に向けてGENIVIアライアンスで開発している内容について説明し、「GENIVIアライアンスではリファレンスプラットフォームを開発しそれをメンバー企業に提供している。HMI(Human Machine Interface)やアプリケーションの部分に関しては自社で開発することもできるし、GENIVIが用意したものを利用することもできる」(及川氏)と述べ、GENIVIでは複数のメンバー企業が協力して開発することで、参加企業が製品を開発する時間やコストを削減することができると訴えた。

GENIVIアライアンスでは、業界をあげて協力していくことで、IVI開発に関わるコストの削減を目指す標準プラットフォームを参加企業に提供し、その上に自社でHMIやアプリケーションを開発していけば、安価な開発コストでカーナビの開発が可能に
日産自動車株式会社 プログラム・ダイレクターオフィス カーウイングス担当主幹 野辺継男氏

第2のガラパゴスとなっている日本のカーナビ
 次いで及川氏は、GENIVIの参加企業について説明し、「GENIVIアライアンスには複数の企業が参加している。自動車メーカーに関してもBMWやGMなどが参加している。では日本の自動車メーカーはどうかという話があると思うので、それに関しては特別ゲストをお呼びしている」と述べ、日産自動車 プログラム・ダイレクターオフィス カーウイングス担当主幹 野辺継男氏を紹介した。

 野辺氏は“なぜGENIVIは正しい方向性なのか?”というスライドを表示し、日産がGENIVIのような動きをどう考えているかに関しての講演を行った。とはいえ、その中で「日産がGENIVIアライアンスに正式に参加する意思表明ではない」と述べ、今すぐに日産がGENIVIアライアンスに参加を表明することではないとしたが、将来に向けて参加しないということでもなく、現在GENIVIアライアンスの詳細を検討している段階で、今後検証を進めていくと述べた。

 その冒頭で野辺氏は「日本のカーナビは携帯電話と同じようにもう1つのガラパゴスになっている。過去10年間で新車販売でのカーナビ装着率は日本市場のみが20%から70%に近づいた。しかし、欧米やほかの東アジアの市場では未だ20%以下だ」と述べ、世界のカーナビ市場を見ると、日本だけが突出してカーナビが普及しているという現状の特殊性を指摘した。

GENIVIアライアンスに参加している企業一覧。日本の自動車メーカーはまだないものの……野辺氏のスライドのトップページ。GENIVIアライアンスの講演に登壇するが、日産としては、GENIVIアライアンスに参加を表明したのではないと言う日本のカーナビ市場は第2のガラパゴスと、特殊な市場になっていると指摘

世界市場の違いは、ナビの重要度と価格
 それでは、欧米の市場と日本市場では何が違うのかと言えば、野辺氏は2つのことを指摘した。1つは欧米と日本でのカーナビに対するニーズの違い、そしてもう1つは価格帯が異なっていることだ。

 ニーズの違いという意味では「日本では道路事情が複雑であるためナビゲーションや渋滞情報へのニーズが非常に高いが、逆に犯罪率の低さなどからセキュリティなどへのニーズは低い。これに対して米国では道が分かりやすく一部の大都市以外は渋滞とも無縁であるためナビゲーションへのニーズは低いが、逆に犯罪の多さなどからセキュリティへのニーズは非常に高い」と述べ、各国の事情からカーナビに求められているニーズが異なっていることを指摘した。

 そうした背景から、ここ10年間のカーナビの発展の仕方は2つの市場ではまったく異なってきたのだと言う。「日本市場ではすべてがカーナビで解決される必要があったが、米国ではインターネット上の地図に、自宅のパソコンでアクセスし、それを印刷して車に持ち込んでカーナビの代わりにしている。しかし、近年は交通情報などのインタラクティブ情報が重要視されはじめ、通信機能を持つPND(Portable Navigation Device)やiPhoneのようなデバイスがカーナビの代わりとして利用され始めている」(野辺氏)と述べ、米国でもカーナビへのニーズが高まりつつあるが、通信機能がありインタラクティブな情報へアクセスする端末としてのニーズであることを指摘した。

 価格帯の違いという意味では、欧米市場で急速に普及した廉価なPNDの存在を指摘した。新車の70%にナビが装着されているという現状の日本にいると、PNDが爆発的なヒット商品であることを実感することはあまりないが、欧米に行ってみると、まさに爆発的なヒットとしか言えない現状があることはすぐ実感できる。野辺氏によれば世界市場で見ると、新車に装着される車載ナビの4倍のPNDが出荷されており、2004年から急速に普及が進み、2006年には世界市場で車載ナビの出荷量を超えたのだという。

 野辺氏は「こうした動向を鑑み、PNDレベルのカーナビを投入したら売れるのではないかと考え、欧州市場で今春に機能を絞った簡易なカーナビ『NISSAN Connect』を市場に投入した。価格を従来の2000ユーロから900ユーロに下げたところ、マーチでは0%から10%強に、ノートで0%から25%強に、デュアリスで7%から40%強へと新車時の装着率が上昇した」と述べ、実際の例を挙げながら、日本と欧米市場では価格への敏感度の違いがあると指摘した。

欧米の市場に比べて突出して新車装着率が高い日本市場米国市場と日本市場でのカーナビへのニーズの違い。日本ではナビゲーションへのニーズが強く、米国ではセキュリティへのニーズが強いと言う業界で考えられている世界市場でのカーナビの方向性。インターネットに接続して、それを活用する機能が必須となる
車載ナビとPNDの成長比較。PNDの全世界出荷量は車載ナビの4倍

現在のカーナビビジネスは、かつてのワープロやPC-9800と同じ
 それでは、こうした現状に、日本の自動車産業としては、どのように対応していけばよいのだろうか。

 野辺氏は、1から10まで自社で開発すると言った垂直統合モデルでは、こうした新しい時代のカーナビのニーズには対応できないと指摘した。野辺氏は「現在のカーナビの開発では独自仕様で画一的な仕組みになってしまっており、柔軟性がない。ある製品を別の地域でも販売しようと考えると、事実上作り直しに近い形になってしまい、それが高コストにつながり価格に反映せざるを得なくなり、売れないという事態を招いてしまっている。そこで、製品作りを階層化し、標準的なOSを採用するなどアーキテクチャを変更し、低コストで作れる仕組みを導入する必要がある」と述べ、今後は頭を切り換えて水平分業の仕組みへと移行していく必要があるとした。

 野辺氏はこうした垂直統合モデルから水平分業モデルに舵を切るのは歴史の必然であると言い、「1990年代半ばまでの日本語ワープロは各社独自仕様で機能の追加を図っていた。しかし、階層仕様のビジネスモデルを採用したパソコンが登場すると、それに取って代わられた。各社が独自にゼロから技術を開発してきたワープロではコスト的に太刀打ちできなかったからだ。同じことはNECのPC-9800シリーズが、標準技術を利用したPC/AT互換機にとって代わられたことにも言える」と、カーナビビジネスの現状が、90年代に日本語ワープロがパソコンに取って代わられたのと同様の状況であると述べた。

 野辺氏は、IT技術を利用した製品では、出荷量が大きい企業が利益と技術をリードするので、標準技術を採用し、コストダウンを計っていかなければグローバルな市場では太刀打ちができないと述べ、カーナビビジネスでもそうした方向性にしていかなければ、生き残ることはできないと指摘した。

 「今後市場を拡大していくには、ITの技術を採用していく必要がある。そのためには標準化が大事であり、その意味でGENIVIアライアンスが目指している方向性は正しい」(野辺氏)と結論づけ、GENIVIアライアンスの目指す方向性が正しい方向性であり、日本の自動車メーカーとして今後の動向に注目しているのだと説明した。

全世界のカーナビ市場で生き残るには、垂直統合から水平分業へと舵を切る必要があるカーナビビジネスの現状は、1990年代半ばの日本語ワープロの状況と似ていると言うゲーム機の例のように、価格を削減するには事実上の標準となり出荷量を増やし、結果的にコストを下げていく必要がある

(笠原一輝)
2009年 7月 21日