インテル、IVI事業に関する説明会を開催
第4世代インターネット時代は自動車も常時接続に


インテルのIVI事業について説明を行う、インテル株式会社マーケティング本部 プラットフォーム&ソフトウェア・マーケティング・グループ エンベデッド&ストレージ製品・マーケティングマネージャの石山康氏

 半導体メーカーのインテルは、3月に同社としては初めての自動車のインフォテインメントシステム向けの半導体となる“Atomプロセッサー”を発表したが、AT International 2009の開催にあわせて、自動車向けシステムにおける取り組みの現状についての説明会を7月17日に開催した。

 インテルのAtomプロセッサーは、ネットブックと呼ばれるパソコン用のマイクロプロセッサーとして知られているが、一方で組み込みと呼ばれる特定用途向けの家電などへの採用も進んでおり、欧米ではIVI(In-Vehicle Infotainment)と呼ばれている車載向けの組み込み情報システム、現在のカーナビが発展してコンピューティング能力を備えた機器への採用を、自動車メーカーなどに対して訴求している段階だ。

 これらの取り組みについて、インテルのマーケティングマネージャ石山康氏が、IVI戦略に関する現状を説明した。

インターネットが自動車を変えるのではなく、自動車がインターネットを変える
 石山氏は、今後やってくる新しいインターネットの使い方を“第4世代インターネット”と表現し、「インテルは2015年にインターネットに接続されているデバイスが1500億台に達すると予想している。その時代には自動車もインターネットに常時接続され、インターネット上の1つのノードになる。自動車は数も多く、インターネットが自動車を変えるというより、自動車がインターネットにつながることでインターネットのほうを変えていくだろう」と述べ、パソコンや携帯電話といった情報端末だけでなく、テレビや自動車など、これまではコンピューティング能力を備えていない機器にもインターネットの機能が標準で実装され、それによりインターネットの使い方そのものが変わっていくだろうという認識を明らかにした。

 「これまでは車内と車外というのは隔絶された世界だったが、インターネットが標準となることでその状況は大きく変わり、車外との接続性が意識される時代となる。しかも、日本市場の場合、軽自動車を除くほとんどの自動車にはコンピューティング能力を備えたカーナビが標準搭載されている。しかしながら、それらの機器は、多くの場合道路案内程度にしか使われてこなかった。それをもっと活かして行こうというのは自然な流れだ」と述べ、現在のカーナビの延長線上にある流れとして、IVIの考え方があるのだと説明した。

インテルの考えるインターネットの進化。現在起きている携帯端末の普及に続き、第4世代インターネットではテレビや自動車などの組み込み機器がインターネットに接続されるようになる自動車がインターネット端末の1つになり、相互に通信することなどが可能になる

モバイルブロードバンドやクラウドサービスの普及で前提条件が整う
 石山氏が述べたように、すでに日本市場に投入されているカーナビの多くは、パソコンほどではないものの、デジタル家電に比べると強力な演算機能を持つプロセッサーが搭載されていることが多い。これは日本のカーナビが地図表示に特化したモデルが多く、地図やルート検索、画面表示などにそれなりの処理能力を必要とするためだ。以前あるカーナビメーカーの関係者にお話をうかがったときに、“携帯電話よりは強力、パソコンよりはやや非力”というのがカーナビに採用されているプロセッサーの位置づけなのだそうだ。

 しかし、せっかくの強力なプロセッサーだが、逆に言えば地図を表示させるぐらいにしか使っていないので、処理能力そのものは余裕があるのだと言う。パソコンのように、インターネットに接続して、Webやメール、または文書作成などの機能を追加ということも容易に思いつくところだが、一部実装されているカーナビもあるがこれまでは積極的に利用されていなかった。というのも、車内から機器的にも金額的にも容易にインターネットに接続する手段が用意されなかったからだ。携帯電話のパケット通信は通信料金が高額で、それを利用して常時接続させるというのはユーザー負担が大きすぎる。

 だが、ここ数年、モバイルブロードバンドという言葉がもてはやされるように、無線を利用したインターネット接続のサービスが急速に普及している。携帯電話の電波を利用した月額定額制のデータ通信は、NTTドコモ、KDDI、イー・モバイルの3社から提供されているし、KDDIやインテルなどが出資しているUQコミュニケーションズのWiMAXによるサービスも7月1日より開始されている。今後、これらの通信モジュールが最初からカーナビに内蔵されていけば、カーナビが常時インターネットに接続された状態が実現されるようになる。

インテルの考えるIVIの姿

 もう1つ重要なことは、Google、Yahoo!、マイクロソフトなどが提供するWebブラウザベースで利用できる新しい形のアプリケーションである“クラウドサービス”により、パソコンや携帯電話の形をしていなくても、さまざまな新しいサービスを利用できるようになりつつある。例えば、GoogleであればGmail、Googleマップ、Googleカレンダーなどが提供されており、それらを端末側の機種に依存することなく利用することができるようになってきているのだ。このため、カーナビ側にも、Webブラウザーの機能を実装するだけで、こうしたクラウドサービスをパソコンで利用するのと同じ感覚で利用できるのだ。

 このように、モバイルブロードバンド、クラウドサービスなどの新しい情報通信機能を備えたカーナビシステムなどのことをIVI(In-Vehicle Infotainment)と呼んでいる。

インターネットに親和性が高いIAのAtomプロセッサーを投入
 こうしたIVIの取り組みは、全世界的に行われており、特に先進国の自動車メーカーは、次の新しい収益源として注目し、各社とも取り組みを始めている。

 ただ、すでに述べたように日本市場に投入されているカーナビは、強力な処理能力を持っているプロセッサーを備えており、普通に考えればそれにモバイルブロードバンドやクラウドの機能を追加していけばよい、ということになるだろう。現在カーナビに採用されているプロセッサーは、ARMやルネサスが提供するものが多く、いわゆるx86、インテルが言うところのIA(Intel Architecture)ベースの製品はほとんどない。つまり、言ってみればこの市場に関してはインテルは新参者であり、これから参入を目指すということになる。

 では、従来のプロセッサーに代わり、IAベースのプロセッサーを採用するメリットは何なのだろうか? 石山氏は「小さな携帯端末から大規模なサーバーまでをカバーするスケーラビリティ、仮想化や管理技術などのプラットフォームの充実、ソフトウェアの互換性などのインターネットとの親和性、開発環境や開発者の数などエコシステムを持つことなど、IAを採用するメリットは大きく分けて4つある」と述べる。

 その4つの強みの中でも、インターネットとの親和性は特筆すべき点だ。IAは言うまでもなくパソコンに利用されているアーキテクチャで、おそらくこの記事を読んでいるほとんどの読者はIAベースのデバイスを利用して読まれているのではないだろうか。IAの強みはほかのアーキテクチャに比べると、インターネットに接続されているデバイスの数が多いことだ。このため、プロセッサーに依存したソフトウェアが提供される機会が、ほかのプロセッサーアーキテクチャに比べて圧倒的に多くなっている。

 例えば、YouTubeのビデオを見るには、Adobe Systemsが提供するFlashのプラグインがWebブラウザーに組み込まれている必要があるが、新しいバージョンは通例だとまずIA用が提供され、それに数カ月程度遅れてARM用が提供され、それ以外のアーキテクチャなどに関しては1年以上遅れることも少なくない。パソコンのようにユーザーが後から組み込める場合はともかく、カーナビのようないわゆる“組み込み”と呼ばれる機器の場合は、メーカーの出荷時にあらかじめプラグインは組み込んでおくから、IAを採用していれば組み込めた最新のプラグインが、ほかのアーキテクチャを採用したため組み込めずに出荷する可能性があるということだ。

 これまでインテルはこうした組み込み市場にはあまり積極的ではなかった。というのも、組み込み市場に適した低消費電力のプロセッサーを持っていなかったからだ。その状況は、2008年に市場に投入されたAtomプロセッサーの登場で大きく替わることになる。Atomプロセッサーは、消費電力が数W~1W以下と、IAにしては圧倒的に低消費電力になっており、パソコンだけでなく、さまざまな組み込み向けの製品への応用が図られている。

 そして、そのインテルが今年の3月に発表したのが、車載システム向けのAtomプロセッサーだ。「車載システム向けの製品は、温度や製品のライフサイクル、パッケージなどを自動車メーカーのニーズにあうようにカスタマイズされたものとなっている」(石山氏)とのとおり、温度は-40~80℃まで対応し、パッケージは自動車メーカーで標準的に利用されている1mm幅のピンピッチのものを用意したほか、通常2、3年で新世代となるPC用のプロセッサーとは一線を画して、7~10年程度と自動車メーカーの製品サイクルに適合した製品提供期間を設定している。

IAがほかのアーキテクチャに対して持っている優位性IVIにIAを採用するメリット車載システム向け製品仕様。パソコン向けとは異なる仕様が設定されており、自動車メーカーの要求を満たす製品となっている

オープンアーキテクチャこそ、今後のカーナビビジネスが向かう道
 それでは、こうしたインテルのIVI向けの製品は、自動車メーカーのカーナビビジネスをどのように変えていくのだろうか? インテルの石山氏は「自動車業界、IT業界、それぞれに優れた部分がある。基本的な考え方としてはIT業界の優れた部分を自動車業界に活かしていただきたいと考えている」と述べ、IT業界のやり方を自動車業界に押しつけるのではなく、IT業界のよいところを自動車業界のために使っていくというのがインテルのスタンスであると言う。

 その具体的な例として、石山氏はある自動車メーカーのUSB端子の例を挙げた。「ある自動車メーカーでカーナビなどにUSB端子をつけていたのだが、複数のプラットフォーム(自動車開発の基礎となる車台)でそれぞれ端子やドライバー(ハードウェアとソフトウェアをつなぐアプリケーション)を1から開発していた。今後、コスト管理が厳しくなる中、このような方法は通用しなくなる可能性が高い」と述べ、今までのように自動車メーカーやカーナビメーカーが1から10まですべて自社で作るという方法は、開発費などのコスト負担が膨大になり、メーカーの収益を圧迫していく可能性を指摘した。

 その解決策がIAのようなオープンアーキテクチャを採用し、自社で開発する必要がない部分は他社から調達し、他社と差別化する必要がある部分だけを自社で開発するという開発手法だ。ITの世界で水平分業と呼ばれるこうした方式は、メーカーにとって開発コストを大幅に削減することができるというメリットがある。

 「オープンアーキテクチャを採用することで、開発期間の短縮と開発コストの削減が実現できる。それによって生じた余剰の開発期間とコストは、HMI(Human Machine Interface)やアプリケーションの開発に使って、より迅速な製品化や技術革新の加速につなげることができる」(石山氏)とのとおり、メーカーが他社との差別化という意味で、もっともこだわりたい部分であるHMIやアプリケーション開発に注力することで、よりよい製品を作ることができるようになるのだ。

 さらに、石山氏はインテルが自動車メーカー、部品メーカーなどと設立した業界団体“GENIVIアライアンス”について言及し、「GENIVIアライアンスでは、半導体メーカー、自動車メーカー、部品メーカーなどが協力して業界標準となるプラットフォームを開発している。今後も自動車産業の各メーカーと協力してオープンなプラットフォームを開発していきたい」と言い、こうした取り組みがインテル1社によるものではなく、業界をあげた取り組みであることを強調した。

 なお、具体的な製品がいつ出てくるのかなどに関しての発表は特になかったが、通常カーナビなどの開発は数年単位で行われることになるため、今年発表された新しいプロセッサーなら、2、3年後あたりに実際の製品に搭載されることになる。こうしたスケジュールを考えると、インテルのプロセッサーを搭載したIVIの登場も2011年以降あたりになると考えることができるだろう。

パソコンと同じように、1社がすべてを提供するのではなく、複数の企業がそれぞれ得意な製品を提供するという水平分業システムの構築を見据えているこれからのIVIの開発は、水平分業で行われる。自動車メーカーはHMIやアプリケーションの開発に注力することができる水平分業でのコストモデル。ハードウェアやプラットフォーム開発のコストを削減し、それを新機能の開発などに振り替ることができる

 

(笠原一輝)
2009年 7月 21日